第53話 リッケンブロウムでの日々 前編
JOXAの訓練は、キツそうだった。花太郎は大変だろうけど、僕はあんまり関係ないので好きにしている。
花太郎の朝はJOXA支部の広大な敷地とリッケンブロウムの街中を二十キロ、一五分以内で走るところから始まり、シャワーを浴びて着替えたら、座学でお勉強。
座学の講師はJOXAの職員だったり、AEWの住人だったりと毎日違う。主に地理や、魔法の概念について学ぶ。花太郎は毎日参加しているけど、たまに街の住人やJOXAの職員も聴講生として参加し、一緒に授業を受ける。
僕も講義は受けている。僕がわからないところは花太郎も大抵わからないので、あいつが質問する。
それでもわからないときは、共鳴石を砕いたインクを使って筆談で先生に質問する。僕の存在を知らされているとはいえ、いきなりインクが紙の上で動き出す様を目の当たりにすると、先生も生徒もみんな驚く。
魔法概要の授業で、サイアの師匠に会った。ノームの男性で、この人だけは僕の筆談に驚かなかった。
午後からはマーシャルアーツ(白兵戦)の実技と射撃訓練。これはカガリさんが担当してマン・ツーマンでコテンパンにされ、夜は異世界交流の名目で、シドか、JOXA支部からさして離れていないカイドの自宅に招かれて酒を酌み交わす毎日だ。
花太郎は楽しそうだ。だけどボロボロだ。
ボロボロといっても肉体強化のせいか、花太郎は回復が早い。翌日にはケロッとしている。
あと、僕の感覚で見ても、普段のカイド達の酒量は”程々”だった。 花太郎も「これは以外!」と思ったのか、カイドに尋ねてた。
「普段から飲んでちゃ、特別な日がなくなっちまうだろ?」
健康を憂いてのコメントじゃなくて、カイドらしいと思った。
シドの家に招かれたときにサイアがナース服を着ていると、花太郎は乾杯の前に血を抜かれる。この三週間で五回抜かれてた。というかシド宅で飲むときはいつも血を抜かれてた。血を抜いたあとは
「鮮度が大事よ」
と言ってユリハはウキウキしながら自宅を後にして、JOXA支部で確保した研究室に籠もりだす、そして朝帰りだ。
いつも家を出る前、ユリハは僕に同行を要請するけど、血液がいじめられるのをみたくないので、ジェスチャーで断っている。
ユリハがラボに行った後は、ナース服のサイアが取り残され、形容しがたい空気が漂ったまま乾杯している。けれど、すぐにサイアは着替えて、その後は盛り上がる。サイアはあれから火酒を飲んでいない。
初めてカイドの家に招待されたとき、僕たちはカイドの妻、ナタリィさんを紹介してもらった。
やはり初日の宴の時にユリハと親しそうに話していた女性のドワーフだった。
肝っ玉おっ母だった。カイドと並ぶと絵になる。絵になるんだけど……カイドと年はそんなに離れていないはずなのに、肌年齢が妙に若い気がした。カイドが彫りもシワも深いから老け過ぎて見えるだけかな。
ナタリィさんは昼間、自宅隣の店を切り盛りしていて、宝飾品や雑貨を売っている。花太郎が勤務を終えるときには店じまいしてるので、午後の実技演習の時、僕だけで遊びに行った。 オシャンティーでトレンディな店だった。
ユリハが不在な事が多いのと、彼女は料理が苦手 (らしい)なので、シドとサイアはしょっちゅうカイド宅に出入りしていて、サイアはナタリィさんと一緒に料理をつくったり、家事やお店を手伝っている。ナタリィさんはサイアを娘のように可愛がっているみたいだ。
カイドには四人の息子がいて、長男と三男はリッケンブロウムの鉱夫だ。次男は成人したばかりの末っ子と行商の旅に出ていて不在だった。
カイド宅に招かれた初日、カイドが火酒をあおりながら
「ブライス(末っ子)が帰ってきたら、花太郎は決闘を挑まれるだろうな。せいぜい鍛えてやるよ」
と言い放ったのを聞いたナタリィさんは
「サイア、女の話をしようじゃないか」
とサイアを自室に連れ込んだ。 ……どうやらブライス君はサイアに想いを寄せているらしい、同い年だしな。
男たちが取り残され、しばらく酒を酌み交わしていた。やがて酒の肴が切れると、カイドが
「しかたねぇ、俺がつまみを拵えるか」
と言いながら台所に立った。
しばらくして出てきた料理は、砂漠の夕日を彷彿とさせる赤一色に彩られた代物で、酔っぱらって気が大きくなっていた花太郎が
「ハハハ、赤ぇ」
といいながら先陣を切り、喜び勇んで一口目を頬張った瞬間に吹き出していた。めちゃくちゃ辛いらしい。花太郎はトーカーの驚異的な反射神経で吹き出す瞬間に口を押さえ、周りへの被害を最小限にとどめていた。
それを見てひとしきり笑ったシドとカイドの息子たちもみんな一口目で吹き出した。ドワーフ基準でも辛かったらしい。だってカイドも吹き出してたから。
真っ赤な料理は絞った果汁をかけてごまかしながら協力しあって完食してた。
JOXAの職員や多種族を交えて酒を飲むときもある。
