第85話 世界の創造者
咲良は、ユリハの主張した説の裏付けとなる証拠を見つけてきた。
月の石を見つけた場所の地中に、月へとつながるワームホールがある。
JOXAの調査とアキラの脳情報を照らし合わせて導き出された答え、
”月にはアルターホール”がある。
最後のアルターホールだ。
香夜さんのアルターホールだ。
確定したわけではない。それでも僕たちは、喜びを分かち合った。
「どうして香夜だけ月に飛ばされたんだろうな」
ひとしきりはしゃいだ後、ペティが素朴な疑問を投げかけた。
「……香夜ちゃんが消失した他のトーカーと違う点が、一つだけあるわ。」
静かな爆発が起こった時、香夜さんは宇宙ステーションIZUMO02、通称”地球ゴマ”にいた。彼女だけが地球の重力圏から離れていて、無重力空間にいた。推察の域を出ないけれど考えられることは今のところ、これしかないと、ユリハが答えた。
「朗報で喜んでいるところ、水を差すようで悪いんやけど、一つ、ええかな?」
アキラがいつになく真剣な面もちで呼びかけた。
「佐貫野 香夜さん……月のアルターホールについてや。レポートに書いて提出したけれど、俺の口から説明させてくれ。……今から話すのは、俺の脳情報が引き出した歴史の中でも、人類が岐路に立った重大な未来の出来事。人類が地球と同胞を捨てて宇宙へと飛び立った話や」
千恵美さんが造りだした空間でアキラと僕たちが対峙したとき、その出来事について、コイツがチラッと話していた事を思い出した。
『西暦二四〇〇年頃、一つのアルターホールをサルベージしたことで地球の環境は変わりました。 地球がマイナシウムで満たされはじめ、生き物はすべからく変質し始めて、人類にも被害が及びました。やがて変質から免れた人たちは、変質した人々を残して地球を離れましたー』
かつてアキラが、地球を焼きつくす準備の時間を稼ぐ為に僕たち伝えた概要を、悠里たちにもわかるよう、もう一度説明した。
その中で語られた”一つのアルターホール”とは、月のアルターホールである、と、アキラは告げた。
「引き揚げ技術を発明し、他次元空間で月のアルターホールの観測に成功した未来人たちは、巨大クレーターへの進入の手がかりを得るため、早速引き揚げを行ったんや。ただのワームホールと勘違いしたのか、アルターホールとわかってて引き揚げたのかはわからへん。ただ……」
未来人が引き揚げたのは間違いなくアルターホールで、その規模も影響力も他次元に在る時から三次元に大きく干渉できるほどのポテンシャルを秘めていたのだ。
結果、月に出現した(それでも三次元では観測できていない)アルターホールは、地球の、とりわけ生物達に影響を及ぼし、生態を変質させた。
そして、変質を起こした個体は、例外なく自身の細胞に”マナコンドリア”を保有していた。
「……それって」
サイアが目を見開く。
「人間の私とドワーフのシドが結婚して、サイアを生むことができたのは、ドワーフはもともと、というより、今も尚”ホモ・サピエンス”の一種だからよ。エルフも、獣人も」
「竜族だけはちょっと違うんやけどな」
アキラの補足に花太郎は「どう言うことか」と聞き返すも「話が逸れるから、また今度や」と流し【だったら言うなよ!】と僕がメモ帳で、花太郎が声出して抗議した。悠里が「最初の頃、習わなかった?」と問われて思い出した。これは確かに話が逸れると思ったので【だったら言うなよ!】と書いたメモ帳をもう一度アキラに見せつけた。
「兎にも角にも、俺が言いたいことはなー」
アキラが話を戻そうとしたところで、リズが真剣な面もちで問いかけた。
「香夜さんが、ワタクシ達を創造したのですね?」
凛とした目つき、白い肌、飴色の長い髪をもった美しいハイエルフ、リズの問いを、アキラは肯定で返した。
かなりシリアスな場面なのに、彼女の残念Tシャツが異様に目立ってしまい、緊張感が反転してコミカルに見えてしまったけれど、これはAEWの住人達の信仰にまつわる極めて重要な事案であることに間違いない。
「まあ、俺が言いたかったのはな”覚悟せいよ”って事や。俺はJOXAやエルフのオフタリさんが、今までどんな苦労をしてアルターホールを消していったか知らへんけど、今回はきっと、一番の強敵になるんやないかってことや。変質を免れたマナコンドリア持ってへん連中が、怖くなって宇宙に逃げ出したくらいやからな! 同胞を捨てたんや! ムカっ腹立つ!」
「そいつらが、なんも解決させずに逃げ出したから、アタイらが生まれたんだろ?」
「……せやな」
……話は一段落ついたのだけれど、ここで僕は一つ疑問を持った。悠里が僕の表情を見て「何か言いたいことある?」と聞いてきたけれど、どうしても自分で聞きたかったので、メモ帳とペンで書き連ねて、ユリハに見せた。
「エア太郎、そんなこともできるのね」
メモ帳を見て関心するユリハに僕は頷きで返す。
「でも、字が汚いわ」
身振り手振りで謝る。なるべく読めるような字で書いたつもりだったけど……。
「……アキラ君のレポートは、もうJOXA本部に送ったわ。今こうして、私たちがここにいるのだから、君の心配している事は起こらなそうね」
【アキラのレポート、未来人が地球を捨てた経緯について、この情報は旧地球のJOXAにも伝わっているの?】
短い文章だったけれど、ユリハは僕の疑問の根底にある心配事をくみ取ってくれた。
もし、このレポートを信用して、未来人がアルターホールの引き揚げを断念したら?
