第25話 初めての共同作業で、頭にイロイロ情報を詰め込んでみる。
移動を開始して十分程で砂漠は途切れ、ササダイ村に到着した。アズラはやっぱり頼りになる。
僕と花太郎にとって砂漠から出るということは未知の世界への一歩だった。
花太郎が再構築される少し前まで、砂漠の出来事は感覚として全て掌握していたけれど、”考える”ことがほとんど出来なかったからこれはこれで形容しがたい感慨深さを感じる。
強いて例えるならタロ砂漠は自分の体内のようなものだった。「今日はドコソコが調子悪いな~」と思っても、特に治療方法がなくて基本放置しているみたいな状態。
砂漠が体内だとしたら、オオアゴカゲロウやスナノヅチみたいなでっかい怪物も共生している寄生虫みたいで親近感とか愛らしさが湧いて……こないな。
ちょっぴり気持ち悪い想像してしまったのも、今僕の中で処理しきれない情報が詰め込まれているという現状があって……
「そろそろいい?」
[もうちょい待って]
ササダイ村でカイド達が拠点にしている宿は大きくて、泊まっている部屋は二階の大部屋だった、隊商向けの宿らしい。ベットは備え付けで四つしかないけれど、寝具を広げるスペースは十分に確保できて花太郎が増えても快適に過ごせそうだ。村では大小様々な種族が其方此方を歩き回っていて、村という言葉が似合わないほど賑わっている感じがする。
カイドとシドは武防具の手入れと戦利品の売却。ユリハ、サイア、アズラは消耗品と食料の補充、あと花太郎と香夜さんに着せる衣服の調達に行った。
「布切れ一枚で村をうろつくのは……」ってことで花太郎は宿に待機している。
宿に入る前に町並みを見渡したけど、半裸で腰に布巻いただけの格好で働く男達は結構いたし、じゃあアズラなんてどうなのよ? と僕も花太郎も思ったので、はじめは衣服の調達に同行しようとしたんだけど、サイアが拒んだからお留守番確定。変態のレッテル未だ拭えず。
花太郎は別に初々しい男ではない。ちょっと真面目なこと考えてる最中に、先のユリハの想像力を掻き立てる不意打ちのような話術がなければ女人の裸体を想い描いて赤面するようなことはないんだ、普段は。
それでも難しいお年頃の女性の眼前で醜態をさらした事実は勿論消えない。やっちまったなぁ、花太郎!
[ページめくって]
「ほいよ」
留守番をしながらユリハが宿に置いてたコッチ界に関する資料を読み進めている。ユリハが出かける前に僕たちが読めそうな資料をいくつか見繕ってくれて、僕は「AEWの調査目的と経緯」に関するユリハのレポート、花太郎は「魔導集石とアルターホール」についての資料を読んで後で情報をシェアし合うという運びになった。
女性二人を連れたユリハが宿を出る直前に、
「これだったら読みやすいんじゃない?」
と言って、消失したトーカーのプロフィールを綴じたファイルを渡してくれた。
「この資料には香夜ちゃんの写真とスリーサイズが書いてあるわ。グラマラスな篝さんのデータも」
「ああ、どうも」
花太郎はユリハの発言をスルーしてファイルを受け取ったんだけど、傍らにいたサイアが、
「変態」
と言いながら真っ先に宿を出ていってしまった。ユリハは愉快犯だと確信した。
ユリハと人間サイズのアズラが出ていった後、「そういえば、甘田花太郎のプロフィールってどうなってるのかな」と二人とも興味を持ったから、花太郎がファイルを手に取って初代花太郎のプロフィールを探した。そして忘れ物をしたのだろう、宿に戻ってきたサイアと花太郎の目が合った。
サイアは花太郎の持っているファイルに一瞬視線を落とすと、無言のまま出ていった。花太郎は、
「僕を……色眼鏡で見ないでくれ」
と言って嘆いていた。
初代のプロフィールには、「勤め先に情報提供を要請し、履歴書の写真と健康診断の身体データを流用した」と但し書きがあった。「ガード緩いんじゃないの?」と思ったけど国家機関相手だからまぁしょうがないか。会社にも迷惑かけたな。
で、一通りの資料を読み終えたので、花太郎とシェアをする。
