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第8話 アキラと酒飲んだこと 日記編

 7月30日(土) 夜は晴れてた、昼間はわからん


 昨日、件のアキラと酒を飲む。JOXAの話をしたら、めちゃめちゃ興奮してた。根ほり葉ほり聞いて来た。まぁ僕も逆の立場ならそうするな。うん。物心つく前からの付き合いだというのに、彼は関西弁で話しかけてくる。


 思えばこいつの生体ってカイドやアズラ並に不思議だよな、プロフィール作ったら笑えるかも。


 未次飼みじかい あきら 29歳 元旦生まれ。


 名字が変な幼馴染、両親は小学校の理科の先生。

 昔から理数系は得意だったし、運動神経もなかなかのものだった。


 勤勉な男である。


 今は東京の製薬会社で細菌を繁殖させている、新薬の実験で使うんだって。菌は細胞分裂で増えるんだけど、よく菌が持つDNAの配列が変わって変異種が生まれたりするらしい。それが現行の抗生物質に耐性持ってたりすると、これ幸いとばかりに増殖させて新薬の開発を促進させるとか。


 同じ伊豆大島の出身なのに関西弁で話す。


 アキラは関西にある理工系の国立大学に行ったんだけど「そのせいで関西弁が抜けなくなった」とコメントしている。

 その「抜けなくなった関西弁」は僕から見ても違和感がある。イントネーション云々の問題ではない「標準語を無理やり関西弁で話してる」感がすごい、ナチュラルを見いだせない、不自然さしかない。

 

”もうすぐ30年の付き合いになる僕の前で、なぜまがい物の関西弁で話をするのか”


 これは彼の生体を研究する上で1つの命題である。


 彼のアイデンティティにかかわることなのではないか、というのが僕の公式見解だ。


 彼は大学受験で一浪して予備校通いだしてから久々に会った時、僕のこと目を細めて注視してた。高校まで視力2.0から下がることのなかった男が予備校通い始めて眼鏡が必要になってしまったのだ。香夜さんも猛勉強してたらしいけど伊達眼鏡だったことを加味すると、彼の努力は推して知るべし!


 きっとそれほど猛勉強して勝ち取った国立なのだから、彼にとっては誇りそのものなんだ、きっと。


 だから「有るもの全て吸収したい」って意気込みでキャンパスライフを過ごしたのかなぁなんて考えると、関西の大学なんだから関西弁で会話してみたくなるはずだ。


 しかしこの仮説はある壁にぶち当たった。


 国立だから生徒はアキラを始め全国各地から集まってくるわけで、「果たして、キャンパス内が関西弁で満ちていたのだろうか?」って疑問が沸いてしまった。でも聞くだけ愚かだよな、うん、考えないことにする、うん。


 なにより彼が「ほな~やねん」という、取ってつけたような方言の枕詞と語尾を聞いて、心なしか癒されている自分がいるのだ。「平和だなぁこの惑星ほしは」という気分にさせてくれる人って、貴重だと思う、うん。

 プロフィールだけみると、こいつ結構おもしろいやつだなぁ。


 そんなアキラと飲みに行ったのは、実は1年ぶりくらいだったりする。


 僕がこっちに引っ越してから、在来線で言うと5駅くらい、車だったら20分程度しか離れていないのになかなか会わなかったよ。向こうは平日休みが多かったみたいだし、お互い自分のことで精一杯だったんだろうなと思いつつ、僕が昔話をしようと話を振る暇もなく、異世界交流談にアキラ君ガッツクガッツク。


「俺もシンベエに乗りてえよ」

 とのたまうから

「そう遠くないうちに一般人と交流できるようになるんじゃない?」

 と自分なりの見解を述べたらけっこう喜んでいた。


 思えばアキラは僕よりも宇宙に近い。


 お子さまだったころの彼の夢は宇宙飛行士だった。


 ある日、炭酸飲料のメーカーが宇宙旅行が当たるというキャンペーンを企画した。

 そこで少年アキラは対象のドリンクを購入し、当時彼が苦手としていた炭酸飲料のそれをきちんと飲み干しては、ボトルについている応募券を集めていたことを僕は知っている。


 アキラの家で遊んでいたとき、「ドリンク会社から電話が来た」と未次飼先生(母)が告げた瞬間の浮かれポンチぶりを目の当たりにしたし、意気揚々と受話器を取って、その後に落ち込む姿も見た。


 シャトルに乗るには最低でも2年は肉体訓練を積まなきゃいけないわけで、キャンペーン事態は当選してから5年後、訓練を経て必要最低限の知識と体力を身につけた後にシャトルに乗って大気圏を突破、無重力空間を30分ほど体験するといった内容のものだったと記憶している。


 5年経っても中学生でしかない小学生アキラが、選考から除外されるのは至極当然のことだった。彼のようなお子さま一人一人に電話をかけて断りを入れるメーカー側の気遣いも、今の僕からみれば誠意ある対応だったと思えるな。


 アキラが夢を変えたのはいつだったんだろう、高校は別々のトコ行って、大学には僕はストレートで私立、彼は一浪して国立に行った。


 僕は大学を中退して、彼は院まで進んだ。


 そのころにはもう宇宙飛行士になりたいという夢は忘れていたようだったな。なんてったって、アキラが院に進んだ動機が「彼女との半同棲生活を解消したくない」って理由だったんだからね! チクショウ。


「モテ期なんて一生に一度あれば十分さ。今はモテ期じゃないんだ」

 そうやって玉砕する度に自分に言い聞かせていた当時の僕の失望っぷりったらなかったよね!


