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第27話 JOXAの思惑 

 花太郎は沈黙した。


「咲良って、ハナタロウの娘だったのかい?」

「……そうだよ」

 沈黙をアズラが破った。


「……似てないね」


 花太郎がクスりと笑う。

「よく言われたよ。僕の遺伝子からこんな子が産まれるのか? ってね。あんまり可愛いもんだから、DNA鑑定した方がいいんじゃないかなぁって思ったくらい」


 花太郎が自然体のまま親バカオーラを振りまいている。アズラがこいつに与えた安らぎはかなり大きい。アズラはどんな時も頼りになるな。


「ありがとうユリハ、なんかいろいろ繋がったよ。咲良はJOXAで働いてるんだね?」

「ええ」

「あの子の意志?」

「JOXAから提案したのは勿論だけど、彼女自身が決めた、と聞いてるわ」

「今どこにいるの?」

「NOSAと合同で地質調査の任務についている」


「まだ若いよね?」

「18歳、かな」

「若っ! え? 美音みおんはなんか言わなかったの?」

「美音さんも、養父の方も了承したわ。咲良さんはJOXAの運営する国立校に中学から通っているの」

「そうなんだ。……美音が再婚したのはいつかわかる?」

「静かな爆発があってから……2年後だったと、記憶してるわ」


「……なんか根ほり葉ほり聞いてごめん」

「いいえ。正直に言うと、もっと怒るかと思った」


 花太郎は視線を落として、食に没頭するアズラと滴る果汁でシミになったズボンを眺めて「ほっ」と息をついた。

「元気でよかったなぁ……。ね、アズラ」

「ん? 元気に越したことはないね」


「……ユリハに借りた資料の”AEW住人の身体機能、魔法について”を読んだよ」

 花太郎は視線をアズラに向けたまま要約した内容を話し始め、自分が正しく理解できているかユリハに尋ねていた。


 コッチ界の住人の細胞にはミトコンドリアの変異種、通称”マナコンドリア”が内在している事。


 マナコンドリアは地表で自然発生するマイナシウムを吸収して莫大なエネルギーに変換する。これが驚異的な身体機能や、魔法の源である事。


 トーカーやリスナーには、マナコンドリアの原始体があって、言葉が通じるのはこのためで、さらにリスナーはある魔石を身につける事でトーカーと同じように会話ができるようになる事。


 マイナシウムで満たされているところなら、トーカーとリスナーも驚異的な身体機能と魔法を得ることができる事。


 答え合わせをするような二人のやりとりが終わると、しばらく沈黙があった。


 アズラは手持ちの果実がなくなったから、花太郎の太股の上からピョンッ! と床に飛び降りて、トテトテと篭に向かい果実を一個両手で抱えた。そしてトテトテとピョンッ!で花太郎の太股に戻って、再び果実を頬張り始めた。


 沈黙の後、ユリハは資料に書かれていないことを補足してくれた。


 ユリハの話を聞いて、「いろいろ繋がったよ」と花太郎が言っていた事が何を指すのかわかった。咲良の若年での雇用についてだ。


 ”静かな爆発”以降。消失しなかったトーカー全員と一部のリスナーがJOXAを去った。篝さんが講演中に聴衆の目の前で消失してしまった事もあり、JOXAはメディアの批判の的になった。


 唯一の救いは聴衆から消失者が出なかった事。それでもしばらくは僕の両親を含めた消失者親族の説明などの事後対応で首が回らない状態だったという。


 コッチ界の調査を行うにも、マナコンドリアを持ってない人間だけで調査隊を編成するのは危険を伴う。故に一般募集だけでなく、JOXAとNOSAが掌握しているトーカー、リスナーの血縁者で素養を持っている人間を調査し、好条件で雇用した。


 ユリハは言わなかったけれど、消失した血縁者にまで交渉するという事はよほど切羽詰まっていたのだと思う。


 咲良が中学から英才教育を受けて雇われた理由もわかった。賃金も良い値に決まっているので、本人や彼女の両親が決めたのだから僕も花太郎もとやかくは言えない。初代花太郎は養育費を払いきる前に消えてしまったわけだし。


 ユリハの話が終わって、再び沈黙が訪れた。


「……JOXAが僕の両親の近況に詳しいのって、おもんばかってのことだけではないんだね」


 そしてユリハが何か話そうとしたのを花太郎が遮った。

「棘のある言い回しをしてしまったけど、攻めてるつもりは全くないんだ。ユリハ達には凄い感謝してるから」

「ごめんなさい。なんと声をかければいいかわからなくて」


「謝らないでくれよ。僕はただJOXAがどーのじゃなくて、立つ鳥跡を濁さずってのができなかった自分がちょっと情けなくなっただけだから。アズラを抱きしめれば、立ち直れる!」

