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3 : 幕間(3)

残すところ、後1話です。

最後までよろしくお願いします。

あの日、少女は全てを失った。

大切だった何もかもを、一度に。




面倒くさいばかりだった、何も変わり映えのしないいつも通りの『ツマラナイ日常』も、クラスの友達とクダラナイ事ばかり話して笑ってた『笑顔』の溢れてた学校も、家族との少ない時間だったけれど『幸せ』だった日々も――。


今の少女には何も残ってなどいなかった。


いや、正確には残っていたのは「幸せだった頃の記憶」と「幸せだった場所」。

それ以外の全ては、少女のもとから消えてなくなった。


文字通り、消えて――無くなったのだ。



まるで、全てが少女の中だけで作りだされた、夢の記憶の様に。

あの、『特別な日』さえも――。




少女は後悔した。何度も何度も後悔した。

あの日、自分があんなことを言わなければ、と。


あの日、あのクリスマスの日に。


忙しい両親に無理してまで家に帰って来て欲しいなどと云わなければ、と。

自分と一緒に行きたがる弟に、料理の準備があるからと無理に一人でお使いに行かせたりしなければ、と。



少女は、何度も何度も後悔した。

そして今も、後悔し続けていた。




全てを失ったのは、自分のせいだ――と。




「今日は早く帰って来られるの?」


少女は珍しく朝食を一緒に囲んでいた両親に向かって、問い質した。

少女の両親は仕事で多忙を極めている。

少女が小学生だった頃はそうでもなかったが、現在では滅多に食事をともにすることはない。


「何言ってるの。パパもママも急がしいのよ?そうそう早く帰れるわけないでしょ」

「でも、今日はクリスマス・イブだよ!?」


弟と一緒になって言う。


「う〜ん。俺の方は、難しいなぁ……」


父親が眉間に輪を寄せて、トーストを口に運びながら唸る。


「ママも今、とっても忙しい時期なのよ……。早く帰るのは難しいわねぇ」


母親は少し困った顔をして2人の子供を見遣った。


「ちょっとだけでも、無理?」

「2人とも、無理言わないで。パパもママもお仕事なのよ?」

「どうしても?」

「いい加減にしなさい。お仕事は学校と違って、休んだり早引けしたり簡単には出来ないのよ!?」


母親は食事を終えると自分の分の食器を持って、この会話は終りとばかりにキッチンへ立った。


「悪いな、2人とも。そう言う訳だから、パパとママの事は気にしないで2人でパーティーでもしなさい。な?」


父親はそう言って席を立つと、スーツのジャケットを羽織ってテーブルの上に数枚の一万円札を置いた。



「……どんなに忙しくてもクリスマスだけはって約束だったのに……だから、どんなに寂しくても2人で我慢したのに……」


両親の態度に、少女は呟く。

弟は半ば諦めたような顔をして少女を見ている。


「もう、いい!いっつもいっつも、仕事仕事って……そればっかり。こんなの、親が居ないのと一緒じゃん!しかも――クリスマスの約束まで破るなんて……2人とも最っ低!!パパとママなんて大っ嫌い!!」



少女が力任せにテーブルを叩くと、食器がガシャンと音を立てて踊る。

それにも構わず、リビングのソファに置いていた学生鞄を引っ手繰るように持つと、全速力で家を後にした。

背後から彼女を呼ぶ両親の声が聞こえた気がしたが、それすらも無視して、ひたすら学校への道のりを走った。



この事を、後で死ぬほど後悔することになるとも知らずに――。




少女の自宅近くの大通りとの交差点で、住宅街に突然の衝撃音が響いたのは何時いつ頃のことだっただろうか。


少女がエプロン姿で料理ブック片手にオーブンと格闘している最中、弟からメールが入った。

彼専用の着信音は、キラキラ星のオルゴールバージョン。

弟がまだ幼稚園に通っていた頃、大好きで毎日のように歌っていたからだ。

中学2年生になった現在、せめて童謡以外にしてくれと嫌がられている。

けれど、少女の中で彼のイメージは、その頃のままの可愛い弟なので他の曲ではしっくり来ない。

そう言う訳で、未だにキラキラ星のままなのだった。



【任務完了(^−^)/ もう直ぐ家に着くよ。料理できた?】


可愛らしい顔文字付のメールに、思わず口元がほころぶ。


「私ひとりじゃとても全部は無理だわ。あの子にも手伝って貰わないとね!」弧を描いた口元でひとり軽やかに呟くと、携帯の上で親指を器用に操る。


【只今格闘中!帰ってきたら手伝って(^人^)】




ものの数秒で返信ボタンを押すと、エプロンのポケットに携帯電話を押し込んだ。

それからクルリと踵を返し、今度はサラダでも作ろうかと冷蔵庫に向かったその時。


少女の耳に、ドォンと云う衝突音がまるで地鳴りのように響いた。


何事かと不思議に思いつつも、何となく不安に駆られてエプロン姿のまま玄関先へパタパタと掛けて行き、取りあえずサンダルをつっかけて外へ出る。

どうやら事故らしいと近所の人たちが騒いでいるのが目に入った。



いつもは閑静な住宅街、ましてや少女の家からは目と鼻の先の交差点での出来事だったのだ。

少女は何故か不安に駆られる自分を叱咤しながら、一歩一歩ゆっくりと事故現場へ歩いて近づいて行く。


辺りにはバケツででもぶちまけたかのような、大量の血。

余程急いでいたのか、明らかにスピードの出し過ぎだったであろうと思われる程に前方座席のひしゃげた車。

車種など一目では到底特定できないだろう潰れ方だった。


パパの車と同じ色だわ……でも、まさかね……今日は遅くなるって言ってた……し。


そう自分に言い聞かせながらもう一度潰れた車体から目を逸らそうと視線を動かした時、少女はふと目に触れた後部のナンバープレートに目が釘付けになった。


見覚えのある番号。

少女がまだ小学生のころ、語呂合わせでパパと遊んでいた番号と同じなのだ。間違いようがない。



「こりゃ駄目だな」

「これじゃぁ、助からないわね……」


辺りで傍観している人たちが口々に言っているのが、少女の耳を素通りしていく。

耳の奥で耳鳴りが響いている。



耳が、痛い。

目の前が真っ暗になって、気が遠くなる。



「男の子が下敷きになっているぞ!」



誰かの叫び声で、少女は我に返った。

同時に、まさか……少女の絶望の色が濃くなって行く。


「っすみません、通してください!」


少女は半ば悲鳴のような声を上げて野次馬を掻き分け、声のした方へ急ぐ。


こんなの、嘘だ。

ありえない、絶対に。絶対に――。


そう願いながら、倒れている少年の姿を見た瞬間。

少女の目の前が真っ赤に染まった。




「……ア、オ……」




小さく呟いてその場に崩れ落ちた少女のエプロンポケットからは、キラキラ星の着信音が鳴り響いていた。


次回、最終話ですが、最後までお付き合いいただければ嬉しいです。

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