魔導集石の話
花太郎が理解できた部分だけを要約すると、魔導集石というのはマイナシウムの結晶にワームホールの特性を付加したものだという。
コッチ界ではロストテクノロジーで、誰も精製方法を知らずJOXAでも精製に成功していない。ワームホールはマイナシウム粒子同士を亜光速で衝突させて精製するので、結晶としてマイナシウムが残ることがないからだ。
かつてコッチ界には”転移魔法”というもので魔導集石が用いられたらしい、この魔法は瞬間移動の類のようだ。
”静かな爆発”が起きたときは失敗したけれど、重力下でのワームホール生成は既に成功していた(残る課題は重力下での出口の座標制御だけらしい)。
そこでAEWでワームホールを生成し、魔導集石をワームホールにぶつける実験をしたら、石とワームホールが対消滅を起こした。石自体が稀少なのでこの実験は一度しか行われていない。
アルターホールの話
通常のワームホールとはかけ離れた法則で活動するワームホールの総称。個体差が強いが、共通している事は二つ。
一つはワームホールの入り口と出口が重なっていること。
もう一つは魔導集石を接触させると対消滅せずに、トーカーが再構築されること。
この時アルターホールは消滅するが、魔導集石は消えることなくトーカーの体内で身体の形成を維持し続ける役割を担うようになるらしい。レントゲンで撮影すると、ちょうどミゾオチのあたりにある。
ここから先の下りは僕が担当した部分とも情報が少しかぶった。
AEWの調査について
実はアルターホールの調査というのは、コッチ界をとりまとめる各種族の代表が集まった長老会っていう所からJOXAに要請された案件だ。ここ数十年の間でアルターホールの活動が激しくなった事が原因にある。
アルターホールがいつ頃出現したかはわからないけれど、アルターホールの環境を変える力というのが昔はもっと穏やかで、各街や種族とは共生関係にあったという。精霊として崇められてもいたけれど、確認されている全てのアルターホールの活動が同時に激しくなって環境が著しく変化し、廃都になる街が増えた。
そこで長老会は審議の末、アルターホールを消滅させることを決定した(精霊信仰もあったので、ここでかなり揉めたんじゃないかとレポートの中でユリハは推察してる)。
JOXAが諸条件を提示して長老会と協定を結んだのは四年程前で、この時初めて魔導集石の存在を知った。そしてコッチ界とJOXA共同で「アルターホールを魔導集石で対消滅だ!」作戦を開始して石をぶつけてみたら、アルターホールがトーカーにメタモルフォーゼしたと。
精霊と幽魔について
精霊と幽魔、後者は初めて聞く単語で、”幽魔”とはマイナシウムの特性が見せる虚像だと、説明されている。けれど、概要を読む限り、凡人的な思考を持つ僕から言わせれば幽霊みたいなものだ。
この項目には魔法のしくみついても書いてあるのだけど、マナ(マイナシウム)には”生物の意志に反応して、性質を変える”という特性があるらしい。だから、自分の意識を意図的にマナと反応させて魔法が成立するそうだ。
魔法自体は生物の個体が内包してるマナを呼び水にして、周囲のマナを集めるしくみがどーのこーのと書いてあって、種族だけでなく、個体でも先天的な差はあるものの、理論上は地上のマナがなくならない限り無限に魔法が放てるらしい。
で、地球上の大気の中はマナで満たされているわけだけど(正確には精製されては消滅するの繰り返しらしい)。生物が死ぬ間際の強い意識がマナに反応して実体化することが希にあるそうだ。
これが幽魔だ。マナが造りだした虚像だと考えられていたけれど、そうとも言い切れないらしい。
コッチの住人の常識として「魔が察する」という言い回しがあって、「魔が死を察する」という言葉を略したものなのだけど。
幽魔が瀕死状態の自分の身体の中に入ると、途端に息を吹きを吹き返すってことがあるらしい。逆もまた然りで、幽魔が消えると同時に息を引き取ることもある。
