ツキカクシの図書室
俺は、活字を読むことが苦手だ。いや、誤魔化すのはよくない、はっきり言って好きではないのだ。特に読書に関して言えば、どうせ同じ結果が情報として得られるのであれば、映像の方が活字より何十倍も何百倍も、鮮明に脳裏に焼きつき印象に残ると思う。しかしきっと読書家からすればこんなことは論点にもならなければ、焦点も当てられない戯言なのだろう。
お気に入りのフリップ時計が、レトロな音を奏でながら11時23分を示す。学習に集中するために無駄なものをそぎ落とした、簡素な机には一冊の文庫本が置いてある。更に俺は、明日から期末テストだというのにも関わらず、世界史の一問一答ではなく、その本を開き読み漁ろうとしている。この状況は、まさにさっきの考えとは対をなすものなのだが、何事にもきっかけ、原因、影響があるもので、そのきっかけは大抵くだらなくて、聞けばあきれるものが多いのである。
12月初旬
放課後になると俺はすぐに、図書室へと向かう。本当は部活動に打ち込んだり、友達と遊んだり、意味もなく教室に居座ることが高校生としての正解なのだろうが、俺には興味もなければ、それをする友達もいない。得てして、冬になると悲しみが倍増すると誰かは言ったが、俺にその法則は適用されないらしい、決して毎日が楽しいわけではないが、特に文句もない。
俺は三年間、図書委員を務めている。これも別に大した理由はなくて、放課後の時間を比較的静かな場所で過ごせるからといったくらいの理由しかない。実際に予想は的中で、この委員活動のおかげで間違いなく、学年の成績は大きく上がっただろう。
自分の3年Aクラスの教室から図書室までは距離がある、何故かクラス教室のあるA棟ではなくB棟にあるからだ。
リノリウム張りの階段を上がり正面の教職員用トイレを曲がれば、図書室が見える。
「お疲れ様!」
「おう、お疲れ」
条件反射で同じ図書委員の楠に返事する。彼女とは不思議な関係で、高校一年生の時から、クラスも委員会も三年間一緒である。しかし仲がいいのかと聞かれると答えに詰まってしまうところがなんとも情けないのだが。
「あのさ…来週から一週間委員休ませて!お願い…」
ものすごい勢いで、頭を下げられる。
「別に大丈夫、いつもそんなに人いないし」
正直仕事といった仕事もなく、ただでさえ流れ作業な仕事も三年間も勤続すれば、もはや目を瞑っていても遂行できる職務だ。
「ホントに!?助かるなー、今度のテスト結果悪いと試合に出られなくてさ」
「試合?」
「嘘!?忘れたの?ソフト部だよ!うちの高校結構強いよ?」
「いや、そうだったな、知ってたぞ知ってた」
危うく、彼女に失礼を働くところだった。
「本当に変なやつー」
「普通でないのは知ってるつもり」
「本当にありがとう!でもさすがに1人は申し訳ないからさ、代役立ててあるからさ、安心して!」
「代役?」
正直、知らない誰かとやるくらいなら一人の方がましだ。しかし彼女の行為には善意しか含まれていないことを俺は知っている。
「ほらあそこでいつも本読んでる、月隠さん。こう見えて意外と仲いいんだー、座ってるだけでいいからって言ったら、いいよって」
確かに言われてみれば、彼女はいつもこの図書室にいる気がする。それに座ってるだけでいいと言われたから、断る理由もなかったのだろう。しかしこれで余計な気を遣わずに済みそうだ。
「なるほど、分かった。とにかく楠は勉強頑張れよ」
「本当に助かります!それじゃ、あっあと君のことも応援してるよ!」
そういって彼女は快活に走り出す。一体俺は彼女から何を応援されているのだろうか。とにかく、あれこそが高校生のお手本と言ったところなのだろうか。
楠が去り、図書室は再び静寂に包まれていた。俺はいつも通りにまず、返却ボックスの本たちをもとの住処にもどしてやる、余りにも本が多すぎるときには荷台も使うが、今日は極端に少ない、最近入荷したばかりの文庫本3冊と、法律関係の専門書を抱え本棚に向かう、戻す作業も3年もやれば位置だって把握されている。3分もかからない。それにしてもここまで利用者が少ないと、図書室の存在価値が危ぶまれる。ここらで俺の安寧の地を守るためにも、広報活動でも行わなければならないのだろうか。そうは思っていてもそんな面倒なこと天地がひっくり返ってもしないわけだが。しかし、ここのままここの存在がなくなってしまえば、きっとあの文学少女も悲しむことだろう。そんなことを思いつつ俺は仕事を終わらせ、あとはひたすら貸し出しの門番となるべく、定位置に向かう。木製のカウンターの裏に入り、小さな椅子に腰を掛ける。あとはいつも通りに自分の時間をゆっくりと過ごすだけだ。
