第37話 華麗からはほど遠く
一足跳びで間合いを詰めた花太郎を、アキラは高水圧の三つの水球を放って迎撃した。
辛うじて躱した花太郎は、身を捻りながら足を突き出して横っ飛び。そして着地すると、アキラを中心に弧を描くように駆けだしていた。
[空気読んだな花太郎!]
「”エア”太郎だけにな」
「面白くないよ」
「ニヤついてるじゃん」
アキラは水球を放ち続けて、花太郎の接近を許さない。
[アキラの迎撃速かったなぁ]
「躱せた自分が不思議でしょうがないよ」
[手慣れてないようだったぞ、あの魔法。だから間に合った]
「どの道近づけないけどね」
「・・・・・・ハナは何を言ってるんだ?」
アキラの呟く声が聞こえた。
「ハナの能力に関係している?」
[よし、狙い通りだ]
「なにが?」
距離と戦闘音でアキラの呟きは花太郎に聞こえていないようだ。僕には音も聞こえるし、観察もできる・・・・・・少しは役に立てるかも。
[名付けて”独り言かく乱作戦”だ。アキラからすれば独り言話しているようにしかみえてないからね、訝しんでるんだよ。]
「こっちは気が散ってるよ」
[計算通りだ]
「嘘つけ!」
花太郎が青岩の後ろに回り込む。 やや遅れてアキラも回り込み、花太郎を射角に捉えると再び水球を放った。 さっきよりピッチが上がってる気がする。
[長期戦は不利だな、アキラが魔法に慣れてきてる]
「昔からだろ、小器用なのは」
[花太郎。アキラが青岩に回り込んでる間は攻撃が緩くなる。半円描くごとに距離を詰めろ]
「バレれるよそれ」
[二周くらいはバレない]
「二周じゃ間合い詰め切れねえって」
[ゲンコツはあきらめて手前でハンドガン連射だ、足下に]
どのみちやるしかない、花太郎は作戦を敢行した。
「……バレるだと?」
かく乱が裏目に出たかも。
アキラの後ろ、青岩に回り込む度に花太郎は少しずつアキラと距離を詰めた。これを三回繰り返す。
周り込んだ四度目、花太郎は踵を返して青岩に直進しながらホルスターからハンドガンを抜く。
銃口が周り込んできたアキラの出会い頭の足下を捉えた。距離は約五メートル、ユリハから教わった、”拳銃で狙い撃ちできるギリギリの距離”だ。うまくいった。
突然の出来事に一瞬だけどアキラの身体が硬直した。今だ!
動かない。銃を握る花太郎のトリガーが動かない。
アキラは花太郎から青岩で身を隠し、魔石を持った手だけを突き出して水球を放ってきた。
「チィッ」
花太郎は横っ飛びでこれをよけると、青岩に身を隠して守った。
アキラと花太郎の背中が青岩を挟んで向き合った。
[ちょうど真後ろにアキラがいる。さっきはどうして撃たなかった?]
「……撃てなかったんだ」
[お前……]
「安全装置外し忘れてた」
[不器用なやつめ!]
「折角ここまで接近したんだ、もう一回仕掛ける」
「カウンター食らうぞ」
「この岩ごと巻き込むようなでっかい魔法使われたら、どのみちおしまいだ。千恵美さんを閉じ込ているコイツの頑強さは、アキラなら痛いほどわかってるだろうし」
[……偵察してくる]
「しなくていい。もう行くから」
[おい!]
「即断即決。即、実行!」
言いながら岩伝いに走り出し、回り込む。花太郎を補足したアキラは後退しながら水球を放った。
[まずいぞ、下がれ!]
