第69話 エア太郎の備忘録 タイムパラドクス理論の講義
ユリハが、灰みたいになっているアキラに幻影魔法を解除するよう、指示を出した。結界は奥に鎮座するワームホールを対消滅させないように守護する役割を果たしているのだから、リスクを回避するためには当然の判断だ。
僕はそろそろ「座学が始まるなぁ」と思って、一度支部に戻ったのだけど、講師が病欠で休講になり、聴講に来ていたオークとドワーフから、実技演習の一貫で花太郎が撃拳を申し込まれたので、暇になった。最初は花太郎を冷やかそうかと思ったけれど、ユリハたちが気になったので、神殿広場に向かった。
広場に着いたとき、アキラは、まだ幻影魔法の解除を終えていなかった。
通常なら簡単に解除出来るものを、自分が地上神殿を離れても幻影魔法の効果が持続するようにと、丸一日かけて特殊な方法で魔法を発動させたらしく、解除に手こずってしまったらしい。アキラの顔に、灰のような白みが増していた。
解除が完了したあと、手こずった理由をうまくごまかせば良かったのに、この時のアキラは疲労困憊で判断力が鈍っていたんだと思う。ユリハに理由を問われた時、”特殊な方法”、って口を滑らせたんだから。
ユリハはそれを聞いて、ニモ先生の所へアキラを抱えて向かって行った。魔法談義をするためだ。小柄な女性に野郎がお姫様抱っこされている姿はなかなか滑稽だ。……でもちょっと心配。
シドは仕事に行ったけれど、悠里、サイア、シンベエと僕がついていった。
道中「これで、ちょっと元気にならないかしら?」と言いながら、ユリハがアキラに謎の薬を投与していたけど、医師である悠里がそのことに何もツッコマなかった。まあ、危険な代物ではないのだろう。……と、この時は思っていた。
で、ニモ先生の所に到着した後のアキラは、さっきまでの燃えさしのような状態から打って変わって、ハイテンションで情熱的な立ち居振るまいで、とうとうと自分の脳情報から引き出した魔法理論を説明し、ニモ先生&ユリハとディベートをはじめた。
アキラの幻影魔法はやはり特異なもので、なんだかんだ言ってこいつの持っている魔石は粉々に砕け散ってしまっても”規格外”の代物だったんだ。
調子に乗ったアキラは、悠里からシンベエをもぎ取ると「ハハハ、シンベエ」と言いながらシンベエを激しくモフりだした。シンベエの必死な抵抗によって、顔や体を、翼や手足で何度叩かれても、アキラは怯まなかった。モフモフも魔法理論の話もやめなかった。
なんか、みんなすっごく楽しそうにしてたから「ウィン、ウィンだね」って思った。最初の三十分くらいは。
三十分後、アキラは再び灰になった。さっきよりもひどかった。灰というより”廃”だった。さすがに悠里とサイアからドクターストップがかけられた。ニモ先生も内心「やばいよなぁ、この男」って思ってたのだろう、あっさり引いた。 ユリハは渋々あきらめた(手には例の薬が握られていたけど、サイアに取り上げられていた)。
「人間とは脆弱だな」
「なにおぅ! シンベエ!!」
これは売り言葉に買い言葉の定形句なのだろうか。シンベエは悠里にモフられながら、アキラの”無理モフ”で傷ついた心を癒しているようだった。
結局、アキラの回復には二日を要した。ユリハがやらかしたせいで。
アキラの復活後、アキラと花太郎と一緒に、アッチへ行くときの注意点と、基礎知識の講義を受けた。アキラはすでに知っている様子だった。
講義では、僕と花太郎が一番気になっていた”タイムパラドクス”について聞くことができた。忘れないように、簡潔に記そうと思う。
結論から書くと、
【我々は、タイムパラドクスが起きたことを認識できない】
【タイムパラドクスは、ワームホールがAEWと繋がった時点で起きている】
という二つの理論がJOXAから正式に発表されている。
前者について。
これは、一種のプロパガンダだ。
この結論の最も優れている部分は「現行では証明のしようがない」ということだ。
思考実験では以下のとおり。
現在の自分(A君)の目の前にワームホールがあって、一日先の自分(A未来君)がいる場所に繋がっているとする。
A君はまず、「明日、過去に行って、自分の髪の毛を絶対に”丸坊主”にする。そして過去の自分には髪型を”モヒカン”するように指示しよう。そして、未来から僕がきた場合は、彼の言う指示通りの髪型に変えよう」という確固たる意思を持つ。
すると、A君の目の前に坊主頭のA未来君が現れて、A君を丸坊主にする。
A未来君が言う
「明日、過去に行ったら、過去の自分の髪をモヒカンにしろ」
A君が承諾する。
A未来君はA未来君の未来君から、同じ指示を受けているはずなので、ここで矛盾が生まれる。A未来君はこのときA君をモヒカンにしていないとおかしい。
そしてA未来君の未来君の未来君も同じ指示を出していたはずなのだ。
A君が一日待って、A過去君の頭をモヒカンでなく、丸坊主にしたならば、タイムパラドクスを認識していないことになるけれど、するとA君はなぜ自分は坊主頭になっているのか、わからないことになる。
A君がここでA過去君を”丸坊主にする”という行為を初めて行うことで、A君が、過去にA未来君に断髪されたことを思い出す。
自分が丸坊主になった記憶がないA君が、過去に行くことを思い止まったら。
この時点でA君の髪がもとに戻る。そして、坊主にしようと意思をもったことを、A君とA君を観測していた人たちも忘れてしまう。
