第58話 出発の朝、山頂への道
翌朝、支部の園庭で花太郎は採血された。サイアのナース服は、採血時の定番スタイルとなっていて、彼女もすっかり着慣れた様子だった。だけど、カガリさん、ペティ、リズの三つ巴「サイア×カワイイ×ギュウギュウ争奪戦」の死闘の渦中に引きずり込まれた彼女は、さすがに苦しそうだった。
ユリハがその場で二つの”エアっちボール(仮)”に花太郎血液を入れて、ヘビ毒を垂らして凝固させ、カガリさんに預けた。
ユリハが時計をみやる。
「旧地球時間 ○七○○、実施試験を開始するわ」
「了解であります。ユリっちドノ」
カガリさんがピーンとわざとらしく敬礼する。別にJOXAは軍隊ではないので、このポーズはお遊びだ。
「サイっちゃん。ハナザブロウは、アタシが帰ってくるまで午後は暇になるから、街でも案内してやんなネ?」
「え?」
「ハナザブロウはずっと訓練ばっかりしてたから、街の事はロードワークしてるとこしか知らないでしょ? サイっちゃんがハナザブロウの羽を伸ばしてやんなよ」
「え、あ、え、あ……うん」
赤面するサイアを、主導権を握ったリズがギュウギュウと抱きしめて「ワタクシの妹になって」と主張し、それを聞いたペティとカガリさんが宣戦布告をして、三つ巴の死闘が再び始まった。
「ハナザブロウ」
「はい?」
「うぐ、うぐ」言っているサイアを抱きしめながら、カガリさんが花太郎を呼んだ。
「ちょっとした休暇だと思って、ゆっくりしなネ」
「はい、ありがとうございます」
花太郎は朝からちょっと元気がない。間違いなく昨日と今日で血を抜きすぎたせいだろう。今の身体ならすぐ回復すると思うけど。
「よし、それでは整列!」
ペティとリズ、僕が、カガリさんの横に並ぶ。
「チーム篝、幻霧の森調査隊、出発します」
ユリハ、サイア、花太郎から健闘の言葉を受け、僕たちは出発した。
JOXAの敷地の片隅、清水の流れる傍で眠そうな目をしたアズラがムクッ、と起きあがって手を振ってきたので、カガリさんたちは「行ってきまーす」と言いながらアズラに手を振り返した。
僕も声は聞こえないだろうけど「行ってきまーす」と叫んで、アズラに手を振り返した。花太郎が「アズラー、エア太郎が”行ってきまーす”だってー」と呼びかけて、アズラが眠そうに「わかってるよー」と答えている様子を眺めてカガリさんたちは笑い、その光景を横目にしながら、JOXAの敷地を後にした。
AEWにはヘリも航空機もない。大気中のマイナシウムの影響でプロペラの回転や、高速移動を行うと、旧地球にはない磁場が生じて、機械に不具合が出るらしい。AEWで空を飛ぶには、大気中のマナを吸収して処理できる機構が必要で、それを可能とする機械は今のところ存在しない。マナを吸収、処理できるのはマナコンドリアを持つ生物に限られている。
なので今回の探索は、一日半かけて目的地まで徒歩で移動し、二日間周辺を調査した後に帰還する。
社宅のすぐ裏手に細い道があった。カガリさんらは、”きのこロード”と呼んでいて、どうやら三人のきのこフレンズが、ここから山頂まできのこを堪能しながら何往復もしたことで踏み固められ、いつの間にか完成した道らしい。 きのこガールズのおかげで、きのこロードから分け入って、幻霧の森独自の稀少な薬草を採取する街の住人もいるようだ。
「この山を越えてから、もう二つ山越えするぞい?」
「はい、お姉さま」
「楽しみだな!」
チームカガリは山道を進み始めた。僕は気分だけでもそれっぽくしようと、”山登り”をイメージにドレスチェンジした。
「お、エアっち、似合ってんじゃん。なんか新鮮だね」
