第83話 香夜さん発見の手がかり
ユリハがアキラを伴って、部屋に訪ねてきた。「ウチでお昼ご飯でもうどうかしら?」と。幻影魔法を解除した後、アキラについて回ってた研究者たちは、ニモ先生ら長老会の所で、今も魔法議論を重ねているらしい。アキラは魔石の幻影魔法以外は大した知識を持っていないし、連日の宴で知っている情報は話しつくしてしまったから、注目されなくなったのだ。
「なんか、胸くそ悪いわ。今日はヤケ食いや」と意気込んでた。「君にはまだやってもらいたいことがたくさんあるわよ」とユリハに猟奇的な笑顔で諭されて、恐怖ですくみあがってた。一時の花だったな、アキラ。
庭にはアズラとお昼を食べるべくバスケットを持った親子連れが何組かいて、彼女はそっちへ行った。
ユリハの家に招かれると、サイアが帰って来ていて、料理の下拵えをしていた。きのこフレンズの三人が「手伝うよ」と言って、小柄なドワーフ用にデザインされた上にさして、大きくもないキッチンに長身の三人が押し入って、サイアを奪い合っていた。ユリハが「私にも手伝わせて」と言ってきたのを「母さんは座って待ってて」とウグウグと窮屈な状況に立たされているサイアに止められて、ショボンとしてた。
「ごちそうさまでした」
昼食を終え、ウグウグしながら洗い物も終えると、サイアはみんなに茶を淹れてくれた。
「ユリハ、もうお昼休み終わってるんじゃないの?」
「そうね」
花太郎の問いに、ユリハはゆったりとした口調で応えた。
支部での研究に没頭しすぎて昼食を忘れるユリハに、サイアがしょっちゅうお弁当を拵えて届ける様子を普段から見ていたものだから、かなり違和感があった。
「んじゃあれだね、ユリっち。ここからは”仕事の話”なんだね?」
「そうなりますね、センパイ。休暇の所申し訳ないのだけれど、早めに伝えた方がいいと思って。ペティとリズにもお願いしたいことがあるわ」
「サイア嬢」
「何?」
花太郎はサイアに採血をお願いした。ユリハは「ありがとう」と一言礼を言って僕の姿を確認すると、話しはじめた。
NOSAの再構築者の五人が旧地球への異動、帰還を希望した。それに伴い、彼女たちが担っている地質調査の補充要員として、僕、花太郎、悠里、ユリハが配属されることになるだろう、と。
地質調査の拠点となる地は温暖で、巨大な生物が多く生息している危険地帯だ。
活用次第で拠点防衛に絶対的な効果を発揮する能力をNOSAの五人は持っていたらしい。 小数精鋭で賄えていた調査任務が、彼女らの欠員により大幅な人員補充が必要になった。JOXA支部に所属する数少ない他のリスナーたちも何人か任務に加わるかもしれない、と。
「咲良は?」
「彼女は自ら志願したわ」
リスナーよりも優れた身体能力をもち、現在のJOXA内では三人しかいないトーカー、その一人である咲良は貴重な戦力ではあるものの、地質調査任務の任期を終えたばかりで、再編成のメンバーに組み込む予定はなかったらしい。それでも彼女は引き続き地質調査の任に就くことを志願し、帰省期間を縮めて僕たちと宇宙エレベーターに乗って帰ってきたと言うのだ。
ペティとリズはクスクスと笑った。「咲良って、ほんとにシンベエが好きだよね」と。
リッケンブロウムから調査拠点まではシンベエに乗って移動する。咲良は先の任務において、シンベエと共にJOXA支部への定例報告と上空からの哨戒任務を担当していたそうだ。それを聞いて、僕と花太郎も笑った「かわいいな~」って。アキラに「何二人してにやけてんねん」ってつっこまれた。
「これから長老会に正式な要請をするつもりだけど、ペティとリズも同行をお願いしたいの」
「もちろん、いいぜ」
「おねえさまの行くとこなら、どこまでもお供します」
さらに、カイド、シド、アズラ、サイアもかの地に赴くらしい。これは昨晩のうちに本人たちから承諾を得たそうだ。
「随分と大所帯だねユリっち。あの五人がすごいのはわかるけれど、拠点防衛にそんなに人員必要なの?」
