第201話 決断
「またか、あの男!」
「三木! おまえはスピーカーを切っておけ」
神殿の屋根の下で、アキラがドヤ顔を作っている。
「おまはんらの宇宙航行鑑には、”静かな爆発”を再現できる装置は確かにあるが、きちんと安全装置がついとって、暴走せぇへんよう封印されとる」
「セーフティなど、いつでも外せる」
紫ロボ二階堂が対抗する。
「そうやな。簡単に外せるやろうな。せやけど、”静かな爆発”の再現は重罪や。そのセーフティは、外したと同時にお役人たちが一斉にコールドスリープから目覚める仕様なんやろ? あんたらを捕まえるためにな!」
「その情報は、どこで仕入れたのか、あとで聞かせていただきます」
「なるほど、よくわかったわ」
ユリハが猟期的にほほえむ。
「ど、どういうことなのかね? ユリハ君」
局長がドモりながら尋ねる。
「妙な探りあいはこれまでにしましょう」
白ロボ真中が割ってはいる。黒ロボ三木は、上司に言われたとおりスピーカーを切っているのか、沈黙しているが、どこかもどかしそうにすり足で半歩前に進んでいた。
「そうね。探り合いは”これで最後”にしましょうか?」
ユリハは意味深に微笑んだままだ。
「出所は明かせないけど(アキラの脳情報のことだろう)私が得た情報によると、あなたたちが保有するワームホール発生装置には、研究用の仕様で”静かな爆発”を起こせるだけのポテンシャルを秘めているみたいね。だけど、使用には規制がかけられていて、”限られた時間と空間”にだけ、小規模に起こすことのできる安全処理が施されている。そうでなければ、”トーカー”を狙う意味がないわ。あなたたちは、その装置を利用して”トーカー”をアルターホール化させ、テラウォーミングの研究がしたいのでしょう?」
「否定したところで、あなたはそれを鵜呑みにはしないでしょう」
「随分と自虐的な皮肉を語るのね。ついでにもう一つ聞かせて? その封印を解除すれば、西暦2016年に起きた”静かな爆発”を再現できるけど、それと同時に、自動的に違反を取り締まる人たちが目覚めてしまうという話は、本当かしら?」
「その問いに、答える必要はありません」
「もっと素敵な皮肉が聞けると思ったのに、残念だわ。亜光速で動く母艦の中で冷凍睡眠している人を、どうやって起こすのか知りたいわ……あなたたちが恐れている、長距離間を結ぶワームホールを使うの?」
「取引に応じれば、それはお答えして差し上げますよ。もっとも、”静かな爆発”を起こさなくとも、あなた方の力では、私たちに対抗できるとは思えませんが」
「ならば取引を持ちかけてくる必要もないでしょう?」
「ぶつかり合えば無傷では済まないと、先の戦闘で身にしみたもので」
「殊勝ね。だから圧倒的武力を見せつけて、私たちに降伏を促そうとした」
「しかしあなたの采配が、我々の圧倒的有利から同等の状態まで持ち込んだ」
「こういう作戦は、戦力の迅速な展開が命でしょ? あなたたちの進撃は、電撃作戦というには悠長だったわ」
「あなたが味方であれば、どれほど頼りになることか。本当に、人をイラつかせることがお上手ですねぇ」
「取引というのは、お互いの気持ちをぶつけ合うものよ」
白ロボ真中が銃口を向けると、ほかのロボットたちが一斉に銃口を向けた。
「問います。我々の要求に、応じていただけますか?」
銃口を向けられたけれど、ユリハは相変わらず、乾いた笑みを浮かべていた。
「……ここから出ていって」
「ま、待ちたまえユリハくん!!」
今度はユリハの横にならんで、再び”お手上げポーズ”をとっている局長が二人の会話に割って入る。
「ひ、一人で決定しないでくれたまえ! 局長は私だ!」
「私は局長から直々に、今回の件に関わる全権を委任されました」
「し、しかしだね。君は、あくまで”代理”なのだ。ここに私がいる以上、緊急の事案以外は、指示を仰ぐのが筋だろう?」
「未来人がリッケンブロウムを襲ってくることが、緊急事態ではないと。局長はおっしゃりたいのですか?」
「た、確かに緊急事態に間違いはないが、今現在は、緊急事態の中で執り行われている”話し合い”だ。緊急事態ではない」
「緊急事態、ですよね?」
「だからねぇ! 緊急事態だよ? 緊急事態だけど……」
白ロボ真中から「ククク」と笑い声が漏れた。
「平塚局長殿は”未だ交渉の余地はある”と、我々は受け取ってよろしいのですね?」
局長は”むむぅ”と小さく唸った。
「議論を交わすのは……やぶさかではない」
「局長!!!」
研究と戦闘以外では常に冷静沈着なユリハが声を荒げた。
「気は確かですか!? 判断の余地なんて一体どこにあるんですか!?」
「本人たちの意志も、聞かねばならんだろう」
「着いていくわけがありません!」
「目の前に当事者たちがいらっしゃるのですから、実際聞いてみてはいかがですか? 早崎部長殿?」
白ロボ真中に煽られ、瞋恚に身を震わせながら、ユリハが僕たちの方を振り返った。
