第54話 リッケンブロウムでの日々 後編
アキラはずっとユリハの研究室に籠もっている。血気迫るオーラを出しながらPCのキーボードを打ち込む姿を見ていると、籠もっているというより”閉じこめられている”という印象を受ける。眼鏡はしていない。JOXA職員が持っていた使い捨てのコンタクトレンズを付けている。
アキラの脳情報で引き出しているデータの全てをアキラはPCに打ち込んでいる。
特にコイツが地球を滅ぼそうとした原因である、旧地球から他惑星に移民した”宇宙人”についての引き出せる限りの概要に重点をおいた。
ユリハは多忙なようで、研究室の出入りが激しい。たまにアキラの進捗を伺う。そしていつもアキラを激励する。
「進捗が芳しくないようなら協力(という名の実験)は惜しまないわよ?」
と。アキラのキーボードを打つ手が早くなる。
脳情報は、対象となる事象が自分事にならないとデータを引き出せない。アキラが旧地球で消失した日から、今までの出来事が年表として初めから引き出せていたのは、この世界に突然投げ出されても混乱しないための防衛処置だろう。そして混乱しなかったアキラのお頭は乱心した、と。
アキラの脳情報は、脳へのダメージを避けるためか、必要最小限のデータしか引き出さない。数億年前の出来事の詳細をさらに知るために、ユリハは一体どんな風に協力(という名の実験)をするのだろうか。アキラの手が止まるところを知らない様子を見ると、これこそが”協力”なのかもしれない。
アキラは、まだ旧地球(実家)に帰っていない。通信もしていないようだ。ユリハがアキラに「お話だけでもしたら?」と通信を促していたけれど、それを断っているのを見た。何を考えているのだろうか。
いや、気持ちはなんとなくわかるかな。
通信システムの仕組みとしては、JOXA支部から無線でワームホール”さくら”の入り口前にある中継機に電波を飛ばし、有線回線で旧地球側の中継機にソレを送る。ワームホールが電波を通さないからだ。そして、つくばのJOXA本部につながる。そこからビデオ通話で一般家庭と通信することも可能だ。
タイムラグはほとんどないらしい。
らしい、というのは僕も花太郎もまだ通信をしたことがないんだ。
いつでも父さん母さんと会話できる環境ではあるのだけど、この状況をどう説明すればいいのか、イマイチわからない。甘田花太郎は行方不明になって長い時間が経過したので、戸籍上は死亡扱いになっている。
葬儀も行ってくれたようだ。だから向こうにとっては、もう終わった話なわけで。
もし、会いに行けるのであれば、僕の存在は伏せておいて、花太郎には会ってほしいな、とは思っている。混乱させてしまうのは本意ではない。
でも花太郎も結界がある限り、会うことが出来ない。ビデオ通話か手紙のやりとりしかできない。生きていれば四十五歳になっている息子の年をとっていない姿をみてどう思うだろうか。
アキラは帰ることもできるし、きっと戸籍も復活できるだろう。だけど、僕たちみたいにそれなりの勇気がいるのかもしれない。
僕と花太郎は話し合って、結論をだした。ビデオ通話はする。でも、それと同時に手紙を届けてもらおう、と。
僕が未来の世界にいること。僕からは会いにいけないこと。こっちではどんな生活をしているのか。その毎日は楽しいのか。どんな風に楽しんでいるのか。
僕の事については伏せることにした。そのかわり、手紙は僕が書くことになった。
僕は手紙を書くために花太郎の日常を観察する。
花太郎は最近JOXA支部でシャワーを浴びて着替えると、そそくさと社宅に荷物をほっぽりだして、カイドの家に行く。
ユリハから「今日はウチに(血を抜きに)来て」と言われたり、(JOXA支部で抜かないあたり、僕と花太郎の中で、これは秘密裏の可能性があるのでは、という疑惑が浮上中)、普段は鉱夫をしているカイドとシドが迎えに来て「今日はヤロウだけだぜ」と言って酒場に繰り出さない限り、花太郎はヘロヘロに疲れた身体に鞭打ちながら、カイドの家に向かう。