やはり俺は楠を少し恨んだ。理由は明白だった。文学少女が気になって仕方がないのだ。きっと彼女は真面目なのだろう、何をするわけでもないが、楠から言われたのか、自分でそうしてるのか、カウンターの中で本を読みながら、隣に座り続けている。今思い返せば楠は、一度たりとも隣にいたことなどない、彼女は暇な時間帯はどこかに消え、忙しくなっても棚への返却とカウンター業務で被ることなどなかった。全くもって困った、自分の時間どころか、彼女に時間を制圧されている。どうする、まさか気が散るんで何処かへ行ってもらえますかなどと言えるわけがない。俺は彼女が熟読していることを言い訳に、少し彼女を観察してみた。
文学少女なだけありあまり外出しないのか、肌色はかなり白く病弱な印象まで受けてしまう。髪はセミロングくらいで顔周りは少し重ためだ、そのせいで顔を少し隠しているような印象を受ける。しかし瞳は大きく、鼻筋もすらっとしていて、決して愚形ではない。本人自身はまるでそのことに気づいていないようだ。この総合的に影の薄さを体現しているかのような見た目のせいなのか、今日まで、彼女を認識できていなかった。それともこれは、自分が他者に興味を持っていないせいなのであろうか。
「何ですか?」
やってしまった。一番まずい話の運びになってしまった。
「すみません…」
咄嗟に誤ってしまう。
「私、邪魔ですか?」
「いえ、そんな」
「消えたほうがいいですか?」
「そんなことまで思ってないです!」
「そんなことまで?」
遊ばれている気がする…俺が見ていたのが悪いのだから、仕方ないのだけれど。
「邪魔だとか思っていたわけじゃなくて、こういうのに慣れていないというかなんというか、気になってしまって」
「私のことがきになってしまって?」
これじゃまるで彼女のことが大好きみたいではないか、落ち着けよく考えて次の一言を出すんだ、時間はたくさんある。落ち着け…
「えっと…」
「ふざけてごめんなさい、いつも一人で勉強なさってますもんね、隣に人がいると気が散りますよね」
「ふざけて?」
気持ちがあらゆる方向へと揺さぶられる。しかしその揺れは不快なものではなく、心地のいい揺れだ。人に対してこんなに感情が動くのはいつ以来だろう。俺は彼女を知りたくなった。
「いえ大丈夫です」
気付けばそう言っていた。自然と彼女が離れるのを避けたのだ。話がしたい、そう思った。
「そうですか、ありがとうございます」
だが結局、こちらから根掘り葉掘り聞けるはずもなく、彼女は本の世界に終始夢中であった。一体どうしたら話すことが出来るだろうか。こんなことを考えている時点で、これはすでに恋愛感情なのだろうか。そんなくだらない気持ちの確認作業をしようとする。今そんなことはどうでもいいのだ。どうにか彼女を知るための作戦を考えなければならない。少し悩んだ末に思いついた作戦は、至ってシンプルなものだ。
作戦は簡単、彼女が返却した本を読むだけだ、至ってシンプルだろう、これぐらいの事しか思いつかなかったのだ。しかし彼女と話すチャンスは、楠の代わりの1週間の間だけである。普段あまりクラスメイトとも話さない俺にはきつ過ぎるハンデだ。勿論、楠が戻ってからも彼女は図書室にいるだろうが、今回のチャンス以上のことは卒業までにはないだろう。とにかくここで読書の話から、彼女のことを知っていくしかない。