カガリさんはライダースーツのようなピッチリした濃紺のツナギを着用している。ピッチリしているのは”透過”能力を有効活用するためだろう、伸縮が効くみたいで窮屈そうには見えない。
腰の側面にはハンドガンとコンバットナイフ、さらに二つずつ専用の入れ物に格納した手榴弾を下げていた。この四つの手榴弾は普通の手榴弾より小振りで、炸裂までの秒数を調節できるスグレ物らしい。
背面には日帰りできる程度のバックパックと臀部には得物が差し込まれている。
カガリさんの得物はトンファーだった。打突する先端から電気ショックも出せる。一回電気ショックを見せてくれたのだけど、青い放電の光よりも「バチバチ!!」という、やけに大きな音にびっくりした。威嚇の効果は高そうだ。
そして、僕がイメージしていたものよりも、リーチはかなり短かった。握り手側の打突部分はそれなりに突起しているものの、もう片方は、肘の長さ程度しかない。これは、突起部分を常に身体に密着させることで、カガリさんの透過能力を十二分に発揮するためだそうだ。
ペティとリズはお揃いの様装だった。軽そうな皮の胸当てに肘から手首には小手、膝当ても革製で、地下足袋のような足首が自在に動かせる具足をまとい、衣服はオーガニックな色調で統一されている。
僕が思い描いていた「ファンタジーのエルフ」そのものだった。カウガールとヲタクスタイルの時とは見違えるほどエルフをしている二人にとって、この衣装は”汚れてもいい服”なのだ。ちょっと複雑な気持ちになった。
二人の得物は片刃の短剣だった。ほかに武装らしいものは見あたらない。
腕や指には魔石をはめ込んだ装飾品を身につけている。これは二人の攻撃スタイルが魔法メインだからだろう。治癒魔法の類も二人は扱える。
なんかエルフって弓を使うイメージがあったのだけど、カガリさん曰く、「弓は山岳・森林地帯では扱いづらい」代物らしい。
傾斜の多い場所で獣を狩るときに飛び道具は必要不可欠ではあるものの、かさばる上に、知能の高い個体などはすぐ木陰に隠れてしまうので、命中精度は低く、護身にも不向きだそうだ。
僕が[なるほど]と納得する姿を見届けたカガリさんは
「それに、二人なら持ち歩く必要もないんだ」
という謎めいたコメントを残して、話を切り上げた。「どういう事?」って問いただしてもニコニコしているだけだった。
一つ目の山の頂上まではカガリさんの後ろにリズとペティが縦隊で続き、僕はカガリさんに唇の動きを読んでもらうため、彼女の斜め前方を浮遊しながら進んだ。
「エアっち。あれがタマゴタケだよ」
カガリさんが指した先にあったのは、白く皺のある卵だった。白い卵は大、中、小の三つが並んでいて、大と中の卵の間に小さな卵が無理矢理分けいるような配置で密集している。
白い卵の先端部分がパックリと割れていて、夕焼けのような緋色の傘がそこから突き出るように見えていた。傘の表面はツルツルでツヤがあり、これまた卵のような形をしている。
「まだ幼菌だぜ!」
「かわいい~、まるで仲のいい親子のようですね」
ペティとリズは懐からデジカメを取り出して撮影していた。電子機器を駆使して自然を堪能する二人のエルフを眺めながら、僕は、自分が勝手に思い描いていたエルフのイメージが瓦解していく滅びの音を聞いている心持ちに浸っていた。
カガリさんはバックパックから一眼レフを取り出して撮影を始めた。
五日間の行程のくせに、やたらと荷物が少ないんじゃないかと常々思っていたけれど、大きな一眼レフを鞄から取り出したとき、”きのこ図鑑”と書いてある分厚い辞典のような本が入っているのが目に付いた。カガリさんはすごい人だなって思った。
