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第88話 辞令と、機密事項の共有

 地質調査任務の正式な辞令が、JOXA支部局長から直々に下った。


 NOSAの五人の任務を引き継ぐのは一ヶ月後、それまでは花太郎、僕、悠里、そしてアキラは、彼の地で任務を遂行するための特別訓練を行う。


 局長室で話を聞いた僕たちは、ブリーフィングルームへ向かうよう、局長に促された。

 支部のブリーフィンングルームはそこそこ広さがあって、座学の講義を受ける聴講生が多いときなどに使用することがよくある。今日の座学はニモ先生の魔法講義で聴講生が多い日だけど、講義はもう一回り狭い場所で寿司詰め状態で行うことになったらしい。


 ブリーフィングルームでは、ユリハとターさんが待っていた。支部局長も僕たちと同行し、入室した。


 花太郎達が座席に着くと、ユリハが口を開いた。


「これから話すことは、最重要機密よ。センパイ達が回収した機械について話すわ」

「ええんか? 俺はともかくハナなんかに最重要機密なんぞ話して」

「この中で一番口が軽そうなのはアキラだけどな」

 花太郎がアキラの軽口を、軽口で返す。


「ええ、ここにいるメンバーが知っておくべき情報だと判断したわ」

 ユリハも悠里も二人の軽口を咎めることはなかった。


 ……花太郎は、最重要機密が告げられるような場で、いくらアキラが挑発しようがそれに乗ったりはしない。アキラの軽口にはわざと乗ったんだ。


 僕でもわかったよ、ユリハの表情がとても言い出しにくい事案を押し隠すような顔をしてたから。こういう時だけ、ユリハは分かりやすい。彼女が向ける視線から、花太郎は察したんだ。今から伝えることは、アキラにとって重要な事なのだろう。


 きっと花太郎や僕に機密事項を告げるのは、アキラの精神衛生上、必要なことだと判断したのだと思う。……勘ぐりすぎかな? でも花太郎がアキラに返した軽口で、ユリハの表情がちょっとだけ綻んだように見えた。


「これを見て」

 ユリハは部屋を暗くして、ブリーフィングルームの大きなスクリーンにスライド写真を映した。写真は僕たちが回収したロボットの残骸だった。


 頭部、腕部、脚部が人の四肢の位置に並べられていて、粉々になってしまった胴体は悠里たちがかき集めた破片を何となくパズルのように組み合わせて配置されていた。右腕には武装であるレールガンのユニットがある。胴体以外はほぼ無傷だった。


「おお~、かっこええなぁ」

 アキラと花太郎は、調査した未確認生物が無機物のロボットであったことを知ってはいたものの、どうやら実物を見たのは初めてのようだ。


「ボディは欠損してしまっているけど、残った四肢の形状から旧地球で開発されている二足歩行ロボットを照らしあわせても、どの型式にも類似するものはなかったわ」

「つまりは未来人、宇宙人がAEW(このほし)に寄越した可能性があるっちゅーことやな。これで、俺の書いたレポートの裏付けが取れたやろ?」

「そうね。解体して内部構造をみたけれど、私の知らない技術ばかりだったわ」


 それを聞いたアキラが「フフン」と鼻を鳴らし、それを横目でみた花太郎がアキラにデコピンした。

ぇっ!」

 肉体強化されてるから勿論痛い。支部局長もターさんもいるというのに、咎めない。ますますアキラにとってショッキングな話題である可能性が強まった。きっとこの中で察していないのはアキラだけだ。お前がおめでたい奴で、よいのか悪いのかはまだわからない。


「アキノシン。何か情報は引き出せてない?」

 悠里の問いかけに、アキラは「ん~」とスライドをしばらく見つめた後、首を振って否定した。


「わからへんな。そもそも、未来人が造ったものとして、地球上で設計されてなければ、脳情報データベースの中には入っておらんのとちゃうかな。仮にデータが入ってたとしても、実際に俺が襲われる状況にならへんと、引き出せないやろし」

