第97話 二人の大切な時間 テレポート成功の舞台裏 前編
ニモ先生と二人のノームの戦士もムーン・グラードへと経ち、補充人員は残すところ後一便、僕、花太郎、アキラ、ユリハ、サイアだけとなった。僕は飛んで追随するから、シンベエに乗るのは四人だけだ。
出発を二日前に控えた今日、ユリハの指示で、花太郎はサイアとお買い物に出かけ、サイアの荷物持ちと、お菓子作りのお手伝いをすることになった。明日帰還するシンベエの報酬を拵えるためだ。大量のプリンを用意しなければならないらしい。
「エア太郎は邪魔しちゃだめよ。二人の共同作業なんだから」
ユリハが僕に言った声は、僕ではなく目の前にいたサイアに向けられていた。
「い、行ってきます」
サイアが耳を赤くしながら、花太郎を伴って市場へと去って行く。僕はユリハの言いつけ通り、追っかけることはしなかった。
悠里が経って十日ほど、僕は悠里の部屋とか社宅の屋上で瞬間移動の練習に没頭した。
最初は一時間以上(うまくいかないときは三時間以上)かかったけれど、コツを掴んでしまえば、覚えがはやいもので、十分以内にできたと思ったら、次は一分を切り、三十秒を切り、ついに三秒以内に瞬間移動が発動できるようになった。そして、ユリハの前でも披露し、晴れて通信士の仕事を貰えることになったのは、つい昨日のことだ。
今は、習字をしている。サイアと花太郎を見送ったあと、僕はメモ帳を取り出し、ボールペンを顕現させて、部屋へと戻った。
悠里が「エアっちが一人でも練習できるように」と、活字本をプリントアウトして、部屋中に並べてくれた。「エアっちが大好きな奴にしとくね」といって一ページ毎に並べてくれた作品は”シラノ・ド・ベルジュラック”だ。
「エアッちって、あの時はまるで”クリスチャン”だったね」
悠里に教わった文字の書き方を意識しながら、メモ帳に、ひたすらシラノの翻訳文を書き写している最中、悠里は、部屋中に並べられたコピー用紙のコピー元となった文庫本
を読みふけり、ポツリとつぶやいた。
主人公シラノが大きな醜い鼻を持っている才知溢れる毒舌男に対し、クリスチャンはすれ違う度に女性が色めき立って振り返るような凜々しき好青年でありながら、口べた過ぎて幻滅させるのが恐ろしく、まともに女性と会話できない堅物。
ある日、シラノが密かに思いを寄せている従兄妹のロクサーヌから相談を持ちかけられた。恋愛相談だ。
醜い鼻故に想いをずっと忍し隠していたシラノ。そんなことは露と知らずにロクサーヌは想い人の名を告げる。
今度、シラノが属するガスコンの青年隊に配属となるクリスチャン。彼とは劇場の観客同士、情熱的な視線のやりとりをいくつかしたきりで、まだ声もかけられてない。風の噂でガスコン中隊に配属すると聞いたロクサーヌが兄のように慕うシラノに頼みこんできた。
ガスコンは、ガスコーニュ地方出身者の集まり「どこか狂ってなけりゃガスコンじゃぁねぇ!」と自分たちで豪語するつっぱった部隊。部外者のクリスチャンが気性の荒い青年隊から決闘を申し込まれぬように守ってほしい、と。ガスコンで最も腕の立つ、跳ねっ返りのシラノも、ロクサーヌの頼みとあっては、と、引き受ける。
話してみればクリスチャンも、ロクサーヌに首っ丈だった。されど、その美しい顔立ちとは裏腹、男相手ならいっぱしの喧嘩を張れるが、女性相手にゃ、口説く才知も度胸もない。
シラノは提案した「俺がお前に才知を叩き込む」と。「俺の言葉とお前の容姿でロクサーヌを虜にしよう」と。
手紙のやりとりまではよかった。シラノが代筆してくれるから。短い会合の場も、シラノに教えこまれた定型句を述べるだけで場をつないだ。
やがてクリスチャンに欲が生まれる。「シラノに頼らず、自分の実力でロクサーヌを虜にしたい」と。
真夜中、ロクサーヌの家に訪れたクリスチャンとシラノ。「あんたには感謝してるが、もう頼らないぞ」とシラノに宣言し、小さな庭でロクサーヌと会ったクリスチャンは……愛想を尽かされる大失態をやらかした。
