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第5話 ドワーフのカイドとエリートのユリハ。 3

 カイドとシドはデュオを組んでいて、カイドが鍵盤楽器やパーカッション、シドがこっちでいう所のクラシックギターみたいな奴とメインヴォーカル(ユリハ曰く甘いハスキーヴォイスらしい)を担当している。


 アッチ界での例の宴は去年やったらしいのだけど、その年がカイドと嫁のナタリィさんが結婚して十周年に当たる年で、一緒に電気の扱いを習得した仲間たちから、宴の時にサプライズをしようという提案があったそうだ。


 普段はデュオだけど余すことなく電子楽器を使いたいからバンドにして、カイドは作詞とヴォーカルを担当するはずだったけど、「やはりヴォーカルは無理!」ということで、いつも通りヴォーカルはシドが担当して作詞とシンセサイザーを受け持った。


 宴は電子楽器の初披露で最高に盛りがった。そして最後の曲にサプライズを実行した。嫁さん以外はJOXA職員もみんな知っているから、快く協力してくれた。ユリハから聞くに、ナタリィさんからは「今日は忘れられない記念日になったよ」との言葉を頂いたそうな。


「他にはどんなことしたの?」

「ヘヘヘ……ただシドが歌っただけだよ」

 僕はカイドからもっと詳細を聞きたくて尋ねた

のだけど、カイドはニヤニヤしながら「へへへ……」を枕詞に当たり障りのないコメントを残すばかりで徒労に終わった。ユリハは余計な口出しはすまいと思ったのか、クスクス笑ってるだけだった。


 で、あきらめかけた僕が「もう、アカペラでいいからこの場って歌ってよ。歌詞考えたんならソラで歌えるでしょ」って言ったら、カイドは突然手拍子を始めた。


 そして手拍子をしながら歌いだした、僕は適当に合いの手を入れといた。ユリハも手拍子を入れようとしていたけど、どうやら彼女はリズム音痴らしい。苦戦しながら何度か試みていたけれどあきらめてた。


 カイドの歌声は酒焼けしてるのもあってハスキーがかかってた(ハスキーといっても「シドとはぜんぜん違う」とユリハが言ってた)。

 実直で趣があってよかった。歌い終わった後「アンコール!」と手拍子をした。


 また歌い始めた。


 アンコールを3回くらい繰り返したところで「そろそろいいかなぁ」と思ってアンコール入れなかったんだけど、カイドは繰り返し歌い続けた。


 アルコールにも常同作用というものがあるのだろうか、この後カイドは6回ほど”コールなきアンコール”に応えた、面白かった。


 歌詞もよかったので、彼が何度も歌っている間にメモしたから書き写す。


カイドからナタリィへ 結婚10年目のノロケソング(タイトル考案 甘田花太郎)


鉱石 魔石を掘り起こし

ちょいと疲れて陸にでりゃ

冷てぇ風が突き抜ける 

晴れても雪でもおんなじだ 冷てぇ風が突き抜ける

雲の色はよぉ おまえの髪に似ているなぁ

雲の形はよぉ 柔らけぇ炎に似ているなぁ


おまえの手のひら 小せえな

宝石細工がよく似合う

石を磨くおまえの手が

おまえにはよく似合う


鉱石 魔石たたいてみれば

そこここかしこに火花散る

熱ちぃ風が吹き抜ける

晴れても雪でも関係ねぇ 熱ちぃ風が吹き抜ける


自分で言うのは照れくせぇから

シドの歌声にのせて言うぜぇ

ナタリィ おまえが好きだ

幸せにする 約束する


石堀りは俺 ナタリィが創る

めでてぇ時 そうでねぇ時も

おまえたちと飲む 食う

これでいいんだ これがいい

これでいいんだ これがいい

シドが歌っているから もう一度言うぜぇ

これからも幸せにする 約束する 約束するぜぇ


シドに歌わせてるから もう一度言うぜぇ

幸せにする 約束する 約束するぜぇ




 この朴とつとした歌詞が好きだ。


 サプライズを実行する人、それに協力してくれる人、歌を届けたい人全員がこの日この場所にいなければ完成しない一度きりの歌なんだなって思った。この歌は宴の一部分であって、歌が主役ではない。この歌詞の中にはたった一人に伝えたいメッセージがあるけれど、そのメッセージを送ることに協力してくれたその場にいる全員に感謝をこめた、この場だけの歌なんだと感じた。