「僕が直して、襲わせてやろうか?」

「直せるもんなら直してみぃ。超未来兵器だって、ハナの直したもんなんぞポンコツや。データ引き出すまでもない、デコピンで十分や」


 花太郎が「ああ、そう」といってアキラにデコピンする。アキラが痛がる。

「話、続けるわ」

 ユリハは少し残念そうな表情を浮かべてた。アキラが脳情報データベースから何か引き出すのを期待していただろう。知的好奇心とは別の部分で、アキラに情報を引き出してほしかったのかもしれないな。


「センパイの報告や四肢の構造を解析した結果、二足歩行型ロボットとして、かなり優秀な性能をもっていることがわかったわ」

 腕部や頭部に比べて脚部の重量が遙かに重く、動きは鈍いものの、小走りする事も可能である、と。


 さらに脚部を拡張できて、僕たちが対峙した二脚型から、四脚の多脚型にも状況によって変形できる。これは旧地球にない技術だった。


 かかと部分には真下に伸びる杭が装着されていて、踏ん張り時にこれを地面に突き刺すことで、安定性を高める役割を持っているのだろう、とユリハは言った。


「それに比べると、腕部の出力が心細いのよ。握力は最大でも旧地球の成人男性並の出力しか出せない。……今の私たちの技術では、完全な人の手形を再現して、それだけの握力が出せることも不可能に近いのだけど……」

「ユリっちは、足腰が何か重たいものを持ち上げるのに優れた性能や機能を搭載しているくせに、肝心の持ち手となる腕部の握力が大したことないのが気になったんだね?」

「ええ。ですが、センパイの報告から、その貧弱な握力を補える機能が搭載されてることがわかったわ」


「……魔法鞭(マジック・ウィップ)、使ってたよ、この子」

「んなアホなぁ! 無機物やで!?」

「どうしてこの機体が魔法を使用できたのか、胴体が欠損していて完全ではないけれど、その仕組みの解析にも成功したわ」


 魔法を使うには、個体の細胞内にミトコンドリアの変種”マナコンドリア”が内在していなければならない。ミトコンドリアが酸素を燃焼させて力を発揮するように、マナコンドリアは酸素だけでなく、大気中のマイナシウム(マナ)を取り込むことで、驚異的な運動神経やパワー、そして、術者の意思に応じて魔法を発動させることができる。有機物ですらないロボットが、魔法を発動することは理論上不可能なはずなのだ。それでも僕たちが対峙したロボットは、マナを高密度に集めて操る初歩の魔法、魔法鞭(マジック・ウィップ)を発動し、マナを透過できない悠里を捕らえた。



「さらに腕部には、生物を眠らせる麻酔針が装備されていた。これと脚部の機構から察するに、このロボットは、生物の捕獲に特化した機体だと推察するわ。完全防水のレールガンは護身用の武装ね」

「リズには容赦なくレールガンを撃ってきた。アタシには一切使わなかった、かわりにアタシを縛り上げるために魔法を放ってきた。目的は再構築したトーカーの捕獲かな? それとも魔導集石?」

「断定はできないけれど、おそらくは」


「その可能性は濃厚やな。二四○○年に移民した宇宙人共にとって、魔導集石は未知の物質や、欲しがるのも無理ない」


 ユリハは一瞬目を伏せ、息を吐いた。

「……今から、どうして無機物のロボットが魔法を放つことができたのか、その機構を説明するわ」

「楽しみやな、是非とも知りたいところや」


 ……花太郎が僕を見た。何となくうなずいてみた。


 ユリハはロボットの頭部のアップをスライドに映した。

「この頭部には、多機能のカメラが搭載されていた。あまり高い部分に重心を置きたくなかったのでしょうね、AI(人工知能)と動力は胴体に入っていたみたいで、極力重量を減らす為、カメラと首の駆動系以外の装置は搭載されていなくて、中身はほとんど空洞だった。その空洞部分に入っていたのが……これよ」