ユリハは未来人たちにわからぬよう、右目だけを閉じて、開いた。
「何か、言ってくださいよ。センパイ?」
悠里は口をつぐんだままユリハを見つめていた。
「香夜ちゃん! あんな奴らのところなんか、 行きたくないわよねぇ?!」
香夜さんは首を縦にも横にも振ることなく、微動だにしない。
「咲良ちゃん! 君は若いのよ。 あいつらのところなんか行ったら、何をされるか! 身体が消滅してしまうのよ! 次元の狭間に意識が漂うのよ! わかっているの!?」
咲良はユリハに迫られても動じることなかった。そしてユリハの目の前で、FUメルクリウスの”魔法障壁”を解除した。
「早崎殿。それが答えと言うことではないですか」
スピーカーから聞こえる白ロボ真中の声音が、嘲笑している。
「花太郎……花太郎!!!! こっちを見なさい! あなたが一番苦労したのよ。砂漠の真ん中で! 食料も装備もカツカツで! 砂を造り続ける反重力の渦の中にいるあなたをやっとの思いで引っ張りだしたんだから! うちの娘はどうなるの!? 君をこんな目に遭わせた私やJOXAはいくら恨んだって構わない。だけど、サイアは、君を引っ張りあげた恩人でしょ!! サイアを泣かせたら許さないわ! 絶対に! エア太郎! 君もどうなるかわからないのよ!?」
”右目でウィンクをした時は、黙って私を見つめていろ”
彼女からの指示だった。
激昂しているユリハが、咲良と甘田花太郎の血縁関係を未来人たちに明かさなかったのは、こちらのリスクとなる要素を秘密にするためだろう。これがなければ、演技だとわからないほど、ユリハの表情は鬼気迫っていた。
「ふふふ、はははは。あ~はっはっはっはっは!! いやぁ、失敬」
白ロボ真中のスピーカーから、下品な笑い声が漏れる。
「わざとらしい笑い声をあげて。油断していると痛い目にあうわよ!!」
「ククク、痛い目に会うとは? 一体どうなるというのですか? 我々は、双方が痛い目に会わないよう、”話し合い”に来たのですよ?」
ユリハが食ってかかったが、白ロボ真中は笑いを堪え切れていない。
「当人たちが乗り気ならば、”ウィン・ウィン”の取引が成立するじゃぁありませんか? 早崎部長殿も、我々のテクノロジーには、興味あるでしょう?」
「あの~、ユリハは~ん。俺には尋ねてくれへんのでっか?」
アキラが神殿から再びこちらに踏み入ってきて、尋ねる。
「ひっ」
……ユリハが無言でアキラを見据ると、アキラが震え上がった。
「早崎部長殿ではお応えにくいでしょう? 私が尋ねましょう。たしか……未次飼さん、でしたかな? 我々と行く気はありませんか?」
「NOや!!」
「……まぁ、いいでしょう。あなたの優先度は低い。うちの二階堂が固執しているだけでね。ほかの方々が来てくれるのでしたら、それで構いませんよ」
「……気持ちは、変わらないのね?」
ユリハが一人一人に視線を合わせた。
僕たちはただ……うなずいた。
「当人たちの意志も確認できたようですし、再度、結論をお聞かせください。これは、平塚局長殿に尋ねればよろしいのですか?」
「ユリハ君……」
局長が声をかけても、ユリハは自分の足下を見つめ続けたままだった。
「ユリハ君……応えていいのだね?」
「………………はい。ここまです。局長」
「……うむ。わかった」
白ロボ真中が低く笑う。三木はスッキリしたのか、一仕事を終えたと思ったのか、腰に手を当てて落ち着き払っている。二階堂は、アキラがシャシャリ出てきた時に小さなリアクションを見せたきりで、変化はなかった。
「では、尋ねます。平塚局長殿、我々の取引に応じていただけますか?」
局長は瞼を閉じ、大きく深呼吸した。
そして、見開き、白ロボ真中の問いに応じるべく、再び大きく、息を吸い込んだ。
「………………お断りだ!!」
神殿内に身を隠し、不意を着いたサイアが放つ糸付きの矢が、アキラの幻影でカモフラージュしていた水の障壁の一角を一直線に突き進んだ。矢の先には紫ロボ二階堂がいた。
「ストリング・バインド!」
紫ロボ二階堂の機体にサイアの糸がからみつき、アズラのパワーで水の障壁の内側へと引き込むと、ユリハのショットガンが機体の頭部を撃ち砕いた。
「局長! 下がってください!」
「武運を祈る!」
そうだ。僕たちの気持ちは変わらない。こいつらには帰ってもらおう。
ユリハが僕たちの方を振り返り、声を張り上げた。
「総員、戦闘開始!! 誰も死ぬことは許さないわ!! トーカーと、自分と隣人を、死力を尽くして守り抜きなさい!!!!」
『ウォォォォォォォォォォ!!!』
空気が震え、シルヴァホエールやロボットたちの駆動音が消えてなくなるほど大きな鬨の声が、神殿広場に響きわたった。
空では”エイ”の魔導砲、地上は”ドルイド”のレールガンの弾丸が、僕たちに向けて一斉に放たれた。
次回は1月31日 投稿予定です。




