第29話 宴の片隅で・・・・・・
何故のこのような事になったのか。
花太郎は精霊、祖霊と崇められる立場ではあった。それ故に挨拶にくる人々は結構いたけれど、持ち前のカリスマ性のなさを存分に発揮した花太郎は、小一時間ほどでボッチ化した。
もともとコッチ界の文化や地理を全く知らない花太郎が、亜人達の振ってくる話題についていける訳もなし、適当に合わせて飽きられる展開は目に見えていた。僕にしろコイツにしろ、AEWはまだ”アッチ界”なんだなぁ、うん。
話し相手になってやろうかと思ったけど、花太郎は広間にいて、空調魔法(勝手に名付けた)がガンガン利いている室内は扉を開け放していても寒い。広場にまで冷気が届くほどで、コイツが汗をかける状態ではなかった。
広間は主にドワーフでギュウギュウになっているんだけど、酒が入って真っ赤なお鼻をしながら、それはそれは楽しそうに宴を堪能している。彼らには空調魔法が利いてないのだろうか、みんな汗だくだ。
喚いてるやつ、楽器もってジャカジャカ音楽奏でてる奴、肩組んで歌ってる奴、転んでる奴、転んでる奴見て笑ってる奴etc……
カイドとシドは宴の中心だ。二人のいるところには大きな人だかりができていて、絶え間なく笑いが起こっている。ユリハは村長と談笑しながら粛々と酒を飲んでいる。
アズラは広場で子ども達の人気の的だ。人間大のサイズになって、子ども達から「あ~ん」でいろんな食物を口中に詰め込まれて楽しそうだ。
花太郎は「ここは主賓席だ」と言って確保され、片隅に追いやられた六つある椅子の一つに腰掛けていた。
花太郎の上にサイアが腰掛けている。目が据わっていた。
何故このようなことになったのか。
「サイア嬢。椅子、まだ空いてるよ」
「ココがいいの!」
「じゃぁ、僕が移動するわ」
「ハナタさんもココでいい」
「えぇ……」
シドがちらっちらっとこっちを見ていることは花太郎も既に気づいている。仲間達に囲まれて始終笑顔を絶やさず目線だけ向けてくるから、それはそれで怖い。やっちまったナァ! 花太郎!
花太郎君、酔いもすっかり醒めたご様子で今にも冷や汗をかきそうです。召喚されたら冷やかしてやろう。
「サイア嬢、サイア嬢。もしかしてお酒飲んだ?」
「大人だからいいの」
そういやぁ、ドワーフの成人は十四歳だってシドが言ってたな。
……ユリハがこっちを見て不適な笑いを浮かべている。…伝えたい、この事を。伝えたい、この想いを。花太郎に伝えたい。
「サイア嬢は僕の膝の上に乗って、何がしたいのかな?」
「アズラの真似」
「う~ん、アズラの真似かぁ……似てないねぇ。大きさも重さも違うし」
サイアが横目で花太郎を見やる。
「私が重いってこと?」
「いや、それはないけど」
「じゃ、アズラみたいに抱っこして」
サイアが「ぐでぇ~っ」と花太郎にもたれかかった。
「お酒何杯飲んだの?」
「一杯、だけぇ」
何故このような事になったか。
一つはユリハとの雇用契約を交わしたあと、花太郎がアズラの感触の虜になって彼女を抱いたまま宿内をうろつき、それがサイアの目に止まった事。もう一つはサイアが極度にお酒が弱い事。この二つが合わせ技になってもたらした結果だと僕は推理する。
「サイアもアズラの真似するのぉ」
サイアの一人称が変わる。
「ハナタさぁん、手」
サイアが花太郎の両手を掴んで自分の腹部の前で組ませた。
「アズラとお揃い~」
シド、眉間がピクッと動く。ユリハ、村長との話そっちのけでケラケラ笑い始める。
「サイア嬢、サイア嬢。僕はデカいナリしてノミの心臓だからさ」
「ノミって何?」
「あ~とね、ちっこい虫けらだ。まぁ今のは比喩だけど、要するに肝っ玉が小さいってことだよ」
「乾杯のとき、プルプルしてたもんねぇ」
「そうそうそうそう、この状況は心臓に悪い」
「あの詩はね。イマイチだった。もっとねぇ、みんなに向かって詩を考えるべき」
「あ、うん、ごめん」
「……ハナタさん、心臓の音すごいね」
ノミの心臓だからな!
