第43話 終章 永遠との決別
「もうしまっていい?」
[うん、書き終わった]
「おう」
花太郎はカイドから受け取ったセカンドバッグの中に僕が今まで書き綴っていたノートをしまった。インクをこぼして台無しにならないように、インクの瓶だけは別の荷物の中に混ぜてもらった。
これからカイド達はJOXAの拠点がある街へと帰還する。もちろん僕らもアキラも一緒に行く。
その街には、カイドやシドの住まいもある。
花太郎とアキラには拠点の一室を使わせてくれるらしい。
……この砂漠ともしばらくお別れだ。
アルターホールの特性は、大本であるトーカーの性格が色濃く反映される、と、アキラのレポートには書いてあった。
甘田花太郎の心が”エア太郎”と”花太郎”を生み出しただけでなく、広大な砂漠も作り上げた。
なんで砂漠なんか作ったんだろう? 思い当たる節がたくさんありすぎて逆にわからない。
あと、”エア太郎”と”花太郎”に分かれた理由に至っては、本当に謎だ。
そんな意味不明な人間が作り出した砂漠の中にも、生き物達がいてくれた。
アキラが言ってる宇宙人が、アルターホールの影響を強力にして、結局僕は気づかぬうちにいくつかの村を巻き込んで、人(亜人って呼ぶのは辞めにする)が住めない場所を広げてしまった。
けれど、居場所を追いやられた人たちの多くが、遠く安全な土地ではなく、この砂漠により近い、ササダイ村に移住した。
選択の余地があったのかどうかはわからないけど、こんな過酷な土地に住んでくれてるわけで。……うん、うまくは言い表せられないけれど、なんか感慨深さがある。
この砂漠は僕の存在そのものだった。僕はこの砂漠を作り出したアルターホールとしてこの地球が命を終えるときまで、もしかしたらその後も尚、永遠に存在し続けていたのかもしれない。
でも、その運命が変わった。ワンルームの格安ボロアパートで出会った異世界の友人達の手によって。あ、ユリハは異世界の住人じゃない、ただの友人だ。
そしてここで出会ったドワーフの父娘。宿屋の主人やササダイ村の気さくな連中の盛大な宴。なんか知らないけど三十年来(暦の上では数億年)の腐れ縁野郎とも再会したし。
なんか、もう、よくわからん。
香夜さんを必ず見つけだしたいし。
二歳だった一人娘が十八歳になってこの世界に来てるらしいし。
シンベエにも会いたいな。
ところで、僕はずっと空気のような存在のままなのだろうか。っていうかこの身体も、もしかしたら永遠に存在してくれちゃうかもな。うん、考えるのを辞めておく。デカルトのコギト エルゴ スム(我、思う、故に我有り)だ! ……考えなきゃダメじゃん。
これから、どんな数奇な出来事が待ち受けていても、まぁそうそう驚かないだろうと思う。僕を喫驚させられるならやってみろよ、運命。
カイドパーティーは跳躍移動で使っていた籠を屋根代わりにくくりつけた荷馬車に乗って、帰路についた。
荷馬車に馬はいなかった。魔石で動くらしい。
カイドとシドが馭者の席に座り、他のメンバーは荷物満載の荷台の上で、各々のスペースを確保した。
カイドが手綱を握ると荷馬車は動き出した。アズラのスピードには遠く及ばないけれど、なかなかの速度だった。
砂漠の反対側にあるササダイ村の出口を抜けると、踏み固められた土の街道が遠く続いていた。街道の先には小高い山々が見える。
荷馬車はさらに速度を上げた。荷台にいるメンバーは、荷台から伝わる振動に優しく揺らされていて、心地よさそうだった。
ササダイ村がどんどん小さくなっていく。
今回移動で大活躍したアズラは手の平サイズで横向けになり、甘そうな果実を抱いたまま眠っている。時々寝ているのか起きているのかわからない状態で果実にかぶりついては、満足そうにモグモグしている。かわいい。
ユリハはアズラと添い寝していて、カイドとシドは見たことのないボードゲームに興じている。いや、前を見てよ。
