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第22話 砂漠での談笑とあの日の出来事

 その後、簡素な昼食の最中にユリハは仮説を立ててて僕の正体に関するできる限りの検証を行ったけれど、芳しくなかった。

 休息時間をあまり取らなかった事と、遮蔽物のない砂漠特有の強風にも遭遇したからだ。検証作業は野営時に持ち越しとなった。


「……汗ね」


 そしてユリハが一つの結論を出した。

 花太郎が僕を観測できる条件というのは彼自身の分泌される体液にある、ということらしい。


 事実、アズラが跳躍移動している最中にしばらくの間僕は花太郎と、花太郎伝手にアズラとも談笑していたのだけど、向かい風に当てられて花太郎が寒がるようになってからしばらくして僕の姿がパッと消えて花太郎から見えなくなった。これは汗が引っ込んだからと考えていいだろう。


 その時花太郎は、

「ハハ、消えやがった」

 と言って、アズラも「なんでだろうねぇ」と不思議そうに言っていたけれど、ユリハ達に報告することもなく談笑を続けてたからイラッとした。花太郎がアズラと談笑している中で、「見えなくなってもエア太郎がいる所は、なんとなくわかる」てな事を言ってたから、「跳躍移動を中断してまで報告するには至らない」と判断したんだろう。もし、僕のいる場所がわかっていなくても「まあいいや」って楽観的に捉える男だけどね、こいつは。


 結局、僕が見えなくなったことをユリハに告げたのは、日が暮れるまで移動をした後カイド達が野営の準備を始めた時だった。気温が下がりすっかり涼しくなっていた。ナチュラルに汗をかけなくなった花太郎はユリハに、「水分補給して(もも)上げ百回!」を指示された。なんかスカッとした。


 そして汗だくになった花太郎は僕を視認できるようになって、それを確認できたユリハは「エア太郎=花太郎の体液説」を打ち出したと。


 夕食時、ユリハはこの検証結果をカイド達に報告した。


「これ以上の検証はここでは難しいけれど、エア太郎が共鳴石に触れている感触があるという証言から彼は僅かだけれど質量を持っていると考えていいわ。共鳴石に干渉できるということはエア太郎の体はマナで構成されている。花太郎の汗が気化してマナに変換されたとしたら、ちょっと強引だけど辻褄は合うかな」


「それならよぉ、エア太郎って奴はハナタロウのションベンやヨダレや鼻水垂らしてる時も出てくるってのか?」

 カイドが干し肉をかじりながら尋ねる。食事中にデリカシーがないと思う。


「この理屈だとそうなるわね」

 ユリハは特に気にしてる様子はなくサラっと答えた。やっぱりこういうやりとり慣れてるんだろうか。サイアは嫌そうな顔してた。そして花太郎が口を開いた。


「エア太郎って汚ねぇな」

 うるせぇよ! あいつの汗が引っ込んでるせいで会話ができない。


「今、うるせえな、って言っただろう? 聞こえてないけどわかるよ」

「ハナタさん、独り言楽しい?」

 サイアが横槍を入れてきた。


「え?」

 意外な所からの反撃で花太郎が一瞬たじろぐ。


「食事中だから下品なこと言わないで」

「あ、……すいませんでした」

 どうも花太郎に風当たりが強いようだ。今のサイアの言葉は本来はカイドに宛てるのが筋だし。

 あと花太郎が「サイア嬢」と彼女を呼ぶようになってから、サイアはこいつのことを急に「ハナタさん」と呼ぶようになった。こんな呼び方されるのは人生で初めてだ、ちょっと新鮮。…僕じゃないけど。


「気化したマナは純粋なものだから、老廃物は混ざってないと思うわ」

 ”エア太郎=花太郎の体液説”から”エア太郎=老廃物説”に傾きそうになったところで、ユリハが老廃物説を否定したコメントをつけて報告を締めてくれた。ありがとう、ユリハ。せめてカテゴリーだけでも”体液”の枠には入っていたい!


 ユリハの報告が終わると花太郎の合流もあって少しにぎやかな食事となった。


 真っ暗闇の中、空では星と月、地上ではサイアが灯した二つのランプの光が闇に抗い、それを囲むパーティーの面々を淡く照らしていた。

 特に知的好奇心を満たしてくれたのは。ここ数日で気になっていたサイアの戦闘スタイルについてだ。この疑問は花太郎も同じく持っていて、サイアに直接尋ねていた。


「私、”アサシンヒーラー”だから」

 サイアは少し不機嫌そうに答えた。花太郎が合流する前にカイドたちに見せていた、”はにかんだ笑顔”が見れなくて寂しい。


 アサシンヒーラーとは薬学に精通していて、戦闘に参加しながらパーティーの健康状態を管理する長旅では欠くことのできない重要な職業だという。サイアは修行中の身で、泊まりがけで遠出する旅は今回が初めてらしい。

 魔法は対象者の自然治癒力に干渉して影響を及ぼす”治癒魔法”を中心に、汚泥を真水に変えるなどの旅の支援に役立つものを修得する。

 傷口を塞ぐ”治癒ヒール”や、毒を取り除く”解毒デトックス”などがあるのだけど、治し方を知っているということは、壊し方も熟知している訳で、”暗殺者”と”治癒者”という相反する二つの職業を両立した”アサシンヒーラー”が誕生した、と。