「ノミの心臓だからね」
チキショウ、シンクロしちまった。
「サイアでドキドキしてるの?」
「う~ん、間接的には、そうかな」
サイアは「そ、そう」と言いながら赤い頬をさらに赤くした。
花太郎はどっちかって言うと、多分シドの視線にドキってる。そして広間の片隅とはいえ、花太郎とサイアのこの態勢はかなり目立つ。方々からの視線と笑いの種にされているこの状況は乾杯の前口上の時と同じだな。花太郎、僕はおもしろいぞ。
「サイアの嬢ちゃん、随分と大胆じゃねぇか、え?」
カイドがニカニカ笑いながらシドの顔をのぞき込む。
「あいつはもう大人なんだ。好きにやらせるさ」
「しかしよぉ、サイアが酒を飲むのは初めてじゃねえか?」
「言われてみれば、成人の儀で飲んで以来、宴でも飲まなかったな」
「サイアの奴、これでようやっと”大人”になったなぁ。今晩中にも”女”になるぜ?」
「それはないな」
「なんでだよ?」
「ハナタロウの肝っ玉が小せぇからさ。俺たちと同じ部屋なんだ、あいつが夜這いなんてかけられるタマかよ?」
「ガハハハハハハ! 違えねぇ!」
二人の話を聞いていたドワーフ達も一斉に笑いだした。
カイドがシドの肩に拳を当てる。
「さて兄弟、ぼちぼち始めるか」
「そうだな」
「今日の勝ちはもらったぜ。気もそぞろな野郎に負ける気はしねぇ」
「言ってろよ」
ドワーフ達が沸く。
カイドとシドが自分の手を布きれでグルグル巻きにしながら、広場へと歩みを進める、広間にいた連中が二人の後を追う。
二人より先行して広場に出たドワーフ達が「撃拳だ! 撃拳だ!」「手を貸せ、テーブルをどけるぞ!!」などと口々に叫んでいる。
宿の主人やユリハ達も出ていって、広間にはサイアと花太郎だけが残った。
外からは大きな歓声が聞こえる。
「僕たちも行こうか?」
「なんで?」
「なんか、おもしろそうな事始まるんでしょ?」
「撃拳観たいの? 父さんとカイドおじさん、いつもやるんだよ人が沢山いるときは」
「撃拳って?」
「あのねぇ。五回勝負で。顔以外を叩いたりね。蹴ったり組んだりして。先に三回転ばせた方が勝ち」
「随分紳士的だね。顔に当てない格闘技なんて」
「顔はねぇ、面倒なの。治すの、疲れるの」
「ああ、そういうことか」
「この間は父さんが勝ったんだよぉ」
「へぇ」
「観たいの?」
「うん」
「ふ~ん」
サイアは動かなかった。
外の歓声がいっそう強まると、弦楽器を掻き鳴らした激しい演奏が聞こえてきた。
どうやら始まったみたいだ。観に行きたいけど、こっちも目が離せない。
「ねぇ、ハナタさん」
「ん?」
「指相撲って何?」
「…二人で競う手遊びの一種かな。親指を使う」
「今できる?」
「まぁ、手と指があれば」
「教えて。しよ?」
「……ああ、うん」
「これでサイアとの約束、果たせるね」
「そうだね」
「ありがとうは?」
「ありがとう」
花太郎が指相撲のルールをサイアに教えている。
広場ではどちらかが大技を決めたのだろうか、時折「ワーッ!」という歓声が大きくなる。
広間では「一、二、三」とか「一、二、三、四、五、六」とか黙々と相手の親指を押さえつけては数字を数える二人の姿があった。
サイア、地味に強い。指の長さは花太郎の半分程度にもかかわらず、普段から弓を引くからなのかよく動くし、強靱だ。花太郎がマウントを取れるのは、単にサイアが酔っているからだろう。シラフだったら間違いなく瞬殺だ、きっと。
「またサイアの勝ちぃ」
サイアは、地味に楽しんでいるようだ。始終ニヤケている。
「いや、この態勢でやるのは、僕にとってハンデだよ」
「それでも弱すぎぃ」
サイアが右頬を花太郎の胸に押しつけながら、目を瞑った。無言の状態が続く。きっとこれ、コイツのボディにサイアの息がかかってんだろうな。
……畜生。
しばしの間。
「サイア嬢、もう寝るかい?」
「寝ないよ。でも抱っこして」
くっはぁぁぁ!!!
「……抱っこしてあげるから、二階に行こうか?」
「うん」
花太郎はヒョイッと立ち上がり、サイアをお姫様抱っこした。
サイアが小柄で軽いといえど、あの態勢から随分と軽々しく持ち上げられたものだな。これが”マナコンドリア”の恩恵という奴だろうか。僕には実体がないから、筋力が強化されているという感覚が全く理解できない。
「サイア、アズラとおそろいぃ~」
サイアを抱えた花太郎と僕は背後の大歓声を聞きながら、階段を昇った。




