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なぜ生きるか? それが知りたい(段落なしコンテスト用)  作者: 赤木 爽人
第2章「進藤 達也」(シンドウ タツヤ)
3/8

命の連鎖は途切れない


   1


 進藤達也は六歳。かわぞえひかり幼稚園の年長組「すみれ組」に通っている。三清山賀製薬本社から一山離れた新興住宅街にある幼稚園だ。

 昨日もいつもと同じように、一日の最後にはお別れ会が行われた。男の子十五名と女の子十五名が帰り支度を終えて、ピアノの椅子に座るまみ先生の周りを囲むように座った。まみ先生はみんなの顔を一通り見渡し、帰り支度が終わっているのを確認すると話し始めた。

「ちゅうもく! さあ明日は待ちに待った動物園遠足の日です。みんな楽しみかな? 」

「うわあ! 」子どもたちの歓声が上がる。

「はーい 先生も楽しみです。お弁当におやつ、お手拭き、レジャーシートをリュックに入れて忘れずに持ってきてね」

「はーい」

「それに水筒と帽子も忘れずにね。分かりましたか? 」

「はーい」

「じゃあお歌を歌って帰りましょう」

「はーい」

 まみ先生の軽快なピアノの伴奏がはじまった。そして子どもたちの大合唱が響く。


 今日も一日 すみました

 なかよしこよしで お片づけ

 先生さよなら またまたあした

 イェーイ!


 おゆうぎ おうたも すみました

 なかよしこよしで 帰りましょう

 みなさんさよなら またまたあした

 イェーイ!  


 いつもの事ながらイェーイ! は全員ジャンプで盛り上がる。これがないと幼稚園児は帰れない。


 明日は動物園へ遠足にいく。


 かわぞえひかり幼稚園は、すみれ組、ばら組、ひまわり組の三つが年長組だが明日はすみれ組だけが行く事になっていた。残りの二組は一日づつ遅れていく。動物園までは通園で使っている三台のマイクロバスのうち通称「ライオンバス」と呼ばれるフロントに優しい目をしたライオンの顔、ピンと立った耳、勇ましいたてがみのオブジェとリアに尻尾のついたバスが使われる事になっていた。黄色と茶のペイントがポップさを醸し出している。他の二台はライオンバスのようなオブジェはついていない。

 加えて、普段すみれ組は十名がバス通園なので、残りの二十名はライオンバスに乗る機会が少なく、その事が子どもたちの期待感とワクワク度を更に高めていた。


 お別れ会が終わると教室にはお迎え組二十名が残った。誰もが床にぺたんと座り、心配そうな目をして教室のドアが開くのを今か今かと待っている。必ず身内の誰かが迎えに来てくれるのが分かっていても、園児たちは毎日心配なのだ。多くの園児はお母さんがお迎えに来るが、お父さんやおじいちゃんやおばあちゃんが来る時もある。身内の方は一人が教室に入ったらドアを閉め、廊下で並んで待っている決まりになっていた。

