第210話 作戦会議。
「ブリーフィングを始めるわ」
僕が瞬間移動した先は支部の講堂で、今回の戦闘に参加したメンバーのほとんどが集っていた。
ユリハは壇上にいて僕の帰還を確認すると、今回の戦闘での被害状況の報告を始めた。
リッケンブロウムの住民に被害はなし。
支部の建物は外部に弾痕ができたが中は無傷で、ターさんも柿崎さんも無事だった。
広場で一緒に戦った連中は、いずれも軽傷。
シンベエの臀部にレールガンが被弾したが、サイアが魔法で傷口を塞ぐと、生命力が非常に高い竜族の体質故か、ほぼ全快していた。
上空から転落した常人のアキラも、シンベエが庇ったおかげで、落下による負傷はなかった。
花太郎は転落後、ドルイドの攻撃で腹部を被弾。血液パックによる輸血を行いながら、睡眠薬で眠らされたらしいが、僕の血液通信で目を覚まし、サイアに介抱されながら僕と通信を続けていたという。今は点滴を受けながら車椅子に乗って、ユリハの報告を聞いていた。
一時は街全域を制圧されたこの防衛戦は、襲撃された規模と戦力差から考えても、住人達の住まいと命を守り抜いた、奇跡と呼んでもおかしくはない一戦だった。
だけど、ほっと胸をなでおろすものは一人もいなかった。
空中神殿に設置されたカメラは現在、リッケンブロウムの周囲を周回する護衛機”エイ”の姿をいくつも観測している。
NOSAの五人が街を守り続けている限り襲撃を受けることはないだろうが、「いつ攻め込んで来るかわからない」という張りつめた緊張感を持たせ続けることそのものが未来人達のねらいだろう、と、ユリハは言っていた。
少ないマナで魔法をやりくりしていた魔法使いたちの表情は疲労の色が濃い。
リッケンブロウムが他の集落からそこそこ離れた場所にあるというのが幸いだが、それだけでは安心できない。他の都市に攻め込まれ、住人達を人質にとられたらたまったものではないからだ。
この街が新興の都市であるが故、余所の街から移住してきたものがほとんどだし、親戚縁者や友を思って、みんな気が気でないのだろう。
ユリハは、そんな魔法使い達の気持ちを察してか、”シルヴァホエール全鑑がムーン・グラードに築かれた基地に向かった”という僕の報告を受けて「未来人達が、再度襲撃してくることはない」と断言した。
彼らにはNOSAの五人に対抗する手段がないだけでなく、その能力の詳細も掌握できていないだろう。それでも無為に戦闘を続ければ無駄に損害が増えるだけなのは、向こうも十分わかっているはずだ。
リッケンブロウムの上空を漂う護衛機たちの目的は、僕たちに妙な動きがないか監視するためで、それ以上のことはできない。未来人達がAEWを飛び立つまで、この状態が続くだろう、と。
「報告は以上よ。このまま作戦会議にうつるわ」
咲良が連れ去られてから、すでに八時間以上が経過していた。
僕はどうやら七時間近くも、未来人達を追跡していたらしい。
ユリハは、やつらの拠点がムーン・グラードにあると知った後、花太郎を経由して、僕に情報収集を指示した。
「アキラ君。前に来て」
「ほいな」
そして、僕が収集した情報をアキラが聞いた瞬間、こいつが脳情報からそれに該当するデータを引き出したそうだ。
「アキノシン、やる気なんだよ。だから情報を引き出せた。アズアズは、もう動いてくれてるから、ここにはいないんだ」
僕の傍で悠里がささやいた。僕はただ、うなずくことしかできかった。
……もっと冷静にならなければ。
僕は、すでに気持ちを落ち着けたつもりになっていたけど。悠里の気遣いに、”うなずく”ことしかできていない。
「……ゆっくりでいいんだよ、エアっち。深呼吸して、今は話だけでも聞いててね。後でお水をかけてあげるから、頭はそのときに冷やそう」
悠里が冗談を言いながら僕の背中を軽く叩いた。目を閉じて、深呼吸したつもりになって。……息を吐いた。
見渡すと、アキラがちょうど準備を終えて、壇上に上がっていた。
「スクリーンお願いしますぅ」
アキラの呼びかけで、ターさんがスクリーンに建築図面のようなものを映し出した。
その線で描かれた建造物の形状は、ムーン・グラードで僕が偵察した奴らの拠点とそっくりだった。
「空気のハナが見つけた未来人どもの基地っちゅーのは、おそらくはこれ、”メタル・ヘミスフィア”や。この図面は、俺たちがムーン・グラードで回収した紫ロボに内蔵されてた地形データをユリハはんらが解析して、平面図に起こしたものや」
「正式名は”MHSーE7”、未来人達はこのドームを”喜望峰”と呼んでるわ。宇宙移民、惑星開拓の先端を担う巨大な宇宙航行鑑ね」
