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第31話 再びアルターホールへ

 二階の部屋。地べたに敷いた寝具(どう見ても布団)の上で花太郎が寝ている。小さくなったアズラを抱き抱えながら。


 もう正午を過ぎた。花太郎は目こそ覚めているものの頭痛がひどいのか、憂鬱そうだ。


 花太郎の隣のベッドには身支度を済ませたサイアが腰掛けていて、心配そうな面もちで花太郎を眺めていた。他の三人は一階で昼食をとっている。


「ハナタロウ、そろそろ放しとくれよ。あたしゃ腹がへったよ」

「ああ。ごめんよアズラ」


 花太郎がアズラを手放すと、アズラはトテトテと一階に降りていった。

「ハナタさん、お昼くらいは食べとかないと」

「うん、ありがとうサイア嬢。ぼちぼち起きるよ。気合いで」


 アズラの心地よい感触を失った花太郎は、いままでアズラのぬくみでごまかしていた、けだるさ、気持ち悪さを一身に噛みしめているようだ。

「アズラが恋しい……ギュッてしたい……」

「わ、私は別に、アズラの代わりなんて……しないから……」


 頬を赤らめたサイアの声が尻すぼみになって消えるよチキショウ。

「うん。別にそんな事求めてないから」

「ふぇ?! あっ、……ああそう」

 サイアのリアクションがいちいち大きい、一喜一憂とはこのことか。


 サイアが腰掛けているベッドは彼女が寝ていた場所だ。朝一番早くに目を覚ましたサイアは自分の額を指で撫でると、傍らでアズラと寝ている花太郎を見て頬を赤らめながらはにかんでいた。


 僕は推理する。


 彼女の一連の行動から、間違いなく昨晩の記憶があると言っていい。これを花太郎に告げるのと告げないのとではどっちが面白くなりそうかずっと考えていたけど、多分花太郎は今のやりとりで気付いちゃっただろうな。ちょっと残念だ。

「よいしょっしょ~」

 掛け声とともに花太郎が半身を起こす。コイツ、昨晩の宣言通りシラを切り通す所存だ。しかし、花太郎”あれだけ”の酒量を飲んでよくこんな時分に起きられたものだと思う。夕刻まで起きられないんじゃないかと疑っていたけれど、回復が思ったよりも早い。


「ハナタさん、これ酔い醒まし。水もあるから」

 サイアが紙にのせた粉末状の薬を渡す。

「あ、ありがとう」

 サイアから薬を受け取る花太郎。花太郎の指先がサイアの手に触れると、サイアがピクッと反応して、一層頬を赤らめる。


 薬を飲み干す花太郎、コップに入った水を口の中にそそぎ込む花太郎。サイアは「もじ、もじ」と頭の上に吹き出しが出てきそうな面もちで花太郎を見ている。そして花太郎と目が合うと、必死にそれを押し隠す。


「ん、はぁ~。水がうまい、薬が苦い」

「苦いけど、よく効くから」

「ありがとう。これもサイアが調合したの?」

「うん」

「すごいね」

「べ、別に普通だし……」


 起きようとすると、サイアが手を差し出して「て、手を貸そうか?」と言ったのを「大丈夫だよ」と返して花太郎は自力で起きあがり、寝具を片づけはじめる。その姿をサイアはずっと頬を赤らめて見ていたよチキショウ。


 そしてサイアが昼食をまだ食べていない事を知ると、花太郎は特に理由を尋ねる事もなく、サイアと一緒に階下へ降りて行った。


「よう、精霊様! 随分とお早いお目覚めで」

「おはようございます旦那さん。昨日はありがとうございました」

 広間で最初に出迎えてくれたのは宿屋の主人だ。遠くの入り口の方ではカイド達が食事をとっていた。こっちに気付いて「起きたかよぉ!」と手を振ってきたので、花太郎も「おはよう」と手を振り返す。