カガリさんやアズラも来るけれど、どうやら、他の家や酒場にも顔を出しているようで、メンバーは入れ替わりたちかわりだ。カイドとシド達の飲みの席で皆勤したのは花太郎だけだった(ちなみにJOXAの決まりで、リスナーでもトーカーでもない職員には休肝日が義務付けられているらしい)。
アズラはJOXAの敷地の片隅に流れる清水の傍がお気に入りみたいで、天気のいい日は、砂漠探索時のサイズになって、いつも日向ぼっこをしている。
昼時を過ぎると、どこからともなく子どもたちや、その母親たちが集まってきてアズラと昼食をとる。アズラは彼女の為に拵えたご馳走をいつも残さず食べる。そして花太郎がカガリさんにヒーヒー言わされている傍で子どもたちと遊ぶ。
たまにアズラは花太郎の模擬戦の相手をする。実践では人型と対峙することがほとんどないらしい。だからアズラとの模擬戦は貴重な経験だ。花太郎はいつも数秒で戦闘不能になる。
花太郎に休みはなかった。カガリさんが非番の時は、カイドとシドが花太郎に”撃拳”を指導する。
撃拳はドワーフに古くから親しまれている競技で、以前、砂漠の宴で花太郎がサイアに指相撲で惨敗しているときに、宿屋の外でカイドとシドの大立ち回りがギャラリーに大受けしていたのは記憶に新しい(見れなかったけど)。
この撃拳の指導は、JOXAの敷地を借りた異世界交流レクレーションの一環という扱いなので、午前中の座学を終えた後は、花太郎も非番扱いになっている。……おそるべし、治外法権。でも雇用規約のコンプライアンスは、しっかいしてるんだよな、花太郎はトーカーで頑丈だから、特別なんだよ、きっと。
撃拳の指導では、カイドの熱の入り用がすごかった。
「そんなんじゃブライスに勝てねぇぞ! 勝ちたくねえのかハナタロウ!」
などと言うから、息子の恋路と花太郎とどっちを応援しているのかわからない。多分、熱いファイトが見たいだけなんだと思う、カイドは。
そして「痛み止めだ」と花太郎に火酒を飲ませる。シドは……ちょっと複雑な気分になってるんだろうな。だけど手は抜いていない、実戦にも役立つ競技だから、命に関わるし。
撃拳の日は種族問わずギャラリーがすごい。口コミの情報伝達力はSNSにも匹敵するんじゃないかってくらいだ。カガリさんもアイス片手に観戦にくる。
そして必ずブーイングが起こる。花太郎が弱すぎるからだ。
で、それからは花太郎そっちのけで、カイドとシドの立ち回りが始まる。
撃拳は、キックボクシングに柔道を組み合わせたような競技で、顔をねらわずに相手を地に組み伏せると一本と判定される。三本先取した方が勝者になる。
シドはとにかく手数が多い。打撃を主とした戦闘スタイルで、フットワークを駆使してカイドを翻弄させる。
対するカイドはどっしり構えて、カウンターを狙う。シドの連撃で劣勢に立たされていても、強烈な一撃で戦況を巻き返す。
カイドが連撃中のシドの腕を掴んだら、必殺必中の投げ技が炸裂して、シドが一本とられる。
でもそれがなかなか掴めない。連撃に気を取られていると、シドの足払いで足下を掬われるからだ。さらにシドは連撃中にカイドの肩口に拳を当てるのに成功すると、そのまま肩をつかんで鮮やかな投げ技を決める、これも必殺必中だ。
そして一番白熱するのが取っ組み合いだ。双方が両手、もしくは二の腕をつかみ合っての真っ向勝負。
一見すると、一つところに止まり、大して動きのない展開だけれど、単純な力比べではなく、力の緩急や方向の変化が目まぐるしい。この丁々発止の駆け引きが”通”にはたまらないようだ。相撲みたいなものかな。
そして観衆のドワーフ達は一人残らず”通”だった。
「ウォー!! ウォー!!」と一斉に沸き出すドワーフ達に引っ張られて多種族のギャラリーも沸く。
細かい駆け引きはよくわからないけど、この取っ組み合い、どちらが勝つのかはもっとわからない。きっとそれが”たまらない”んだろう。
僕が見た試合結果は断続的に四日間行って二勝二敗。シドが負けた日は、初日と二日目で、サイアが、ヘロヘロになって打ち捨てられた花太郎を介抱していた時だった。
三日目以降、花太郎に手厚い介抱をしてから試合に挑んだシドは、その日から二連勝した。
カイド達の立ち回りが終わると、二人にほだされたドワーフや、多種族が各々でスペースを確保して撃拳を始める。一通り眺めてみたけれど、カイドVSシド以上の壮絶な立ち回りをする者はいなかった。二人につくギャラリーが多い理由がわかった。
撃拳に興じる大人達の傍らで、子供達はアズラに試合を申し込む。複数人でアズラにポコスカと飛びかかるも、アズラはどこ吹く風と言わんばかりで、なすがままだった。
やがて料理の入った鍋を積んだ屋台を引く連中がやってくると、そこから宴会になだれ込む。これがカイド達の”特別な日”だ。何かの記念日って訳じゃない。人が大勢集まって騒いでる日が”特別な日”なのだ。
花太郎もしこたま飲んだ日の翌日は、さすがにけだるそうだった。