「もし、タイムパラドクスが生じていても、その一切を認識することができない」
JOXAの発表したこの理論は、実験の参加者に”忘却”が生じる以上、証明する手だてが一切ない。という、「誤りではないか」と否定はされても、断定することができないずるい理論だ。
そして検証を行おうとしても、現状で存在しているワームホール”さくら”出入り口の相対時間の開きは最低で三億年以上ある。実験は不可能だ。
”先祖殺しのパラドクス”という血の繋がった父だか、祖父だかを殺害したときに、殺害した息子だか孫だかは存在できるのか? みたいな思考実験が昔からあるけれど、現状に置き換えたときに、この実験を実際に行うことが出来ない。
三億年生きて、ワームホール”さくら”を潜って父を殺害できる息子なんていない。三億年といったら、息子だって地層の中に埋もれて石油になっているレベルだ。
三億年分、数千万世代前の自分の先祖の特定は不可能だ。ローラー作戦で過去の人類をせん滅しない限り、この実験の矛盾を検証することができない。
JOXAが打ち出した結論は、完全に立証することはできないけれど、完全に否定することもできない理論だった。
……つまり、JOXAはこう言ったのだ。
「もう、AEWと繋がっちゃったし、そんな深く考えなくていいんじゃない?」と。
情報操作を行ったのだ。三億年先という、当事者が誰も生き残っていないことをイイことに。
だけど、ここに生き残っている奴らが現れてしまった。
僕と花太郎、悠里、そしてNOSAの五人。再構築を経たトーカー(香夜さん、必ず見つけます!)たち。そして、アキラと千恵美さんだ。
旧地球の僕たちは他次元にいて、僕たちが帰還することで、同じ時間軸の中に、自分が二人いることになる。
講義が終わった後、ユリハ、悠里、そしてJOXA支部のほとんどの職員が集まって意見交換を行った。
意見交換はすぐに終わった。
ユリハが「特に問題ないわよ」と言ったのだ。
悠里が、消失したトーカー中で初めて再構築に成功した際、旧地球で存命だった彼女の父と通信を行う時にも、同じ様な議論が交わされていたらしい。そのときJOXAは
【タイムパラドクスは、ワームホールがAEWと繋がった時点で起きている】
という結論をだした。先の”忘却”が伴うパラドクス理論と併せると、これも、実証のしようがない理論だ。
悠里が再構築される前からすでに二十年近く、AEWの未来人たちと交流していたこともあって、リスクは極めて低いと判断した。
そして、消失から再構築されたトーカーの意思を尊重して、旧地球とAEW間で親子の有線回線による通信が行われた。
特段変化は起きなかった。JOXAの理論にあてはめると”認識できなかった”。
ワームホール”さくら”が未来へと繋がり、タイムマシンとなった時点で、パラドクスが発生し、運命が決定づけられる。もう一度別のタイムマシンが作られない限りは、パラドクスは発生しない。
JOXA職員を交えた話し合いでは、上記の理論が間違っていると仮定して(実証できないからね)今回の再構築したトーカーを帰還させるリスクについて、議論した。ここでユリハが「とくに問題はない」と判断したのだ。
旧地球にいる僕たちは現在、他次元にいて、それに干渉する方法は今のところ存在しない。
アキラの脳情報の中に、西暦二四○○年ごろ、他次元のアルターホールを三次元に引き揚げる技術が確立したと、記述されている。
サルベージを行わない限り、僕たちは過去の自分に干渉することができない。赤の他人が旧地球の僕たちに接触することも不可能だ。
僕たちはAEWの時間軸で、数十年前に宇宙人にサルベージされたからこそ、ここにいる。もしも、旧地球で僕たちのサルベージを行ったならば、僕たちがここにいる事の説明がつかなくなる。
その僕たちがここにいる、という運命が確定した(タイムパラドクスが発生した)のは、ワームホール”さくら”が二つの世界をつなげた時点である。という理論が【タイムパラドクスは、ワームホールがAEWと繋がった時点で起きている】だ。
……頭を整理するために書いているのに、逆にこんがらがってきた。
とにかく、旧地球でも、AEWでもサルベージの技術確立の糸口すら見えていない以上、僕たちが、旧地球に行っても全く問題ない!
なので、僕とアキラ、悠里。そして、今は遠くの地で任務に就いているNOSAの五人は旧地球に行く許可が下りた。
……もし、理論が全部間違っていたらどうなるのだろう。などとふと考えてしまった。
サルベージ技術の糸口に心当たりがあるから。
悠里が回収したロボ。あれは確実に未来の技術を使っている。詳細は知らないけれど、ユリハの表情をみればわかる。
あのロボの胴体は粉々だし、あいつ事態にサルベージ機能が備わっているとは思えないけれど、たまたまアルターホールをサルベージできる機械を今後手に入れてしまったら?
機体の本体、またはサルベージの技術が旧地球に持ち込まれた瞬間にタイムパラドクスが起こってしまったら?
旧地球の僕たちをサルベージする意思が確定したとき。それか、旧地球の僕たちをサルベージしようと、行為に及んだとき。
それがもたらす作用が、ここで半透明に過ごしている僕の謎多き人生を”なかった事”にしてしまうのかな。
……それはイヤだな。たとえ、すべてを忘れてしまえるのだとしても。