”魂”って表現が僕としてはしっくりくるのだけど、このメカニズムは研究中とのこと。
もしかしたら、この幽魔っていうのが僕に一番近い存在かもしれない。花太郎以外に見えてないんだけどね。
JOXAの目的
JOXAが長老会に提示した条件はコッチ界での調査協力だ、主に護衛部分で。
調査はJOXAとNOSAが共同で行っていて、目的は二つ「人類が消えたのはいつ頃か」、もう一つは「月に行く方法」を探している、と。
前者は主にNOSAが担当している。コッチ界には人類の祖先と思われる種族(ユリハとシドの間でサイアが生まれたことからも証明できる)はいるけれど人類はいない。いつ頃いなくなったのかは地層を調べているが、進捗は芳しくないようだ。
後者についてはJOXAが担当していて、正確には「”静かな爆発”で出来たクレーターに進入する方法」を探している。クレーターの調査に出発した探査機が、クレーターの穴の淵に進入した瞬間、進入したところから向きを変えて出てきたという。ユリハのレポートは結構分かりやすく書いてあるんだけど、この辺のことはよくわからない。
そして、とある重要な事案を共有した。これが僕と花太郎が漠然と抱いていた“イヤな予感”だった。
コッチと旧地球を行き来するためには、ワームホール”さくら”を潜る必要があるのだけど、魔道集石をワームホール”さくら”に持ち込むこもうとすると、付近に結界 (これもロストテクノロジー)が発動する、というものだ。
”再構築”を経た人間は体内のミゾオチのあたりに魔導集石が埋め込まれている。
つまり、花太郎(多分僕も)は旧地球に行くことができない。これに関しては、お互い割り切るしか選択肢はなかった。
「こんなとこ?」
[そうだねぇ、理解できたのはこのくらいかな」
宿にはエアコンなどあるわけがないのだけど、魔法だろうか、外よりかなり涼しい。最初は花太郎の汗で召還された僕だけどこいつの汗はすっかり引っ込んでいて、今の僕はこいつの鼻水で維持されていると思う。
「もともとこの辺に砂漠はなかったんだな」
[この村滅ぼさなくてよかったぁ]
「既に滅ぼしてる都市、あるかもしれないけどね」
[うん……記憶が曖昧だから否定できない]
「結局、再構築についての情報はほとんどなかったね」
言いながらハナタレ花太郎は資料をペラペラとめくって眺めている。
[JOXAでもほとんどわかってないみたいだね。顕現方法も偶然見つけたみたいだし。一度消滅して、魔導集石を媒介してもう一度復活したから”再構築”ってネーミングなのかな]
「さしずめ僕達は”再構築者”ってとこだな」
[その名前、ちょっとかっこいいな]
「ハハッ」
二人で乾いた笑いを浮かべた。
「あと、再構築者はね」
[早速使ってるね、再構築者]
「あ、うん。その再構築者には、それぞれ特別な力が備わるらしい」
「プロフィールにそんなこと書いてた? ……ああ、あれは消失前のデータか」
「多分、僕とエア太郎の場合は”意識の乖離”かな」
[じゃぁ、篝さんにも特殊能力があるってこと?]
「そうだね。備わる力もアルターホールと同じで千差万別らしい」
[へぇ、篝さんめっちゃすごい能力もってそう]
「確かに」
二人の笑い声が乾いていた。ぼちぼち集中力限界かも。
「あとさ、それに関連して”AEW住人の身体機能、魔法について”ってのがあるけど」
[長くなる?]
「……ちょっとね」
[う~ん……休も]
花太郎も疲れているようだし、僕は情報処理でグラグラしているしで、一旦クールダウンする事にした。
花太郎が机に広げた資料を一つにまとめて片隅においやった。
そして足下に置いていた、肩掛けのセカンドバッグを机の上に置く。中身を取り出してそれを広げた。
電池切れのスマホ。チープなデザインと素材でできた懐中時計、こっちも電池切れ。二千円で買った長財布と小銭入れ。コンビニなんかで売ってるボールペンが二本と、A五サイズのぼろっちい大学ノートが二冊。
この鞄と中身はJOXAに行ったときに甘田花太郎が所持していたものだ。