「下がンねぇ!」
花太郎はラグビー選手がタックルをするように身を屈めながら水球を躱すと、そのまま突進した。
アキラは岩を押し、その反動で身体を反らして花太郎の突貫を凌いだ。慣れない体勢で突撃した花太郎がバランスを崩し、地面を転げる。
転げながら花太郎は左拳を口元に当てた。煙幕弾が握られている。
煙幕弾のピンを歯で引き抜くと、転がりながら間合いを拡げ、投げつけた。
あたりが白煙で覆われる。結局実施訓練は出来ていなかった。有効範囲は想像以上に広域で、花太郎も全身が煙幕に覆われた。
隠蔽された空間の中で銃声が聞こえる。
密着するほどの距離まで接近して、やっと花太郎の状態が確認できた。
花太郎は倒れた体勢のまま目を閉じ、肩の付け根を基点にして腕を水平に動かしながら銃を扇状に乱射していた。
ギンッ ギンッと、すこし濁音が混じった高い音が聞こえる。青岩の跳弾だろうか。 角度によっては花太郎に跳ね返ってくるかもしれないけれど視界が遮られているし、ていうか自分で遮ったし、危険だけど未熟な腕前の花太郎が狙い撃ちするよりも、確実にアキラの足下に当てられる。
十五発の弾丸を撃ち尽くした花太郎は目を閉じたまま空っぽの弾倉を捨てて、ホルスターから新たな弾倉を取り出した。この一連の動作はサイアから「どうせ暇してるんだから練習しなよ」と煽られ、アズラの跳躍移動中に反復練習していた賜物だ。
グリップの下から弾倉を装填しようと試みる花太郎だけど、うまくいかない。
[前後逆だよ]
「ああ―」
[声出すな]
銃声で大体の場所は特定されていると思うけど、念を押した。だけどそんなものは無駄だった。
……十五発も弾丸を撃ち込んだというのにうめき声の一つも上がらない。一発も当たってないのは不自然じゃないのか。そう思ったとき。
強風が煙幕をかき消した。
アキラは宙に浮いていた、花太郎の身の丈三つ分くらいの所に。さっきの強風の魔法で浮いているのか? それとも二つ同時に魔法を発動したのか? そしてアキラが呟くのが聞こえた。
「できた、ぞ」
認めざる得なかった。アキラが宙に浮いたまま水球を放つ。花太郎は右手にハンドガンと左手に弾倉を持ったまま地面に手をついて、跳ねた。花太郎の眼前で水球が弾ける。
「アキラは今何をした?」
[魔法を二つ同時に使った]
「そうかよそうかよ、チキショウ! おいアキラ!! 降りてこい。こっちはチャカチャカ(ハンドガン)が手に余ってるんだ。水平撃ちしなきゃ下手なトコに当たるぞ!」
「当ててみろ」
「チィッ!」
駆けながら弾倉を装填する。アキラは水球を放ち続け、地面で破裂した水球が辺り一面を水浸しにしている。
[同じ場所に行くな、まっすぐ走れ!]
「なんで!?」
[床はリノリウムだぞ。 濡れたリノリウムは―]
「うおぅっ」
言うが遅いか花太郎はスリップした。
[止まるなよ!]
「せっこい奴ぅ、本当ぉ!」
転倒した花太郎は床をそのまま転げ回り、辛うじて立ち上がることに成功した。再び駆けだそうと身を翻したとき、花太郎の衣服から何かが飛び出した。
懐中時計だ。リノリウムの床に転がって蓋が開いた。折りたたまれたコピー用紙が見える。
父娘合作画を見た花太郎は懐中時計に駆け寄っていた。僕も一瞬気をとられ、反応に遅れてしまった。
アキラは炎を放っていた。
花太郎の目の前で火柱が上がった。花太郎が手前で踏みとどまる。おかしい。なぜアキラは当てられなかった?
気づいたときは遅かった。
[動け! 目くらましだ!!]
「へ?」
アキラの魔石から円盤状の光輪が放たれた。
かけっこのスタートを切るときのような体勢で硬直した花太郎の元へ、光輪はフリスビーのように飛んでいく。
そして右手を切断した。花太郎の右手はハンドガンを握ったまま真下へと落ちた。鈍い音がした。
「もう俺には勝てんぞ、ハナ。出ていけ。手は治してやる」
花太郎は硬直したまま右腕だけを動かし、腕の先を自分の顔の前に持ってきた。
混乱、焦り、……恐怖。花太郎の目付きは今までのソレと違っていた。
わずかに花太郎が顔を上げた。視線が移った。
視線の先を見た。焼け焦げた安物の懐中時計と、そこにあるはずの紙切れが灰になっていた。
花太郎の全身から感情が噴出しているのがわかった。
やれるよな、花太郎。
甘田花太郎というオヤジは、僕たちが思っているよりもよっぽど”親バカ”だったな、後で笑ってやろうぜ。
花太郎の目からは恐怖の感情がなくなっていた。
―――これは瞋恚の目だ。
「アキラァァァァァァァァァ!!! テェ 、てェンベェェェェェ!!!」
”がむしゃら”。”華麗”からはほど遠く、それでもこれに勝る力を僕たちは持ち合わせていない。
間違いを犯しそうになったなら花太郎、必ず僕が止めるから。―――今はその力が必要だ。
「まだやるかぁ!? ハナぁ!」
「ッタリメェだ、コラァ!! 覚悟しやがれぇぇぇぇ!!!」
アキラに向かって助走を付けた花太郎が濡れたリノリウムの上で盛大に転倒する。床一面に花太郎の血液が散る。
[ちょっとまて落ち着け花太郎!! 止血が先だ、上着を脱いで手に巻き付けろ!]
