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第60話 森の守護者

 僕が異変を告げる前に三人は目を覚ました。

 あたりには遠吠えが響いていた。


「こっちの居所はバレてるな」

 ペティが言いながら炎を手のひらに出現させて付近を照らした。


 カガリさんは腰回りの装備を確認し、荷物に刺さったトンファーを抜いた。

 遠吠えが近づいた、ハンモックを囲むように草をかき分ける音がする。

「ロイドウルフですね」

「むむぅ、ちょっとやっかいだね。ペティ、無駄かもしれないけどこの下で”リング”を展開して」

「了解!」


 ペティは一本の太い樹木に飛び移りながら、自らの衣服をめくり背中を樹木にくっつけた。ペティの背面が樹木と同化する。


「リズはペティの援護!」

「はい!」

 リズも別の樹木に飛び移り、ペティと同じ態勢で樹木と同化した。


「リズ、短くていいぜ!」

「言われなくても、わかっているわ!」


 ペティとリズは各々が同化した樹木に左手を押し当て、何かを握るような動作を取った。

 二人が握った場所から、樹木が見る見るうちに姿を変えていく。二人は自分の腕の長さほどの、平たく細長い棒状の枝を握っていた。


 さらに左手を触れていた樹木から少しだけ浮かせると、棒状の枝の両端部分から紐のような繊維が伸びてきた。

 各々樹木からもぎ取る様に左手を振るうと、棒状の枝がたわみ、両端が繊維質の紐でつながれた。短弓だった。


 樹木の右側には繊維の羽がついた矢が生成されている。エルフが弓矢を持ち歩かない理由がわかった。樹木があるところならどこでも用意できるからだ。


 ペティとリズが生成した矢束をつかむ。それぞれが違う文言の短い詠唱をした。


 ペティの掴む矢束がミシミシと音を立てて、リズの掴む矢束からは大量の水がでてきてそれが弾け飛び、矢が明るい色に変色した。 

 二人はそれぞれの得意な魔法で矢から水分を奪ったんだ。


 ペティが矢を弓につがえ、さらに短い詠唱をすると、矢尻のやや手前で炎が付き、それを湿った腐葉土の地面に向けて射った。


 リズは、炎こそ付けなかったけれど、追随して矢を連射し、地面に突き立てる。

 地面に突き立てられた矢は、ハンモックを中点にその周囲を等間隔で縁取り、円を描いた。


「イグニッション!」

 ペティが左手に炎をまとって袈裟切りをするように斜めに手を振りおろすと、まとっていた紅蓮の炎が散開して降り注ぎ、リズが突き立てた矢に燃やした。リズは連射を続け、突き立てられた矢と矢の間にさらに矢を突き立てた。


 再びペティが炎を放つと、燃え盛る矢が炎で連なり、リングができた。


「アネゴ、展開完了だ!」

「あんがとぉ、ペティ、リズ。さぁ、やっこさんの出方を待つかな」


 炎のリングは、よく見ると、視力検査で使うC型の印のように、ぷっつりと一カ所だけ途切れていた。あそこにおびき寄せるつもりだろうか。


 座学で習った記憶をたどると、遠吠えを聞いてリズが断定したロイドウルフは、毒を蒔く幻霧の森で生き残るため、自らの体内に毒を宿してこれを制した獣だ。勇敢、獰猛で群をなし、木登りが得意で、地上と樹上から立体的な連携攻撃で獲物をしとめる、知能の高い狼だ。


 ボスと思われるロイドウルフの哮り声が響くと、四方八方から無数の遠吠えがそれに応えた。

「やる気だねぇ」

 カガリさんがトンファーを構えてハンモックの上に立ち上がった。ハンモックは大きく揺れているけれど、バランスを崩す様子はなかった。


 そして、炎で囲まれたリングを付き破って狼達が現れた。体長と同じ長さはある尻尾の先には、巨大なトゲがついていた。図解でみた通りのロイドウルフだ。尻尾のトゲには毒がある。

「やっぱダメじゃったか」

 ロイドウルフは炎を恐れない。


「やるか? アネゴ」

幻霧の森(ここ)で戦闘になるのはこの子達くらいだと思ってたけど、出来れば避けたいな」

 ロイドウルフが木々を駆け登って二人のエルフを襲う。


「やらせません!!」

 リズは冷気をまとった水魔法を木々の根本に放ち、一瞬で樹木の表面を凍らせた。木々に登っていた個体は彼女の魔法で足を滑らせ、転げ落ち、炎のリングに触れて燃え上がるも、すぐに体制を持ち直して湿った腐葉土に身体をこすりつけ、これを消火した。


「格が違うんだ! ね!!」

 ペティはハンモックの真下、リングの真ん中に炎を放った。炎はキャンプファイヤーのように太く大きく燃え上がり、その上ではカガリさんが電撃を放つトンファーを握って「バチバチ」と大きな音を立てて威嚇する。