「あなたを、愛しています」
「続けてくださる?」
「あなたを、愛してる」
「そう、それは”テーマ”。もっと言葉の綾が聞きたいわ」
「好きだ!」
僕が物語の序盤を書き写している最中、悠里は一人二役で、クリスチャンとロクサーヌのやりとりを朗読し、爆笑していた。
「好きだ!」とか「愛してる」ばかり言うだけのクリスチャン。「いつものようにどのように愛してるか言葉を紡いでよ」と要求するロクサーヌに「いや、やっぱり嫌いだ。と見せかけて好きだ!」とか「うなじに口づけしたい」みたいなフレーズを言い放つクリスチャンに「もう、あなたと話すことはないわ」と彼を置いて、ロクサーヌは家の中へ入ってしまう。
「お見事!」と、一部始終を隠れて見ていたシラノが現れ、うなだれるクリスチャンに助け船を出すのだ。
ここからは、
「ああ、ロミオ! あなたはどうしてロミオなの?!」
「親がつけたから」
で有名なシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」に並ぶ、有名なテラスシーンだ(作品読んだことないから、セリフが間違っているのは知っているけど、正しい答がわからない)。
「シラノって、すごいよねぇ。こんな状況なのに、ロクサーヌにキスまでさせちゃうんだからサ」
シラノとクリスチャンは、二階のテラスに小石をいくつか当てると、闇に紛れた。
窓を開けるロクサーヌ。「俺の言ったとおりに繰り返せ」とクリスチャンに言葉を紡がせるシラノ。
はじめはいらだち「話す気にも起きないの」と窓を閉めようとするロクサーヌに、クリスチャンが届けた言葉は「まぁ、さっきよりは大分ましね」と彼女をその場に踏み止めさせた。
しかし相手はシラノの従兄妹。才知は女性の中でも抜きんでて、その美貌とともに輝きを放つロクサーヌ。クリスチャンが反芻する愛の言葉、比喩の穴を見つけては、彼女が鋭く真理に迫った質問を返す。やがてワンテンポ遅れて、途切れ途切れにシラノの言葉を反芻しているクリスチャンにロクサーヌは疑問を抱いた。
「ひっこんでろ、クリスチャン。難しくなって来やがった」
シラノは小声でクリスチャンを引き戻すと、夜闇に紛れて直接言葉を投げかけた。突然声質が変わり、流暢に言葉を紡ぎ始めたことを問うロクサーヌに、シラノはユーモアと理にかなった言葉を返し、納得させる。
彼の言葉をもっと聞きたいが為「今、そちらに向かいますわ」と窓を閉めようとしたロクサーヌを、シラノは窓に止めた。「貴女には月明かりが落とす私の影、私は闇夜をものともしない、美しい貴女の白いドレスをみながら、心の内を明かしたい」と。
シラノは語った、心の内を。醜い姿故、届けることを諦めていた恋慕。そして、彼の言葉にすっかり絆され、酔いしれたロクサーヌは、「貴方の魂を深く愛しています」と告げ、木を伝って二階のテラスに登ってきたクリスチャンと、熱い口づけを交わした。
テラスの下でシラノが呟く「ロクサーヌは今、俺の言葉が紡いだ愛に、口づけしているんだ。貪るように俺の心を愛してくれている。それだけで、満足だ」と。
「すごいなぁ。完全に言葉だけで欲情させてるんだもん、シラノってばさ」
[悠里、その言い回しはなんかエロいよ]
物語中盤の見せ場にあたるこの場面を、最初は朗読していた悠里だったけれど、シラノがクリスチャンとバトンタッチするあたりから徐々に朗読をやめて、純粋に読み物として楽しんでいた。
「エアッち、今どのへん?」
[まだ、シラノすら登場してないよ]
戯曲はほとんどセリフで構成されているから改行が多く、普通の小説よりも文章量は圧倒的に少ない。それでも丁寧に書くとなると時間はかかる。「瞬間移動の練習をしながら出発までに全編は書ききれないかもな」ってくらいペースは鈍足だった。 あと、この作品、なかなか主人公を登場させないという構成であったりもする。
「……ああ、そういえばあったね、この場面」
[え?]
