第73話 地表へ、密室の頂上決戦
悠里と別行動になった僕たちは、宇宙エレベーターの昇降口に案内された。
昇降口の扉が開くと、縦長の部屋にでた。横十メートル、縦に四メートル程度の広さで、天井の低い箱だった。
これから、五時間かけて地上に降りる。
「なんか、あれやな。夜行船で帰るみたいやな」
「うん、この広さといい、窓が一つもないあたりが、大型船の二等の一番安い船体底部の方の部屋を借りて、雑魚寝する気分だね」
「せやな」
伊豆大島へは夜間に大型船舶で東京から五時間かけて向かう(途中停泊するので、実質七時間)。現在では(と言っても、僕たちが知っている現在は一六年前を指す)高速船も出ていて、東京から、二時間もかからない。熱海からだと四五分とかそこらだ。夜行船に乗って、昼間の船で東京へ帰る釣り客が多い。
「タダってええな」
「そうだね」
そして、船賃が高い。一つの客船企業がそこいら一円の海域を独占しているからだ。今までいくつもの客船会社が参入しようとしたが、ことごとく海の藻屑と消えていったのを(撤退した)、僕たちは知っている。
でも、船賃が高いからといって恨んでなんかいない。確かにちょっと”イラっ”とするけれど、ロクに観光客のいない、利潤もあまり見込めない田舎を見捨てずに、島民のお仕事の口として、島民の足として機能してくれているのだから!
たとえ、船賃が東京ー大島間と大島ー東京間で値段が違っていても、大学生サークルが夏休みに遊びに来て、はっちゃける時期に船賃が四割増しになって、そのとばっちりを受けても、我慢する。僕たちは知っているのだ。
「どうせ何をやってもだめだろう」って消極的で、別に自給自足できなくても、東京から援助金もらえるしで、アットホームから程遠いあきらめムードで観光客を迎える島民に変わって、様々な企画を展開して、利用客を増やそうとしている、その努力を。
お盆や年末に帰省しようとすると、予約過多で座席がとれず、夜風を受けながら甲板で寝る事なんてザラだ。でも料金は一緒だ。
割と好きだった、その雑多な感じが。甲板でテントを張り出す奴もいる。外国人客に多い。
船旅で酒盛りする人間は大抵、フル装備した歴戦の釣り客か、伊豆諸島の島民だ。大学生サークルがそれをしようものなら、船酔い&酒酔いのダブルパンチで即KOだ。島民をなめちゃいけない。彼らは飲むしか娯楽がないのだから!
エレベーターが動き出す。
ずいぶんと郷愁に浸ってしまったけれど、夜行船の一室に似た、宇宙エレベーターの内部は、割と自由に行動できた。下降中は加減速を繰り返したり、特殊な装置を使うなどして重力制御を行い、地表上と変わらず過ごすことができる。
壁に畳まれた座席を展開して、各々がシートベルトを装着する。シンベエは、座席に彼専用のチャイルドシートのようなものを取り付けて、ベルトをつないだ。ちょっと可愛かった。
稼働を開始して、十五分程が経過すると、エレベーターが加速を終えたらしく、席を立つ許可が下りた。
ターさんは座席に腰掛けたままだったけれど、三人は席を立った。
花太郎がシンベエを抱えながら、アキラと狭い室内を見てまわり。計器類の質問をターさんに投げかけていた。
ここには座席のほか、折りたたみ式のベッドもあるらしい。
これらの座席やベッドなどは、資材を搬出入する際に取り外すこともできるそうだ。
エレベーターは時速四〇キロ程度のスピードで、下降を続ける。箱の外側には酸素ボンベが備え付けられていて、大気の濃度を常に調整し続けてくれているらしい。室内は、気圧、大気成分ともに地上と同じだ。酸素マスクもいらなかった。
やがて、花太郎とアキラは見学に飽きた。外の景色が見られたら、また話は違うんだけどね。