アキラは荷物の隙間に挟まるような形で座っていて、笑えた。でも疲れが溜まっているのか、窮屈そうではあるものの今にも寝入りそうだ。
花太郎は荷馬車の後ろに腰掛けて足をブラブラさせていた。
サイアが花太郎の傍に来たので、花太郎が横にずれた。荷物はめいっぱいで、空いたスペースはサイアがやっと入れるぎりぎりの幅だった。
サイアは花太郎と肩同士が密着するように腰掛けて、足をブラブラさせた。
「母さんが横になっちゃったから、他に座るとこ、ないし……」
「うん」
「……ハナタさん」
「うん?」
「……サイア。でいいよ」
「……ん?」
「サイア……って、呼んでもいいよ」
「あ。うん、ありがとう。でも”サイア嬢”って呼び方結構気に入ってたりする」
「そう、なんだ。ふぅん」
「他にいないでしょ? ”サイア嬢”って呼ぶ人」
「まぁ、いない。かな」
「他に理由はないんだけどさ」
「ふぅん。そう、なんだ」
「……サイア」
「!! な、な、な、な、なっなに!?」
「そんな大声だしたらユリハ達起きちゃうよ」
「あ、ごめん。その、それで、何?」
「ごめん。試しに呼んでみただけだった」
「あ、あぁ。そう……」
「うたた寝してたのに起きてもうたわぁ」
アキラが茶々を入れてたけれど、僕は知っている。
サイアの大声でカイドもシドも振り返り、ユリハもアズラも起きてしまったことを。
カイドはニカニカしながら視線を外し、「てめぇの番だぜ」とシドの視線を盤上に落とさせ、アズラはすぐに寝入って、ユリハは寝たフリをしながら薄目をあけて、肩寄せ合う二人の動向(主にサイアの方)を観察していた。
そんな中で見事空気をぶちこわしたアキラを、僕は賞賛する。
「お前はしばらく起きてろよ。何もしてないじゃんか」
「起きといてやるから、そんな体中がカユくなる空気かもすのやめたってくれや」
「カユくなるのは、てめぇの白衣が汚ぇからだよ」
「ハナの血糊浴びたんや、汚くもなる」
「どこについてんの?」
間違いなくシミになると思っていた花太郎の血糊は、きれいさっぱり消えていた。これも再構築した花太郎の体質なんだと思う。
それにしても、こんなエゲつない事を無遠慮にネタにしてしまうあたり。アキラが本来の性分を取り戻したように思えて、まぁ……少しうれしかった。
「なぁ、アキラ」
「なんや?」
そんなアキラの様子を見て、アキラと最後に酒を飲んだ時、別れ際に言い放ったくだらない挨拶をふと思い出した。花太郎もそれを思い出していた。
「……明日こそ、世界救おうな」
「? ……ハハハハハハハ!! 任せておけ!」
世界を滅ぼそうとしてたアキラにはちょうど良い皮肉だ。花太郎とアキラが笑って、その様子を間近で見ていたサイアも微笑んでいた。
そして花太郎は遠く離れていく景色を眺めた。顔は笑っていたけれど、目つきだけは少し寂しそうだった。
ササダイ村の場所がわからなくなるくらい離れても、地平線には広大な砂漠が見えていた。
荷馬車は小高い山々の山道をまもなく登りきろうとしていた。
山頂から下り始めたなら、山陰であの砂漠も見えなくなるだろう。
カイドとシドは相変わらず手綱を握りながらボードゲームに興じているけれど、他はみんな寝入っていた。
サイアが花太郎にもたれるようにして寝ているのをみて、なんか得も言われぬ「ぐぬぬ」って感情が一瞬よぎったけれど、放っておくしかなかった。だって今の僕の姿は僕にも見えていなかったから。どんなに喚こうが、花太郎には聞こえない。
だから。そうだな。ちょっと気恥ずかしい言い回しで、気取ってみても……いいよね?
大きく息を吸った。吸ったつもりだ。僕の体は空気の変化だけは結構敏感に感じることができる。
ここはもう深緑が繁茂する山道で、いつも感じていた空気とは全然違っていた。でも、まだ見えている。僕が過ごしていた場所が。
……ふぅ。
さようなら、僕の砂漠。
…………うん、もうこんな恥ずかしいこと言うのはよそう。
次回より新章突入です。
ここまで読んで頂きありがとうございます! 一層精進いたします。