ユリハが補足を行いながらアキラは、知りうる限りの情報を僕たちに提示した。
25世紀。進入不能だった月面の巨大クレーターに存在する”アルターホール(再構築される前の香夜さん)”を、他次元から干渉して三次元世界に引き揚げた直後、人類を含めたマナコンドリアを保有する全生物の身体が変質を始めた。
マナコンドリア保有者の出生率が年々ふえ続けていく一方で置きたこの事件を”人類絶滅の危機”と危惧したマナコンドリア非保有者たちは、まず、ワームホールの使用制限を厳しくした。
僕たちはアルターホールと名付けて区別しているが、彼らは見た目が全く同じ(といっても他次元空間にあった頃、少数の人間が観測しただけらしいが)このアルターホールがワームホールと同じ物質であると見なしたからだ。
規制をかけたのは、大きく分けて三つ。
・ワームホールの穴の大きさの制限。
・ワームホールの出口を入り口地点から観測できないエリアに座標を合わせて使用すること(超長距離をワープすること)の禁止。
・そしてワームホールの使用を資源運搬や、エネルギーや信号を送るための有線接続のみと限定し、人類その他の動植物の移動を禁じた。
それらの規制を設けたところで安息は訪れるわけもなく、隣人達が変質を続けていく様に耐えかねたマナコンドリア非保有者たちは、ついに隣人と地球を見放した。
彼らは世界規模の惑星移民計画、通称”VSS計画”実行した。
アルターホールの影響下にある、この地球から脱出するべく、”あらゆる物質の質量に拮抗して反重力を生み出し続ける”性質をもつ、マイナシウムの結晶体を土台に敷き詰めた、半球状の宇宙船を建造し、地球の重力を振り切って4.5光年先のアルファ・ケンタウリ星系に針路をとった。
この計画で建造した宇宙船たちは”生命の箱船”と呼ばれた。
これは旧地球でもすでに実験がなされ、失敗に終わってしまった【閉鎖空間で地球の環境を再現する】ことを目的としたプロジェクト、”バイオ・スフィア2”計画の完成形らしい。
つまり、宇宙船内に動物や土の中のバクテリアが出す二酸化炭素を、人工太陽を浴びた植物が酸素に変換させ、大気成分を維持しながら食料を確保するといった、短く言えば”地球と同じ環境になるよう徹底管理された船”だった。
ただし、この宇宙船が”小さな地球”のモデルである以上、そこで生活する人類も、必要最小限の数に止めねばならなったらしい。
故に、管理者以外の人類は、生命の箱船の名の如くに、冷凍睡眠状態で、新たな惑星に住まう日を夢見ているのだという。
そして、僕が見つけた未来人たちの拠点、”メタル・ヘミスフィア・喜望峰”は、眠り続ける人類のかわりに、惑星開拓を行うための労働力を搭載した船だった。
奴らの基地は、ロボット専用の宇宙航行鑑なのだ。
大きさはバイオヘミスフィアの七分の一程度の大きさで、中には植物や多人数用の冷凍睡眠を行うためのスペースはなく、ロボットのメンテナンス工場やシルヴァホエールのドッグ、その他、惑星開発用の土木重機といったものが搭載されている。
そして単独で地球程度の重力を振り切るだけの力も持っているらしい。
「俺の知っている情報は以上や」
「ありがとう。それじゃ、これらの情報を元に作戦をたてるけれど、その前に……花太郎」
ユリハが花太郎に呼びかけると、今まで、じっとスライド写真を凝視していた花太郎の視線が、ユリハに移った。
「これは咲良ちゃんを救出するための作戦で、急務よ。君の全快を待つことはできないわ。私の立場から言わせてもらえば、負傷している君の作戦参加を認めることはできないの」
……当然だろう。
花太郎の側では、サイアと香夜さんが寄り添い、こいつの表情を伺っていた。何かあれば、すぐにこいつを制止できるように、だろう。
だけど花太郎は表情も変えず、何も答えなかった。
サイアの治癒魔法と、マナコンドリアで自然治癒力が格段に向上しているにも関わらず、花太郎は未だに点滴を打っているのだ。傷口は塞がっているが、花太郎は鮮血を流しすぎた。足手まといになることは、こいつ自信が、一番よくわかっているはずなのだ。
花太郎のかわりに、サイアは自分の目にためていた涙を拭い、香夜さんが花太郎の肩に手を添えた。
「……それでもね、花太郎。一時的にだけど、君を短時間で全快させる方法ならあるわ」
ユリハの意味深な切り替えしで、花太郎は一瞬、なにを言わんとしているのか理解できていないようだった。
「どうしても行くというなら。…………一緒に来なさい」
「………………よろしくお願い致します」
ユリハは、魔法使いたちに協力を要請した。
次回は2月28日 投稿予定です。