するとターさんは、席を立ち、片隅に格納された箱からタブレット端末を人数分取り出して、配った。タブレット端末を使って、トランプや、ボードゲームで遊べるらしい。ここにはトイレもあるし、娯楽も完備している。どんだけ至れりつくせりなんだよ。
最初は、トランプで大富豪とかババ抜きで遊んでいたけれど(花太郎は、”不本意なヨダレ”で僕を呼びだしたけれど、僕は他力本願にならないといけないので、辞退)やがてアキラが「こうして五人の男(三人の男、一匹のオス、一空気)が雁首そろえとるんや、ぼちぼち頂点決めへんか?」と別の遊びを提案した。
トーナメント制の将棋大会が開かれた。ターさんはもちろん、竜のシンベエも”指せる奴”らしい。
公平なグーパーによって、一回戦は「アキラVSターさん」「花太郎VSシンベエ」に決まった。僕は再び、参加を辞退した。
手紙の内容を考えたかったんだ。
花太郎には、一応、共鳴石インクを持ってきてもらっている。AEWと勝手が違うようなら、花太郎に代筆をお願いするつもりだ。……でも、まだ何を書いていいかいまいちわからない。
両親には僕の存在は伏せておいた方がいい。花太郎は「エア太郎のこと、話してもいいんじゃないか」って言ってくれているけれど、結局、自分の存在が何者なのかわからない以上は、説明するにもやりようがない。
きっと、花太郎の口から正直に告げたとして、父さんも母さんも信じてくれるだろう、間違いなく。だから、それがちょっと重いんだ。
花太郎と相談して、花太郎本人が来ているのに、手紙を渡すのもちょっと不自然かな、なんて思ったりもしたけれど「帰り際とか、まわりくどくするなら、郵便ポストに投函してもいいんじゃない?」みたいな事を提案してくれた。そうしようかなぁ、と思う。だから、旧地球に滞在している間が猶予だ。AEWに帰ってから、書いてもいいんだけど、いつまでもグダグダしそうだから、自分で締め切りを設けてみた。
「決勝戦で待っとるでぇ、ハナ~」
「吠えてろよ。初戦で敗退するなよな、アキラ」
「その言葉、そっくりそのまま返したるわ」
アキラと花太郎が火花を散らす。
「ほほほほほ、腕が鳴りますな」
「全く人間という生き物は、なかなか楽しませてくれそうだな」
難解な竜族の言語を習得したJOXAの職員であるターさん。何百年も生き、知能も高い竜族。アキラと花太郎は意気込んでいたけど、結果は目に見えていた。
ターさんとシンベエが決勝へと進出した。アキラと花太郎は惨敗した。
「シンベエ殿とは初めてですかな?」
「容赦はせぬぞ、ご老体」
シンベエ基準だとターさんは赤子も同然なのだけど、どこか、ターさんを敬っている節があった。というか、さっきからシンベエ、どうやら日本語で話しているようだ。
タブレット同士で指し合う、風情のない将棋も、壮年の紳士と青き竜が読み合いながら指していると、どこかほんわかした空気を醸しながらも、不思議な緊張感があった。
そして、シンベエが勝利した。すごいな、シンベエ。
「これが、事実上の決勝戦やな」
「……フッ」
アキラと花太郎は、負け犬同士で仲良く虚勢を張り合いながら、三位決定戦を行った。花太郎が負けた。
室内に赤いランプが灯った。
各々が定位置に戻り、シートベルトを装着する。
エレベーターが減速を開始した。
三十分程経過して、エレベーターは完全に停止した。
昇降口が開くと、JOXAの職員たちが、拍手をしながら僕たちを迎え入れてくれた。
気圧、大気成分は変わらないと言っていたけれど、地上の空気はエレベーターの中のそれと、全く違っていた。
地上には懐かしい匂いがあった。花太郎とアキラの目にはほんの少しだけ、涙が浮かんでいた。




