第51話 凱旋の宴
「リッケンブロウムはJOXA支部園庭にて、火酒に魅入られた阿呆どもに送る カイド一行凱旋の酒飲み前口上の詩歌
灼熱地獄の 砂漠より
酒を断たれた 苦しさよ
故郷の寒空 身に染みて
気狂い水(火酒)が 血に染みる
飲めや歌えや 踊れや食えや
祝いの心得あらば 沸け
樽の中身は 残してくれるな!」
「フー!!!!!!!!」
JOXA支部のそれはそれは広い庭が、街の人々で埋め尽くされていた。
それでもカイドのよく通る声が敷地の隅々に響きわたり、乾杯の合図に出遅れる者は一人もいなかった。
壮観だった。
僕はちょっと高い所に意識を走らせて、この様子を俯瞰して眺めていた。
ササダイ村の時もだけど、どうやったら僅か半日でここまで用意が整うのだろう。
シドが別れ際に言った「ドワーフの本領」というの目の当たりにした光景だった。
夏祭りの縁日を彷彿とさせた。
縁日と違うところは、広い敷地で行われているという部分だ。
道ばたに夜店が並んで人々が所狭しとひしめき合っているソレが、大きな敷地内で取り行われている。
そこかしこに篝火が焚かれていて、夜空の下にいくつもの移動式の屋台が置かれ(さすがにテントを張るような時間はなかったようだ)、巨大な鍋で調理をするドワーフや獣人、そして砂漠では見かけなかった耳長のエルフもいた。エルフはやはり長身で、人数こそ少なかったけれど、目立っていた。
みんな買い食いを楽しんでいる。料理の提供には金銭授受の様子が見受けられたけれど、酒にはなかった。敷地のあらゆる所に人間大サイズの巨大な酒樽が据え置かれ、各々が好き好きに立ち寄っては栓をあけて、ガブガブと飲んでいる。
乾杯が終わった直後だと言うのに、もう中身がなくなった樽があるようで、最後の一滴を飲み干したドワーフが周りの連中を呼びつけて「道をあけろー」と言いながら、複数人で空樽をごろごろと転がして端っこにコレを追いやると、どこからともなく新しい酒樽を持ちだして、元の場所に据え置いた。
中身は茶か水かと錯覚するほどの消費スピードだ。この酒樽たちはカイドとシドが購入したのか? それともドワーフにとって酒は共有物なのか? その辺の文化の違いが気になった。
そして花太郎を見失った。まぁいいか。
思えば花太郎は、僕とは違うしっかりとした身体を持っているにも関わらず、僕に負けず劣らずの”空気のような男”だ。
ほかのパーティーの面々の場所はすぐにわかった。
アズラは食ってた。カイドパーティーのメンバーだけは例外なのか、料理は無償で提供されている。
人間大の大きさになったアズラは、あいかわらず子供たちに大人気だった。ササダイ村の時と同様に食べ物を口に詰め込まれたり、獣人の子どもを背中に乗っけて、彼女の小さな翼が引っ張られたりと楽しそうだ(子どもたちが)。
カイドとシドの周りは人だかりができていて、密度がすごい。ユリハや、JOXAの職員と思われる服を着た人たちも、二人のドワーフの傍にいた。
JOXA職員の一団に混じって一人、ドワーフの女性がいる。ユリハと楽しそうに談笑していた。
ナタリィさん、だったかな。カイドの奥さんかもしれない。
カイドたちの傍にはどこから持ってきたのか、鍵盤楽器やバンジョーのようなものがあって、カイドとシドが一気に酒を(6杯くらい)煽ると、カイドが鍵盤楽器、シドがバンジョーを持ち出して演奏を始めた。
ドワーフたちの歌声が聞こえるが、演奏はほかの場所で各々好き勝手に曲を奏でていて、会場は歌合戦による混沌と化していた。
カガリさんの所にも、結構な人だかりができていた。彼女の周りにはエルフが多く集まっていて、背の高い一群が形成されていた。これもアルターホールから来た”精霊信仰”によるものだろうか、それともファーストコンタクターとして築きあげた人望だろうか。
砂漠では一応”精霊”と呼ばれていて、しかもこの街では初披露となる宴だというのに、花太郎はぜんぜん注目されてない。花太郎の姿が未だ見つけられていないのがその証拠だ。