 お迎えの順番が早ければ早いほど園児の喜びは大きい。そういった意味では進藤達也は不満があった。今年になって妹の里奈が年少組「コアラ組」に入ったからだ。

 お母さんは小さい里奈を先に迎えてから達也を迎えに来る。だから不安な時間が長くなったのだ。それに愛情も二番目になってしまったように思えてなんだか寂しい。


 達也はいつもゆうくんと並んでにお迎えをまっている。ゆうくんは一番のなかよしだ。でも二人とも無言だ。無言で不安そうにドアを見ている。

一人二人…お迎えが来て、教室に残っているのは十名の園児たち。

 ドアが開いた。誰かが入ってくる。

 ドキドキする。

 入って来たのはゆうくんのお母さんだった。ゆうくんの不安げな表情が一転して、ぱぁっと太陽のような笑みを浮かべると勢い良く立ち上がった。

「ゆうくんおいで」まみ先生がゆうくんを見て声をかけた。

「じゃあなたっちゃん」

「うん」

「バイバイ」

 ゆうくんはお母さんの元へ駆け寄るとしがみついた。

「ゆうくんおかえり」お母さんはそう言うとゆうくんの手を握った。

 まみ先生はお母さんに、今日のゆうくんを簡潔に伝えるとゆうくんとハイタッチ、二人は教室から出て行った。 

 それから更に二人、お迎えが来て教室からいなくなった。残りは七人。

 達也は寂しい、と開いたドアからお母さんの顔が見えた。

「やったーお母さんだ」

 達也はそう叫ぶとドアに向かって走った。まみ先生が振り返って達也を呼ぼうとした時、既に先生の横を走り抜けていた。

「たっちゃんーあら早いね」微笑むまみ先生。

 しかし教室に入って来たお母さんの手を里奈が握っていた──それを見た達也はちょっと寂しい。

 でも里奈は達也に会えて大喜びだ。

「お兄ちゃん、一緒に帰ろ」満面の笑顔で達也に言った。

「うん」なんとも照れ臭く里奈が少し憎らしくもあり、可愛い、微妙な感情がいつも湧いてくる。

 まみ先生はお母さんに今日のたっちゃんを簡潔に伝えると達也に向かって言った。

「たっちゃん明日の遠足楽しもうね」

「うん」元気に応える。

「じゃあタッチ」

 二人はハイタッチを決める。

『さようなら』声が揃った。

 幼稚園が終わるのが二時半、延長保育を頼めば五時まで預かってくれるが、ほぼ頼まない。そして幼稚園を出るのがいつも三時近くだ。


   2



 進藤達也のマンションは幼稚園から歩いて十分程の所にある。途中さほど広くないが幼稚園児が遊ぶには最適な東公園があった。帰りがけに東公園でもっと遊びたいと里奈が言ってきかないので一時間、多い時は二時間くらい遊んでいく事もあった。今日も同じように遊びたいを連呼する里奈に根負けして東公園に立ち寄った。

 とにかく子どもはいつも遊びたいのである。


 東公園は公園の周囲を立木が囲み、ブランコに鉄棒、ジャングルジムにシーソー、滑り台、砂場と、いたって普通の遊具が備えてある。木漏れ日の下にあるベンチには、幼稚園で顔なじみのお母さんが三人座っていた。子どもたちは既に東公園で遊んでいる。達也のお母さんは挨拶すると空いているところに座った。

 里奈はベンチで鞄をお母さんに預けるといつも真っ先にブランコに向かう。お兄ちゃんに思い切り押してもらい、ぐんぐんブランコをこぐのが大好きなのだ。

 一方達也はようやくできるようになった逆上がりの練習をしたかった。達也もお母さんに鞄を預けると鉄棒に向かおうとした。でも、やはり里奈が大声で呼んだ。

「お兄ちゃん押して押して」ちょこんとブランコに座って達也に熱い視線を送っている。

「はいはい」達也は面倒臭そうにそう言うとブランコに向かった。達也はこの頃少し兄としての自覚が芽生えてきた。お母さんもそんな達也を見て頼もしく感じていた。

「早く早く」

「わかったよ」

 里奈に急かされて後ろに回り込む達也。里奈の背中を押す。ブランコが動き始める。

「もっともっと」

「はいはい」更に力を入れる。勢いつくブランコ、次第にグルングルン動き出す。

 キャッキャ言って大喜びの里奈。

 これだけ喜ばれると達也も悪い気がしない、更に激しく押す。

 ひとしきり達也を独占した里奈の興味は砂場へと移った。同じ幼稚園の園児たちが遊んでいるのを見て自分もやりたくなったのだ。ブランコを止めると砂場へと走って行った。一人になった達也は砂場へは行かず鉄棒に向かった。そして、逆上がりの練習を始める事ができた。