カイドやシドはすでに帰ってきているときもあれば、そうでないときもある。
でもナタリィさんとサイアは、必ずいる。
花太郎が玄関の扉を開けると、振り返った二人が言う。
「ハナちゃん、おかえり」
「おかえりなさい」
そして花太郎は「ただいま」と答える。
それを見届けた後、僕は空高く飛ぶ。
ここからは別行動だ。この後の展開は、いつもと同じで、いつも楽しそうだから。
咲良はちょっと遠くにいる。どうやらシンベエも一緒らしい。
通信を中継する人工衛星がないため、中継機は空中神殿に置いている。マイナシウムの揺らぎの影響で、条件の良い時にしかまともな通信ができないくらいの距離にいるらしい。まぁ、無理矢理にでも通信をすれば、いつでも会話できる状況ではある。
僕は三歳に満たない、幼児になりはじめた咲良の姿しか知らない。物心つく前に離れたから、咲良もきっと、実父のことは覚えてないだろう。
そうあってほしいと思って別れたから。美音に咲良の新しいお父さんを早く見つけてほしいと思ったから。今更、何を話そうか、話ができるか、話す必然があるのか? ってウジウジ考えちゃって、僕も花太郎も結論を出せなかった。養父とは円満みたいだしね。通信はしていない。だからシンベエとも話せていない。
ずーっと上昇を続けると、空中神殿カリントウ(命名、僕)が見えてくる。
ある一定の距離まで近づくと
[いざ、突撃!]
と自分を奮い立たせて加速をつけて頭突き(頭の方を向けてるつもり)する。
そして結界に止められる。
[お邪魔するよ]
と言いながら結界をツンツンする。挨拶代わりだ。
リッケンブロウムの街並みと、連なる山々と、空中神殿を一辺に視界に収めることができる場所に陣取ると、そこから夕日を眺める。
夕日が沈むまで待つ。毎日見ていても飽きない。雲がかかっている日は、空中神殿とその下に広がる雲海に沈む太陽を眺める。これもなかなかオツだ。
ひとしきり時間をつぶした後は、社宅へ戻る。
花太郎の部屋の右隣の扉を壁ぬけする。夕日が沈みきる頃合いには、必ず家に帰ってきてるんだ。
「お? おかえり~、エアっち」
そして僕は[ただいま]と声を出して返事する。カガリさんは僕の唇の動きを読んで、笑う。
この間、カガリさんが着替えている最中に部屋に入ってしまった。「今日は見逃してあげるけど、次は責任取るのだゾ」と言われた。素直に謝った。
その翌日、カガリさんはユリハから共鳴石を分けてもらうと、ナタリィさんに頼んで、石をガリガリと加工してもらい、きのこ傘の形にして柄をつけてもらった。
さらにカガリさんは自らの手で真紅の共鳴石の傘に白いイボイボを接着した。
「エアっち専用インターホン。ベニテングダケモデルの完成なり~!」
カガリさん、楽しそうだった。
玄関に置いて、僕の視点がドア抜けする前に、感覚の手を伸ばして「ち~ん」と鳴らして、件の事故の再発防止に努める。
モノは試し、カガリさんの前で「ち~ん」と鳴らしてみた。
共鳴石ってかなり激しく小刻みに振動するらしく、カガリさんがくっ付けた白いイボイボのほとんどがポロポロと落ちてしまった。
「ちょっとエアッち、これはマズいんだよぉ。雨とかでイボイボが落ちてしまったベニテングダケはタマゴタケとよく似ているんだ。間違えて採取すると大変だよ?」
と、よくわからない怒られ方をした。だけどここは素直に謝る。
「でも、これはこれで、ベニテングダケの儚さが表現できていて、とてもイイ!!」
どうやら、よけいに気に入ったみたいだ。
そして、何度か使ううちにイボイボが全部落ちてしまった。
するとカガリさんは、儚さを噛みしめているような、なやましげな表情を浮かべながら、落ちたイボイボを四、五個ほどくっつけ治すのが日課になった。「接着剤を変えてみたら?」って今度アドバイスしようと思う。
