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第3話 ドワーフのカイドとエリートのユリハ。 1

 7月16日(土) 曇りか晴れ(あんまり外に出てないからよくわからない)


 軽~く寝たけど(これ書いてるのは17日の午前2時)まだ酔いは醒めない。これはこれでおもしろそうなので、ボロ酔い気分のまんま書こうかな、”ほろ酔い”じゃなくて”ボロ酔い”だから。


 ことの発端は11日、香夜さんの電話からだ。


 アズラが無事アッチの世界に帰ったことと検査の日時の相談だったんだけど、本題はまた別にあった。

 アッチの世界って何となく言ってるけど、ちゃんと名前があるんだ。 今ネットで調べたらアッチの世界はAEW(アナザー アース ワールド)って名前がつけられていて、JOXAのWebページに膨大な解説がつらつらと書かれていた。


 4、5行目辺りの「様々な種族の知的生命体云々~」「種族ごとで呼び方が違う為、名称は我々が勝手に付けた云々~」辺りで疑問がなくなったので読むのをやめた、とりあえずアッチ界と呼ぶことにする。


 別のページに外界交官の紹介ページがあって、香夜さんの”デキる女”モードの半身写真とプロフィールが書かれてあった、宇宙飛行士のスカイスーツに伊達眼鏡だった。そこは全部読んだ、ちなみに2回目だ。文章にすると自分のことが客観的に見れて良い、ちょっと読み返してみて「僕は気持ち悪い男だな」と改めて思ったけど、前向きに考えて「まだまだ俺も若ぇなぁ」と考えることにする。


 閑話休題。


 香夜さんの話の本題はドワーフとの親睦会だった。会といっても親睦を深めるドワーフは1人だけで、会場は東京都板橋区ボクノアパート、ボクノヘヤだ、つまりうちに来たいと。


「ドワーフはお酒が大好きな種族なので、花太郎さんと堅苦しくない所で酒盛りがしたいんだと思います」


 香夜さんの話では、そのドワーフの名は”カイド”といって積極的にJOXAとコンタクトを取っているアッチ界の住人の1人だという。

 アズラの友人で、帰ってきたアズラの土産話を聞いた後「どうしてもハナタロウとやらに会ってみたい」ということで、その日の内に支度して、こっちの世界に来たらしい、年齢は31歳。 


「こっちでは言葉の通じる相手がみんな女性だったし、お酒が強い人もあまりいなかったから、花太郎さんに興味を持ったんだと思います。花太郎さんって、お酒は強い方ですか?」

「普段はほとんど飲まないんですけど、酔いつぶれたことはないですよ。両親はまったく飲めないから、酒が強いのは隔世遺伝らしいです」

「なら、安心ですね」


このコメントでドワーフさんに過度な期待を持たせてしまったらどうしよう、などと一瞬思ったけれど、この時は楽観的に考えていた。


 とりあえず親睦会の開催を承諾した、日時は昨日16日で、時間は13時だった、土日祝日休暇の人にとっては3連休の初日にあたる。

 香夜さんは外界交官として一般向けの講演会がJOXAで連日入っているので、代わりに早崎さんという方が同行するという。それで早速JOXAのWebページから、プロフィールを覗いてみた。


 早崎柚梨葉はやさきゆりはさんはエリートだった、年齢は23歳で外界交官では最年少ながらも彼女の人生には華々しい経歴が凝縮されていて、やれ留学先で飛び級しまくっただの、やれ機械工学でなんか賞を取っただの、ロボットコンテストでどーのこーのとか・・・


 彼女の経歴を眺めていて心苦しくなったので途中で読むのをやめた。この胸が締め付けられる想い……これは断じて恋ではない! 強いて言うなら”妬み”とか”僻み”だ。


 やがてこの負の感情は”恨み”へと変わり僕はダークサイドへ引き込まれていくけれど誰も気づくことはなかった。


 この現実がさらに憎しみを生み出し、その憎しみが連鎖して勃発したのがいわゆる”甘田花太郎 ボク1人大戦”である。「だれかつっこめよ! 俺を止めろよ!」と言ったところで誰も止めることの叶わない非情な脳内大戦だった。