 広間は昨晩の騒ぎが嘘のように椅子やテーブルが綺麗に配置されていた。


「旦那さん、昨日の今日で随分整っているね」

 花太郎がそれを眺めながら言った。


「うちは迅速、丁寧が売りよ」

「その割には最初、仕込みが間に合わないからって断ってたよね?」

「間に合ったからいいだろ?」

「そうだね。おかげでとても楽しかったよ」

「ハハハハハ、ご満足頂けて光栄の極みでございます精霊様。そういえば昨晩はお二人が一番楽しんでましたね? ベッドの上で」


 傍らで聞いていたサイアが、顔中を茹で蛸のように赤く染める。

「たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ楽しんでないよ!!!」

「ガハハハハ、そういうことにしときましょう」

 遠くでカイド達も笑っていた。


 昼食の後、ユリハから拳銃と手投げ式の煙幕弾が支給された。


 拳銃はユリハが某国の有名な銃器製造会社の自動拳銃をベースに、治外法権がないのを利用してコッチ界の職人と資材で勝手に製造したモデル、”ユリッハE17エンドレスセブンティーン”。

 弾倉は某国のマガジンを流用できて、装弾数十五発の反動が少なくて携行に優れた弾薬を使っているらしい。

全体がピンク色なのは「初心者でもなくさないように」とユリハがわざわざ派手な色を付けてくれたようだ。花太郎が爪でカリカリやったら、ポロポロと簡単に塗装が剥がれて黒の地の色が見えたので、「暇なときにちまちま剥がそう」などと言っていた。


 ユリハからレクチャーを受けながら花太郎が外でE17の試し撃ちをしていると、結構な人だかりが出来て、みんな拳銃を物珍しそうに見ていた。獣人の子どもが「やらせてやらせて」と銃口の前に立ったりして、花太郎が心底ブルッてた。


 さすがに煙幕弾はこの場で使用するとコトなので、使用方法と注意点だけ聞くと、「香夜さんの再構築が滞りなく済んだら砂漠で訓練しよう」という事になった。


 E17が一丁、予備弾倉は持てるだけ、煙幕弾が二発。これを腰巻きにつけて装着する。蛇足として上着の内ポケット部分に、父娘合作画を入れた懐中時計をしまった。花太郎の身支度はこれだけだった。


 アズラが巨大化して籠を背負う。外側に椅子を括りつけて花太郎用の座席を作っていた。近場なので荷物はほとんど積んでいないけど、武防具はみんなフル装備だ。


「準備はいいか?」


 ササダイ村の入り口でカイドが問いかける。

 各々が肯定の返事を返す。


「ようし出発だ。アズ、頼むぜ」

「あいよ」


 そしてアズラは跳躍した。


 昨日の場所へはあっという間に到着した。


パーティーは20メートル程離れた所に立って、直方体の岩塊を見下ろしていた。岩壁の扉は昨日ここを離れる前に閉めていた。

「開けてくるぜ」


 カイドとシドが降りて、岩で出来た扉の彫刻を二人がかりで全開にする。扉の先には、アルターホールが昨日と同じ場所に鎮座していた。


「サイア、この位置からいける?」

 ユリハが訪ねる。


「うん、大丈夫だよ。昨日射った距離とそんなに変わらないし」

「よろしくね。あの人達が戻ってきたら始めましょ」

 ユリハが魔導集石の箱を取り出して蓋を開ける。石を持ったユリハがサイアと弓の先端に石を仕込んでいる様子を、僕と花太郎は見ていた。


 この魔導集石という奴はまるで光の塊だ。触るとどんな感触なのかな? ユリハの持ってる共鳴石みたいに僕でも触れるかな。


 試しに意識を走らせて手をあてるように感覚を伸ばしたけれど、花太郎は汗をかいていないし、僕の手が僕自身にも見えなかったからよくわからなかった。


 カイド達が籠に乗り込む。アズラは籠を背負ったままアルターホールに背を向けて身を屈め、いつでも跳躍できる体勢になった。


 サイアが籠の上から標的を見据える。外しても回収が容易なので糸は括りつけていない。


 花太郎は矢面に座していた、これは座席位置の都合だ。アズラがコイツを抱える案も出てたけれど、有事の際にアズラの手が塞がっているのはまずい、ということで却下された。さらに花太郎は,

