第9話 アキラと酒飲んだこと 備忘録編
7月30日(土)後半戦
一眠りしたなぁ、と起きてみたら、16時になってしまいました。
アキラとの飲みでいろいろとわからなかった事が聞けたから、彼の解説を忘れないように書いておく。いや、ほとんど忘れているので、思い出すために書く!
花太郎の疑問
”宇宙エレベーターの安全性について”
通称カリントウ。地表から120キロ上空まで続く世界一高い人工建造物。もちろん自然界でも、地球上でこの子より高いものは存在しない。新元素、マイナシウムの発見&容易な精製方法を考案したことで、スペースシャトルに変わり、超ローコストで宇宙に物資や宇宙飛行士を送り込む設備の開発プロジェクトが、JOXA主導で始動した。それから、つくばのJOXA宇宙センターで大規模な工事が始まり、15年の歳月を経て、宇宙エレベーターが完成した。3年ほど前のことだ。
で、常々疑問に思ったことがある。これはシンベエと短い空の旅をしたときに間近で眺めて改めて感じたことでもあるのだけど。市街地のど真ん中に全長120キロの建造物ってかなり危険じゃなかろうか。地震、雷、火事、オヤジと災害の火種はそこかしこにあるわけで、ヘリや航空機のルートが集中してる所だし。街の経済に莫大な貢献をしている事実もあるけれど、安全性はどうなのよ?
アキラの答え
「なんかあったら飛ぶから大丈夫や」
「カリントウは支柱と鉄骨で建っている訳じゃあらへん。”反重力”で建っとるんや」……彼の言葉を文章に起こしていると、万物の本質を記録することに支障をきたしかねない。以下より要約し、臨場感を廃して備忘録に徹することにする。
解説の続き。カリントウの質量は何百万トンもするけれど、重力下での重さは東京スカイツリー程度のものらしい、その重さでさえもマイナシウムの活用次第で0に近づける事もできるという。
安全面からカリントウの支柱部分にあえて重さを残したそうな。重さを持っている支柱は地表から約500メートル程度まで伸びていて、この部分が残りの宇宙空間まで続くカリントウ本体を”飛ばないように”支えている。
災害や事故で倒壊するほどの衝撃を受けると、支柱から本体が切り離されて、本体に備わっている反重力と地球の引力が拮抗するところまで浮上するという。
大地の束縛からとき放たれた”天空の円柱形の城カリントウ”……
その情景を想像するとカリントウの支柱に爆薬を仕掛けてみたいという衝動にちょっぴり駆られたけれど、爆薬の作り方がわからないので断念した。
あとカリントウが黒い(勿論宇宙エレベーターの話ね)のは日中に、航空機やヘリの激突などを避けるため。夜は省エネを意識した必要最低限のイルミネーションが光る。これはこっちに戻ってきてから何度か遠目で見た。
その他、雲より上空にはソーラーパネルが張り巡らされてるとか。雷を放電させる仕組みとか、それでスペースデブリを掃除する方法とかをアキラ訛りの関西弁で教えてくれた。
花太郎の疑問
”マイナシウムってそもそもなんぞ?”
反重力が発生すると言われている新元素。20年くらい前に発見されたんだけど、これを元素と認定していいのかどうか未だ議論中らしい。
少なくとも僕が習った時代の科学の教科書にはそんなことが書いてあった。まあ15年くらい前のやつだけどね。元素の区分云々はともかく、ものすごい物質。……で、マイナシウムってそもそもなんぞ?