時計は11時23分をさしている、アルバイトがあるため家で何かする時間は大体これくらいからになってしまう。本当なら俺も楠と同じように勉強をしなければいけないのだが、今はどうにかして、この文庫本を明日までに片づけなければならない。ただ読むのでは間に合わない。徹夜でもすれば話は別だが、悪いコンディションで明日からの対決に臨むわけにはいかない、これも学習と等しく、効率よくやらなければならない、まず初めに後ろのあらすじに目を通し主題を把握、クライマックスをできるだけ想像する、そして目次へと移る、そこで主題と絡みそうな部分をピックアップして読んでいく。幸いこの文庫は第何章というような簡素な分け方をしておらず、しっかりと章ごとにタイトルがついている。この読み方で後は、理解に苦しむところがあったら、前のページへとさかのぼる、この単純化することで、何とか1時間で読みきることが出来た。もちろん明日多少のボロは出るだろうが、別に面接官と面接するわけではない、そこは今あるコミュニケーション能力でどうにかするしかない。俺は、人と話が出来ないわけではない、無論得意ではないのだが…
翌日、放課後になりすぐに図書室に向かうと、もうすでにたった一人で腰を掛け、ページをめくる彼女がいた。自分自身の気持ちはもうできている。ゆっくりと荷物をおろし、彼女に話しかける。
「月隠さんは、勉強しなくていいの?」
「名前知ってたんですね」
自然に返答が帰ってきて、安堵する。
「楠から聞いたんだ」
「そうなんですね、この放課後の時間は読書するって決めているんです。だから今はしません」
「ということは、特に部活も委員会も?」
「そうなりますね、何か集団に所属するのが苦手で、でも人が嫌いなわけじゃないんですよ?」
彼女はいつもそう答えているのか、すらすらと言葉が出てくる。意外と彼女は饒舌なのかもしれない
「こんな見た目なので、無口な人だと思われてるみたいなんですがそうでもないんですよ、人と話すことは楽しいです。でもあまり話す人がいないので、結果的に無口になってしまっています。」
「確かに、初めて話したのにいきなりからかわれたしね」
「あれはいたずらって言うんですよ、それにしてもこんな見た目だから文学少女だーとか思いましたか?」
「正直思った」
「意外と中身は全然おとなしくなかったりするかもしれませんよ?」
そう言うと、初めて彼女の笑みを見せてくれた。
何だか不思議な時間だった。気づけば下校時間の6時をさしていた。あれからはあっという間だった。勿論、自分が予習してきた本の話もしたが、それ以前に、彼女との話は尽きることなどなかった。彼女はとにかくいろいろなことを話してくれた。自分の好きな本や歌、さらに学校に対して思っていること、そして彼女も普段あまり友達と呼べる存在がいないこと。俺はその話を時々質問しながら聞いていく、気づけば俺も自分のことを話し始めていた。普段こんなに話せる相手がいないことや、人に、学校に興味を持てていないこと、でも今に不満があるわけじゃないこと。
当然のことながらさすがにあなたに興味があるとまで言うことはなかった。
この幸せな時間は次の日も次の日も続いていった。俺は気付いていた。自分も本当は誰かと話をしたかったことに、そしてそれが俺にとってどれだけ楽しいことなのかを。彼女は間違いなく俺にそれを気づかせてくれた。
昔から決まっていることではあるが、人の幸せは長くは続かないものだ。長いようで短い7日間は終わりを遂げた。彼女とは友達になれたのだろうか。俺はここで友達とは何だろうなどと考えてしまう。でもただたのしかった。だからそれでいいじゃないかという気持ちも同時に沸いていた。最後の日に、彼女に言われてしまったが、俺の読書の突貫工事作戦はとっくのとうにばれていたらしい。どうやら、二人で話した一冊の小説は、タイトルそして初めの一ページからのモノローグと、最終章との関係性がどうにも泣ける話だったらしい。俺は初めのモノローグを読んでおらず、とんちんかんなことを言ってしまったのだろう。その時、読書を冒涜するなと怒られるかとも心配したが、彼女は優しく微笑み、そんなことしなくてもお話ししますよと言ってくれた。いい加減俺は、自分の感情を自覚しつつあった。
もう間もなくして楠は帰ってきた。
「1週間ありがとね!助かったー」
「おう、テストは大丈夫だったのか?」
分かりやすく彼女は親指を立て言う
「バッチリ、完璧だね」
「それならよかった」
ここまで清々しく言われるとこっちの気分までよくなる。
「そういえば月隠さんどうだった?」
「意外と面白い人だった」
「おもしろい?あの子本の話以外あんまりしないけどな…それより、それよりだよ!」
急に語尾を強める。彼女のこのテンションは普通なのだろうか、それとも部活動ノリというやつなのだろうか?
