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第86話 主役不在の宴

 カイド宅の扉をすり抜けると、僕を出迎えたのは花太郎だった。

[似合うじゃん]

「はい、はい」

 花太郎はエプロン姿だった。


「来やがったなぁ!」

 食卓にはカイドとシドが腰掛けていて、テーブルには肉料理と、山岳地帯のリッケンブロウムでは珍しい、海の魚をつかった料理がところ狭しと並んでいた。


 いつも花太郎達が食べている魚料理は川魚か干物ばかりだったけど、今回のは海の焼き魚で、これはリッケンブロウムを訪れた魔法関係者達に行商人がいて、鮮度を保つ魔法を用いてここまで運んできた品だと言っていた。


 そして、部屋の傍らには、花太郎と僕のお土産のラム酒とカイド達が調達した火酒がズラリと横並びになっていた。


 キッチンからサイアと手のひらサイズのシンベエを肩に乗せた咲良が料理を運んでくる。


「これ以上は置けないかな」

 サイアがつぶやくと「そうだな」といって咲良が踵を返して、手に持っていた皿を、キッチンへと置きに行った。


 ユリハ、アキラがドアを開けて入ってくる。ユリハが拳大の変な機械を持参してきた。

 ”アルコール除去装置”というものらしい。この装置で酒を濾過すると、アルコール分が抜けて、甘酒みたいに未成年でも酒を飲むことが許される製品らしい。「今日は一口だけでも、咲良ちゃんにも飲んでほしいの」と言っていた。


 程なくして、きのこフレンズの三人と、悠里に抱えられてアズラが到着した。出店の方で合流したみたいだ。


 メンバーは揃った。ナタリィさんは出店、カイドの息子達(四人のうち二人は行商の旅に出ていて不在)はその手伝いで出払っていた。


 カイドパーティーの面々。カイド、シド、アズラ、ユリハ、サイア。


 チームカガリ。悠里、ペティとリズこと、カーペイタとプテリス。


 咲良、シンベエ、アキラ、花太郎、そして僕。


 カイド宅のリビングはこの人数を収容できるだけの広さは十分にあるのだけれど、今日は豪華な食事の為にナタリィさんの店から引っ張ってきた机の上にも料理を並べたものだから、やや手狭だった。今日は立食になりそうだ。


「街は宴だというに、よく来てくれたな。感謝するぜ」

 カイドが雁首揃えた僕たちを見渡して、謝辞を述べた。


「みんなユリハから話しは聞いてるな? シンベエと咲良が持ち帰った石から、香夜の手がかりが掴めた」

「俺は、はじめて聞いたぞ」

 シンベエがつぶやくのを聞いて、カイドは「手前ぇのおかげなんだよ」とガハハと笑って話しを続けた。


「俺たちがここに街を興し、こうやって、顔をつき合わせることになったのは、カガリ、ユリハ、香夜のおかげだ」


 そしてカイドは一本の酒瓶を取り出し、テーブルの唯一確保されていた隙間に「ゴン」と重厚な音を立ててそれを置いた。


 ……ずいぶん懐かしいものを持ち出してくるじゃないか。


「おお、でかっ!」

 アキラが声を漏らす。


 升升半升マスマスハンジョウ、二升半の巨大な焼酎の酒瓶だ。かつて僕のアパートに来たカイドが栓を開けようとしたところを、僕が止めた。近々ナタリィさんが店を構えることになりそうだから、商売繁盛の元担ぎとして残しておきなよ、と、提案したんだ。


 カイドが持ち出したそれは、一六年経っても未開封のまま全く手をつけていない様子だった。


「コイツは向こうの世界で仕入れたものだ、商売繁盛の縁起物なんだとよ。昔、ハナタロウから聞いたんだ。俺はコイツを持ち帰って、興したばかりのこの街の、できたばかりの俺の連れ合いの店に飾った。街も店も十分栄えた今、俺はこの酒瓶を開けて、仲間と分かちあおうと思う。……だが一人足りねぇ」


 カイドは酒瓶から手を放した。

「香夜だ。香夜を連れ戻すまで、この蓋は開けられねぇ」


 リズとペティが微笑んだ。

「宵越しの酒を残さぬは、ドワーフのいき。仲間と酒を分かちあえぬは、ドワーフの恥、ですね?」

「アタイらエルフなんだけど?」

「よくわかってんじゃねえか、ドワーフの流儀をよ」

「嫌いではありません」

「アタイもだ」

「すまねぇな、今日は俺たちドワーフのやり方で、進めさせてもらうぜ」

 二人のエルフは了承した。


「この酒は、香夜のところへ持っていって、真っ先に空ける。だから今日は飲まねぇ。今日飲むのは、二人のハナタロウと俺たちが用意した酒だ。一滴残らず飲み干すぞ。だが、この宴は、コイツを飲み干すまで終わらねぇ!」