「おねえさま! あんまりですぅ!」
「アタイらがいらないってのか!」
「こらこらこらこら~。割と真面目な話だよ~」
首と腰に抱きついてくるペティとリズを悠里は透過でかわした。
「ちきしょう! サイアァ」
「心に風穴が空いてしまいましたぁ!」
二人のエルフは、やるかたない思いを癒すべくサイアを奪い合った。
「あの人とカイド、アズラには、坑道を掘ってもらうのよ」
「はてはて。地質調査の目的は、”ミッシングリング”の調査じゃなかったっけ?」
「昨日、JOXA本部から咲良ちゃんが持ち帰った石のサンプルの解析結果が送られてきたの。急ぎで伝えたかったのは、このお話」
ユリハは解析結果を伝える前に、話についていけてない花太郎と僕の為に、アキラが本部に提出したレポートの内容と、AEWでの活動目的について改めて説明してくれた。
JOXAとNOSAがAEWで活動する目的は異世界交流の他に二つあった。
・人類がいつ頃AEWから姿を消したのか。
・”静かな爆発”の原因究明と、爆心地である月への進入方法を探ること。
前者に関しては、アキラの”脳情報”に証明こそできなけれど、答えが記録されている。西暦二四〇〇年頃、人類は地球を捨てて宇宙へと旅立ったのだ。
そして数億年後、太陽系に帰ってきた旧地球人は他次元空間の地球上にあるアルターホールを三次元まで引き揚げて自分たちの故郷をテラウォーミング(惑星環境整備)の実験場にした。妻、千恵美さんを実験台にした旧地球人を許せなかったアキラが、それを阻止しようと地球を焼き付くそうとしたわけで。
この脳情報の内容を真と捉えれば、どんなにAEWの地表を調べても、人類の化石は見つからないわけで、せいぜい掘り当てても新しいもので西暦二〇〇〇年代に埋葬された死者達の遺骨くらいだろう。
後者は答えこそ記されていないけれど、ヒントはあった。これは、アキラが砂漠で書いた胡散臭いレポートにも、少しだけ書いてあった。
”静かな爆発”により、素粒子レベルの高密度なマイナシウムが地球上に降り注いだ。マナコンドリアα体と呼ばれマナコンドリアの原始体を保有するトーカーには吸収するマイナシウムを調節する気管が存在せず、暴走を起こしたα体が保有者を他次元へと転送させ、アルターホールに変質させた。シンベエの背中に乗って帰省する最中、”静かな爆発”の後に生まれてきた新生児のマナコンドリアを保有する割合が爆発的に増えた、と話していたけれど、これはリスナーが持つマナコンドリアβ体のように吸収するマイナシウムを調整する気管が備わった進化体γ(ガンマ)で、これはAEWの住人達の保有するものにより近いという。
……”静かな爆発”の後に生まれてきた新生児達が、AEWの知的生命体達の正統な祖先。ということだ。
「ユリハさん、俺からも話させてもらえへんか。黙っとるの疲れてもうた」
「わかったわ」
「カガリのアネさん、すいません。僕とエア太郎の理解力が足りなくて」
[ごめん、悠里]
「いんや。アキノシンのレポートは、アタシも知らない情報があるからね。もっと聞きたいくらいだよ?」
「カガリさんに期待してもらえるなんて、めっちゃテンションあがるわ! お嬢、茶おかわりくりゃしゃんせ?」
アキラが茶のおかわりをサイアに要求すると、彼女を奪い合っていた二人のエルフが結託した。
リズがアキラのコップに魔法で水を注ぎ、ペティがそれを熱した。
「おおきに~。おフタリさん」
アキラがコップの中身を「ふ~ふ~」冷ましながら、口中に注ぎ込む。
「うん。お湯やな」
喉をお湯で潤して、アキラは話し始めた。
「”静かな爆発”はな、不可解なことばっかりやった。もともとは無重力状態で生成していたワームホールを、月面の重力下でつくる実験の失敗で起こったものや。もし実験が成功してれば、地球での流通や交通手段のしくみが一気に変わったんやろうな」