アキラの答え
「未だによくわかってへんけど、暗黒物質の一種という説があるねん」(以下要約文)
宇宙の7割~8割を覆っているが、その実体は観測されておらず謎に包まれている暗黒物質の一つではないか、という説をアキラは推している。
僕はそんな抽象的な存在であってほしくないというのが希望だ。精製方法見つけちゃった時点で観測されちゃってるし。
確かに、解明されている部分だけでも「現在の科学常識から激しく逸脱している感」はすごい。「科学に当たり前と言う言葉は存在しない」と改めて全世界に認識させた物質だ。
特徴
・粒子の一種。そのままでは一瞬で消滅する。
・粒子を砂粒程度の大きさまで集めて結晶化させると、存在が非常に安定する。
・宇宙空間でも地球上でも手順を踏めばどこでも手にはいるし、精製も簡単(これがダークマターじゃないかと言われている理由の一つ)
・結晶化したマイナシウムは一般的な金属によく似た特性を持っている。
・この世のありとあらゆる引力と反発する(反重力を持つ)。反発力は、結晶の大きさに関係なく対象の発する引力に拮抗する。
・宇宙空間で精製して、ある一定の条件を満たすと引力を持たないワームホールができる。
ここまで箇条書きしてみたけれど、なんか暗黒物質のような気がしてきた。
特に最後の2つの項目なんか、信じがたいけど実際にそれでカリントウが稼働してたり、アッチ界につながったりしているわけだからね。
「なんか錬金術に登場するエーテルに似ているね」って言ったらアキラはエーテルのこと知らなかった。これが理系と文系の違いかぁと思いながら優越感に浸れた。
エーテルってのは錬金術が栄えていた時に考えられていた物質で、この世界は四大元素のほか、すべての元素の源になるエーテルで満されていると考えられていた説だったかな。
うろ覚えだけど、このエーテル理論は近代科学で否定されるんだよね。
もし、全宇宙がエーテルのような”物質”で満たされていたなら。エーテル内に無数に漂うことになる惑星達は、自転や公転をする度に莫大な抵抗を受ける。すると、惑星は自らの重力ではまともに形を保てないし、地球のように酸素がある星なら、摩擦で火の玉になっているだろう。という話をアキラにした。
アキラは酔っぱらいながらもちょっと真面目に考えてるみたいで、その返答はなかなか納得のいくものだった。
「条件を満たせばマイナシウムはどこでも手に入る。それは、全宇宙がマイナシウムの中に漂っているという可能性を示唆している。エーテル理論の詳細はわからないけれど、マイナシウムがもし全宇宙で同時に精製されたら、やはり莫大な摩擦を受けるんじゃないかな。これはアインシュタインが死ぬまで悩んでいた事だけど、”第三者に観測されるまで状態が確定しない物質が存在するのか”っていう奴。その物質っていうのが、マイナシウムだと思う。マイナシウムは、人工的につくられた装置を通さない限り、観測されないわけだから、そこがエーテルと大きく違うところだね(以上のコメントは全てアキラ訛りの関西弁を要約したものです)」
話を聞いているとますます暗黒物質っぽい気がしてきた、まぁ感覚的な話だけどね。
ちなみにマイナシウムって名前の由来はそのまんま”負の粒子”って意味。この次元の物理法則を無視した”負の性質”を持つからだそうだ。う~ん暗黒ぅ~。
花太郎の疑問
”アッチ界ってなんぞ?”
マイナシウムを巡る議論は串焼き屋の小さなテーブル席で白熱していた。
それは、「ぼちぼち締めの一品を頼む頃合いかな」と満腹中枢から発せられる希望を押し退けて、最初に頼んだ焼き鳥の盛り合わせとアルコール各種を再度注文するまでに至った。
これら全てが数時間後に水に流される運命にあることは、うすうす感じてはいたけれど、理系博士VS自称博士(文系)の熱い議論に没頭していたため、さしたる問題ではなかったとその時は思っていたわけで、うん。
閑話休題。
マイナシウムの話題は、ついにはワームホールの精製方法に至った。
マイナシウム同士を亜光速でぶつけ合って、マイクロブラックホールを作る実験をしたらしいのね。マイクロブラックホール事態は、今までは電子同士をぶつけて、一瞬だけ精製させることには成功していた。
で、その衝突実験をマイナシウムが粒子として安定するぎりぎりの大きさで行ったら、半永久的に稼働するブラックホールができてしまったと……。
実験場所はカリントウの最上部分にある宇宙ステーション。地球の目と鼻の先にブラックホール出現! 地球最後の日! ……と思いきや、被害はゼロ。マイナシウムが超高重力ですら相殺してしまう事が証明された。
で、ブラックホールの中に無人探査機を潜入させたら、電波が届かなくて消失。
今度は有線でカメラだけを潜入させてみたら、太陽系とは別の宙域らしき映像が送られてきて、このブラックホールが出口のあるワームホールであることが判明した。っていうエピソードが、コンビニに売ってた隔月発刊の科学雑誌”ハローアシモフ”に掲載されていた。
「なんだこの結果論は!よかったな、大惨事にならなくて!」
と思ったのは僕だけではあるまい。
で、せっかく半永久的に稼働してくれている訳だからって、同じ要領でワームホールをポコスカ作って、穴の大きさ変えてみるとか、出口部分の座標制御とか、入り口側を地球の公転に合わせて移動させるとか、ワームホールの中にワームホールぶち込んでみる等々、後先を考えずにやっているとしか思えない狂気(研究者からすれば驚喜、気持ちはまぁわかる)の実験を全世界(主にNOSAとJOXA)が行っているうちに、メルヘン&ファンタジーな世界、アッチ界とワームホールでつながったらしい。
ねぇ、アッチ界ってなんなの?
