第2話 地竜アズラと宇宙飛行士の香夜さんがうちに訪ねてきたこと。 2
香夜さんは頬を膨らませながらアズラがマドレーヌをパクついている様子をみて、自らの頬を赤く上気させてムフムフしていた。
ムフムフっていう形容の仕方はわかりにくい。言うなれば「ニヤニヤ」以上「ハァハァ」未満といったところか、とにかく僕はこの瞬間に「香夜さんはやっぱりちょっと面白い人なんだな」と確信した。
「アズアズ可愛いなぁ……」
ちゃぶ台に頬杖をついてアズラをムフムフと観察しながら、香夜さんがぼそりと呟いた。アズラにも聞こえていたと思うけど、彼女はマドレーヌを食べることに必死なようで気にもとめていなかった。
香夜さんの眼鏡がズレているが本人は気づいていない。レンズが大きいからフレームが視界に入っていないのだろうか、やはり伊達眼鏡で間違いないようだ。
アズラは一心不乱に食べているし、香夜さんはそれをみてムフムフしているしで、特に3人の間に会話はなかった。
これはこれで見ていて楽しいけれどやはり味気ないので、どうでもいい話題を振ってみることにしたのだけど、
「その伊達眼鏡、似合ってますね」
「!! どうしてわかったんですか!? ……あ」
予想以上に大きなリアクションが返ってきてびっくりした、この二人にはずっと驚かされっぱなしだ。
眼鏡ズレに気づいた香夜さんは、サッと右手で眼鏡側面のワイヤーを持ち上げてそれを正して、付け焼き刃にキリッとしたポーズを取った。
「伊達ではありません、本物です!」
「ああ……なんかすいません、勘違いしたみたいで」
「……本当は伊達眼鏡です」
「はあ……そう、なんですか」
「嘘をついて申し訳ありませんでした」
「いや、そんなお気になさらないでください。別に、その、どうでもいいことですし」
「どうでもいいことですか?! 」
「そうですね、眼鏡がお似合いですねって言いたかっただけなので、それが伊達なのか本物なのかは、別に」
「……あの、実はですね」
書き起こしてみると、もうちょっと言いようがあったんじゃないのかなぁと思うけど、この伊達眼鏡の話題が香夜さんにとってのパンドラの箱に準ずるコンプレックスの引き出しの鍵みたいなもので、アズラに気を取られて脳みそのガードが緩んでいたことも相まって僕がそれを開けてしまったらしい。
そして香夜さんはとうとうと自身のことを語りだした。
かわいいものやメルヘンチックなものが大好きだけれど、JOXAではクールビューティーを装うためにそれらを絶っている、ということ。
その理由は彼女がJOXAに就職した経緯にあった。
香夜さんは大学院で生物学の博士号まで取得していたのだけれど、最初は一般的な中流企業に就職したらしい。
で、3年くらい前に”異世界の知的生命体との接触”について政府から公式発表があって、JOXAが機関内に”外界交流課”を設立して宇宙飛行士兼任で異世界人と交渉する人材、”外界交官”を募った。
知的生命体との接触というだけでも全世界が震撼したのだけれど、さらにその交渉人を機関内の人事異動だけじゃなくて外部から募集するってことで、この年はニュースでもネットでもその話題で持ちきりだったのは僕もよく知っている。
情報規制が厳しいこともあり、信憑性のかけらもないガセネタ達が其処此処彼処と其方此方に跋扈していたわけだけど、その中に「異世界の知的生命体ってドラゴンとかエルフらしいぞ」という情報があって(まぁ実際そうだった)、それを知った香夜さんが居ても立ってもいられずJOXAに履歴書を送り、同時に筆記試験に備えて猛勉強を始めたそうだ。
競争倍率は9400倍だった、このニュースはよく覚えている。
筆記試験も無事通過したものの、センター試験ばりの試験会場数とその人数に香夜さんは戦慄を覚えた。
「私、博士号は持っていても有名な大学を出たわけじゃないから焦っちゃって。でも、どうしても物語の生き物達に会ってみたかったんです。だからあと私ができることは何かなって考えたんですよ。それが……」
