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第57話 長老会の重鎮

 庭園を円形の運河が囲み、その境界を示していた。円形だとわかったのは、僕がちょっと上昇して上から眺めたからだ。広い敷地だった。

 橋を渡って河を越えると、墓所の敷地を囲むように円形の花壇が四重に連なっていた。


 何もない土だけの花壇、土から芽をだし始めた花壇、成長して黄色い花のつぼみをつけた植物が群生している花壇。そして、ラベンダーのような鮮やかな青紫色の花が群生している花壇。花は葉を持たず、花茎だけが地面から突き出ていて、その先端部分に花をつけていた。


 曼珠沙華まんじゅしゃげだ。だけど、僕の知っている色ではなかった。


「エアっち、もしかして初めて来た?」

[うん]

「以外だねぇ。もうとっくにこのあたりの美しい景色達を、網羅してると思ってたよ」

[すっかり見落としてた。これ、曼珠沙華だよね?]

「そそ、ここにあるのは全部、曼珠沙華。今、咲いているのは旧地球には無い品種さね。ここはネ、一年中、曼珠沙華が咲く場所なのだよ」


 旧地球では彼岸花ヒガンバナとも呼ばれている、お彼岸の九月頃に開花する種だ。一本の茎の先に無数の蕾がつながっていて、それらの蕾が幾何学的な配置で開花し、まるで一つの大きな花のような形になる、とても不思議な花だ。


 カガリさんが言うに、ここは土葬で弔われた者達の墓地だという。

 ヒガンバナは花、茎、根の全てに毒がある全草有毒で、土葬後、ご遺体が地中の虫や動物に荒らされないよう、守る為に植えられたそうだ。


 そして死者が寂しがらぬようにと、AEWの住人が独自で品種改良を重ねた結果が、年中、色違いで開花する四重の花壇による花畑だと教えてくれた。


 花畑とそれに彩られたにぎやかそうな墓標を眺めながらしばらく歩くと、開けた場所にでた。さっき僕が空から眺めたこの墓所の中心地だと思った。


 カガリさん達の用事はさらにその真ん中にある、こじんまりとした祠のような建物だった。

「カガリが来たのかな?」

 僕たちが近づくと、ノックすらしていないのに奥から年老いた男性の声がした。この声には聞き覚えがあった。

「せんせーい、遊びに来たよぉ」

 カガリさんは呼びかけながら建物の中に透過して入っていった。エルフの二人が扉を開けて追随する。


 たくさんの書物や、何に使うかわからない器具や薬品の瓶に囲まれた部屋の一角で、揺り椅子に腰掛けている老人は、サイアの師匠せんせいだ。


「おお、リズとペティも来ていたか」

 サイアの師匠、ノームのニモ先生が眼鏡をかけながら立ち上がり、来訪者を出迎えた。


「ニモ爺さん、久しぶり」

「お久しぶりです」

 エルフの二人が挨拶を交わす。


 そしてニモが僕に目を向けた。JOXAで行った実験で使った花太郎血液ブラッドの効果がまだ継続している。

「これは、これは。キミと会うのは二度目だね? 恥ずかしがり屋の精霊殿。お目にかかれたという事は、ワシの事を、少しは信用してくれているのかな?」


[こんにちは、先生。信用云々ではなく、僕の姿が見えるのは不自然極まる自然の摂理の中の一つの法則に過ぎません]

 キョトンとしているニモ先生を横目に、カガリさんが「何を大げさに言ってんの」と僕の頭をぽんぽんと叩いて、言葉をつないでくれた。


 ニモ先生は「そうか、そうか」と笑う。


「しかし、精霊殿がお見えになってちょうどよかった。ユリハに頼まれていたものがあるのだ」

「エアっちだけ精霊”殿”だなんて、ちょっちうらやましい。アタシも一応”精霊”なんだけど?」

「カガリはカガリじゃろう?」


 言いながらニモ先生は、インク壷を取り出した。

 どうやら僕の筆記用のインク(共鳴石の粉末を混ぜたヤツ)をさらに改良できないか? とユリハが依頼してくれてたらしい。その試作品の所感を聞きたいのだという。

「ユリっち優しいね」

[そうだね]

 後でお礼を言いに行こう。


 さて、所感を試すってとこなんだけど、実は自分の姿が見えているときにこのインク(通称、共鳴インク)を試すのは初めてだったりする。


 毎朝、僕は昨日の分の日記をつけているのだけど、いつも花太郎が汗だくになって僕の姿が僕自身で見えはじめる前に日記を書き終わるか、適当に切り上げてJOXAで花太郎を待っているからだ。


 自分の姿が見えていないときは何となく共鳴インクに、自分の見えていない手の意識を走らせて念じることで、インクを宙に浮かし、ノートに文字を走らせていた。とりあえず、今まで通りやってみよう。