 これより開会する決起の宴は、ここにある全ての酒を空にするまで終わらない。香夜さんの為に残す一本の酒瓶を眺めながら、この場でそれ以外の全ての酒を飲み尽くす。


 仲間と酒を分かちあえぬは、ドワーフの恥。リズが述べたドワーフの哲学をもって、ここに同席するメンバーが、意地と誇りで香夜さんを永遠の牢獄から解き放つのだ。


 カイドの視線が咲良に向いた。

「咲良、俺たちの仲間の為に、力を貸してくれ」

「当たり前でしょ。任務だしね」


 ……咲良ぁ、咲良いい子に育ったなぁ、という思いが頭の中を満たしてしまったけれど、間抜け面浮かべた花太郎の横顔が視界に入って、僕は平静を取り戻した。悠里には笑われたけど。


「よし、それじゃ始めるぜ」


 カイドの号令で、サイアとシドが酒の蓋を開けて、各々が持つグラスやジョッキに酒を注いでまわった。


 ユリハが”アルコール除去装置”を咲良のグラスの上に置き、酒を注いでいた。

「サイアも使う?」

「私は、いい。今日はふつうに飲むよ」


 ……大丈夫かな、サイア。悠里が「サイっちゃん、酔うとかわいさが倍増するんだよね~」とつぶやき、きのこフレンズ達がワクワクしていた。


「あたしはそっちをもらおうかね。いい匂いがするよ」

「俺もだ」

 アズラとシンベエが僕たちが用意したラム酒を所望した。バニラが入ってるから、それに惹かれたのだろう。悠里もそっちを所望した。シドが「どうせ全部飲むのだから、どちらが先でも同じだろう?」と言いながら火酒を持っていた手を、ラム酒に変えて、自分のグラスに注いでいたので、笑った。

「全員、酒はあるな?」

 カイドがあたりを見渡す。僕も、自分のグラスをイメージして、手に持ってみた。うまくいった。


「よし、今日の口上は……エア太郎、お前がやれ」


[え?]

 みんなの視線が集まってきた。


[いや、口上は主催者か主役がやるものでしょ?]

 花太郎が言づてする。それを聞いてカイドが笑う。


「誰でもいいんだよ、こんなものは。だからお前がやれ」

 カイドがグラスを持つ手で僕を指した。

「上等なものを頼むぜ。てめぇの声は聞こえねぇからな。読み上げはハナタロウ、頼むぜ」


「わかった」

 みんな、ニヤつきながら僕を見ている。特に花太郎の笑顔にイラッとした。

 咲良と目があった。彼女だけは笑っていない。

 彼女は、目を逸らすことなく、僕を待っていた。


 …………三次元に僕の心臓があったなら、間違いなくバクバクいってるだろう。足だって震えている、絶対に。


「カイド、エア太郎が”この宴には、香夜さんも参加する予定なんだよね?”って」

「ああ、遅れて来るがな。香夜が来る前に、ここにあるものは食らいつくすぜ。遅れたやつが悪い。酒瓶の一本は、情けで残してやるつもりだ」


「”どうせ、『香夜は腹ぺこだろうから』って来たときにはまたご馳走を振る舞うんでしょ?”だって」

「しばらく何も食っちゃいないだろうからな、仕方がねえだろ?」

 ……カイドのレスポンスは、いつもトンチが利いていておもしろい。


 僕は軽口をたたきながら顕現させたメモ帳にボールペンを走らせて韻を考えていた。


 花太郎にメモ帳を見せる。


「”皆々様、お待たせいたしました”とのことです」

 みんながグラスを構えた。

 

 花太郎が読み上げる


「カイド宅にてJOXAのマドンナ、宴の主役たる佐貫野香夜の到着待たずして始める、前代未聞の酒飲み前口上の詩歌


ここで飲むなら おろそかかに

きこし召さるな この酒は

月におられる 創造神の

再会祝す 儀の酒ぞ

ここに女神が おらぬなら

月でも異次元でも どこへでも

彼女を迎えにいってやろう

険しく遠い道のりなれば

ここで馳走を食いつくし 飢えることなく進むべし

どてっ腹に空いた月の大穴 はいにするのもまた一興

席を立つのは許さぬぞ 女神が酒を飲み干すまでは!!」 


「フー!!」


「香夜が女神だって? 笑えるじゃねぇか!!」

 とにかく騒がしい宴だった。


 サイアは案の定、一杯目で酔いつぶれて、きのこフレンズの餌食になるかと思いきや、早々に花太郎の身体に「ポフン」ともたれ掛かって甘え上戸になったサイアにだれも手出しはしなかった。花太郎の胸に頬をすり付けるサイアを、ペティはデジカメで写真を、リズは動画を撮っていた。 ユリハは写真を後でシェアしてもらうよう、二人に頼んでいた。 ……やっぱり餌食になっているな、サイア。