 冗談はこのくらいにして、実際は「若いのにすごいなぁ」程度にしか思わなくって、「早いとこ香夜さんのプロフィールもみてみよー」と途中でページを切り替えただけだ。ちなみに香夜さんは29歳で、僕と同い年だった。


 そんなこんなで昨日になって2人が家に来た、約束の13時を少しまわった頃にインターホンが鳴った、ビジネスマナーとしてベストタイムと言える時間だ。


 他社に来訪する場合は会社担当者側の準備の都合を鑑みて、来訪者は取り決めた時間から少し遅れて訪ねるというのがセオリー。


 されど小区民の代名詞である僕のような人間は、時間に遅れるという恐怖から忌避するため、約束時間の30分前には現地に到着する。そしてもう2度と来ないかもしれないけれど適当に周囲を散策して、5分前になったら先方に連絡をとって会社を訪ねる。約束時間に遅れて行くなんて僕にはできないのだ、度胸が必要なのだ。早崎さんはそれを平然とやってのける度量が備わっているのだ!


 これは戦だ、この机上のビジネスマナーはお互いの肝を図るための前哨戦なのだ、僕は前哨戦の時点ですでに負け続ける人生を歩んでいるが、間違っているとも思っていない。だが経営者には絶対に向いていないだろうとは思う、僕とあなたは同じ人間という種族だけれど、まったく違う世界の人間なんだ!


 てな事をボケら~と考えながら玄関に向かう。実際はここまで考えが及んでいなかったけれど、この時はドワーフの来訪より彼女のエリートっぷりの方に意識が若干傾いていたのは事実だ、ドワーフのイメージって僕にとっては「背丈が僕たちより低い人間の種族」程度にしか考えていなかったから。


 玄関の扉を開ける。


 赤茶けたショートヘアで身長150センチくらいのロリ顔の女性が立っていた、写真で見た早崎柚梨葉さんに相違ない、涼しげなラフな格好をしている。


 その後ろには彼女とほぼ同じ身長だけれど、もっさりしたくせっ毛と壁のように広い肩幅で彼女よりよっぽど大きく見える男がいた。


 衣服はJOXAの方で用意したみたいだ。黒に白のストライプが入った運動靴、白の短パン、青いポロシャツは彼の肩幅に見合うのがなかったのか大きめで、腿の半ばまで延びている。

 もっさりしたくせっ毛の髪は漆黒で、後ろで1本に結わえてあってミゾオチの辺りまで延びている、顎髭はおしゃれな三つ編みでこれもミゾオチのあたりまであった。それと耳が結構丸みを帯びているのも印象的だった。

 持ち物は、体に似つかわしくないほどの大きなザック、右手には昆棒のような鈍器を握っていた。



 不審者である。第三者から見たら可憐な少女が、昆棒握った大航海時代の海賊のような男に追いかけられて、助けを求めて人の気配のするボロアパートのインターホンを鳴らしているように見えたかもしれない。


 見てくれだけならまだいい、髪型やファッションの好みは人それぞれだ、でもその鈍器はなんなんだ! この時はそう思った。後にそれが巨大な酒瓶であることを知る。


「花太郎さんですね、早崎柚梨葉です。柚梨葉とよんでください」


「妙になれなれしいブルジョアだな」と一瞬返答しそうになった自分がキライ! 話してみると知的な上に闊達で楽しい人だとわかったけれど、香夜さんのときみたいに”さん”付けしないと憤死するような気恥ずかしさや甘酸っぱさを微塵も感じなかったので、”柚梨葉”と呼び捨てにしている(漢字書くのも億劫なのでカタカナ表記にする)。向こうもこの後呼び捨てしてきたけどね。