 公園の真ん中には三メートル位の一本足で、文字盤がまん丸の時計が設置されていた。時計はそろそろ四時半になろうとしていた。お母さんは帰って夕飯の支度をしないといけない。遊びに夢中の達也と里奈に声を掛ける。

「プニュプニュぽっぷんが始まるよ、帰りますよ」

 これはいつも効果覿面だ。公園で遊んでいた幼稚園児全員が反応して遊ぶのをやめた。そして各々帰路についた。


   3


 進藤達也と妹の里奈はリビングのテレビの前で微動だにしなかった。そして五時丁度にプニュプニュぽっぷんのテーマソングが流れるないなや、テレビに映った結城純恋──番組での愛称は『ユキミン』と同じ振りで踊り始めた。軽快なリズムにのって優しいユキミンの歌声が流れ、それに合わせて考えられたダンスは良くできていた。子どもたちは踊りと歌を刷り込まれ、この曲がかかると踊らずにはいられないのである。

 幼稚園ではダンスの時間にこの曲を使っていた。商店街の催しでダンスコンテストの課題として使われたり、電気屋でもテレビのデモでこの曲のプロモーションビデオを映していたり、魚屋や肉屋が店頭で客寄せに流したり、とにかく子どもたちはこの曲が聞こえてくる度に、身体が勝手に反応し歌い踊るものだから、子ども連れのお客さんを足止めするのに都合が良く、ありとあらゆる場所でこの曲は流れていた。


 番組のプログラムは定番の体操のコーナー、工作のコーナー、クイズのコーナー、アニメやドラマなどがあるが、それぞれに飽きさせない工夫がふんだんに取り込まれていた。中でもユキミンがCGの世界を大冒険する「超絶ユキミン! 大冒険」のコーナーが達也は一番のお気に入りだった。恐竜、宇宙、昆虫、植物、地底人、深海の世界などを行ったり来たりしてスリリングな旅をするものだ。その中でユキミンが笑い、時には怯え、考え、行動する、その全てが愛らしくたくましく、元気だった。加えて全体構成が巧みで幼稚園児から小学生まで、幅広い層の子どもたちが楽しめる番組作りがされていた。

 この番組は六時までの一時間番組なので、その間にお母さんたちが夕飯の支度をするのに都合がよかった。お陰で視聴率は常に二十パーセントを超え、加えて結城純恋のファンでこの時間は働いていて観られない人たちは、録画して欠かさず観ていた。純恋はこの他にもドラマにバラエティーにアニメの声優、歌番組と引っ張りだこ。その全てが高視聴率をマークした。

 歌って踊れ演技ができ、そして老若男女問わず愛される。まさしく国民的アイドルに成り上がっていた。


 ──夜。


 畳の上に並んで敷いた布団の上で、パジャマを着た達也と里奈はお父さんが読む絵本に夢中になっていた。就寝前のこの時間は、お父さんとコミュニケーションをとる貴重な時間だ。お父さんはいつも七時半頃に帰宅する。そして家着に着替えるとすぐに絵本を読んでくれた。


 八時になった。

 ユキミンが一人で部屋にいて照明を消した頃、あるいは永澤剛が撮影に向けた最終ミーティングを始めたのと同日同時刻だ。


 絵本を読み終わったお父さんは言った。

「──さて今日はここまで、寝る時間です。たっちゃんは明日いつもより早く家を出るから、ちゃんと起きましょう」

「はーい」

「里奈もたっちゃんと一緒に家を出るから、早めに起きてね」

「うん」

「じゃあ電気消すよ」お父さんが立ち上がった時、達也が起き上がった。

「ちょっとまって」

「なんだい? 」

 達也は枕元に置いてある遠足用のリュックを手に取り、中を開けるとレインボーアメの袋を取り出した。

「へへへあった」

「なんだい? さっき確認しただろう」

「へへへー」ニンマリする達也。

 レインボーアメは舐めているうちに次から次と七種類の味にかわる、見た目にも綺麗で、袋もアメリカンポップなイラストが描かれた子どもたちに大人気のアメだった。一袋には、一粒づつ包装されたあめ玉が十個入っているのだが、いつもと違い全部独り占めできるのがこの上なく嬉しい。里奈と分けなくてもいいのだ。

