第202話 神殿広場防衛戦 前編
”判断力に優れ、抜け目がなく、機体の操縦も熟練している。戦闘においては三人の中でもっとも手強い人物”
以前の戦闘データを元にユリハたちが打ち出し、一番注意しなければならないと考えられていた”紫ロボ”二階堂を、先制攻撃で撃破した。
奇襲には成功したが、状況は防戦の一方だった。
ユリハの考えでは、香夜さんの”錬金術”で神殿広場のシェルターに防壁を創って応戦する予定だったが、局長とJOXA職員たちがマイナシウム発生機を調達してきたこと、ニモ先生ら手練の魔法使いらが参戦してくれたことによって、さらに守りを強固にすることができた。
リズを筆頭とした水の魔法使いたちが造り出す、水と氷が複合的に幾重にも重ねられた透き通った防壁は、香夜さんが創ることのできる金属の防壁では遮断されてしまう視界をクリアにし、防壁が薄くなった場所や、敵戦力が集中している箇所を把握して対応できるようになったものの、シルヴァホエールに搭載されいている”マナ・ドレイン”の効果は絶大で、職員たちが用意してくれた三機のマイナシウム発生機の出力では神殿周囲に防壁を張りつづけるのが精一杯だったのだ。
「攻めさせろ、ユリハ!」
何もできないまま立ち往生しているカイドが苛立たしげにユリハに要求する。
「だめよ! 今は堪えて!!」
結界のせいでボディにワームホールが内在しているドルイドたちでは進入できないのを見越してか、上空を飛行する”エイ”を結集させ、防壁を張っていない神殿の屋根めがけて魔導砲を放ち、天井を瓦解させてきた。
アズラが巨大化して残った天井部分を支え、シンベエの風刃が瓦礫を蹴散らし、神殿内のメンバーを守る。
支えていた天井をアズラが人気のない場所に投げ飛ばすと、いくつもの丸い石柱が連なる神殿の天井が剥き出しになった。その姿はまるで、装飾品を屋根ごとはぎ取られ、廃墟となっても美しさを保ち続けるギリシャのパルテノン神殿さながらだった。
「お願いします!!」
香夜さんの謎生物ストラップが虹色オーラを放つと、花柄の塗装が施された、金属の天井が出現した。
花柄の天井は神殿の外、僕たちの防衛ラインまで延びて、上空からの攻撃を阻止した。
その後も攻勢はやまず、金属の壁は耳をつんざくような轟音を発しながら、”エイ”たちが放つ魔導砲で形を変えていく。
ドルイド達が水と氷の防壁による対策を講じてきた。
こちらがまともに攻撃してこないことをいいことに、幾つもの列をなし、歩いて防壁の中を侵入してきたのだ。
ドルイドの周囲を凍らせれば、レールガンで砕き、水をはりつかせれれば両腕に装備している魔法鞭で弾き飛ばす。
ゆっくりではあるが、確実にこちらとの距離を詰めてくる。
僕と悠里は、一枚先の防壁を抜けて、防壁と防壁の間に挟まれる位置に立ち、突破してくるドルイド達を迎撃した。
レールガンは水の防壁で冷却されるため、”透過”能力の弱点である熱は解消され、悠里には利かない。近接兵器の魔導鞭は僕が凌ぐ。
アキラが悠里と僕の姿を幻影で何人も映しだし、ドルイドたちを翻弄させている間に接近して、悠里がドルイドの内部に手を差し入れる。
手榴弾がドルイドの内部で炸裂し、トンファーは首筋を透過して電撃を放った。動かなくなった機体を盾にしながら次の機体に狙いを定め、一機、また一機と荒っぽく撃破していく。
「数が多すぎるよ! どんどん視界がせばまってる!」
障害物は関係なく透過できる悠里でも、狙うべき目標が多すぎて、身体の捌きに困惑している。
僕も油断はできない。僕の身体は、悠里が透過できない唯一の障害物になるし、防壁は触れればマナになって拡散してしまう。死角である悠里の背後、立ち回りの邪魔にならない距離で”悠里部屋の扉”を出現させる。
[花太郎! 視界の確保、できるか?]