「うん、うん。想定時刻より四十分早いぞい」
山頂の少し開けた場所で、チームカガリは小休止した。タマゴタケで時間をとられたカガリさん達が「ここで遊んでる場合じゃないんだ」と言って、歩を早めた結果だった。「今回はもっと深い森に立ち入って、きのこ達を堪能する。ここで足止めを食らうわけにいかない!」というカガリさんの主張にペティとリズが同調し、小走りしていた。すごいなと思った(急ぐ理由が)。
山頂だというけれど、木々が立ち並んでいて、景色が見渡せる場所はなかった。
僕は木々よりすこし高いところまで上昇した。
リッケンブロウムの街並みが見渡せた。この景色はもっと高い場所、空中神殿カリントウで見慣れてはいるけれど、木々に囲まれていると、漂う空気がいつもと違っていて、それが面白かった。
向かい側の山脈を見ると、細くなっている街道が見えた。僕たちが通ってきた道だ。あの街道は砂漠へと続いている。
「エアっちだけずるいぞー」
カガリさんの声を聞いて、彼女の傍まで降りた。
「銀河一のスペースマン。アタシを月まで連れてって!」
カガリさんが有名なSF少女マンガのタイトルを言いながら僕に手を伸ばした。引っ張れってことかな。
[カガリさん、本当に守備範囲広いですね]
「当然でしょ? アタシ、宇宙飛行士なんだからね」
僕はカガリさんの手を掴んだ。
「アネゴ、いいなぁ」
「エア太郎さん。次はワタクシを運んでくださいね」
二人の羨望の眼差しを浴びたカガリさんは、笑顔で僕に叫んだ。
「エアっち、ゴー!」
[僕は犬ちゃんか!?]
言いながらカガリさんの手首をしっかり握り、カガリさんも僕の手首を両手で掴んだ。
そして僕は飛んだ! つもりになった。
ダメだった。エルフの二人からは失笑をもらった。
カガリさんが僕を「無能なピーターパン」呼ばわりしてきたので[大人だから飛べなかったんですよ]と返したら、「エアっちはお子さまだから飛べるんだね」と返されて「ぐぬぬっ」となった。
「さて、こっからは編隊を組もうかね」
「わかりましたわ」
「了解!」
山頂から先には道がなかった。
カガリさんを中心に二人が左右に立つ。カガリさんが方角を示すと、二人は軽やかな足取りで、手ごろな樹木に飛び登った。
エルフたちは木々を伝い、カガリさんは道なき道を歩き始めた。
「ハナザブロウは連れてこなくて正解だった。この道は、やっぱり進めないよ」
カガリさんの足は止まることなく歩き続けていた。無数の枝葉や岩塊が目の前に現れても、カガリさんはそれらを”透過”して、迂回することなく進んでいた。
「この森は、アタシかエルフじゃないと、進めない」
ペティとリズは障害物の少ない樹上からあたりを見渡して警戒しながら、次の樹に飛び移っていた。よく見ると、足場のない樹木にも足をかけて直立しているように見えることがあった。
「あれがエルフの特技、”同化”だよ。座学で習った?」
[概要だけは]
「ああやって使うんだ」
エルフは樹木と同化できる。ペティとリズは樹木に触れるたびに手のひらと樹木がくっついていた。樹木と手が同化すると、足場になりそうな枝が生えてきて、そこに足をかけていた。枝を蹴りあげると同時に枝が引っ込む。
「あの枝はネ、二人の手なんだよ。ペティとリズは自分の手を足場にしてるんだ」
カガリさんの話を聞いて、”手で足を持ち上げて空を飛ぼう!”みたいな愚かなことを子どもの時分にやっていたことを思い出した。かつてカガリさんを再構築したときに二人が活躍したのも納得がいった。
この森は透過できるカガリさんか、エルフでしか踏破できない地なのだと、確信させる光景だった。