でも、一番すごかったのはサイアの周りの人だかりだ。
サイアは演奏するカイドたちの傍にいたけれど、彼女の周りをドワーフや、エルフの男たちが囲っていた。
カイドやシドの演奏に聴き入っているかのように見せかけて、サイアに声をかけている様子がここからでも見ててわかった。
……考えてみればJOXAの人間というのは”精霊信仰”に匹敵するような存在なのかもしれない。
JOXAとの接触があったから、もともと小さな集落しかなかった扇状地が街として栄え、リッケンブロウムという名前がつけられた。
JOXA支部は主要な実験施設をのぞいて、建造にはAEWの住人の惜しまぬ協力があったらしい。支部がやたらと豪奢な造りをしているのは、当時ここに定住することを決めたドワーフたちの、その記念のシンボルとして意匠を凝らしてくれた賜だそうだ。
で、それでちょっと気が引けてしまったJOXAの本部は、旧地球から持ち込んできた資材で花太郎達の社宅を建てた、と、昼間にカガリさんが話してくれた。
きっと、シドとユリハの結婚は衝撃的だったんだろう。
そして、二人の娘であるサイアは今十四歳で、ドワーフでは成人を迎えたことになるわけで。
……あの男連中は求婚者か。
酒豪シドの娘である彼女がササダイ村で飲んだたった一杯の酒で酔いつぶれたのは、酒慣れしてないからだった。なんとなくその理由がわかった。
求婚者に囲まれて気が気でないんだ、サイアは。だから、安心して火酒を飲むことができなかったんだ。
カイドとシドは仲間に囲まれて騒がしくしている。ユリハはちょくちょくサイアの方に目を向けていたけれど、特段気にかけている様子はなかった。
むしろユリハはサイアの方を見るたびに、ちょっとニヤついている。
ユリハの視線の先に花太郎を発見した。サイアの傍にいた。サイアと頭一つ以上背丈が違うというのに、ぜんぜん気づかなかった。このカリスマ性のなさが醸し出す空気感は、ある種の才能だと思う。
花太郎はサイアの後ろにいて、サイアに声をかけてくる求婚者 (未確認)達をただ、眺めていた。求婚者達はサイアのすぐ後ろにいる花太郎には目もくれず、入れ替わり立ち替わり、サイアと挨拶を交わすも、特段会話が弾む様子はなかった。
花太郎は喧噪の中にいて、ボッチだった。
一人、静かなムードを醸しながら酒の入った小さな樽の形をした杯片手に、もう片方にはチーズと思われる発酵食品をもっていて、チビチビと飲んだり、かじったりを繰り返していた。ちょっと可哀想だなっておもったよ。ごめんな花太郎、そんな感想を抱いてしまって。
突然サイアが花太郎の方に振り返った。
驚いて一瞬硬直した花太郎の手からサイアは酒の杯をもぎ取った。
サイアが花太郎の顔を見上げる。二人の目があった。
そして、サイアが酒を煽った。一気だった。
サイアが飲み干した杯を後方に放り投げた。杯は求婚者の一人と思われるエルフのイケメンの頭部に「コンッ」と当たった。
おもしろくなりそうだから、僕は花太郎たちに近づく。
見つめあう二人。サイアの表情が次第にトロンとしてくる。
そして、花太郎にもたれかかった。
サイアの周りにいた求婚者たちは、「ザザっ」と音をたてて二人から距離をとる。そしてサイアがつぶやいた。
「責任……とって……」
なんの責任だ?! 思わずツッコミたくなったけれど、この状況、間違いなく花太郎が冷や汗をかくシチュエーションにも関わらず、僕の姿は見えないままだった。
……サイアが両手を挙げる。抱っこをねだる子どもの様に。
花太郎はやけに落ち着いていた。そして片手にもったチーズを頬張ると両手でサイアを抱きかかえた。お姫様だっこではなくって、うつ伏せに眠る子どもを抱えるように。
……ちょっと咲良のことを思い出しちゃったじゃないか。そんな目をするなよ、花太郎。
花太郎の口からチーズがはみ出ていた。でも両手がふさがっているからどうしようもない。花太郎は口をモゴモゴさせながら歩きだした。