「どうした?」
「その月隠さんこの時期なのに、転校するんだって、聞いてた!?」
その瞬間、急に耳が遠くなり、頭は重くなる。まるで空気全体の重力が何倍にもなっているように感じる。やはり幸せは終わってしまうのだ。さすがにここまで完璧に、強制的に、終わらせられるとは思ってもみなかった。なんで月隠は言わなかったんだ、どうして?それともやっぱり1週間なんてこんな短い日数は何の意味もなかったのか、彼女のこころは動いていなかったのか、一気に疑念が膨れ上がる。
「わざわざ、教えてくれてありがとう」
「いいけど、どうかしたの??」
楠は心配そうに、また善意を向けてくれる
「何かあるなら、代わるよ当番」
彼女のきれいすぎる善意に甘えるのには少し気が引けたが、気を回すことすらできなかった。
「すまない」
俺は一言いい残すと、月隠が最後に渡してくれた文庫本をカバンにしまい込み、図書室を後にした。
家に帰ってからは、まさにただの屍を体現しているようだった。無気力さ、月隠への不信感と疑念の高まり、そして楽しく充実した時を過ごしていたのは自分だけだという自己嫌悪、そしてこの状況を打破するためには月隠に会うしかないという焦燥感が負のスパイラルを起こす。しかしこのスパイラルの行きつく先は決まっていて、それは臆病でいつまでも進化しない俺だ。結局何をするわけでもない、いや違う何もできないのだ。俺には。
気付けば、冬休みに入りあたりは年末年始に向け、浮ついた雰囲気が漂っていた。
12月31日 大晦日
俺は相も変わらず、ダラダラと時間を食いつぶしていた。しかし不思議なもので、ここまで休むと逆にやることもなくなってくる。月隠のことを考えれば気持ちは落ち込むだけ、だからこそ誤魔化して過ごしてきたが、ついに限界を迎えたのだ。
「どうせ、もう無理なんだよな」
自分のバックの中から、あの日しまい込んだままだった本を取り出す。自分が話の話題を作るために、文庫本を読み漁っていたことが懐かしい、おもむろに読み進めていく、月隠が楽しそうに時に苦しそうに、時におどけて、話してくれたこの小説の場面が一つずつ浮かんでは羅列された言葉たちと結びつき合う、そして同時に月隠が俺の中に現れてくる。自然と涙が頬をつたった。そのまま「稲妻、走る」と描かれた表紙にぽつりと落ちる。高校生にもなって泣くなんて、どうにか我慢しようとするがどうしても抑えられない、自分の気持ちを認めるしか、この状況を理解する術がない、俺はたったの1週間で彼女に月隠に恋をしたのだ。
「かっこ悪すぎるな」
言葉が漏れる、一人の人を好きになって、その人と別れる前に気持ちを確認したいし、伝えたいけど、できないって俺は乙女か気持ちわるい、あきらめてることがなお女々しい、吐き気がする、でも連絡先も知らない、もちろん住所だって知らない、どうやって会う。町内を聞いて回るか、効率が悪すぎる。その時、小説のタイトルのように俺の頭に稲妻が走った。
急いで確認するとそこには、張り付けられた栞があった。
「12.31 学校で待ってます。」
「まだ間に合う!!!」
部屋着のまま、玄関を飛び出す。習慣なのか何なのか、学校用のローファーで出てきてしまった。全くふざけた格好だ。だが人の目など気にもならなかった。頭の中は彼女の事しか存在してなかった。普段の登校ルートを駆け抜けていく、洋服に守られていない素肌の部分が、氷のような空気にさされる。ローファーは裸足で履いているせいでもう足の感覚が無くなりつつある。初詣に向かうのであろう大量の人々の間をかき分けていく。最後の坂を駆け上がればゴールだ。