「お兄ちゃん残ったら里奈にもちょうだいね」

「いいよ」達也は優しい、すぐにそう返した。

「絶対だよ、絶対」

「うん」達也はレインボーアメをリュックに戻すと枕元に置いた。

「さあ寝るよ、おやすみなさい」お父さんが照明を消す。

『おやすみなさい』二人が揃ってそういうとお父さんは部屋から出て行った。


 これが、毎日繰り返されていた進藤家の日常──幸せな日常だった。


   4


 そして今朝、七時。


 達也と里奈はダイニングテーブルで二人並んで朝食をとっている。いつもは七時半に食事をとり八時半の開園時間に間に合うように家を出る二人だが、今日の遠足は八時集合なので早めに起こされて食事中だった。

 お母さんはキッチンでお弁当作りに追われていた。お父さんは洗面所で身支度をしている。二人を幼稚園まで送るのはお父さんの役目だ。職場がマンションから近いので、普段でも始業時間の九時には充分間に合う。リビングにあるテレビは見るともなくつけられ、七時丁度に始まったワイドショーの司会者は番組冒頭で結城純恋の悲報を伝えた。


「昨夜八時半頃、女優でシンガーソングライターの結城純恋さんが、自宅マンションから飛び降り自殺をしました。結城純恋さんは子ども番組ではユキミンの愛称で親しまれ、子どもから大人まで幅広い層のファンを持つアイドルでした」


 テレビはプニュプニュぽっぷんのオープニング映像を流し始めた。

 すると達也と里奈は顔を見合わせ大喜び、「プニュプニュぽっぷんだ! 」

 そしてテレビの前に行くと歌って踊り始めた。

 子どもたちはこの曲がかかるといてもたってもいられないのだ。そして、映像が切り替わっても、二人はフルコーラスを歌い踊っている。フルコーラスは三分以上ある。

 と、二人の異変に気がついたお母さんがキッチンから出てきて驚いた。

「あんたたち何やってんの? 踊っている時間なんてないでしょう! 」そして勢いよくリビングに行くとテレビを消した。

 踊るのを辞める二人。

「それになんで寝巻きなの? 着替えてから御飯食べなさいっていったでしょう」

 無言の二人。

「間に合わないわよ、早く御飯食べなさい」半ば怒った口調でお母さんは言った。

「はーい」二人はテーブルに戻ると再び朝食を続けた。

 ──この間五分ほど。

 食後はお父さんとお母さんが手分けして二人の歯磨きに着替えに、お弁当をリュックに入れて、水筒に氷とお水を入れて、帽子を探して被らせ、お父さんはスーツに着替え出社の準備をして──もうドタバタだった。朝の五分は本当に貴重だと思い知らされた。


 お父さんは幼稚園の制服を着た里奈を抱っこして走った。走りながら片手で携帯電話をかけている。達也は遅れないように全速力でついてくる。お父さんの電話先はかわぞえひかり幼稚園だ。

「おはようございます。かわぞえひかり幼稚園佐々木です」電話先に事務の先生がでた。

「おはようございます。進藤達也の父親ですが、五分ほど遅れそうなのでお待ちいただけますか? 」

「わかりました。まみ先生に伝えておきますね」

「よろしくお願いします」電話を切って振り返るお父さん。必死に走る達也。

「頑張れ、行くぞ」

「うん」

 走る走る。


 幼稚園では既に達也以外のクラスメートがライオンバスに乗り込んでいた。真っ青な空に入道雲、外の気温は徐々に上がる。そんな中すみれ組の園児たちはエアコンのついた車内で快適だった。今日の動物園遠足ではすみれ組のクラスメート三十名の他に、補助のみゆき先生にともみ先生、男性で年配のバスの運転手──たけし先生が行く事になっていた。まみ先生を除く三人の先生も既にバスの中にいた。