見てくれを変えること、これが万全を期した彼女が最後に念を押すために取った行動だった。
髪型を変えて身につけている可愛いアクセサリーは全て外し、視力2.0以上の両目には伊達眼鏡、仕草まで反復練習して自身が思い描く”クールビューティーなデキる女”のイメージに近づけた。
空回りしている事は重々わかっていたそうだ。それでも「後悔したくない」という想いが香夜さんをつき動かしたという。
そして外界交官の席を勝ち取った、この熱意と行動力を僕は尊敬する。
「就職が決まったときは本当に舞い上がって喜んでしまいました。でも、面接でも実技試験でもこの格好と”デキる女”の性格で通してきたから、今更戻すわけにもいかないなぁって思っちゃって……。だから私の趣味は課の人には秘密なんですよ。自分の部屋には可愛い小物やアクセサリー、いっぱい飾ってるんです!」
初対面の人間相手によくここまで自分の事を話してくれるんだなって思った。僕がJOXAの人間ではないからというのもあるけど、ここまで素直に打ち解けてくれるのは結構うれしい。
やんごとなきエリート試験官達が彼女を選んだという理由について、僕では当然計り知れない部分もあるけれど、少なくとも香夜さんが「デキる女にみえたから」ではないと思った。
香夜さんと会話した時間は決して長くはなかったけれど、揺るぎない熱意と責任感、そして素直な心持ちが伝わった。きっとそれが選ばれた理由なんだと思う。
僕よりも長い時間一緒に過ごしている職場の人達もそれはわかっているだろうし、「別に装わなくてもいいんじゃないかな」って、ふと頭をよぎった矢先だった。
「そういえば香夜の鞄の中、かさばるくらいでっかいのがいたね」
3つ目のマドレーヌを食べ終えたアズラが唐突に切り出した。
「ああ、これね」
言いながら香夜さんはバッグからスマートフォンを出した。スマホにはストラップがついていて、それがとにかく大きかった。
全体が赤紫色の柔らかそうな光沢のある布製で、馬とも犬ともネズミにも見えるデフォルメした顔がついていた。顔の下には直径が100円玉くらいの細長いボディがあって、それが下部にいくにつれて膨らんでいき、最下部の直径は500円玉くらいの茄子のようなフォルム。手足はボディより細いけれどそれと同じ長さのものがついていて、二足歩行の人の体に模していた。
全長は24、5㌢といったところだろうか、これにストラップの糸がくっついているからもっと長い。
聞くとハワイ諸島に訓練で出張したときに1日だけ休暇があって、一緒にショッピングに行った先輩が買ってプレゼントしてくれたらしい。
「先輩は同い年なんですけど、頼りになるお姉さんみたいな人なんですよ。これだけは先輩が買ってくれたものだから、課内でも堂々と身につけて持ち歩いています」
今までバッグの中に入れていたのは僕が事情を知らない初対面の人間だったからで、普段はバッグなりポケットなりにスマホ本体だけ入れて外にぶら下げているんだろう、それくらい大きなストラップだった。
「携帯の場所がすぐにわかって便利そうだな、でもかさばるな~」って感想しか僕はわかなかったけれど、香夜さんはこのストラップを相当気に入ってるみたいだった。
「その先輩は出張から帰ってくる度に可愛らしいお菓子や小物をお土産に買ってきて私にくれるんです。まるで私が可愛ものが好きなのバレてるみたい」
「ええ、確実にバレていると思いますよ」と言おうと思ったけれど、また新しい引き出しを開けてしまいそうな気がしたので控えた。
控えたのはいいけど、すでに香夜さんは火がついちゃったみたいで、巨大な謎生物の携帯ストラップ談義はしばらく続いた。これはこれでなかなか楽しい時間だったので、適度に相づちを打って聞くに徹した。話を振った張本人のアズラは聞いているのかいないのか、ひたすらマドレーヌを食べ続けていた。
移動しているとき、アズラは小さくなって香夜さんバッグの中にいて、マイクとイヤホンでコンタクトを取っていたそうだ。