 きっとカイドは特別に歌のテーマとかコンセプトを考えたわけじゃないと思う。自分の中にあって自分の周りとも共有しているごく当たり前の価値観の中で作詞をしたんだと思うな。


 こういう歌詞が創れるのは、アッチ界に言葉を録音して普及させる文化がないからだと思う、歌や音楽の原点を垣間見た気がした。


 外は真っ暗になっていた。盛り上がっちゃったし出来上がってたけど「ユリハは残業してんだろうな」と考えたらちょっと酔いが冷めた。


 カイドが最後に残った二升半の酒瓶を開けようとしたので止めた。「ドワーフは宵越しの酒は持たねぇ!」と主張するカイドに「これは元担ぎの品だから」と告げた。


 ナタリィさんは宝飾品をつくるのが上手だそうだ。宝飾細工は高価な取引ができるため、ドワーフでは収入源の要となっている。最近ではナタリィさんに指名で入ることもあるみたいで、「そろそろ店を構えることが出来るかもしれない」とカイドが話していたのをぎりぎり覚えていた。


「このデカいのは持って帰りなよ。こっちの世界では二升半の酒瓶は商売繁盛の縁起物だ、”升升半升マスマスハンジョウ”ってダジャレなんだけどね。ナタリィさんがお店を持てるようになったら、店に飾るといいよ」

「マスマスハンジョウか、これはうまいことを言うなぁ」


 日本語の言葉遊びがドワーフ語としてどのように聞こえたかはわからなかったけど、ちゃんと伝わったみたいだ。


「今度は花太郎がこっちにくるといい」

 そろそろお開きって時分に、カイドは名残惜しそうに言った。


「僕は一般人だから向こうに旅行できるようになるのは、きっと何十年も先になるよ」

「なら、またここへ来るぞ」

「もちろん、歓迎するよ」

「カイドはしばらくこっちに滞在するから、もしかしたら検査の日にJOXAで会えるかもしれないわ」

「ハナタロウ、その時はテニスでもしよう」

「カイドは強いんだろう? 僕はJOXA職員にもかなわないよ」

「ユリハと2人がかりならいいだろう?」

「だったら勝てるかもな、主にユリハが動いてくれればね」

「ハハッ、女々しいやつめ」

「女々しいってなによ? 女の方が男より断然強いと思うわ」

「ユリハは雄々しいから大丈夫だよ」

「何が大丈夫なのよ? 」

 帰り支度をしながら、そんな会話がちょっとだけ続いた。


 玄関の扉をあけて僕も表に出た。


 グーの手に親指をつきだしてくっつけあうドワーフ流の再会の誓いを3人でやった。そして2人はつくばに帰って行った。


 書き終わったらすっかり明るくなってるよ、夏は日が昇るのが早いな。いい具合に酔いは醒めたけど寝足りないよ花太郎君。予定がないからこのまま寝る。


 そういえばカイドは31歳らしいけど、アッチ界の1年って太陽暦だと何日分になるんだろう、気になる。そしておやすみ。


 追伸

 ユリハ情報によると香夜さんのメルヘン趣味はもう職場の全ての人に知られているそうな。一生懸命クールを装う彼女を見て和むので、みんな生暖かい目で見守っているという。

 香夜さんの面倒をよく見ている先輩は向こうからのカミングアウトを期待して、ちょくちょく香夜さんの琴線に触れる品を送っては彼女に空気を入れている、とのこと。


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