僕たちがここにいるということは、タイムパラドクスは起きていない。
昼食が終わってから、長いこと話をしていた。大して身体も動かしてもいないのにも関わらず「もう、お腹ペコペコや~」と、話し疲れたアキラがぼやいていた。頭を使いすぎた花太郎も含め、他のメンバーも同じ感想を抱いているようだった。
地質調査の当初の目的は”人類進化のミッシングリングの発見”だけれど、今後は”最後のアルターホールの探索任務”へと変更される。脳情報から情報を引き出すために、アキラも同行することになるだろう。
今日、僕たちはカイド宅の夕食に招かれている。花太郎は毎日招かれているけどね。
……決起集会、らしい。日が沈んだら集合との事だ。
「アネゴ。日没までは、まだ時間あるぜ!」
「ナタリィさん、出店するって仰っていましたよ」
今日は長老会の協議会を置いている施設の近くで、宴があるらしい。結界を騙す幻影魔法をこの目で見ようと集った魔法関係者たちが、ここに止まる最後の日なのだ。ナタリィさんの雑貨屋には、魔石を施した実用的な装飾品も多く、今晩は、外部から来た魔法関係者達の特需を狙って、出店を構えるそうだ。魔法使い向けの品を倉庫からも引っ張って来ているらしく、掘り出しモノがあるかもしれない、と、ペティとリズは意気込んでいた。
「私はもう行くね。今晩の夕食を作らなきゃ」
「サイッちゃん、今日はご馳走なんでしょ? アタシ手伝うよ」
「やっぱアタイ、そっち手伝う!」
「ワタクシもー!!」
きのこフレンズのお三方が 家を出て行こうとするサイアを抱き寄せ、奪い合いを始めた。この三つ巴の死闘は、毎度おなじみではあるが、毎回戦況が読めず、観ていて楽しい。今日はペティの胸の中にサイアが埋まっていた。
「下拵えは終わってるよ。ナタリィさんとやったから、料理はすぐに出来るよ」
サイアが苦しみながら三人のお手伝いの申し出を断った。
「サイア、私が手伝おうか?」
「母さんは絶対に手を出さないで!」
……サイアに強く拒まれたユリハはショボンとしてた。……ユリハって一体どんな料理を作るのだろうか。
「んじゃ、んじゃ、お手伝いはハナザブロウに決定だね」
「え? ハナタさん!?」
「人が多いんだから、お皿も多いでしょうに。食器くらい運んでもらうといいさネ。ね?ハナザブロウ?」
「ん。僕が行くよ」
花太郎が立ち上がると、「決まりだな!」と言ってペティがサイアの背中をポンッと押した、花太郎の所へ。
「よ、よろしく。ハナタさん」
「うん。行こうか」
花太郎とサイアが家を出ると、たちまち女子達が黄色い声を上げる。アキラは「カユイ、カユイ」と大げさに体中をかき回す素振りをする。これらの声は絶対、外の二人にまで届いているだろう。僕も笑った、花太郎にだけでも聞こえるように。
きのこフレンズの三人はナタリィさんの出店へ。ユリハとアキラも魔法関係者達と別れの挨拶をしようと、宴の会場へと向かった。
表に出ると、支部の園庭にアズラの姿はなかった。彼女も宴に行ったのだろうか。
「エアっちどうすんの?」
[うーん。ちょっと日課を済ませてくるよ]
「そかそか、じゃ、またあとでね」
[うん]
僕はみんなに一時の別れを告げて、上昇した。
視界の左端には空中神殿、眼下には街並があって、連なる山々の向こう側に沈んで行くこの夕日を眺める事が出来るのも、あと一ヶ月くらいだろう。
かの地に香夜さんの手がかりを掴めたとなると、一刻も早く、と、気が急いるばかりだけど、無力な僕は何が出来るでもない。
