第91話 戦慄の特訓 尊い犠牲
咲良がはじめにデモンストレーションを披露する。
……スケートリンクで舞う天使のようだった。
悠里が一眼レフを三脚に立てて動画を撮影し、手のひらサイズのデジカメを僕に向けて撮影してきた。……油断してた、まさかサブカメラを持ってたなんて!
咲良がデモンストレーションを行う傍らで、ユリハが解説した。
「見ての通りよ。アキレウスは操作方法がイメージしやすくて、習得にはそんなに時間はかからないと思うわ。背中にファンを背負ってインラインスケートやアイススケートするみたいなものよ。背面のノズルで推進して、両足のノズルで梶をとるの」
「スケートなら得意やで! まかせとき!」
アキラのハッチャケようったらもう! これは完全に事故るパターンだぞ。
「そうだったわ、サイアに頼まなくちゃ。咲良ちゃ~ん! ちょっとサイア呼んでくるわねー!」
遠くで咲良が手を挙げて了承するのを見届けると、ユリハはナタリィさんの店に向かって小走りで去っていった。
咲良が僕たちの傍に戻ってきた。花太郎達が拍手で迎える。僕も音は出せなかったけど拍手した。
「お姉ちゃんすごーい!!」
「もっとやって! 見せてー!」
清水の傍でアズラと遊んでいた子供達が駆け寄ってきた。咲良が少し照れながら笑ってた……マジで可愛かった。悠里がデジカメに咲良の笑顔を撮影してくれた。
悠里が「お代官様、この品は現像して、部屋に飾りましょう」と耳打ちしてきたので「越後屋、お主も悪よのう」とニヤけりながら悪だくみしている表情で返したら、またもやシャッターを切られた。完全に油断してた。でもありがとう!
「今日は飛ぶのかい?」
人間大サイズのアズラがやってきて、咲良に尋ねた。
「飛ぶよ。ユリハさんがデータ取りたいって言ってたし」
咲良は「もっと見せてー」「私にもやらせてー」とせがむ子供たちに「危ないから、ここで見てな。いい子にしてたらご褒美やるよ」と言ってなだめてた。子供達は「はーい。いい子で待ってるー」と口々に応えた。
これは天使だよね。咲良、天使だよね。
「僕を撮りたいなら撮れよ!」と開き直って悠里を見たら、プルプル震えて笑ってた。デジカメを僕に向けたけれど「だめ、ブレる」と言って撮影をあきらめてた。勝った!
「まずは脚部だけ起動して、ホバリングから始めるよ。踵部分にノズルがあるから、前のめりになる、気をつけて」
咲良の指導の元、二人はアキレウスを起動した。
「レベルの高いFUだと、マナの注入とノズル操作のイメージを同時に行わないといけない。アキレウスはノズルが固定されているから、大気中のマナを集めて、動力部に送り込むイメージだけすればいい」
アキラが眉間のあたりに魔石を浮かばせて、念じる。
「マナは少しずつ送るんだ」
「はい! 先生!!」
「せ、先生って……」
アキラに真剣な形相で先生と呼ばれた咲良の顔がちょっぴり赤くなった。それを観て僕がどう思ったかは、あえて言葉にするまい。
すっかり咲良に見とれてしまった花太郎も両手で頬をパンパン! と叩いて、集中し始めた。
イメージの構築は魔法を使った経験のあるアキラに一抹の理があった。アキラが集中を開始してすぐに、コイツの脚部ノズルの周りに青白くて絵の具っぽい光が集まってきた。大気中のマイナシウムだ。
「深呼吸して。集中は切らさないように」
アキラが深呼吸する。ノズル周囲に変化はみられない。
「息を吸ったら止めて」
咲良の指示でアキラが息を止める。
「踵から空気を吐き出すイメージで、息を吐いて」
咲良が何を言っているか、一瞬混乱の表情を浮かべたアキラだけれど、すぐに気を取り直して、ゆっくりと息を吐き出した。
