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第67話 記念写真

 アキラの笑顔が朗らかだった。


 ユリハの協力(という名の実験)を恐れ、自らレポート作成のデスマーチの渦中に身を投じたアキラだったけれど、どうやら作業がひと段落したらしい。


 休暇を自主的に返上してJOXAの社蓄となったアキラには、コンプライアンスがしっかり整っているJOXAのAEW現地職員の雇用規約に基づき、十日間の休日があてがわれた。


 解放された翌朝。表でラジオ体操の音楽が聞こえてきた。


 様子を見にいくと、ヤツが爽やかに体操してた。音楽はラジカセから流れていた。多分、随分前に旧地球から取り寄せてもらうように頼んでいたのだろう。

 なぜか花太郎もいた、アキラと並んで体操してた。それを見た悠里も体操を始めたから、とりあえず僕もつき合った。


 花太郎がロードワークを始めようとすると「俺もつき合ったるわ」と一度は意地を張ったアキラだけど、花太郎の肉体強化マナコンドリアの筋力についてこれるわけもなく、それでも一般人の中ではそこそこ良いタイムを打ち出して意地を見せていた。意地だけで二〇キロ完走したのだから、素直に誉め称えておく。


 翌朝、ラジオ体操の規模が拡大していた。社宅に住むAEWに赴任中のJOXA職員がゾロゾロ集まってきて、みんなで体操した。アキラも花太郎に負けず劣らずの空気みたいな男だから、彼の人望で集まった訳ではないだろう。きっとラジオ体操の音楽にJOXA職員が郷愁の念を抱いたのだ。これからは恒例行事になりそう。


 その後、さすがのアキラも懲りたのか、花太郎のロードワークにはつき合わず、「ちょっくら(地上)神殿広場まで散歩するか」とつぶやいて、ぎこちない足取りで歩きだしていた。ラジオ体操の時もカクカクしてたから、筋肉痛をやせ我慢してるんだと思う。


 夕方。花太郎とカイドの家に向かう途中、地上神殿へと続く石階段の下を横切ると、アキラがいた。


 両手を祈るようにきつく合わせて、目ん玉ひんむいて充血した瞳をギラギラさせながら、体は猫背の前のめりで、全身からにじみ出ている、のっぴきならないオーラをみて「ユリハに脳味噌いじられたんじゃないのか」とよからぬ想像がよぎった。思わず僕と花太郎は目を合わせた。


「おーい、アキラぁ!」

 と花太郎が声をかけた瞬間。


「きぇぇやぁいおぉうぅ!!!」


 アキラが両手を合わせたまま体をのけぞり、天に向けて手を延ばししながら、後頭部から後方に倒れ込んだ。


「おい! おい!」

 花太郎がアキラに駆け寄る。広場にいた連中も集まってきて、人だかりができた。

「アキラ! アキラ!」

 花太郎が地面に手を突いて、アキラの様相を観察する。アキラは白目をむいて気絶していた。

「おい! しっかりしろ!!」


「キエッ!!」

 アキラが、カンフー映画で気合いを入れるときに叫ぶような、妙にオクターブの高い奇声を発しながら黒

目になった。花太郎は「ヒエッ」と小さな叫び声をあげて、反射的に身を引いた。


「ちょうどよかったで、ハナ。はよ立ちぃや!」

 アキラはのっそり立ち上がると、かがんでいる花太郎の腕を掴んで立ちあがらせた。


「ほらほら、この先や、進んでみぃ!」

「おい、待てよアキラ、落ち着けよ」

 花太郎の腕を掴んでアキラが促す先は、地上神殿の石階段だった。階段には結界が張られていて、花太郎が足を踏み入れようとすると、鳩尾みぞおちに埋まっている魔導集石に反応して進入を妨げる。


「いいから、行け!」

 アキラは花太郎に体当たりした。普段なら肉体強化でビクともしないはずだけど、アキラの奇行に喫驚きっきょうしていたせいか、花太郎が「おわっ」とバランスを崩しながら前方に押しやられた。

 転びそうになった花太郎が右足を前へとつきだした。そこには結界が張られている、地上神殿の石階段があった


 そして花太郎の右足は階段の一段目の段差に着地した。


「……え?」

「どーやハナ! これで実家おうちへ帰れるで!!」

「……」


 花太郎は唖然としていた。僕にも何が起きているのかわからなかった。

「……どうやったんだよ、アキラ」

「聞きたいか? え? 聞きたいかぁ、ハナァ! どうしてもと言うんなら、教えてやるわぁ。どーしても知りたいんかぁ? え? 花太郎さんよぉ」


「ちょっとユリハ呼んでくる」

「待って、待って、待ったってや。ユリハさんには黙っとってくれ」

「どの道、報告しなきゃいけない案件だろ?」

「せめて今日だけ。今日だけはうちでゆっくりさせたってくれよぉハナァ。あン人の耳に入ったら、間違いなく夜通し研究につき合わされる」

「だろうね」

「なぁ? 幼なじみ、同郷のよしみやろ? 今日だけは黙っとってくれ。丸一日踏ん張っとったから、もうクタクタなんやぁ」

「わかったよ」


 アキラ、君には洞察力が必要だ。憩いの広場に集まる人だかりを見ろよ。花太郎が報告しなくたって、遅かれ早かれユリハの耳には今日中に入るぞ、間違いなく。


「で、どうして、僕がこの階段を登れるようになったんだよ?」

「……ダマしとる」

「は?」

「今、俺の幻影魔法で、結界をダマしとるんや」



 その夜、僕は悠里と地上神殿に行った。


「いつも階段の下からしか眺められなかったから、見てみたかったんだよねぇ。間近でさ」

 悠里は、はしゃいでた。


 階段を登りきると、そこに建っていたのは、屋根のついたパルテノン神殿さながらの、綺麗な白塗りの円柱が並ぶシンプルで荘厳な建造物だった。神殿の周りは、魔石で稼働する街灯で下からライトアップされていて、光と陰のグラデーションがこの世ならざる幻想的な雰囲気を演出していた。