アキラの答え
「俺が知るか」
アッ君は優しいので、知っている範囲でいろいろ教えてくれた。
アッチ界こと通称AEWは、こちらの世界の伝説や童話の中にでてくるドラゴンや亜人が生息している惑星。AEWの四季や気圧は地球そのものだ。
太陽もある。月のような衛生も1個だけあって、大きさもほぼ同じ、これは月の引力が司っている潮汐力も同じように海に作用している。
月と違うところは、AEW側を向いている方の地表部分に巨大なクレーターがあること。穴の直径は衛星の3分1を覆うほどだ。
AEWにつながった経緯。
「ワームホールは本当に半永久的に稼働するのか」を検証をするための実験を行った。これは実質、世界で初めて行われた本格的なタイムスリップの実験だった。
・ワームホール3対(A,B,C)を地球圏の宙域で精製。その中のAの出口だけ手頃なブラックホールの0.5光年くらい離れた場所に配置する。
・Bの片割れを制御用コンテナに入れて(これがワームホールの中にワームホールを通す方法らしい)地球に残ったAの片割れから突入。ブラックホール側のAから宇宙空間にでた後、ブラックホールに向かって移動開始。
・Aはもう使わないので、ワームホールをもう1個精製して、地球圏のAにそのままぶつけて対消滅させる。これで出口側のAも消える。
・コンテナが重力の影響をうけて中のBごとブラックホールに向かって加速。途中で重力に耐えきれずコンテナが崩壊、ブラックホールの藻屑となるか、内側にあるBを通して地球に戻ってくる。
・Bは重力の影響を受けないので、ほぼ光速に近いスピードのままブラックホールを突破。このときBの時間だけがものすごい速さで経過する(相対時間が云々の問題はクリアしてるらしい。何が問題かすら理解できなかったけど)。相対性理論に基づくと、本来なら時間が遅くなるらしいのだけど、マイナシウムの”反転現象”なる特異な現象が時間を加速させている、とのこと。
・Bがブラックホールから遠く離れた頃合いで(地球時間で1年後くらい)Cの片割れを入れた制御コンテナと、Bを格納するための空コンテナ、そしてCを対消滅させるために精製したワームホールを格納した計3つのコンテナを連結させて、地球に残ったBの片割れから送り込む。
・亜光速で動き続けているであろうBのゲートを3つのコンテナが通り抜けた後、空コンテナがBを格納&減速。Cがコンテナから展開し、Bの入ったコンテナを地球に戻す。
・最後に対消滅用に持ってきたワームホールを展開し、Cにぶつけて消滅させる。この方法ならば、Bの回収に失敗した場合でも、地球側のCの消滅を観測する事で、リトライできる。
・地球に戻ってきたBには膨大な時間が経過しているので、地球に残った方のBか、Bと同じ条件で精製したワームホールを比較観察して、稼働限界の検証をする。使用する制御コンテナの操作はすべて無人で行う。
ワームホールBには”さくら”という名前が付けられた。うちの娘と名前の音が一致しましたねぇ。今頃なにやってんのかな? チキショウ。
実験は滞りなく進んだ。もっとも懸念していたブラックホールとの最接近によるさくら消滅の可能性もどこ吹く風と言わんばかりに、さくらは超高重力地帯を見事突破した。そしてプロセスは最終段階、さくらの回収へと移行した。
地球圏のさくら入り口からコンテナを突入させた後、ワームホールCの消滅を確認。しかしさくら出口は戻ってこなかった。
原因究明のため、さくら入口から有線カメラを進入させてみると、ファンタジー世界にありがちな神殿のような場所に出た。科学者たちは飛び跳ねた。驚愕と歓喜のジャンプだった。
