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第34話 インチキ臭いレポート

「この魔石、どうにもいやな予感がするぜ。あいつには渡さねえ方がいいんじゃねぇか?」

 夕食時に広間で食事をしながらカイドが言った。この時アキラは片手で食べられるものを所望して花太郎と部屋で食べていたから、たまたま僕は聞くことができた。カイドの発言にシドも賛同し、多面体の水晶は、使う直前までカイドが預かることとなった。


 今のアキラの様子を見ていると、なんとなく納得がいく。 


 アキラはコンセントのない魔法で動く行灯のようなランプの明かりを頼りに、ユリハが持っていたA4サイズの紙にツラツラと文章を書き続けている。その集中力にちょっとした狂気を感じてしまった。


 途中で手が止まる事も読み返す事もない。たまに誤字や描いた図形を修正する程度で、それ以外はどことなく機械的だ。


 アキラの事を心配しながらその後ろ姿を眺めていたけれど、小一時間もしないうちに飽きた。


 監視は暇だった。みんなが寝ている間は”ボケら~モード”に意識を切り替えて無我の境地を目指すのだけど、こればっかりはそうもいかない。観察事態は結構楽しいけれど、対象が男だと、ねぇ。


 「ちゃんと瞬きしているのかな」と思って奴の眼前に意識を走らせた。瞬きはしてた。勿論アキラに僕の姿は見えていない。

 せっかくだから何を書いているか読んでみよう。



 最初から読んでおけばよかった。アキラのレポートは読みやすくて、そしてとんでもないことが書いてあった。



 読みやすかった理由は、足早に概要だけを書いていたからだ。あまりにも簡潔に信じがたい事を書き連ねるから、何かのゲームの世界観やら設定を書いているように思えてしまう。


 内容はアキラが消失してから今に至るまでの地球で起こった出来事と、自身の能力とその起源が主だ。

 アキラの脳には平成二十八年に消失した日から、数億年後の現在に至るまでの地球の出来事がデータとして入っていた。


 しかし、脳にはセキュリティがかかっていて、必要に迫られた時でしか引き出す(思い出す)事ができない。

 カイドがドワーフ語でアキラに話しかけたとき、アキラが脳内からドワーフ語を引き出すことができた。だけど、アキラ個人が気になっている部分(肉親のその後の人生とか、会社がどうなったのか)を引きだそうとしても、できない。当人が望んでいても、状況に迫られていないからだ。


 それでも地球の歴史を変えた出来事は年表のように引き出せている。


 正直言ってインチキ臭い。だけど、カイドと会話できた事実もあるし、納得せざるを得ない。

 自由に記憶を引き出せないのは、自分を守るためだろう。僕が数億年間世界を眺めていて、記憶することや考えることできない状態だったのと似ている。


 そして僕と違うところは、アキラには”体験がない”事。


 千恵美さんの力で、二人の時間は今までずっと止まっていた。花太郎との接触でアキラの時間だけが動き出して、一瞬のうちに脳内にデータを詰め込まれた、と書いている。


 つまり千恵美さんが”トーカー”だった。

  アキラはトーカー消失の原因も知っていた。


 マナコンドリアの原始体にはα体とβ体の二種類があって、α体の保有者がトーカー、β体がリスナーになる。

 α体はβ体よりもマナ(マイナシウム)のエネルギー変換効率が高く、エネルギーを常に放出し続けることで、保有者の運動能力を格段に上げる。

 β体は運動能力の底上げこそあるもののα体のソレよりも劣る。しかし体内にマナをため込むことができるので、α体よりもすぐれた魔法が使えるらしい(この理論だとユリハもすごい魔法が使えるはずだ、見たことないけど)。


 そしてβ体のマナをため込む特性はリミッターにもなっていた。


 ”静かな爆発”が起きたとき、素粒子レベルまで細かくなったマイナシウムが地球全土に降り注いだ。


 通常であればマイナシウムは単体の原子になった時点で物質として維持できず消滅する。そしてあらゆる物質は素粒子になった時点で、物質の特性を失うものだ。しかし、”静かな爆発”でマイナシウムはその法則を覆した、と書いている。


 β体は一度に一定量のマイナシウムを吸収すると、それ以上は過剰供給されないような仕組みがあるけれど、α体にはそれがない。

 素粒子レベルの大きさで且つ高密度なマイナシウムのシャワーを浴びたα体は吸収したマイナシウムの放出が追いつかず、暴走する。


 暴走したα体は保有者ごと他次元へ移動する。


 ”静かな爆発”で無事だったトーカーがいたのは、爆発だけでは過剰供給に至らなかったからだ。

 トーカーの近くにマイナシウムで稼働している装置があって、それが爆発の光を浴びた影響で、一時的に大量のマイナシウムを放出し、それらを同時に浴びたトーカーが、消失した(アキラの書き方では他次元に移動した)。 


 このあたりまで読んだところで、アキラの執筆作業に追いついて一息つくことができた。分かりやすいといっても、理解するのには架空の脳味噌をよく使わないといけない。


 ……いざ追いついてみると先が気になって気になって仕方がなくなる。


 「まだか、まだか」と待っている内に少し冷静になれたかもしれない。「アキラの書いていることを鵜呑みにするのもよくない」と思えるようになってきた。


 最初に実演(ドワーフ語が理解できることを目の前で披露した)で小さな事実を信じ込ませてから、徐々に思考を誘導していって、「水道水に波動を込める装置」みたいな科学的根拠の乏しい商品を高値で買わせるパターンかも……しれ……ない?