”静かな爆発”の原因は、それをおそれた石油輸出国が、実験中の無人機にハッキングをしかけて誤作動を起こさせ妨害したことによるものだった。秘密裏に行うつもりが、事態が大きくなりすぎて、NOSAを抱える大国から報復を受け、国の名前が変わってしまったらしいけど。
「静かな爆発で、地球からみたら、月面の三分の一を覆うほどのでっけぇクレーターができた。これは実験内容から考えて、”ワームホールが生成され、月面の一部を抉りとってワームホールの別空間の出口まで運んだ”っちゅー可能性が濃厚や」
「当時のJOXAでも、ワームホールが月面に発生した事を観測しているわ」
「ここで不可解な現象、その一や。特殊な状況だったとはいえ、この後ワームホールは勝手に縮小して、消滅しとる。マイナシウムで作ったワームホールってのは、本来、半永久的に稼働するもんや。同じワームホールをぶつけて対消滅させない限りは消えへん。なぜそれが、勝手に消えたのか。俺の脳情報に記された年表には、”原因は四〇〇年経ってもわからないままだった”と記されとる。二〇一六年からの四〇〇年後……人類が地球を捨てた時まで調査が続き、そしてあきらめたんや。どうしてわからなかったのか、これには不可解な現象、その二が関連しとる」
不可解な現象、その二。静かな爆発の爆心地、巨大なクレーターに進入することができない。
NOSAとJOXAは月面に探査用のローバーを何機も送り込んだけれど、クレーター部分にローバーが進入した瞬間。進入した場所から、向きを変えて出てきてしまうのだ。
「光と電波だけだったのよ、あのクレーターが進入を許したのは。JOXA本部では、今でもクレーターの表面を電波望遠鏡と衛生観測で調査を続けているわ」
「それを四○○年続けたみたいやけど、成果は得られへんかったようやな」
「アキノシン?」
「なんですか……ヒェッ」
アキラの言いぐさに温厚な悠里が怒って、睨みをきかせた。
「仕方がないわ。今のところ、彼の言うとおりになりそうだから」
進捗状況を知るユリハは、アキラの発言を甘んじて受け入れていた。
「だからといって、あきらめたらそこで終わりよ、やめるわけにはいかないわ。そうでしょ? ねぇ、アキラ君。いろいろ知っている君からしっかり情報を聞き出さないといけないわね?」
ユリハの猟奇的な微笑みを見てしまったアキラの表情が真っ青になって、みんな笑った。
「いや、け、決してJOXAがやっている調査が無駄に終わったわけやない。ちぃと誤解を生むような言い回しをしてもうた、ほんとすんまへん。ちゃんと成果はあったんや」
二四〇〇年代の未来人達は、三次元空間からクレーターへ進入する事が不可能ならば、と、他次元から月面へ干渉する技術を開発した。
「アキラ、それって、もしかして……」
花太郎も僕も察しがついた。
「そうや、引き揚げや。その話は後で詳しく話したる、今は置いとくで。もうひとつわかることがあるやろ、ハナ」
アキラは割と真剣な面もちで花太郎と僕を見据えて、話を続けた。
「不可解な現象その二。これは三次元世界の物理法則では到底説明できない現象や。せやけどな、謎が多すぎて不確定要素が多くても、唯一説明できる現象をお前らふたりは知っとるやろ、ハナとハナ」
ああ、知ってるよ。イヤというほど。
「……アルターホール」
「正解や。しかもこいつは、引き揚げる前から空間歪曲を起こして、バリッバリ三次元世界に影響与えまくっとる”超ド級”や」
「ユリハが早く伝えたかったことっていうのは-」
「ええ、そうよ」
花太郎が最後まで言い切ることもなく、ユリハは肯定した。
「クレーターの謎がアルターホールであることは、確率は低いけれど、可能性の一つとしてJOXAでも前々から挙がっていた仮説だったわ。JOXAの仮説と、彼の脳情報を信用するならば……」
悠里の瞳に火が灯り、サイアを抱えていたペティとリズもその手を離して、ユリハの言葉を待った。花太郎は全身に鳥肌を立てて総毛立っていた。
今は冷やかさないでおくよ、花太郎。
「香夜ちゃんは……月にいる」
しかも、三次元からは絶対進入できない場所に、だ。