カガリさんの部屋はきのこグッズにあふれている。ナタリィさんの工房を借りて自作で雑貨を作って、お店にも置いてもらうこともあるらしい。きのこグッズはエルフを中心にそこそこ売れている、と、ナタリィさんは言っていた。
あと、部屋にはきのこ栽培キットがある。これはJOXAの職員に頼んで旧地球から取り寄せてもらうんだって。三箱、三種類のきのこ栽培キットが部屋にあるのだけど、最近、二箱増えた。箱事態は高さ二十五センチ、縦横十五センチくらいの直方体なんだけど、カガリさんはこれを二つ購入した。
傘が開くと光るきのこなんだって。僕もちょっと見てみたい。今のところ透明な箱の中は腐葉土が入っているようにしか見えない。
どこかに出かける用事がない限りは、二人で”ボケら~”と過ごす。
僕にもたれ掛かりながら、カガリさんはアイスを食べる。きのこの話や、花太郎の成長具合なんかを話題にする。
カガリさんが夕食を食べ終えると、二人で映画を観る。テレビ画面はでかい。カガリさんは洋画が好きみたいだけど、ジャンルを問わずなんでも観ている。クラシック、ホラー、コメディー、ラブロマンス、アクション、ファンタジー、SF アニメetc……。
そして一番のお気に入りが”きのこドキュメンタリーシリーズ”だ。
大自然の中で胞子 (なにも見えない)の状態から、きのこがニョキニョキ生えてくる様子を、定点カメラの倍速映像で眺めながら解説を聞く映像作品。このシリーズは僕にとって、未知との遭遇だった。
ずっと見ていると、なんか、うん。「きのこ、ちょっとかわいいかも」と思えるようになってきた。これが”きのこに魅せられた”ってことなのだろうか。カガリさんのきのこグッズで満たされた部屋を見渡すと”きのこに毒された”って表現の方がしっくりくる。
JOXA本部に観たい映画作品を伝えると便宜を計ってくれて、一ヶ月後くらいに、映像データが入ったハードディスクと、今後配信される映画作品のラインナップを届けてくれる。
「エアっちも観たいのあったらリストアップしなよ」
とカガリさんは言ってくれたけれど、観たい作品はだいたいカガリさんとかぶっていたし、(というかカガリさんの守備範囲が広すぎて、かぶらない方が大変)過去の作品もだいたいそろっているので、僕から希望は出さなかった。
「おやすみ、エアっち」
「おやすみ、カガリさん」
カガリさんは僕を抱きかかえて眠る。カガリさんが寝入っている間、僕は父母に当てる手紙の内容を考える。
カガリさんは宇宙飛行士になる前にお母さんが亡くなって、お父さんはカガリさんが消失した後、ずっと一人で暮らしていた。
お父さんとは、ビデオ通話で再会を果たしたそうだ。そして、お父さんが亡くなられるとき、ビデオ越しではあるけれど、看取ることができた、と言っていた。
「いつまでも、あると思うな、親と金」
母さんがよく言ってくれた言葉を思い出した。二人とも元気だって言うけど、早いとこ手紙の中身考えようと思う。思うのは簡単だけど、なかなかうまくまとまらない。手紙なんてロクに書いたことないからさ。
「おはよう、エアっち」
「おはよう、カガリさん」
カガリさんが起きて社宅を出た後、僕は、昨日の出来事を日記に付ける。
日記を付けながら、自分の身体を観察する。
僕の姿が次第に見えてくるようになると、一人で想像し、笑う。
[花太郎は、今日も汗だくで走ってるんだな]と。
頃合いをみて、JOXAの庭へ向かう。
息も絶え絶えに花太郎が街中から戻ってくるのを見届ける。
[おはよ。今日も精がでるねぇ]
「お……は……よ……。今日も相変わらず……暇そうだな」
[今日は何キロごまかした?]
「してねえよ!」
適当にののしり合いながら、花太郎と僕は合流する。花太郎がシャワーを浴びた後、座学の講義がはじまる。