アキラの足が地面から浮いた。踵のノズルの先は青白く輝いているものの、全く熱を感じなかった。マイナシウムが高密度に凝縮しているんだ。
「う、浮いたわ……浮いたでぇ! ハナぁ!!」
「ちょっと黙っててくれ!」
アキラにすっかり先を越された花太郎は焦っていた。花太郎のアキレウスはウンともスンとも言わない。
「一度起動してしまえば、勝手にマナが集まってくるから、集中が切れても停止することはない。さっきの息を吐くイメージが、マナの放つ反重力に指向性をもたせる。覚えておいて」
「わかりました! 先生、ありがとうございます」
「ま、まだこれからだし……」
……アキラ、僕はお前にGJを送りたい。いい仕事してるよお前は、咲良のそんな表情を引き出しているのだからな。花太郎は見とれてないでさっさと追いつけ! 口を動かすと咲良に勘ぐられそうなので、花太郎には何も言わなかった。
アキラの意識が一瞬途切れた。
「おい!」
咲良が心配して思わず声をあげた。……アッ君ありがとう、咲良に心配かけさせるなんて言語道断だけど、いい顔が見れた。悠里がいつの間にか三脚を利用して、僕や花太郎の写真を撮っていたけれど、開き直ったからもう大丈夫。
「大丈夫や。たまにあるんや、こういう”エエコト”が」
「ん?」
咲良が?マークを頭に浮かべる。悠里の方を向くと、ニヤニヤしながらうなずいて、「?」と、素朴なオーラを放つ咲良に向かってカメラのシャッターを切った。
アキラの意識が一瞬途切れたようにみえるこの動作は、脳情報から情報を引き出した証拠だ。
「心配かけさせてすんまへん。今、俺の脳情報が、このFUの操作方法を引き出したんや」
「……ああ、なるほどね。便利だな、それ」
「重宝しとります」
咲良が腰に手を当てて、小首を傾げた。
「それなら、後はできる?」
「はい、ちょっとやってみますわ」
「そう、わかった」
眉間のあたりに浮かせている魔石を、アキラは胸の高さまで落とした。
「視界は広い方がええからな」
再びアキラが念じると、背面ノズルに青白い光が纏い始めた。脚部のノズルよりも光が大きい。
傍らをみると子供達がピト~っとアズラにくっついて、まるで大きなテディベアを両手いっぱいに抱きしめるような姿勢で、目をキラキラと輝かせて、アキラを見ていた。口は一人残らず半開きになっていて、言葉を失っているようだ。
魔法なんてAEWの子供達はすっかり見慣れているはずなのに、こんなに注目するのはどうしてだろう。
これはやっぱり鎧にも見えるFUが関係しているんじゃないかなって思った。
だって、カッコイイんだもん。子供の夢ってこういうインパクトで決まったりするんじゃないかな、ってふと考えた。
「何考えてるんだろう、僕」って僕のネガティブマインドが急襲してきて、泣きたくなった。表に出さないよう努めたつもりだったけど、悠里に頭を撫でられた。
アキラの背面ノズルのあたりに、高密度のマイナシウムが発生した。
「次は前進やな。ええか? 前進してええですか?」
「……あんたの能力って、必要な技術も身に付くのか?」
「いんや、説明書みたいなのが頭ん中に流れてくるだけや」
「そうか……」
咲良は少し思索してた。
「停止、してみて」
「了解!」
かけ声と共に、ノズルに密集したマイナシウムが飛び散って、アキラはポスン、と着地した。
すぐに集中を再開すると、さっきよりも格段に早いスピードでアキレウスが起動する。
「どうや? 動かしてもええですか?」
「……まあ、大丈夫だろう。そろそろサイアも来るしな」
咲良の言葉を聞いて、花太郎の顔から血の気が引いた。……僕も引いたよ。これは”イヤな予感”って奴だな。