 そういやコイツ新婚だったな、前会ったときは婚前で社内婚だから、「会社内のドコソコでイチャコラした」とかノロケてばっかりだったのに、昨日は一言も話題になんなかったな。うまくいってないって事はなさそうだから僕に気を遣ったのかな? らしくもない。


 閑話休題。


 アキラの志の挫折に関しては無意識下のものなのか、他に大きなエピソードがあるのかは定かではないけれど、目の前で痩せのビールっ腹になっていた彼は僕の体験をかなり羨んでいた。


 あれやこれやと聞いてくるので僕もほだされて、JOXAやカリントウ、アッチ界について疑問に思ったことをぶつけていた。


 詳細はもうちょっと整理して(寝て)から書こうと思う。忘れないように聞いた部分とコメントの一部分だけ。


”宇宙エレベーターの安全性について”

「なんかあったら飛ぶから大丈夫や(解説部分は今度書くから省略)」


”マイナシウムってそもそもなんぞ”

「よくわかってへんけど、暗黒物質の一種という説があるねん(解説部分省略)」


”アッチ界ってなんぞ?”

「俺が知るか(彼が知ってる範囲で解説してくれたけど今は省略)」


 やはり詳しかった。彼はカリントウ見学ツアーに参加する為、成層圏を突き抜けそうなほどの長大な予約名簿の1つに、己の名を書き記したという。そして知的欲求の石の上に2年半座り続けカリントウの内部、一般公開部分に入場し、夢あふれる知識を得ることに成功していた。彼は今でも宇宙が大好きなのだ。


「もうすぐ会社に、無重力空間ができるんや。今、講習受けとるんよ。」


 今では大好きになった炭酸がシュワシュワと泡立つキンキンに冷えたハイボールをガブガブ飲みながら、突然アキラは素っ頓狂な事を言い出した。


「何トンチキな事言ってんだ、この酔っぱらいが!」

 と合いの手をいれる僕、ハイボールを煽りながら喜々と語り出すアキラ。


 彼の会社で、マイナシウムの反重力特性を活用した無重力空間を地下に新設するらしい。重力の影響を受けない環境で細菌を伸び伸びと繁殖させたり、新薬の実験をするそうな。


「僕の個人的な要望としては、野菜の栽培とか、魚の養殖やってみてほしいんだけどな。無重力だとでっかく育ったりしないかな?」

 と僕が注文をつけると


「おもしろそうやけど、あいにく予定にはあらへんな。そんな大きい部屋やないし。実際やってみるとしても、魚の方は難しいやろな。密閉されてない容器に水を固定する技術は、まだあらへん」

 と割と真面目に答えてくれた。


「無重力空間にずっといるとな、カルシウムや筋肉がどんどん衰えていくねん。せやから、部屋に入るのはせいぜい半日で、週2~4日でシフト組む感じやな。後は通常業務と、ひたすら筋トレや。」


 考えてみたらこれらの情報は社外秘事項じゃないのかと思えて心配になった。


 少し無粋ではあるがハイボールのグラスを4杯空けたアキラに対しそれを問うと「問題ない」という答えが返ってきた。すでにアキラの業界では有名な話らしい、株価は絶賛上昇中だという、買っとけばよかった。


 夜も更けて終電も逃した。


 あと7、8年若ければ始発まで飲んだだろうけど、お互い眠気が限界だったのでお開きとなった。


 僕はアキラと再会を約束し(まぁ近くに住んでるんだけどね)帰路についた。


 ベロ酔い酩酊状態のまま千鳥足で歩む道すがら、僕は空が白んでくる様を眺めることができた。1時間半ほどかけてまもなく貸り住まいにつくところだった。


 空がとても近くに感じた、「もうすぐ宇宙が自分の手に届くかもしれない」と不意に頭をよぎった。

 今日の不毛な2人だけの宇宙論議は人生をほんの少し左右するに十分な経験だった。


 宇宙エレベーターの存在が近未来のそれを思わせてくれた。


 宇宙の醍醐味、無重力。それが地球上のとある民間企業の一室で再現されようとしている。

 

 マイナシウムが開いた扉の先には無限に広がる神話の世界があった。


 僕はまるで少年の頃に戻ったように溢れ出す好奇心に心躍らされ、訳もなく雄叫びをあげたい衝動を抑えながら、自宅アパートの扉を開けた。


 そして腹の奥底に溜まった昨晩の思い出のすべてが口から溢れ出しそうになるのを手で抑えながら、トイレへと直行した。


 飲み過ぎた。そして間に合った。


 アルコールの謀略から部屋の汚染を守った優越感に浸りながら、六畳一間の片隅にある台所で歯を磨いた。


 差し込む朝日を眺めながら

「眩しいな。とっとと日、沈まねぇかな」


 と1人つぶやき、遮光カーテンのない光に満ちた部屋にごろりと寝そべって、そのまま寝た。



 よし! 聞いたことの詳細はもう一眠りしてから書こう!



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