 ……うまくいかなかった。


「云とも寸とも言わんか」

「いや、エアっちの方の問題じゃないかな」

 残念そうに言うニモ先生にカガリさんは、僕が言おうとしてくれたことを代弁してくれた。


「エアっち、エアっち。君が服を着替えるような時の感覚でさ。ペンをイメージしてみたら?」

 カガリさんの提案を受けて、僕はコンビニで売っているような安価なボールペンをイメージしてみた。


 すると、僕の右手にボールペンが出現した。


「これでいけないかにゃ?」

[やってみようかにゃ]

「エアっちカワイクない」

 カガリさんがちょっぴり可愛いと思ってしまったので、反論できなかった。


 もちろん、ボールペンからインクがでることはない。なので、羽ペン代わりに先端部分にインクをつけて、筆を走らせた。


 どうやら、うまくかけたようだ。


 いままで共鳴石を粉末状にしてインクに混ぜていたのに対し、この共鳴インクは、共鳴石を特殊な溶液で溶かし、溶液を除去して液体状の共鳴石にインクを混ぜた代物だそうだ。

「精霊殿、所感はどうかな?」

 一通り書き心地を堪能した僕にニモ先生が尋ねた。


[……ごめんなさい。よくわかりません]

 僕は正直に答えた。


 いままで書いていたのと身体の勝手が違うので、比較できなかった。

 ニモは「そうか、そうか」と笑ってくれて、所感についての検証は旧来品を持ってきて、後日行うこととなった。


 カガリさんの目的は、先生から必要な野草のリストをもらうことだった。

 幻霧の森は、アルターホールの影響で旧地球の植物(きのこ含む)が生い茂っているところで、いわば”太古の森”だった。社宅の庭先にカガリさんを魅了させたベニテングダケが生えていたのは、このためだ。だから、そこでしか取れない野草を、調査任務のついでに採取して流通させるのだ。


 サイアの師であるニモ先生は、なじみやすい老紳士だけど、実は薬草学の権威で、そして件の「アルターホールを魔導集石で対消滅だ!」計画を推進した長老会の重鎮だった。


 ドワーフたちがここに定住すると決めて、最初に合流した異種族で、リッケンブロウムが小さな集落だったころから、幻霧の森の珍しい薬草を求めて、この地を何度も訪れていたという。

 ニモ先生は街を起こす際、幻霧の森がネックになるのでは? と先を見越していた。当時、幻霧の森のアルターホールが胞子や植物の種、花粉をあたりにまき散らして、支配領域を広めていたのだけど、その胞子に有毒なものも含まれていることがあったからだ。ゆくゆくは街の驚異になりうる、と判断しニモ先生は長老会に呼びかけ、精霊信仰者を鎮め、JOXAに救援要請をかけた経緯があった。


 つまり、間接的ではあるけれど、彼の活躍でカガリさんは再構築できたことになる。カガリさんにとっては、この薬草のお使いは恩返しのつもりなのかもしれない。


 世間話の中で、リズとペティ(みんな略称で呼ぶから僕も呼ぶことにする)がカガリさんの再構築に直接関与していたことがわかった。

 長老会では、JOXAと協力してアルターホールを処理する際、各種族二名ずつ手練てだれの戦士を選抜し、その任にあてることを取り決めた。

 ドワーフでは前々から旧地球を行き来していたカイドとシド。エルフではリズとペティが選抜され、さらに状況に応じて一匹狼の竜族(竜だから一匹竜か)に応援を要請する体制を整えることで、わずか三、四年で、七つ(アキラを含めると八つ)のアルターホールの処理に成功した。


「アタシ、再構築も最初だったんだよ。奇妙な運を持ってるんだよね」

 異世界人と最初に会話した旧地球人カガリさんが呟いたけど、自慢しているようには聞こえなかった。


 カガリさんが消失する前から、ニモ先生と二人のエルフとは交流があって(このときからペティとリズは、カガリさんの事を”アネさん”扱いしていたらしい)、世間話は盛り上がり、気がつけば陽も暮れかけていた。


「さてと、準備も整ったし。ぼちぼちいきますか?」

「たのんだぞ」

「あい、あい」 

 別れの挨拶を交わし、僕と三人のきのこフレンズは三々五々、家路についた。


 「明日から冒険かぁ」とカガリさんの部屋で”ボケら~”していたら、旅支度を終えたペティとリズが部屋に遊びにきた。

 モニターにきのこドキュメンタリーシリーズ”なやましげきのこ”の回をだだ流しにしながら、三人はきのこ談義を夜遅くまでして、エルフの二人は部屋に泊まった。もちろん僕は話についていけなかったので”ボケら~”としていた。


 カガリさんは二人が寝静まると、僕を抱き枕にして眠りについた。


 明日から大丈夫なのかな?

 

 

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