『おう!』
防壁を一枚隔てたところにいる花太郎に言伝した。
神殿側の水の防壁が変形する。積み重なったドルイドの一群に触れると弾け、最前線の防壁の中に取り込まれた。
”ユリハはんより伝令。機体の残骸はリズが処理に対応する。マナを節約しないといけへんから、綺麗さっぱりケチらすことはでけへんとのこと”
「あんがと! 視界が確保できれば十分だよ!」
僕の唇を読むことができないのを見越してか、アキラの幻影のもやが悠里に伝達した。
花太郎は、サイアと息を合わせて援護についた。糸繰りで壁の中へ引きずり込んだ機体を超音波ブレードで切り裂く。
さらに香夜さんが、ペットボトルロケット型のミサイルを顕現させ、ドルイドに当てて撃破していく。
いくら倒しても後続のドルイドがすぐに前進してくる。
僕たちが打ちこぼし、香夜さんや花太郎目がけて迫り来るドルイドたちには、カイド、シド、ペティが応戦した。
ペティが防壁を抜けてきたドルイドのレールガンユニットに高熱を与えると、冷却装置が作動し、一時的にレールガンが使えなくなる。その隙をついて、二人のドワーフが長柄の戦斧の強烈な一撃で、機能停止に追い込む。
それでもこぼれてくるものは、咲良が魔法障壁を展開したFUメルクリウスを繰り、超低空飛行で急接近し、至近距離から銃を放って対応した。
これらの戦略は、ドルイドを研究し尽くしたユリハだからこそ、打ち出すことができたのだろう。
だけど、僕たちはゆっくりと押されていた。
今は誰一人傷つくことなく、善戦している。しかし多勢に無勢であることに変わりはない。
そして、守らなければならないものが多すぎる。
「シェルターがやばいよ!!」
悠里が叫ぶ。
性格もドス黒い黒ロボ三木率いる左翼の一軍が、足下のシェルターを破壊し始めた。
「香夜ちゃん!」
「はい!!」
神殿の天井や、水と氷の防壁が手薄になった箇所を虹色オーラで補強し続けていた香夜さんが、シェルターの補修に回った。
「どうやらその人形。一度にたくさんのことはできないようですね。三木!」
白ロボ真中が、黒ロボ三木に何か指示を出したが、スピーカーを切って指示を出したのだろう、なにを命じたのかはわからなかった。
黒ロボ三木は黙ったまま部隊を散回させ、単体となったドルイドたちが、足下に広がるシェルターの天井を破壊し始めた。
「ユリ! このままじゃジリ貧だぞ! 攻めなけりゃやられる!!」
シドがユリハに駆け寄り、檄を飛ばす。
「くっ! どうすれば......」
ユリハは、初撃で紫ロボ二階堂を破壊してからそれきり、一発も弾丸を放っていなかった。JOXAは軍隊ではない。貯蔵している弾薬が限られているのだ。
シドがユリハを突き飛ばした。ドルイドの半ば液状化した弾丸がシドの右肩を貫く。
「あなたぁ!!」
「この程度!!」
シドが丸盾を斜に構えて、追撃で更に迫ってくるレールガンの弾を弾き飛ばした。
カイドが防壁を突破して来た一機のドルイドに接近し、真っ向から切り捨てる。
香夜さんが虹色オーラを放って、穴のあいた水と氷の防壁を金属の壁で補修した。
ペティがシドに駆け寄る。
「待っていろよ」
「すまんな」
ペティが治癒魔法を施す。
「らしくないな、ユリ」
「あなた…」
「俺が惚れた女はよぉ。何もかもぶっ飛んでいやがるんだ。戦いになると、いつも手に負えねぇ。俺の相棒よりも血の気が多くてよぉ。そこがシビれる」
「な、何を言ってるのよ、今は……」
「もっと俺たちを信じろと言っている。いつも通りでいいんだ。俺たちはいつだって、てめぇの巻き添えを凌いで、尻ぬぐいもしてきたんだからよ。好きにやれ。お前が”何もかもを守る”なんて出来るわけがねぇ。俺の女房は、ぶっ飛んでる時が一番強ぇんだからな」
「……わかったわ」
ユリハがシドとペティを突き飛ばした。
銃を構えるユリハの頬をレールガンの弾丸が掠める。
彼女が設計し、AEWの金属で造った自慢のショットガンから散弾が放たれ、侵入してきたドルイドを吹き飛ばした。
「カイド! しっかり守ってなさいよ!! こっちに来たじゃない!!」
「うるせぇ! てめぇこそサボってんじゃねぇぞ! しっかり働けぇ!」
「私、やっぱり攻めることにするわ!! 神殿の守り、任せたわよ!!」
カイドが歯をむき出しにして笑った。
「引き受けたぜ! 好きにしやがれ!」
斧を振り上げたカイドが、突破してくるロボットの首を切り落とした。
「香夜ちゃん。防衛ラインに防壁を出して。全方位よ」
「そうしたら視界が遮られちゃうけど」
「考えがあるの」
謎生物が虹色オーラを放つと、魔法使いたちが展開している水と氷の防壁の外側が金属の壁で覆われ、ドーム状の球体が出現した。
天井がベコベコと音を立てて形を変える、”エイ”の魔導砲だ。ドルイドたちのレールガンも強力で、綺麗な曲線を描く壁は、既に穴だらけになっていた。
「その場で待機!!」
最前線にいる僕と悠里は、ユリハの指示に従った。
「ユリっちは何を考えているのかな。
敵が入ってこない間は小休止になるけれど、間違いなく、包囲されているよね」
[まぁ、恐ろしいことには違いないと思うよ。だって]
ユリハが、猟奇的に微笑んでいるから。
「香夜ちゃん、防壁に”存在の定義”を付加してほしいの」
「うん」
「内容は……」
”半径二十メートル分、膨張せよ”
ロボットたちの激しい攻撃でベコベコに凹み続けているドームが、急激に膨張を始めた。
外では、ガシャガシャと金属同士がかすれる甲高い音が響いている。
命令通り二十メートル膨張したのだろう。”存在の定義”によって役目を終えたドームが消え失せ、視界がひらけた。
ドームに張り付いていたであろうドルイドたちが、膨張の衝撃で、後方にいた機体を巻き込みながら、ものすごい勢いで遠くへ飛んでいくのがみえた。
そして、神殿広場に並ぶ家屋の壁に叩きつけられ、スクラップになりながら、建物に穴を開けた。
「チクショウ! やりやがったなぁ!!」
カイドが叫ぶ。
みると、神殿広場に隣接するカイド宅の屋根に大きな穴が開いていた。
「生きていればどうとでもなるわ! こんなもの」
ユリハは笑っていた。
「おぼえてやがれ!!」
カイドも豪快に笑っていた。よく笑ってられるよな、本当。
次回は2月4日 投稿予定です。