 とにかく「僕は騙されないぞ!」と過信する人間ほど騙されやすいので注意が必要だ。

 石橋を叩いてなにが悪い! と覚悟を決めた所で、アキラの執筆は次の項目に入った。



 題目は

「妻がとっさに想い描いた望みが、この結果をもたらした」

 である。科学からオカルトに思考を誘導しているのがミエミエのタイトルだ。



 だけど書いている内容から目を離せない。奴の術中にはまったか? 筆記は止まることなく、顔色一つ変えずに書き続けるアキラが怖くなってきた。

 とりあえずアキラの書いていることは全て真と受け止めて、後で考えよう。


 保有者が他次元に移動すると、最終的には保有者の体と意識がプラズマ体になる。

 プラズマ体になった保有者とマイナシウムが結合してアルターホールになるのだという。


 アルターホールは保有者の人格や強い想いを反映するため、十人十色の特性が出るそうだ。

 つまり甘田花太郎の強い想いが広大な砂漠を作り、意識も二つに分かれたと……自分の事ながら意味が分からない。


 僕は自分自身の事例しか知らないけれど、アキラははっきりと「妻、千恵美に関しては例外だった」と書いている。


 千恵美さんの場合は、体より先行して意識がプラズマ体となってマイナシウムと結合したそうだ。

「最愛の人のそばで永遠を過ごす事」

 アキラの推測では、これが千恵美さんの中にあった強い望みではないか? と書いている。ノロケるのも対外にしてほしいけれど、これを真顔で書いているから恐ろしい。


 事実、アキラはそれでマナコンドリアを保有していないにも関わらず他次元に移動して、永遠に止まった時間を過ごしていたわけだ。

 千恵美さんは意識だけがアルターホール化したので、外部に及ぼす影響は少なかった。さらに他次元内で早々に時間を止めたので、体はプラズマ化されず生身のままだ、”再構築”はされていない。


 ならば、対消滅用に使用した魔導集石はどこに行ったのだろうか。その疑問が解決する記述はなかった。


 アキラが最後に書いた項目はアルターホールが他次元から三次元に戻ってきた経緯だ。


 宇宙人がやってきて引き揚げたサルベージそうだ。


 ……ひとまず、アキラの書くことは一通り信じとこう。

 元々アルターホールは永い年月を経て三次元世界でうっすらと観測できるようになって、周囲の環境を少しずつ影響を及ぼしていたらしいけど、この時はまだ本体が他次元にあって、三次元に見えていたのは虚像のようなものだったらしい。


 で、数十年前に宇宙人がやってきて、全てのアルターホールの本体を丸ごと三次元空間までサルベージして去ってから、アルターホールが活発化した。


 突拍子もないことだけど、アルターホールが活発化する年代はユリハのレポートと一致している。


「宇宙人の目的は―」

 ここで初めてアキラの手が止まった。


 何か一瞬考えた表情をして、”―不明”と書き綴り、レポートを書き終えた。


 空が白んでいた。そしてアキラはベッドに横になると、寝息をたて始めた。

 少し安心した。疲れて当たり前だからだ。

 眠っているとはいえ、見張りは続けなければいけない。

 アキラの姿を少し離れて眺めながら、花太郎がアキラが朝食を運んでくるまでの間、物思いにふけった。


 アキラのレポートの中で理解しきれなかった部分はいくつかあるけれど、それよりも気になった部分が二つある。


 一つは最後の一文を書き記す途中で手が止まった理由。

 もう一つは、レポートを書き始める前に花太郎に言い放った言葉だ。


 ”まだ死ねない。千恵美を救わないといけないからな” 


 まだ死ねない……。この言葉がどうにもひっかかる。そういえば、なぜアキラの脳にデータが詰めこまれているのか、その理由にアキラのレポートは一切触れていない。「わからない」すら書いていない。


 脳を守る為とはいえ、”必要に迫られなければ引き出せない知識”なんてなんの役に立つんだろう。この時代の生活や生き抜く手段を得るには最適だけど……。アキラが簡単に覚醒できて、千恵美さんがちょっと難しそうなのと関係しているのかな。


 思い至った所で、漠然とイヤな予感がした。


 出発の前にレポートを読んだのは花太郎とユリハだ。

「エア太郎から様子を聞きたい」とユリハに言われて、花太郎は股上げを促されたけど、花太郎から


「唾液じゃ無理かな」


と提案し、ものは試しということで花太郎が唾を吐くと、僕が召還された。不本意だけど。


 そしてユリハに花太郎経由で執筆中のアキラの様子と気になった部分を報告した。



 パーティー一行がアキラを連れて千恵美さんが閉じこめられた青いモニュメントの前に立った時、僕が抱いたいくつかの疑問が解決し、イヤな予感が的中した。


 アキラは言った。


「きっと五、六年の猶予はあります。ワームホール”さくら”を使って過去へ逃げてください。今からこの地球ほしを燃やします」


 

 

 

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