 花太郎血液ブラッドのゼリー化のおかげで、最近の僕は自分の姿を見失うことはなくなっていた。僅かに感じることができる触感で、白塗りの柱に触れてみた、ひんやりした。

「いいねぇ。間近でみると、なおよろしい!」


 きのこ専用だと僕が勝手に思いこんでいた愛用の一丸レフを構えて、悠里が写真をカシャカシャと撮っていた。


 ひとしきり撮り終えてから中に入る。神殿の奥には、空中神殿へと続くワームホールがあるはずなんだ。


 先客がいた。開けた場所だからリッケンブロウムの住人はさっきからチラホラと見かけているけれど。僕と悠里が見つけた先客というのは花太郎、そしてサイアだ。


 二人は青白く光る直径三メートルほどのワームホールの前に並んで立ち、それを眺めていた。僕たちからは背を向けているので、表情はわからない。

 悠里は二人の仲むつまじい様子をニヤニヤしながら撮影していた。僕がこのあたりまで接近すると、普段の花太郎なら、僕の居所を知覚するはずなんだけど、気付いている様子はない。何を考えているのだろうか。……実家いえのことだよな。


「あの~、すいませぇん」

 僕たちは観光客を装いながら二人に声をかけた。花太郎とサイアが「ビクッ」と全く同じ挙動で驚いているのを眺めて(サイアの方は赤面していた)必死に笑いをこらえながら、ワームホールの前で記念写真を撮ってもらうように二人にお願いした。


「お二人さん、ここへ来たのは初めてなんですか?」

 花太郎が僕たちの茶番劇に便乗する。

「うん、初めてだよねーエアッち」

[ねー]


 花太郎が悠里からカメラを預かってシャッターのボタン操作を教わっている間、僕は赤面しているサイアの顔をニヤニヤとのぞき込んでみた。

「べ、別に、ナタリィおばさんに案内してやんなって言われたから……」

 僕と目が合うと、尻すぼみに言葉を放って謎の弁明をしていた。


 ワームホールを背景バックに、僕と悠里が並んでポーズをとると、花太郎がシャッターを切った。


「あ、どうもありがとうございますぅ」

[どうもですぅ]

「いえいえおやすいご用ですよ」

 今日の花太郎はノリがいい。花太郎が悠里にカメラを返した。


 悠里が花太郎の肩を押す。

「はい、じゃあ、並んでください」

「「え?」」

 花太郎とサイアの声がそろった。悠里がわざとらしく「キョトン?」とした表情をする。

「お二人の写真を撮りますよ?」

「……え? ……えええええ!?」


 サイアが茹で蛸みたいになる。花太郎の方はやけに落ち着いていた。まぁ、この程度で動じるほど、花太郎が青くないだけの話なんだけど。

「せっかくなんだし、撮ってもらおうよ、サイア嬢」

「…………う、う、う、……う…………うん……」

「サイっちゃんかわいい!!」


 悠里が堪えきれずサイアを抱きしめた。サイアは悠里の腕の中で「ウグウグ」している。

 気を取り直してワームホールの前に花太郎とサイアが並ぶ。悠里の目つきがなんかヤらしい。

「お二人共、腕くらい組んだら? カップルなんでしょ?」

「「違います!」」


 小悪魔のような微笑みをたたえる悠里を見て、サイアは恥じらいむき出しの嫌悪感を露わにし、花太郎は失笑しながら否定した。


 花太郎がサイアの肩に腕を伸ばし、抱き寄せた。

 サイアが「ビクッ」と目を見開いて顔を真っ赤に染めあげながら硬直した。


 やがてサイアは、チワワのように小刻みに震えながら、花太郎の腰に腕をまわした。

 腕をまわし合うこの動作は、ドワーフの宴の席でよくみられる友情を確かめ合う仕草だ。

「わ、私たちの友情に」

「……僕たちの友情に」


 二人は拳を握ってgoodのサインを作った。ドワーフの再会の誓いで行うこのポーズは、”友愛の証”を示す。

「いいねぇ、お二人さん」


 悠里がシャッターを切る。

「友愛が、いつか愛に発展するといいね、サイっちゃん」

「え、え、あ……ええぇ!」

 悠里と花太郎を交互に見やり、すっかり取り乱したサイアの表情を、構えを解かなかった悠里がしっかりとカメラの中に納めて、記念撮影は終了した。



 「善は急げ」と言いながら、帰宅して早々に悠里はカメラのデータをプリンターで現像すると、カイド宅を訪ね、写真を渡した。



 翌朝、ラジオ体操の為に表にでると、花太郎の、それはそれはグロッキーな表情を拝むことができた。シドにしこたま酒を飲まされたのだろう。

JOXA職員も、全員社宅から出てきたというのにアキラが一向に姿を現さない。


 僕は知っている。


 明け方、アキラの部屋の方から「ユ、ユ、ユ、ユリハさん!」とあいつの叫ぶ声が聞こえたから。地上神殿に連れて行かれたんだろうな。


 仕方がないので、悠里がアキラの部屋に透過で不法侵入し、ラジカセを取ってきた。



 今日はシドとサイア、そしてシンベエがラジオ体操に初参加した。遠くの清水の方では、ラジオ体操のリズムに合わせて、まどろみながら尻尾だけパタパタと動かしているアズラがいた。

 


 


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