「おおきに~! ほいでは、行っくで~!」
アキラはヘッドギアの透明なバイザーを降ろして顔全面を覆うと、再び集中した。背面ノズルの密集したマイナシウムがさらに大きくなる。
思えば予兆はあったよな。興奮して浮かれポンチになってるアキラを見て、ユリハは「あっ」と思い出してサイアを呼びに行ったもんな。咲良の一言で確信したよ。
”そろそろサイアも来るしな”
毎度訓練の度に、悠里やカイド達からコテンパンのボコボコにされている花太郎を見ていたからこそ、気付けたのかもしれない。ずっとデスクワークしてたアキラは、気付いてない。
……これはケガして覚えるタイプの訓練だ。
「せいやっ!」
アキラが気合いを入れると、背面のマイナシウムがより一層輝きだして、体が前進を始めた。
「あべぼべばべばっばばばばっっっ!」
正確には前のめりになって、転がりながら前進し始めた。スピードだけは咲良が最初に見せたデモンストレーションのそれに匹敵してた。
即死でなければ、サイアが治してくれるだろう。
「バヘアッ!」
連続でんぐり返しが止まる。アキラはお尻を天につきだして、両膝と顔面を地面に食い込ませていた。踵ノズルが両膝を、背面ノズルが顔面を地面に押しつけている。バイザーを降ろしてなかったら、窒息してたよな、間違いなく。
「機動停止をキチンとイメージしないと、ずっと止まらねぇぞ!」
アキレウスを鮮やかに操作しながらアキラの傍まで近づくと、咲良は誰かに土下座している体勢のアキラにアドバイスを与えて、経過を見守った。
が、一向に停止する様子はない。
「聞こえてるか! 停止イメージ!」
僕たち三人もアキラの傍まで近づいた。
「離れてて。近づきすぎると危ない」
咲良に止められる。自分の意志でいつでも停止できるようにならなければ意味がない、と。
「ぼぉぉぉぉっぇぇぇぇえぇ」
バイザーと顔の間にエアポケットがあるおかげで、窒息は免れているものの、猫が大きく伸びをしたような体勢になっているアキラ。……人体の構造から鑑みて、ちょっと不自然な骨の曲がり方をしているように思えた。
「次は我が身」と戦慄しながら眺めていた花太郎の顔に、哀れみの念が浮かんできた。それだけの時間が経過しても尚、停止する様子はなかった。
「咲リン、さすがにまずいんじゃないかな」
悠里が訓練の中断を提案する。咲良がそれに応じた。
「出力弱めて! イメージできるか? オレが近づいて強制停止するから!」
アキラは唸るばかりで応答せず。
「エアっち、やってあげたら? いいよね? 咲リン」
「……まあ、助けられるものなら」
咲良から承諾を得ると、アキラに近づいて、僕は背面ノズルに手を伸ばし、触れた。
凝縮していたマナが拡散する。踵ノズルにも触れて、拡散させた。
自由になったアキラが仰向けになって大の字に寝そべった。バックパックの厚さ分、体をのけぞらせて息切れもひどかったけれど、表情はだいぶ穏やかになっていた。
「ばぁ、ばぁ、はぁ~。おおきにな、空気のハナ」
「これが、空気のオッサンの能力か」
「ん~、エアっちっていうよりも、ハナザブロウの血液が持ってる力かな」
「……なるほどね」
咲良はどこか納得した表情を浮かべていた。
「オッサン」
「ん? 何、咲良。……ああ、訓練の再開だね! ……アキラは大丈夫かな」
「サイっちゃん来るまで、アタシが看とくよ」
「あ、お願いします、カガリの姐さん」
「オッサン。まず踵ノズルを起動して」
「わかった」
花太郎はしばらくの間、ずっと意識を集中させていたけれど、アキレウスが起動することはなかった。
次回は5月4日 投稿予定です。