 ユリハがスライドを切り替えた。写真はロボットの頭部装甲を外した状態になっていて、カメラのレンズらしきもののほか、頭のど真ん中に、卵のようなカプセル型の物体があった。

「なんやこれ?」

「これが、無機物が魔法を放った大本の部品。……生体パーツよ。中にはマナコンドリアを保有したマウスが入っているわ」


 ユリハがスライドを切り変える。カプセルを開けた状態の写真が映し出された。


 拳大の大きさで、臀部が果物の洋梨みたいにプックリ膨れた体型のマウスだ。体毛はなく、皮膚全体が青白く、目元は体よりも青いラインが化粧をしているように瞼の上の方に入っていた。よく見ると、その青い部分はまつげで、ここだけ体毛が生えていた。


 マウスの頭部には、いくつもの針が刺さっている。長いことロボットの中にいたのだと思うけど、腐敗している様子は全くなかった。このスライド写真を撮影する時まで、まるで生きていたのではないのかと思うほどに。


 アキラの表情が変わった。戦慄……うん、まるで雷に全身を打たれたような衝撃がアキラに走っているようだった。


 ユリハは話を続けた。

「このロボットが機能停止するまで、マウスはカプセルの中で生かされ続けていたわ。普段は仮死状態になっていて、魔法鞭マジック・ウィップを使うときだけ覚醒させられる」


 旧地球の現在の技術では、すでにマイナシウムをエネルギーに変換して動力源にする装置がいくつか開発されている。宇宙エレベーターなんかは、マイナシウムの反重力特性そのものを利用したものなので、これには当てはまらない。AEWで活動する際、トーカー、リスナー向けの護身用のパワードスーツがあって、この技術はそれに活用されているそうだ。


 この技術の欠点は、マナコンドリアが内在しているものでないと、使用できないこと。これらの装置には、装着したものの意思で大気中のマナをかき集めて、装置であるパワードスーツにマナを注入しなければならないのだ。


 ユリハが見せたマウスはマナコンドリアを保有していて、カプセルから伸びた針がマウスの脳に電気信号を送り、魔法発動の指示を出していた。これがユリハの言った生体パーツの役割だ。


「このマナコンドリアを保有したマウスの種は―」

「知っとるわ」

 アキラの身体が瞋恚しんいに満ちていた。そしてユリハの代わりに、アキラがマウスの名前を呟いた。

「……スキニー・ブルーフェイス」

「……ええ、そうよ」

「おい、どうしたチワ公!!」

 花太郎がチワワみたいに震えているアキラにデコピンを連発した。


「すまんな、ハナ」

 アキラはなぜか花太郎に礼を言った。

「冗談抜きで痛いわ!」

 アキラが花太郎にデコピンを返したが、花太郎はビクともしなかった。


「おぼえとれよ、ハナ」

「すまんすまん」

「……いや、ええんや」

 いつになく弱気になってるアキラがちょっと心配になった。


「どうして、あんなにプルってたんだよ。……まあ、確かにこの写真見たら胸くそ悪くなる気持ちもわかるけどさ」

 花太郎の言うように、この写真は確かに”気味が悪い”というよりも”胸くそ悪い”と思わせる代物だった。無表情のマウスの身体にはチューブが刺さっていて、頭部には無数の針、ユリハの説明から察するに、このマウスは、魔法を使うためだけに生かされていた生物なのだ。かつて、食肉製造業に携わっていた身である僕としては、この装置を考案した人間の性格は、ちょっと許容できない。


「これはな、ハナ。この”スキニー・ブルーフェイス”っちゅーマウスは、俺が品種改良で開発した商品ネタなんや」

「は?」

 チワワのようにプルプルしていたことを冷やかされたアキラは、少し平静になったみたいで、自分にも言い聞かせるかのように、話した。


「ここからは、私が説明しましょう」

 ずっと沈黙していたターさんが、ここで口を開いた。


未次飼みじかいさんの所属していた製薬会社、”天川ジェネリック”についてです」

 

 


次話は4月28日に投稿予定です

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