みんなの準備が整うまで、のんびりと過ごすしかないのかなぁ、と思ったけれど、今回の地質調査隊の再編成に伴って、僕個人にも役割をもらえることになりそうだ。
「今後は花太郎血液とエア太郎が顕現した手帳とボールペンを駆使して、伝令役を任せることになるかもしれない」とユリハが言ってた。詳しい事はリッケンブロウムに滞在している間に決まるだろう。
夕日を眺めながら今日は、香夜さんと、この世界について考えた。
……香夜さんらしいなって、思った。この世界は。
未来人達は変質した同胞までも見捨ててこの星を去ったらしい。彼らを思うと、あんまり笑ってしまうのは不謹慎ではあるけど、それでも、なんだかホッとした。
というか、……うん、AEWが未来の地球の姿だなんて、今まではとても想像がつかなかったけれど、可愛いものや、メルヘンが大好きな香夜さんのアルターホールが創りだした世界である事に、妙に納得がいった。
酒飲みが大好きなドワーフ。無邪気にはっちゃける獣人。甘い物が大好物な竜族に、物語には悪役で登場しがちなオークも陽気で、馴染みやすい。エルフやノームやちっちゃな妖精もいる。そして、みんながみんな祭り好き。
こんな楽しい世界が、現実に、しかも、遠い未来の地球にあるものか!
香夜さんの思い描いた理想郷だったんですね。ここは。
この思い、僕だけの独りよがりじゃないだろう。だからこそ、僕たちは物証が乏しくても確信できたんだ。「月に香夜さんがいる」って。
……必ず、救い出して見せます。僕だけじゃ無理だけど、僕の仲間は、僕を仲間だと認めてくれているみんなは、とても有能な連中ばっかりだから。もう少しだけ、待っていてください。
「ハナタロウか?」
背後から風を切るような音がしたかと思うと、僕の名を呼ぶ声がした。シンベエだ。背中には咲良が乗っている。
【やぁ、君たちも空中散歩かい?】
僕は筆記具を顕現させて、カタカナでメモを書いて、見せた。
「ああ、そうだ。咲良といる時は、いつも遠出をしている」
なんで咲良と居るときだけなんだろう? と一瞬疑問に思ったけれど、すぐに答えがわかったので、咲良だけにメモを見せた。
【咲良さんといる時でないと、シンベエが遠出をしないのは、彼が方向音痴だから?】
「……まあ、そうだね」
少しだけ、咲良が笑った。僕はやっぱり咲良の笑っている顔が一番好きだ。
二人は飛び去って行き、空中神殿の崖っぷちに着地して、沈む夕日を眺め始めた。
あかね色の夕焼け空が、神殿と、竜に跨がった少女の身体をシルエットで映し出して、神秘的だった。
……こんな情景、現実だなんて思えないよ。ましてや竜に跨がるシルエットの少女が、僕と血を分けた娘だなんてさ。
今日は山の向こうに雲がかかっていて、雲海に夕日が溶け込むように沈んでいく。まるで色のついた氷が溶けて、水面に広がるように、地平線の雲を緋色に染め上げていた。
日が沈みきると、竜のシルエットは翼を閉じたまま、神殿の崖っぷちを飛び降りた。
大気を操る魔法を、ワザと使っていないのだろう。
急降下する翼竜の上で少女は、髪をなびかせながら、ピンっと背筋を伸ばして、向かい風を一身に受けていて、後ろ姿しか見えなかったけれど、とても気持ちよさそうだった。
竜は翼を大きくひろげると減速し、街を大きく旋回した。
ぐるっと一巡りすると、地上神殿広場の近くにある、一軒の家屋へ向かって降下していった。カイドの家だ。
僕も行かなきゃ。地平線から夜が始まっていた。