 花太郎はアズラをギューッと抱きしめた。

「ハナタロウ、ちょっと窮屈だね」

「ごめんねアズラ。……咲良の他に素養を持ってる人はいた?」

「君のお母さんがリスナーだったわ」


「咲良は?」


「……トーカーよ」


「じゃあ、母方の血縁者を調べたんだ」

「ええ。でも二人だけだったわ」

「さすがに母さんの年齢でこっちで超人的な力を発揮されてもねぇ。……だけどユリハみたいにカイド達と飛び跳ねたり、ごっつい銃火器ぶっ放してる姿はちょっと見てみたかったな」


 花太郎は笑っていた。尋問みたいな空気を作ってしまったので払拭したかったのだろう。花太郎はユリハの顔が綻んだのを見て、安堵の息を漏らした。


「わかった。ありがとうユリハ、すっきりした。今晩はおいしく酒が飲めそうだ」

「いいえ花太郎、私こそありがとう。つっかえが取れたわ」


 花太郎は立ち上がると、左手にアズラを抱えながらユリハに歩み寄り、右手を差し出した。

 

 花太郎の右手はアズラがかぶり付いていた果実の果汁でベトベトになっていた。

「あっ」


 差し出すまで花太郎本人も気づいていなかった。おそらくズボンに広がる感触の方に意識が傾いていたのだろう。

 それでもユリハはクスクスと笑いながら花太郎が引っ込める間もなく差し出された右手を握り、きつく握手を交わした。


 アズラは「小休止、小休止」と言って、果実を両手で持ちながら花太郎に腹部を抱えられ、手足をブラブラさせていた。


 お互いの右手が離れる。ユリハの手もベトベトだ。


 二人の目が合った。

「花太郎。エア太郎と一緒に、一つ検討してほしいことがあるんだけど。いいかしら?」

「何?」


「これはJOXAの希望だけど、私の希望でもあるの。AEWの現地職員として、JOXAは二人と雇用契約を結ぶことを希望するわ」


「えー、働くのー?」

「報酬は弾むわよ。検討だけでもしてくれる?」

 ユリハは小首を傾げながら花太郎に微笑んだ。身長差があるので上目遣いになっている。


「どうぅしよう~かな~」

 言いながら花太郎は右拳を縦にして顔の高さまで上げた。


「こう……だったっけ」

 そして拳の親指を突き出す、”Good”のサインだ。


「……ドワーフの”再会の誓い”?」

「うん、まあ」


「それは”OK”と判断していいの?」

「うん。エア太郎には聞いてないけど問題ないでしょ」

 建前でいいから聞いてほしかった。だが問題はない。


「危険が伴うわよ?」

「報酬は弾むんでしょ?」

「それは保証する」

「サイア嬢だってあんな若いのに身体を張っているんだ。あの子に勇気づけられたよ。僕もこの世界で生き抜く覚悟はしないとね」


「そのことだけど……」

「うん。レポートはエア太郎が読んだのを聞かせてもらった。だから知ってるよ」

 元の世界に戻れるのなら花太郎も僕も迷ったかもしれない。花太郎の身体でそれが叶わぬことは、ユリハのレポートに書いてあった。


「わかったわ」

 ユリハが右手を挙げて”Good”サインをつくる。 


 花太郎はユリハの高さまで拳を下げて拳同士を合わせると、親指をくっつけた。


「契約成立ね。詳細はちゃんと書面で取り交わすから安心して」

「それは疑ってないよ、僕達もこれでエリートの仲間入りだ。光栄の極みであります!」

「これからもよろしく。花太郎君、エア太郎君」 

「ワタクシ共はこれから、貴女様をなんとお呼びすればよろしい?」

「いままで通り”ユリハ”でいいわ」

「ありがとう、ユリハ。エア太郎共々、どうぞよろしく」


 こうしてJOXAと花太郎、僕との間に雇用契約が結ばれた。


「再開」

 小休止を終えたアズラは、花太郎が再び腰掛けるのを待ちきれなくなったのかこいつの左腕に抱えられたまま果実を頬張りだした。


 扉の向こうでは、花太郎に誉められたサイアが湯気が立つほど顔を上気させていた。見ていておもしろかったけど、花太郎には言わない事にした。


「おう! サイアの嬢ちゃん。こんなとこで何やってんだ?」

「わ、わ、あ、お帰り。べ、別に、何でもないよ」 

 カイドの声がすると扉が開いて、三人が入ってきた。


「おかえりなさい。きちんと売れた?」

「オオアゴカゲロウの甲皮だけだ」

 言いながらシドは大きな布袋を部屋の片隅に置いた。スナノヅチの牙が入っている袋だ。


「スナノヅチの牙はなぁ、悪い値じゃなかったが、ナタリィに頼むことにしたぜ」

 カイドは手ぶらだ。サイアは片隅でなんかもじもじしている。


「お金はどうしたの?」

 ユリハが訪ねると


「宿の主人に頼んでよぉ、下の広間に置かせてもらった」

「どういうこと? ……ああ」


 カイドの返答に一瞬混乱したユリハであったがすぐに理解して、いたずらっぽく微笑んだ。



「……全部お酒に変わったのね?」

 


 カイドとシドのはちきれんばかりの笑顔をみて花太郎は「程々に頼むよ」と呟いた。

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