「んな暇あるかぁ!」
突然地面が輝き出した。青白くて絵の具っぽいマイナシウムの光だ。
「何だ? ……ハナの”能力”か!」
アキラが炎を放った。今度は花太郎めがけていた。
だけど花太郎には届かなかった。花太郎とアキラの間には、”僕”がいた。
アキラの放った炎が僕に当たると、炎がマイナシウムの光を放ちながら拡散した。
地面を光らせていたマイナシウムの粒子が消え失せると、すっかり水が蒸発していた。
「ハナが……二人いる?」
アキラが呟いた。
[……見えているのか。この姿が]
……声は届いていないようだ。僕の五感は明らかに変わっていた、特に触感が。そして自分の身体に”重さ”を感じた。
アキラでも観測出来るほど、僕の身体は”濃く”なっていた。
[花太郎、時間を稼ぐから止血しろ。俺たち勝てるぞ]
今度はアキラが花太郎の周囲を回っていた。火、水、風、さらに電撃までも繰り出して、魔法をランダムに連発するけれど、それらを全て防いだ。この身体で防ぐことができた。
[目つきがファナティックだな花太郎。狂信の呪いは解けた後が恐いぞ]
「うるせぇ。テメェも一人称変わってるぞ」
[滾ってるからなぁ、お前と同じで]
花太郎はやっと衣服を脱ぐと、右腕の患部にそれをぐるぐると巻き付けた。痛みは感じていないようだ。好都合だけど、かなりまずいと思う。早く決着付けないと。
[そろそろ行く]
「何する気だ?」
答えるのも面倒だ、僕は飛び出した。
アキラに見えてるんだ。魔法を弾くんだこの身体は。
つまりは”質量”があるってことだろう?
アキラをぶん殴れるじゃないか!!
[やってくれたなぁ!! この野郎ぅ!!!]
今だって空を飛べる。ヒヨヒヨ浮かぶだけのお前とは年季が違うぞヒヨッ子め。
アキラの様相に戦きはない、真っ向から受ける気だ。
火、水、風、雷。ありとあらゆる魔法を繰り出してきたが、身体に触れると全ての魔法が勝手に拡散した。
足はないけど、ちょうど一歩先にアキラがいた。未次飼彬、今からお前をぶん殴る!
左手でアキラの襟首を掴んだ、感触がなかった。
目の前でアキラの姿が拡散する。幻影だった。
アキラは真下にいた。
アキラはこっちに見向きもしないで、花太郎に魔法を繰り出そうとしている。
花太郎はハンドガンの銃口を握り、自分の右手を踏んづけながらそれもぎ取ると、そのまま思いっきり振りかぶって、投げた。
左手で投げたユリッハE17(エンドレスセブンティーン)が飛んでいく。高校球児の熱い青春など微塵も詰まっていない殺傷兵器は、とりあえずアキラの方角へは飛んだ。当たりはしなかったけど、そのすさまじいスピードでアキラの注意を一瞬だけ逸らした。それで十分だった。
アキラの眼前に接近する。
[よくも鹿十してくれたな]
聞こえていないのはわかっていたけれど、言わずにはいられなかった。どんな姿であれ、コイツとは対等でありたいんだ。
そして今からぶん殴る。この男は、”父娘合作画”を焼き尽くした”敵”だ!
思いっきり振りかぶって、右拳をアキラの頬に叩きつけた。
「っく」
アキラが吹き飛ぶかと思ったけど、わずかに頭を揺らしただけだった。
感触があったのは初めだけで、後はすり抜けた。
手応えがない。威力は……デコピンくらいかな。
……畜生。
「っく、クッソォ!」
それでも魔法を封じることは出来た。この身体が触れている間は魔石を使えないようだ。
少しは僕も落ち着いたかな。
ここからは花太郎にまかせよう。蹴りでも、体当たりでも、頭突きでも、肉体強化された花太郎なら、アキラを怯ませて魔石を奪うには十分なはずだ。
花太郎の雄叫びが聞こえる。アキラの名を叫びながら近づいてくるのがわかる。
花太郎の左手が僕の身体を突き抜けると、アキラの襟首を掴んで引き寄せた。
そして殴った。右手で殴った。
正確には衣服をぐるぐるに巻き付けた血まみれの右手首の患部で殴った。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
花太郎が叫ぶ。反響部分が床しかない無限の空間に響く声の密度は薄く、なんだか気の抜けたような声に聞こえたけれど、絶叫には違いなかった。
アキラは、眼鏡が床にたたきつけられ、魔石を手放しながら遠くへときりもみしながら吹っ飛んだ。
魔石は地面を転がり、眼鏡のレンズは粉々になった。
…………がむしゃら。華麗からはほど遠い。