急いで正門を飛び越える。もうそろそろ部活もしてない俺には厳しい頃間だ。しかし迷わずB棟2階奥の教室を目指し、校内を駆け抜ける。勢いよく扉を開けた。
彼は絶対に私なんて気にもかけていないだろう。間違いない自信がある。理由だってある。私はずっとこの図書室にいて、彼と同じ空間にいるのに、3年間通してかけられた言葉は、「返却期限は1週間後になります」この言葉だけ、私はほぼ毎日と言って彼と顔を合わせているのに、彼はその言葉をつまらなさそうにつぶやくだけ、私は一体彼の何がいいんだろう。でも間違いなく好きなのだ。あの誰とも深い関係を気づかず、人生を冷めたように見ている彼と話がしたいと思ってしまったのだ。でも結局何もできずにいた時、転校は決まった。正直、卒業まであと少しだからこの学校に残りたいと親に駄々をこねることは出来たのだろうけど、そこまでこの学校に未練なんてなかった。だからこの転校を私は逆手に取った。
この期限を活かして、最後に彼とお話をしようと。不思議と最後が見えている分勇気が湧いてきた。私はすぐに、クラスの中でも比較的お話しする、楠さんにお願いをした。初めはうそをついて当番を代わってもらおうかとも思ったけど、あの楠さんを騙すなんて私にはできなかった。そうすると彼女はすぐに快諾してくれて、作戦はスタートした。
初めは勇気を出して作戦を実行したものの、緊張しすぎて声が出せなかった。でも彼がものすごくこちらを見ているので、私が何かしてしまったかと思い、声が出た。彼はすぐに返答してくれた。私は彼の声を聴いた途端、なぜだかとても落ち着いたのだ。そして自分でも気づかないうちに、次の言葉をかけていたのだった。
あっという間に1週間は過ぎ、期限となった。私は、最後に本を渡してしまった。
12月31日 11時30分
「なんでいるんですか!?」
「なんでって、待ってるって書いてあったから」
やっぱり、彼女の前に来ると自然と言葉が思いつく
「何ですかその恰好?笑われますよ?」
月隠は動揺を隠すように、落ち着きを払って見せる
「もう十分に来る途中で笑われたよ」
「そうですか…」
気まずそうに月隠は俺と目を合わせない
「なんで転校の事言わなかったんだとか他にもいろいろ思うことはあったんだけど、全部いいわけだと思う、ただ話がしたかった。会いたかった。」
「よくもそんな恥ずかしいこと言えますね」
「恥ずかしくもないだろう、別に話題作りの偽装なんてしなくても話するって言ったのは月隠だろ?」
彼女は背を向けて、月に照らされたグラウンドを見下ろす。
「来るなんて思ってもなかったです。」
「まぁ、普通あんな回りくどいやり方気づかない」
「でも気づいたじゃないですか?文庫の表紙の裏に張っておいた栞」
「ちゃんと、月隠が教えてくれてたからね」
そうだ彼女に俺は試されていたのかもしれない。月隠は最後の図書当番の時に、一冊の本について語ってくれた。彼女は全てが分からないようにでも、興味をそそるように丁寧に、そして最後に最終章を読みタイトルの意味を理解し感動したと。そのことを俺はその小説を読みながら思い出していた。そこで気が付いたのだ。表紙が別のものにすり替えられていると。最終章を理解した後に、その小説にあった表紙の、「稲妻、走る」はとてもその話とは一致するものではなった。しかし、彼女の話がなければ、彼女の存在を再確認できなければ、あのただ読み流していた俺は気付くことができなかっただろう。あとは当然すり替えられているならば、その表紙を取れというメッセージであり、そこには栞が張り付けられていた。