有人での現地調査を行いたいが、ワームホールに人間を通したことはない。NOSA、JOXAの上層部は有人調査の危険性に頭を抱える……暇もなく、機関所属のほとんどの宇宙飛行士が無鉄砲ともとれる勇気の意思を示した。
彼らは調査隊の結成、参加に「我こそは!」と名乗りをあげたという。
中には宇宙飛行士の資格を持たない科学者達もたくさんいて「私は今日、この時のために生きてきた!」と言わんばかりに、目をキラキラさせながら参加を希望したらしい(まぁここはアキラの脚色も入っているだろう)。
調査隊の第一陣は安全地帯の確保ということで、サバイバル能力に特化した宇宙飛行士で編成された。
宇宙服に身を包み、彼らは人類初となるワームホールの突破に挑んだ。期待と不安、羨望の眼差しと理不尽な妬みの視線を一身に背負いながら、彼らは”さくら”のゲートをくぐった。
神殿には一瞬で到達したという。
そこには大気があった。そして、彼らが大気の成分と気圧を調査している最中に、ドワーフとドラゴンに遭遇する。
困惑する両者。しかし調査隊メンバーの中に偶然トーカーがいたため、彼女が中心となってコンタクトをとり、2体が知的生命体だと認められた。
そしてJOXA、NOSA主導の元に、彼らとの交流が始まる。
「科学者達の間で、”これは遙か未来の地球の姿やないか?”って意見が多いから、今でも調査しとるんよ。AEWの知的生命体を”AEWの住人”って呼ぶんは、まだ地球外生命体と認められてないからや。もし、AEWが地球外の惑星やったら、”AEW星人”って呼ぶようになるんとちゃうかな」
アキラの懇切丁寧な解説を最後まで聞いた後、僕は言った。
「解説ありがとう。実はそこまでの話は、先月号のハローアシモフで特集をやっていて読んだから知ってるんだ。もうちょっと、つっこんだ情報ないかな?」
そしてアキラは答える。
「俺の情報源もそれやから、これ以上はわからへん」
「なんだよそれ」
僕たちは酒の回った変なテンションでクスクスと笑うと、持っていたグラスを空にした、勿論追加を注文した。
きっとそれがいけなかった。後の事はもうあまり覚えていないのだけど、笑い上戸になったアキラに向かって、「もうお前、箸が倒れただけでも笑うんじゃね?」と言って、テーブルに立てた割り箸を指ではじいて倒しては、アキラを爆笑させるという行為を4回くらい繰り返したことは覚えている。
で、ぼちぼち帰るかってなって、別れ際に言い放ったセリフが
「じゃあな、アキラ、明日こそ世界救おうな!」
「ハハハ、任せとけ!」
だった。思い出した。
結局その明日という日に僕がやったこととは。昼前に起きて日記をつけて二度寝して、16時に起きて「昨日は結構おもしろい話だったな、忘れないうちに書いとこう」と思って半分以上忘れた内容をハローアシモフを読みながら補足してはA5サイズのちっちゃな手帳に書き記してるだけだ。ぼちぼちバックアップと推敲をかねてPCに打ち込もうかな、大分貯まってきたし。
とっくに日が暮れてるよ、20時だよ! 明日はJOXAに行く日だ。明日こそ世界救おう。その前に明日が素敵な一日であるように、誰か僕を救ってください。
うん、香夜さんに癒やされてこよう。
未来の僕へ。今あなたはこの文章を読んで乾いた笑みを浮かべながら嘲笑しているかもしれません。「笑みを浮かべて嘲笑」って「馬から落馬」みたいですね。
一見、不毛な日々を過ごしているように見えるでしょうが、そこそこ。そこそこですが楽しんでいますよ。
かしこ。
・『甘田花太郎のポエム・あ~んど・ソング集』にて
”えぶりでい・ぐっどもーにんぐ ~起きてから最初の選択肢~” (第一部OPテーマ 歌:甘田花太郎)を公開しました。