「甘田花太郎です」

「俺はカイドだ、よろしくな!」


 月並みな表現だけどカイドは豪快な奴だった。アッチ界では日本ほど敬称の文化が強くないのだろう、彼とも最初から名前で呼びあった。


「さあ、中へどうぞ」

「おじゃましまーす、あ、あとこれ」


 僕は2人を中へ促すと、ユリハが菓子折りを手渡してくれた。


「あ、ありがとうございます」

 僕は(身長的な意味で)エリートを見下しながら、菓子折りを受け取った、素直にうれしい。


 中身は件の洋菓子屋のマドレーヌだった。アズラからその評判を聞いたカイドが所望したという。


「すまんなぁ」

 カイドは運動靴の紐をかなりきつく結んでいたらしい、玄関で靴紐を弛めるのに手こずりながら声だけ後方の僕たちに飛ばしてきた。


「本当はこっちに来るとき、俺のとっておきの酒を用意してたんだがな、全部飲んじまった」

「あ、ああ、そうですか」

 こんな返答しかできなかった、カイドは背中を向けて屈んだままで、話しぶりも真面目に言ってるのか冗談で言ってるのか判断できなかったからだ。


「まぁお互い堅苦しいのはぬきにしようぜ。……お!」


 振り返りながらカイドが急にニカニカと笑いだした。


「ハナタロウ、お揃いだな」

「アハハ!ほんとねぇ」


 二人が笑うものだから「何故?」と自分の身なりを確認したとき、カイドとペアルックになっていることに気づいた。いつもならパンツ一丁かタンクトップだけど「自室とはいえTPOあるよなぁ、加減がむずかしいなぁ」と思ってポロシャツを選んだ故のことだった。まあ、なんだかんだで結構この会を楽しみにしていたから。


「おお、言われてみればペアルックだね、他にいい服なかったの?」

「これが一番動きやすそうだったからな」

「これだったらダブルス組めるね」

「だぶるす、とはなんだ」

「ああ~と、そうだね、こっち世界での特定の球技の中に一対一か二対二でやる競技があって、二対二のルールで競いあうのをダブルス、ちなみに一対一はシングルスだね。名前いってもわからないとは思うけど、テニスとか卓球って競技は今の僕たちみたいな格好でやるんだ」

「テニスならやったことあるぞ」

「JOXAにあるんですよ、テニスコート。あと卓球台も」


 ユリハが言った。JOXAには先端技術を研究する設備の他、宇宙飛行士の基礎訓練用に室内、屋外のレクレーション設備も充実していると。僕はちょっとうらやましいなと思いました、いつかビックになってやるとも思いました、思うだけならお金はいらないからです、以上。


「テニスというのはなかなか面白かったぞ、走り回って球を打ち返すのはいい鍛錬になる。だが俺の時は一対二だったぞ? ユリハ」

「それはカイドが強かったからよ、2人懸かりでやっと相手できたんだから」

「シドとなら一対一でやったが、あれがそうか、”シングルス”という奴だな」


 シド、という男はカイドと同じドワーフで彼の親友らしい。毎度同行してこっちの世界にくるそうだが、彼は鉱石採掘で”岩抜き”という作業を担当していて、今はそれでてんてこまいらしく置いてきたという。”来れなかった”ではなく”置いてきた”と言っていた、二人の仲の良さがなんとなくわかる言い回しだった。


 今読み返してみると、なかなかこの2人の会話を覚えているものだと思う。これは2人の性格の部分が大きいかな。


 文章では説明しにくいけれど、カイドとユリハの人格に結構惹かれていたのだと思う。奇抜な2人を前に緊張を覚えなかったのは、僕に対してなんの隔たりもなく受け入れるような雰囲気をもっていたからだろうか。


 1つしかない座布団をしまって2人には直に畳の上に座ってもらった。


 今日のためにグラスを人数分買ったのだけどカイドはグラスを持参してきたというので、ユリハと自分

のグラス、あとロックアイスを出した。


 カイドのザックの中には彼がグラスと呼んでいる大ジョッキと、一升瓶の洋酒が半ダース(1本ずつ種類がちがう)、あとユリハが一応勤務中ということで、ノンアルコールワイン(ぶどうジュースね)が入っていた。