 勿論ヒーラーのみを専門とする人もいるけれど、アサシンヒーラーは特段珍しい職業でもないらしい。専門ヒーラーと区別するための呼称だ。


 治癒魔法の欠点は有効射程距離の短さにあって、対象者に触れるほどの距離でないと効果をほとんど発揮できない。そこでサイアはマナを伝達させる特殊な糸と、糸を操る魔法を修得して、糸を繋いだ弓矢を使う事でその欠点を補ったという。


 初戦のオオアゴカゲロウについてはユリハが作った傷口に矢で毒を流し込み、適度に毒がまわったのを見計らって”解毒デトックス”をかけた。

 ”解毒デトックス”は一回かけて放置すれば勝手に傷口から毒が出ていく魔法なんだけど、同時に対象者の自浄作用が若干強まるらしい。

 オオアゴカゲロウが倒れた原因は一種のアナフィラキシーショックだ。毒を外に追い出す前に連続で呪文をかけてオオアゴカゲロウの防衛抗体、人間で言うところの白血球を過剰反応させたことによる自滅、というのが真相だ。


「それを長旅初参加の初陣でやってのけたの? サイア嬢はすごいな」

 しかも隣で暴走している母を制しながら、だ。


「自慢の娘さ」

 シドが声高に笑う。


「べ、別に私は自分のできることをやっただけだから……」

 サイアは声が尻すぼみになりながらも返答した。


「ユリハが最初に交信してきたあたりからサイア嬢達の活躍は見てきたよ。サイア嬢って褒められると”えへへ、ありがと”ってよくはにかんでいた気がするんだけど、違った反応だからなんか新鮮だよ」


「そうねぇ、普段ははにかむんだけど、この反応は新鮮ね」

 ユリハが同意した。


「べ、別にはにかんでないよ!」

 サイアは否定した。


「いや、はにかんでるぜ」

 カイドがそれを否定した。


「はにかんでるねぇ」

 アズラがそれに同意した。


「は、はにかんで……ないもん」

 それを受けたサイアは、ランプの薄明かりでよくわからなかったけど多分赤面して、視線を落とした。




「はにかんで……いるのか……」

 シドは独り言のようにつぶやいて、視線を落とした。

 

 


「話をしてもいいかしら?」

 みんなが食事を終えたのを見計らってユリハが切り出した。その面持ちから何を話そうとしているのかはわかった。花太郎も察していたと思う。


 甘田花太郎が消えた日の話だ。


「最初にJOXAを代表して謝罪します」


 ユリハは立ち上がり、花太郎に深々と頭を下げた。花太郎は黙ってユリハを見つめていた。ユリハは頭を上げると腰を下ろし、淡々と語り始めた。カイド達も黙って聞いていた。 今までこの話題があがらなかったのは、きっとユリハがカイド達に自分が話すまで黙っているように頼んだのだと思う。花太郎から尋ねる事もなかった。


 二〇一六年七月二九日。今まで無重力空間で精製していたワームホールを重力下で精製する実験を行った事。

 場所は月面で、全行程を無人機による遠隔操作で行った事。


 無人機がハッキングを受けて使用中の粒子加速装置が暴走した事。


 後に”静かな爆発”と呼ばれる小さなワームホールが、はじめはゆっくりと、次第に乗倍で加速をつけながら拡大して月に大きなクレーターを造り、ワームホールが放つマイナシウムの青白い光が地球全土に降り注いだ事。


 それがただのマイナシウムの光ではなかった事。


 光が消えると、NOSA、JOXAにいた一部のトーカーが着ていた衣服を残して消失し、その中に甘田花太郎と佐貫野香夜がいた事。


 ワームホールが勝手に消滅して、残ったクレーターの形状がAEWにある衛生のクレーターと一致したこと。


 地球から微弱だけど、マイナシウムが自然発生するようになった事。


 AEWの住人が魔法で用いるマナとはマイナシウムのことで、彼らはマイナシウムを分解してエネルギーに変換する特殊な細胞を持っている事。


 AEWは未来の地球の姿で、相対的に最低でも3億年以上の差がある事。

 AEWを調査する中で、アルターホールからトーカーを”再構築”する方法を数年前に偶然見つけた事。


 無人機のハッキングは、流通業界にワームホールの技術が転用されることを怖れた石油輸出国の妨害だった。これはNOSAを抱える国がすでに制裁を済ませたという。


 

そして最後に、香夜さんがまだ見つかっていない事をユリハは告げた。




 パーティーの中でサイアだけが少し驚いているようだった。僕たちと同じように詳細を初めて聞いたのかもしれない。


 ユリハの話を全て聞いた後、花太郎はしばらく沈黙していた。


 やがて立ち上がると「厠へ行く」と言って歩きだし、適当に離れた所で放尿をはじめた。


 花太郎と目が合う。


「うわっ、本当に出てきた」 

[僕としては不本意なんだけど]

「話は聞いてたよな?」

[うん]

「あの話、今しちゃおうと思うんだけど」

[別に隠すことではないし、いいんじゃないかな。ちょうど帰りの方角みたいだし]

「情報だけ提供して、決めてもらえばいいか」

[砂漠の端っこだから出直せるしね]

「わかった。今言うよ」

[うん]


 花太郎が長めの用を終えてパーティーの所へ戻った。


「エア太郎ってのは出てきたのかよ?」

 カイドが尋ねる。


「出た出た。今も隣にいるよ」

[僕を老廃物みたいに言わないでくれる?]

 花太郎は僕を無視した。


 そしてパーティーを見渡すと頭を下げ、自分とエア太郎を命がけで救ってくれた友人達に改めて感謝の言葉を紡いだ。


 花太郎は頭を上げると、彼らに向かってアルターホールがこの砂漠にもう一つあることを告げた。


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