「月に行く方法」
ロクサーヌとクリスチャンの接吻のすぐ後、シラノが”月に行く七つの方法”を当時の科学者や哲学者、神話の物語を持ち出して、おもしろおかしく、非科学的だが理にかなった方法を語り始める場面があるのだ。
素っ裸になって体中に水の入ったガラス瓶を縛りつけて、日光浴。水蒸気と一緒に体も引っ張られる。樹木や壁に反射鏡を括りつけて自分にあてるとなおよろしい。
鉄板の上に立って、磁石を天に向かって投げ続けろ。などなど。
[なつかしいね、僕も思い出したよ]
「……ねぇ、エアっち」
[なに?]
「今日はさ、お習字、ここまでにしない?」
「……わかった」
僕はペンを消し、メモ帳をポケットにしまって(一度体から放すと消えちゃうから)唯一、コピー用紙が並べられていないベッドの上に横たわる、悠里の傍まで移動した。
「来てくれたのね、クリスチャン」
悠里はイタズラっぽく微笑みながらつぶやいた。
[悠里は”アタシを口説いて”って言ってた割に、僕が「好きです」と言ったら、その気になってくれたね]
「ロクサーヌと違って、アタシは君が口下手なのを、最初から知ってたからサ」
この日は、僕が悠里を抱き寄せる日だった。
[外界交官カガリ ユウリ殿。宇宙飛行士というのは、近しい人としばらく会えなくなることに関して、万全のメンタル教育を受けているものとばかり思っていました]
「万全に対応できてるゾ? 一緒にいられる時間をとても大切に過ごすからね」
[……うん]
「たった二週間くらいだけどさ、離れてる間にエネルギーを切らさないために、ちゃんとココで充電する」
[うん]
……最近の話題は、もっぱらムーン・グラードに関することと、香夜さんのカワイイもの好きを隠してるつもりでバレバレなおもしろエピソードだった。
二人とも興味の対象が一致していたし、香夜さんが僕とアズラにだけ可愛いものが大好きなことをカミングアウトした事実を初めて知った、悠里の悔しがりようとか、堪能できたし、それはそれで楽しい時間だった。
だけど、出立を明日に控えたこの時の悠里は、何でもいいから、違う話をしたかったのかもしれない。
「戯曲ってのは、声に出してなんぼだと思うのだよ、アタシは!」
悠里にページをめくられながら、英雄喜劇、韻文五幕『シラノ・ド・ベルジュラック』の朗読劇が二人の演者によって執り行われた。
韻文というのは、当時フランスでは、お約束のように創られた戯曲の特徴で、すべてのセリフが韻節を持っている。
日本でいうところの七五調。すべてのセリフが五・七・五の歯切れのよい言葉のみを使っている……らしい。僕はフランス語の原文が読めないから(悠里は英語も仏語も独語もできる。すごい)よくわらない。”シラノ”は何度も映画が創られているから、それを字幕付きで鑑賞して多少の韻を見つけ出せるくらいだ。
だけど、翻訳者の先生方は、その粋をくみ取ってくれている。翻訳の際、その感性と知識を総動員して、日本語の文節にこだわり、和訳してくれていた。
訳者によって、大きく文章が異なってくるのが、戯曲の特徴でもあるらしい。小説と違って、戯曲には悠里の語った真理がそこにあるからだ。
”声に出して、なんぼ”
「英雄喜劇、シラノ・ド・ベルジュラック。開幕、開幕~」
観客ゼロ。二人っきりの演者による茶番劇の幕が開いた。
次回は5月16日投稿予定です。