 しかしロイドウルフは一瞬たじろいで身を引くものの、戦意を失う様子はなかった。


 やがてリングの途切れた場所から、のっそりと、一回り大きなロイドウルフが姿を現した。

「……君がこの子たちの親分ボスだね」


 カガリさんがハンモックの上で直立し、ロイドウルフの親玉を見据えた。

「……アタシが行くよ」


「了解!」

「ご武運を!」

 リズは水球を放ってハンモックの下で燃える炎を消した。


 カガリさんはハンモックを足下から透過して、地上に降りた。

「さあ、来なよ」


 ボスが唸り声をあげると、一斉にロイドウルフが飛びかかった。

 ある個体は炎のリングで氷の溶けた樹木を再び駆け登ろうとするのをリズが再び滑落させ、カガリさんの背後の個体はペティが小さな火の玉を投げて牽制した。


 カガリさんは透過を使わなかった。


 カガリさんは前方の一匹を蹴りあげると、そのまま前進し、飛びかかるロイドウルフ達をいなしながら、歩を止めることなく進んだ。視線はずっとボスを見据えていた。


 目を逸らさなかった。側面から毒のトゲが付いた尻尾を突き立ててきたロイドウルフのそれをトンファーで絡めて地に叩きつけている最中でも、ずっと、ボスをにらみつけていた。


「この子達は勇敢だね。来なよ。君がボスなんだろ?」

 カガリさんが立ち止まり、大きくのけぞった。


 瞬間、カガリさんの目の前を一匹のロイドウルフが牙を立てて横切った。

一の腕でガードするようなポーズをとり、通過するロイドウルフの横腹を両腕のトンファーに当てると、ボスめがけて押し込み、投げ飛ばした。


 投げられたロイドウルフの子分をボスが横飛びでかわす。間髪を入れずに牙を剥いて飛びかかる。

 カガリさんは得物を回しながら軽くステップを踏んでボスの側面に回ると、さっきまで自分の首筋があった位置に得物の先を伸ばした。


 ボスに猿ぐつわをするように、トンファーの柄が牙の奥に押し込まれたけれど、ボスはそれに喰らいついて放さなかった。


 そしてボスの重みで若干よろけたカガリさんの首筋めがけて、毒のトゲが向かっていった。


 カガリさんは堪えるのをやめて、ボスの飛びかかった勢いをいなす様に斜め下方に得物を運び、くるりと身をひねってそれを回避した。

 そして回転の惰性を利用して、力の方向を真上に向けると、そのまま得物ごとボスを上方へと放り投げた。


 空中でボスがトンファーから牙を放した。落ちてくる間、カガリさんに飛びかかってくる個体を、ペティとリズが魔法で牽制した。


 落下地点を見切って、カガリさんが構えた。


 そして彼女の眼前に落ちてくるボスを肩の高さで捕らえると、腕を伸ばし、残ったトンファーの突起部分を「ポン」と撫でるように腹部へと押し当てた。


「バチバチ」とけたたましい音を立てて電撃が炸裂した。


 接触している時間はごく僅かだったけれど、ダメージは甚大で、地面に叩きつけられたボスは立ち上がることもままならず、地に伏してピクピクと身体中を痙攣させていた。多分、気絶している。


 残されたロイドウルフたちに戦慄が走るのがわかった。ペティが再び巨大な火の玉を放つと、一匹がプレッシャーに堪えきれず逃げだし、そして堰を切ったかのように残ったロイドウルフたちが駆けだして、逃げ出した一匹の後に続いた。


 二人のエルフは弓矢を樹木に戻し、同化を解除して地上に降りる。

 リズが魔法で炎を鎮火している間、ペティは気絶しているロイドウルフのボスに治癒魔法をかけた。

 ボスに意識が戻った事を確認すると、三人は距離をとった。


 よろよろとボスが立ち上がる。

 やがて三人を一瞥すると、臭いを辿って子分たちが逃げた方向へ去っていった。


 カガリさんは透過を使わなかった。カガリさんの能力があれば、牙も毒針も無力化できるのにも関わらず、二人のエルフはカガリさんが能力を使わないことを見越して、それに対応したフォローをしていた。


「やっぱり、怖いねぇ。いざ対峙してみるとさ」

 カガリさんがぼやいていた。


 その気持ちはよくわかる。ペティとリズの魔法で、僕も身を持って味わった。

 この「恐い」という感情が人間らしさなんだと思う。「魔法効かないから」「物理攻撃が効かないから」は、身体は大丈夫でも、気持ちは大丈夫じゃない。


「大丈夫、僕ロボだから。心ないから」

 と言ってるようなものだと思う、それは。それくらい、二人の魔法実験は僕にとって恐怖だった。でもみんなの命に関わる可能性があったから頑張れたんだ。


 カガリさんもそうだ。ロイドウルフの毒針はペティとリズにとっては驚異だった。だからカガリさんは、恐怖に打ち勝って前衛に立ったんだ。戦っている最中にはぜんぜんそんな様子見受けられなかったけど。

 その心意気を察して、能力を極力使わせないように努めたペティとリズ、三人の実力と信頼関係に、ちょっと感銘を受けた。



「ロイドウルフってね、エアっち。わざわざ自力で体内に特効薬を作って、ここに住んでくれていたんだよ。アタシがアルターホールだったとき、毒の胞子や種を振りまくような環境に適応できた、数すくない種なんだ。アルターホールがなくなった今、あの子たちがこの森を守っててくれているんだよね。あの子たちが植物の種子を身体にくっつけて森中に運んでくれている。だからさ、殺したくはないんだ。彼らを尊敬してるから」


 カガリさんは心優しい人だと、改めて思った。

 

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