「これは挑戦状だったってことでいいの?」
月隠にしおりを見せる。
「半分半分です」
彼女は悲しそうに言って、こちらに向きなおす。月明かりに照らされ彼女の顔がはっきりとする。あれから髪を切ったようで、大人びた印象を受ける。
「残りの半分は?」
「簡単です。気づいて欲しくなかったからです。あなたは気になる人に電話をかけて、出ては欲しいけど、やっぱり怖いから留守電にかかればいいと祈ったことはありませんか?それと同じことですよ」
「なるほど、もしかしたら月隠以上にその気持ち分かるかもな」
「私は、あなたがこのメッセージに気づかずに、今日ここに来ないことを言い訳に、あなたから去ろうと思ってました。」
「それは、なんとなく分かったかな、俺も同じような言い訳してたしな」
「あぁもう何なんですか、何なんですか」
彼女の緊張の糸が切れたようだった。
「だいたい、普通気が付かないでしょ!折角あの1週間おとなでミステリアスな感じで行けてたのに、楽しく過ごせたのに…」
月隠の目には涙があった。彼女は彼女なりに、自分の最善の幕引きがあったのだろう。夢を夢で終わらすための。
「今日で何もかも終わり、夢のまま終われなかった。悲しくないって言い聞かせてたのに、すべてが台無し!」
彼女の繊細な顔つきが、歪んでいく。
「本当の月隠はこうだったんだな」
「だからわたしは!!」
「幸せだよ、また月隠を知ることが出来て、月隠と話が出来て。夢とか思い出とかで月隠とのことを終わらせたくない、もう言い訳は散々なんだ。十二分に今までの人生でしてきた。」
「本当の私はあの1週間の私じゃ!」
「好きだ。おとなでミステリアス?俺がいつそんな人がいいなんて言った!そんなことでお前を好きなったわけじゃない、月隠が話すことの喜びを教えてくれたんだ。細かいことは抜きにして、とにかく月隠と一緒にいて、たわいもないことを話すことが俺にとっての幸せなんだ!その幸せを、幸せはいつか終わるなんて言い訳して、あきらめたくないんだよ。わがままって思われてもいい、でも死ぬまで自分に自分で嘘つき続けるなんて嫌なんだ!!」
月隠はとにかく泣きじゃくった。静寂の図書室の中で、まるでころんだ子供のように。その姿を見て俺は、心が落ち着いていった。もちろん月隠の本当の姿を見たからかもしれないが、初めて心が行き交ったような気がしたからだ。当然、好きな人の泣き顔というラッキーなシチュエーションに遭遇できた喜びもあるわけだが…、それは内緒にしておこう。
一通り泣きつかれた月隠は言った。
「携帯…」
「携帯?というか顔凄いことになってるぞ?」
「顔って仕方ないじゃん」
月隠はおもむろに俺の袖で涙を拭く
「なんでだよ」
「いやなの?」
「別に、ほら携帯」
「これで良し、はいっ」
素早い手つきで返される。
「連絡先か、本当にこの栞なかったら、会いようがなかったぞ」
「だから今交換したの、私疲れたから寝る」
「はっ!?ここで?って」
その時にはもう膝の上で寝息をたてていた。1週間のあの演技は相当苦労したに違いない。その時、携帯に通知が入った。
------ 明けましておめでとうございます。
これからよろしくお願いします。 ------
月隠りというのが、晦日・大晦日の別名ということで、ヒロインの名前はつきかくしにしました。流石につきごもりちゃんにする訳には行かなかったので、気が付いた人いたらびっくりです。