花太郎の周りにいたサイアの求婚者たちが「ザザッ」と音を立てて、花太郎に道をあけた。まるで海をかき分けたモーセの奇跡の如くだ。サイアの威を借りたカリスマ性皆無の空気男が悠々と歩きだした。
そして、異変に気づいたのだろう。カイドとシドたちの演奏が止まった。
シドが、形容しがたい表情で口をポカンとあけていた。カイドの方は、思考が止まっていたのはほんの一瞬で、シドが持っていたバンジョーのような弦楽器を強奪すると、力強い演奏を始めた。
弦を叩くように弾き、かきならして紡ぐ情熱的で激しいその演奏は、スペインのフラメンコを想起させた。
いや、やりすぎだろう、カイド。どうやってオチをつける気だ。
ユリハは持っていた杯をおいて、音に合わせて手を叩き始めた。でもユリハに音感はなかった。なんか微妙にリズムが狂っている。
隣にいたナタリィさんと思われる女性のドワーフは、その場でステップを踏み出した。
ユリハ以外のJOXA職員もナタリィさんのステップに合わせて手を叩き出す(ユリハは相変わらず合わなかった)。
それに呼応するかのように人々が手拍子を始めた。
手拍子が大きくなるに連れ、方々で好き勝手に演奏合戦をしていた連中がピタりと演奏を止めると、カイドのかきならす楽器に合わせて演奏を始めた。
やがて、ちょっぴり呆けていたシドが、「キッ」とこれまた形容しがたい謎の覚悟をした表情に変わると、空席になった鍵盤楽器のイスに座って、カイドの演奏に追随した。
目のあった男女達が向かい合い、大げさな挨拶を交わしあう。ナタリィさんにはJOXAの男性職員の一人が相対した。
男が激しく身体を揺らしてステップを踏み、女との距離を詰める。
ステップこそ同じものの、男衆の振り付けは十人十色で、踊りがかぶっている奴は一人もいない。
女は皆、同じ振りでステップを踏む。そして距離を詰めてくる男に各々が応えた。
男の手を取り、共に踊り出すもの。つっけんどんに突き放して、さらに激しいパフォーマンスを要求するもの。
そこに種族の壁はなかった。
子供達も各々がパートナーを見つけていく中で、ひたすらアズラだけが食に没頭していた。
そんな激しい求愛にもとれるダンスの渦中を突っ切るように、花太郎はサイアを抱えて歩いていた。
僕の身体が見えてきた。さすがに冷や汗たらたらなんだろう、花太郎は。
おそらく花太郎はサイアを自宅に連れ込むだろう。シド宅はきっと鍵がかかっているからな。
連れ込むといってもサイアを寝かしつけるだけだというのは目に見えている。……まわりからどう見られるかはわからない(ことにしておく)けど。
どれ、ちょっと冷やかしてやろう、と花太郎に近づいた時だった。
手を握られ、引っ張られた。
「やっと降りて来たね~、エアっち君」
カガリさんがいた。いつの間にか僕にあだ名がついていた。一応”エア太郎”も愛称なんだけどね。
「ちょっと付き合ってよ」
カガリさんが手を引っ張る。僕は渋ることなくカガリさんに追随していたんだけど、カガリさんは握った手を離すことはなかった。……多分、離さないでいてくれたんだ、と、思うことにした。カガリさんの向かう先は、僕が進んでいた方向と同じだったから。
JOXAの社宅に向かっている。花太郎は一刻も早くこの状況から抜け出したいんだろう、かなりの早足で、カガリさんの方は至ってゆっくりだった。
花太郎が社宅の自室の鍵を開け、サイアと一緒に入る様子を後ろから見届ける。
花太郎の部屋に電気の灯りがついた。他の部屋は、どれも真っ暗だった。
そして気づいた。「アキラはどこに行ったのだろうか」と。祭り好きなアキラが宴に参加しない理由がない。
アキラも花太郎に負けず劣らずの空気男だった。僕は宴の中で見つけることができなかったアキラが、ボッチ化していないことを願った。
そして、万年ボッチだった自分の手を引いてくれたカガリさんに、感謝の言葉を伝えた。
カガリさんは前を見ていたので、僕の言葉は届かなかった。