 まみ先生はドアの外で見送りの親御さんと立ち話をしている。そこに事務の先生が窓を開けて大声で叫んだ。

「まみ先生! 達也くん五分遅刻、電話ありました」

 まみ先生は振り向くと敬礼した。

「了解です」そして取り巻く親御さんに言った。

「達也くんが五分遅刻です。出発は八時五分頃になりました」


     ※


 運命の選択は常に偶然を装って訪れる。


     ※


 一番最初に達也の姿を見つけたのはゆうくんだった。ゆうくんの隣に達也が座る事になっていて、そこは空席のままだった。ゆうくんは立ち上がって大声で叫んだ。

「たっちゃんきたー」

 それと同時にクラスメートが全員たちあがり、たっちゃん頑張れ! の大合唱が始まった。バスのフロントガラス越しに達也とお父さん、抱っこされた里奈の三人が見えていた。お父さんはもうヘロヘロだった。バスの近くまで来たところで、里奈を抱っこしたまま立ちすくんだ。

「たっちゃんいけ」息も絶え絶えにそう言うと、達也を一人で走らせた。

「うん」達也はバスに向かって走っていく。まみ先生も達也に手を振った。

 と、達也は途中で何を思ったか、振り向くと里奈に向かって叫んだ。

「里奈、バイバイ」そして手を振る。

 突然、里奈の顔つきが変わった。

「たっちゃんバイバイいやだ」大声で泣き出した。

「イヤダイヤダ」錯乱するように体を振り大声を上げた。

 お父さんはどうしていいか分からず、里奈を力強く抱きしめるとなだめるように言った。

「大丈夫だよ、大丈夫、それに里奈だって年長さんになったら動物園遠足にいくんだし」

「イヤダイヤダ」今度はお父さんの首にしがみつく里奈。お父さんは抱きしめる事しかできない。


 走って行った達也はまみ先生の腕に潜りこむとハイタッチ! 『イエィ』バスに乗り込んだ。

「わあああああ」バスの中で歓声が上がる。

「遅れてごめんなさい」達也は大声で謝りゆうくんの隣に座った。

「出発だ」ゆうくんが大声で言うと「しゅっぱつ」の声があちこちから聞こえてきた。

「それじゃみなさん、行ってきます」まみ先生は見送りの親御さんにそう言うとドアを閉めた。


 バスのデジタル時計は八時七分。


 動物園へ向かってライオンバスは出発した。


   5


 幼稚園から動物園へは四十分程度で到着する。途中四号トンネルの手前で旧道に入り、トンネルを三つ抜けて動物園へといくルートだ。

 道のりは順調だった。

 幼稚園から一般道を通り旧道にはいると四号トンネルに向かってバスは走る。車内では子どもたちが楽しそうにお歌を歌ったり、お話をしたり──。


 それは突然起った。


 四号トンネルまであと二百メートルくらいの直線で、道路が揺れ始めた。

 最初に気がついたのは運転しているたけし先生だ。子どもたちはお歌に夢中で気がつかない。

 たけし先生はハンドルの違和感からハザードを出して路肩に停まった──バスが八時丁度に出発していたら、この時既に四号トンネルを抜け出てていただろう。


「地震! みんな座席に捕まって」たけし先生は叫んだ。


 その後更に揺れは大きくなる。右へ左へ激しく揺れ動くライオンバス。

 外の景色もあらゆるものが震えている。

 まみ先生とみゆき先生、ともみ先生は座席の前、中、後ろに座っていたので、近くの子どもたちに精一杯声をかける。

「捕まって、座席に捕まって」

「怖くない怖くない」

「ライオンバスは強いから大丈夫」

 子どもたちは無言でしがみつき、動かない。揺れは激しかったが、五分程して収まった時車内は静かだった。

 まみ先生は揺れが収まると同時に立ち上がって全員を見渡した。