 ちなみに右手に握っていた鈍器は二升半の焼酎が入った瓶だった。これらはユリハに通訳してもらいながら買ってもらったらしい。酒屋でカイドは一番でっかい酒瓶とアルコール度数の高い方から順に選んだ。購入した酒屋はそこそこ大きいらしく、度数80%超の火を近づければ出火するような品もあったというが、そこはユリハが「カイドの飲み方には向いていない」と言って止めてくれたみたいだ。


 JOXA公式のささやかなイベントということで僕は会場の提供だけで良いと聞いていたから、料理は用意していなかった。で、蓋を開けてみたら酒とぶどうジュースと氷しかない。ユリハから「JOXAの経費で落とせますよ」の言質を頂いたので宅配ピザを頼むことにした。

 カイドにネットでピザ屋のメニュー(JOXAでネットや電気機器の仕組みや役割などは最低限教えてもらったらしい)の写真を見せて「選んで」と言ったら15種類も選んだから、それを半分に減らして注文した。


 減らしたとはいえ、ピザ8枚となるとそれなりに時間がかかる。カイドが「それまではこれでもつまむか」と言いながら僕が貰った菓子折りの包みをビリビリと破きだしたので止めた、ユリハが笑ってた。

 まぁいろいろつっこむ所はあるけれどとりあえず「酒に甘ったるいマドレーヌはあわねえだろ」と言って、僕は簡単なつまみを用意することにした。


 ”揚げパスタ”の作り方


 まずフライパンに油を注ぎ、火をつける。

 油が熱くなったら、パスタを入れて揚げる。

 揚げパスタを取り出して、塩を振る。 以上。

 余分な油を取り除いて、皿に盛りつけて、ユリハとカイドの前に持って行った。超簡単&スピーディー、おやつに、お酒のおつまみに、おススメします、揚げパスタ。


 簡単なつまみも用意できたところで”JOXA主催 ドワーフと人間の親睦会”が開会した。

 氷をグラスに放り込んでユリハにぶどうジュース、カイドと僕は酒を3人で注ぎ合った。


 ドワーフの文化にも乾杯はある。


 主催者が挨拶代わりに詩歌を吟じ(既存、即興問わないが後者の方がウケがいい)、詩の結びで主催者がグラスを掲げた瞬間に参加者が「フーッ!」と叫ぶ。そしてグラスを打ち合い、一杯目は一口で飲み干すというものだ。


 JOXA主催なので本来ならユリハが詠むのが筋だけど、本場の趣を観てみたいとカイドに吟詠をお願いした。ユリハもそれに同意した。


 カイドがその気になって恭しく立ち上がる、ユリハはピョコンと立ち上がったが、一応僕はカイドの”それっぽさ”を模倣してできる限り意味深な表情で立った。


 ドワーフ、エリート、凡人の三者が卓袱台の円卓を囲んで相対した。三者の中でも凡人の身長が頭一つ分飛び出ていた、ドワーフはそっと目を閉じ口をもごもごしている。おそらく吟詠する詩歌の韻でも考えているのだろう。エリートはグラスに半分ほど注がれたぶどうジュースに浮かぶ氷を、涼しげな手つきでグラスごとクルクルと回しながら凡人を見やり、妖しく微笑んでいた。


 この時凡人はハメられたことに気がついた。エリートのグラスにぶどうジュースを注ぐ時「グラスの半分程度で」と注文をつけられていた。その後にエリートは自らの手で凡人のグラスにアルコール度数45%のウィスキーを並々と注いでいた。乾杯の後にこれを一気飲みしなければならない。……この程度だったらまあいけるだろう。


 それよりもドワーフが気になった。五合瓶なら、氷を入れてもその中身を全部移し替えることができるだろう、あのジョッキは。凡人のグラスとドワーフのジョッキに酒を注ぎ込んだだけで一升瓶が底を尽きかけていた。持参してきたとはいえかなり心配だ。


 結局は杞憂だった。


「じゃぁ、始めるぜ」


 立ち上がってから4、5秒ほど自分の世界に入った後に、カイドは僕たちを見渡してグラスを構えた。


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