香夜さんの「生まれままの姿」対策として、目隠しをしている。


 目隠しをされ、籠に括りつけられて矢面に立たされる花太郎はきっと怖かったと思う。それでも苦言の一つも漏らさないでいるのは、これで口枷(くちかせ)までつけられると、第三者から見たらそういうプレイが好きな偏った大人に見えてしまうのを回避するためだ、と勝手に想像して一人で笑った。


 案の定、花太郎はそんなに暑くもないのに冷や汗をかき始めていた。召還された僕は折角なので、「これがいいんだろ? ゾクゾクするのか、変態め!」などと花太郎を冷やかしてやった。


 サイアがチラチラと花太郎を見ている。標的をねらう都合で二人の顔が間近にあって、サイアがちょっぴり緊張しているようだ。そのことを花太郎の耳元で囁いたら、面白い悶え方をしていた。


「サイア、もう少し気を締めなさい」

「あ、うん」

 ユリハからの注意をサイアは素直に受けた。


「花太郎もどうしたの? やっぱりその位置が怖い?」

「エア太郎がうるさいんだ」

[もうしない、ごめん]

「もうしないと言っている」

 素直に僕も反省しよう。アルターホールの再構築は何が起こるかわからないんだから。


「そうね、エア太郎にもちょっと緊張してもらわないとね。私てっきり花太郎が何かに目覚めちゃったのかと思ったわ」


 言いながらユリハが花太郎の顔全体を布でぐるぐる巻きにした。


 花太郎の顔が完全に隠れる。

「サイア、これで気にならないわよね?」

「え? あ、うん。……え? あ、うん」


 冷や汗とは違う汗をかきはじめた花太郎をサイアが凝視する。ユリハが一番遊んでいるように見えた。


「気温が低かったら、布越しに白い息が出てくるのにねぇ。サイアは見たいでしょ?」

「べ、別に見たくないよ」

「こういうプレイは興味ある?」

「きょ、興味ないよ!」

「昨日はどんなことしたの?」

「……お、お話しただけ」

「ぼばばびしばばべ(お話ししただけ)」

 花太郎が布越しにサイアに同意する。


 アズラは興味シンシンで、カイドとシドは笑っているが、シドはどこか表情がぎこちない。サイアはいつものように頬を赤く染めて、それを見たユリハが不適に微笑む。

「どんなお話したのか、母さん知りたいな」

「い、今する話じゃないでしょ」

「今じゃなきゃいいのね?」

「しないよ!」


 アズラがウキウキしている。

「その話に見せ場はあるかい?」

「ないよ! もっと緊張してよ、これから何が起こるかわからないんだよ?」

「緊張するのは大事よ、サイアの言うとおり。でもね、何が起こるかわからないんだから、なるようにしかならないわよ。サイアと花太郎の関係も、そうでしょ?」

「か、か、か、関係って……」


「これ外したら、どんなお話ししたか教えてね」

「は、外さないもん!」

「本当はお話したいから、わざと外したりして?」


 否定するサイアにさらに追撃をかけるユリハ。「サイアちゃんかわいいんだぁ」などと煽り続けるユリハにのせられたサイアの最後の返答が、

「うるっさいなぁ! もう!」

 だった。


 サイアが魔導集石を括りつけた矢を弓につがえ、構えた。縛られ、顔を布でぐるぐるに巻かれて何かのプレイ中にしか見えない花太郎には見向きもしない。ユリハの思惑(?)は成功した。


 そしてサイアは放った。勿論当たった。


 アルターホールの青白い球体に、白みが増した。 


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