「甘いな! この酒は」

 シドが一杯目のラム酒を飲み干して、また同じ酒を注いだ。チラッチラとサイアと花太郎をみていたけれど、もう見慣れたのか、踏ん切りがついたのか、特にプレッシャーが身体からにじみ出てくる様子はなかった。


 アズラとシンベエも酒を気に入ってくれたようだ。膝丈くらいのサイズで、一杯目のラム酒を飲み干した後は手のひらサイズになってグラスの中身を両手で抱えて飲みながら、焼き魚を堪能している。……塩けのある焼き魚に甘い酒って合うのだろうか。


 咲良は、サイアを抱きとめる花太郎に冷たい視線を送っていた。……花太郎が悪い訳じゃないんだけどさ。……そんな咲良もかわいいな。


 彼女もちびちびとアルコール除去装置をつかって飲んでくれていて、時折、シンベエやアズラに「あーん」して食物を食べさせている。

 ……かわいい。目が合うと少し頬を赤らめてムスッとした表情になって目を逸らした。……かわいい。


「あんめぇ。ハナの酒、甘めぇやんけ。まぁ、悪くはあらへんな」

「そんな自己主張しなくても、この程度の規模だったらギリギリ空気にはならないと思うぞ、アキラ」

「うるせい!」

 花太郎とアキラがコントをしながら、お互いのグラスに酒を注ぎあっていた。肉体強化マナコンドリアの差で、花太郎はアキラよりも飲むペースがいつの間にか早くなっていたみたいで、アキラが……なんか張り合ってるな、やめといたほうがいいと思う。


「エアっち、このお酒おいしいね。アタシでも結構飲めそうだよ?」

[うん、飲み口はいいからね。でも、アルコール度数は高めだからね]

「だよねぇ」

 いつもは最初の一杯しか飲まない悠里だったけれど、今日は何杯か飲んでいた。……これは僕の用意したラム酒が、単に飲みやすいというだけではないだろう。悠里は飲み干す気なんだ、ここにある酒を。


「エアッち、君は我々に”疎かに飲むな”と詠いながら、お酒を飲まないつもりかね?」

 

……あれ? 悠里酔ってる?


 目をトロンとさせて、頬を赤らめながら顔を近づけてくる悠里。……すっごく色っぽい。

[いや、でも、飲みたくても飲めないしね?]

「んなこたぁないだろ、エアっちよ」

 言いながら、悠里はグラスに入った残りの酒を「ググッ」と煽った。

 

……飲み込まずに頬に貯めている?

 いや、待てよ悠里。


[待て待て待て待てぇ!]


 僕の頭は悠里の両腕にがっしりと掴まれ、頬を膨らませた悠里が顔を近づけてきて、僕の視界は悠里の息を呑むような色っぽい表情で一杯なのだけど、みんなの視線が僕たちに集まっていることがわかった。 なんかフラッシュもついてるし、絶対エルフの二人が撮影してる。


「ぐぅ、ごぉ、ごほ、ぶはぁ!」

 悠里の唇が僕の唇を無理矢理押し広げて、そのまま悠里は僕と身体を密着させた。悠里の腕が僕の喉元や、背骨部分に絡みつく。”体表面から五センチ程度”、悠里の透過できる有効範囲内に、僕の消化器官を納めるためだろう。


 医師資格を持った悠里は、酩酊しながらも正確に僕の食道や、胃袋の位置を把握していて、悠里が流し込んだなま暖かい液体が、僕の腹部にたまっていくのがわかった。


「久しぶりに聞いたなぁ、君の声」

 悠里が唇を離したけれど、身体は密着させたままだった。

「どう? おいしかったぁ?」

[……うん]


 恥ずかしさよりも、喜びの方が大きくなっていた。胃袋にモノが入る感じって、本当に久々で、忘れていたから。

「センパイ! 今のは!? エア太郎の声が聞こえたわ!!」

 あたりが大笑いとか黄色い感性につつまれるなか、ユリハが好奇心のお化けとなって、尋ねてきた。アキラは自身の事とは全く関係ないのに、ユリハの表情をみて、軽くすくみあがっていた。


「ん~? あぁ、みんなに内緒にしてたっけね」

 恥ずかしかったからな。バレちゃったなあ。


 …………痛い。痛いよ。……お願いだからそんな視線を送らないでくれ、咲良。でもそんな君もイイ!!


 悠里が身体を放すと、僕の胃袋にたまっていたアルコールが、地面に落ちた。

 花太郎が拭おうとしてくれたけれど、立ったまま花太郎をクッションにしていたサイアが放してくれず、悠里もユリハに問いつめられているしで、こぼれた酒はアキラが片づけてくれた。


[ごめんな、アキラ]

 口パクで礼を言った。

「いやぁ、今のはさすがに引いたわ」


 アキラが苦笑するって相当なものだと思う。

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