 その時、一人の女の子が泣き出しそうになった。それを見て大声で言った。

「さすがすみれ組さん、地震になんて負けないね、ご褒美に一個だけおやつ食べていいよ」

「わああ」子どもたちは大喜びだ。そしておのおのリュックからおやつを取り出し始めた。  

 その間三人の先生は子どもたちに怪我がないか手分けしてみてまわった。

 達也はレインボーアメの袋の封を開けると、一粒取り出して嬉しそうに包装をむいた。

「おっ、たっちゃんレインボーアメ」ゆうくんが言った。

「えへへ僕大好き」

「後で僕のラムネと交換してね」

「いいよ」達也はそう言うと美味しそうに口に入れた。

 そしてもう一つ袋から取り出すと、ズボンのポケットに入れた。

「どうするの? 」ゆうくんが言った。

「えへへ…後でこっそり食べるの」

「あーたっちゃん」

「しー、ゆうくん、しー」

 まみ先生の機転で車内の子どもたちは動揺が少なかった。

 その間、たけし先生は外に出てバスを一周すると、破損がないことを確かめて運転席に戻ってきた。

「どこも壊れていません、行きますか? 」たけし先生はまみ先生にそういった。

「そうしましょう」そして子どもたちに言った。

「みんな怪我や気分が悪い子はいませんか? 大丈夫? 」

「はーい」子どもたちは元気に応えた。

 たけし先生が左右を確認すると、三清山賀製薬へと急ぐ大型トラックが追い抜いて行く。

「じゃあ出発しまーす」

「しゅっぱつ」子どもたちが口々に叫んだ。

 続けて諸岡が運転するレンタカーが追い抜いて行ったので、後を追うようにライオンバスも走り出した。


   6


 その頃、かわぞえひかり幼稚園「コアラ組」もまた地震の影響でざわついていた。

 進藤里奈がいるクラスだ。

 通園時間の途中だったので、里奈のようにすみれ組に兄姉がいる子どもか、早めにきた数人しか教室にはいなかったがみんなテーブルの下に避難していた。


「もう大丈夫、みんな出ておいで」担任のひろこ先生がそういうと、歓声とともに出てきてひろこ先生を取り巻いた。さほど怖がってる様子もなくひろこ先生は安心した。でも、里奈が出て来ない。テーブルの下でうずくまって全く動かないのだ。

 心配になったひろこ先生は里奈のそばに行くと話しかけた。

「もう大丈夫だよ里奈ちゃん。地震は逃げてっちゃたよ」そして屈んでテーブルの下を覗き込むと、両手を広げた。

「おいで里奈ちゃん、先生が抱き締めてあげる」

 里奈は先生をチラリと見た。両目から次から次へと流れる涙。

「先生のところにおいで」

 里奈はテーブルの下から抜け出すと先生の懐に飛び込んだ。ひろこ先生は里奈を抱き締め立ち上がると、お尻をポンポン優しく叩いた。

「もう大丈夫、大丈夫」

「ジシンハコワクナイ」泣きながら震える小さな声で言った。

「凄いね里奈ちゃん、凄い凄い」

 ひろこ先生は小さな体を愛おしそうに抱き締めると頭を撫でた。

「…カエッテコナイ」

「誰が? 」

「オニイチャン」里奈はたどたどしくそう言うと先生にしがみついた。

 そして今度は大声を上げて泣き始めた。

「大丈夫大丈夫だって、地震じゃライオンバスは壊れないよう」

 里奈は全く聞き入れない。ひろこ先生の洋服に染みができるくらいひとしきり泣いた──困惑するひろこ先生。里奈は一人、何か特別なものを感じているらしかった。

 ひろこ先生は何も言わず、赤ちゃんにそうするように、ゆっくり揺らしながら外を見つめた。

 ──里奈はそのうち疲れて眠った。



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