香夜さんの話を聞いていると、実は”マナの気配”ってやつで2人は最初、僕の勤め先に辿りついたそうだ。「アズラもいるし、あまり他の人の目につくのは……」ってことで、近くの公園で僕の勤務が終わるまで待機してしていたらしい。
「そのときベンチに座って、鞄をのぞきながらアズアズとお話してたんですけど、その時のアズアズはこのストラップをクッション代わりにキュッて抱いていて、思わずニヤニヤしてしまいました」
「ニヤニヤ」という表現はあくまで香夜さんの主観であって、僕の主観で書かせてもらえばこれはきっと「ムフムフ」だなって容易に想像できた。
ちなみに僕が玄関を開けたときアズラが人間サイズになっていたのは、どうしても菓子折りを手渡してみたかったからだそうだ。アッチの世界にも贈り物をする文化はあるけれど、礼儀作法のように体系化されたものはないらしい。
先の話題で帰宅直後の絶妙なタイミングで僕を訪ねてきた理由には合点がいったけど、向こうの都合とはいえ待たせたことにちょっとした罪悪感をこの時覚えた。
「あ、お気になさらないでくださいね、これは職務ですし本当に楽しいひとときでしたから」
よく観察している人だと思った。あんな楽しそうに話していたのに僕から話を切り出す前にフォローを入れてきたものだから驚いた。人に対してはなかなか鋭い洞察力を発揮するのに、どうして自分の趣味がバレていることには気づかないのだろう。
すでに19時を回っていた。夏の日は長いといえど外は暗くなりはじめていた。そして20個入りのマドレーヌの箱は、アズラの大活躍で残り4つまでに減っていた。
「ハナタロウ、おいしかったかい?」
僕たちの目の前でほとんどのマドレーヌを食べ尽くしたアズラが、僕に問いかけてきた。香夜さんは目を逸らし、口元を手で押さえながら白い肌を真っ赤に上気させて必死に笑いを堪えている。僕はもう笑っていた。
「ああ、とってもおいしかったよ。素敵なおやつの時間だった」
「もう夕食の時間だろう?」
「ヒャハッ!」
香夜さんが一瞬奇妙な声をあげた、なんかいろいろ限界みたいだ。
「アズラは夕食もうちで食べるつもりなのかい? 」
「そうしたいのは山々だけど、もう帰らないとね」
「そ、……ふふっ、そうね。そろそろお暇しましょう」
香夜さんは肩を震わせながらかろうじて発語していた、どうやらツボにはまってしまったようだ。
「あ、いけない! もう一つ用事があったんです」
笑い上戸になっていた香夜さんが急に我に帰ったように冷静な面もちになったから、この時僕は一瞬ドキッとしてしまった。
用件というのは検査の依頼だった、なんてことのないものだ。
アッチの住人と会話できる体質というのが非常に珍しいらしい。僕は意識していなかったけれど、アズラは日本語で話してはいなかったみたいだ。
この話でどうしてJOXAが外界交官の募集をかけたのか理由がわかった。つまりはアッチの住人と会話できる素養を持った人材を捜していたんだ。
交通費と金一封が頂けるということなので快諾した。副業に寛大な会社でよかった。
ちなみにJOXAが見つけた素養を持つ人間は女性ばかりで、男では僕が初めてらしい。だからJOXAも結構必死で僕を探してたようだ。それを聞いてちょっと優越感に浸れた。
「また来てもいいかい? 」
香夜さんと連絡先を交換した後、いよいよ帰る段になって香夜さんのバッグに入ったアズラがぴょっこり顔を出して少し寂しそうに訪ねてきた。香夜さんはムフムフしてた。
「もちろん、いつでも来なよ。今度はシンベエも一緒に来てくれるとうれしいな、彼が人間サイズまで小さくなれればだけど」
「それは大丈夫さ、あいつも小さくなれるからここに入れるよ」
「わかった、じゃあその時は僕がマドレーヌを用意して待っているから」
「出来たらでいいんだけどさ、他にも甘いもの”ヨーガシ”っていうの、見繕ってくれるかい?」
「うん、約束する」
「今日はありがとよ」
「うん、またね」
アズラは安心したような表情を浮かべて、バッグの中に入って行った。
そして香夜さんと視線が合った、最初に会った時よりも朗らかだった。
「検査日時の件、こちらでもスケジュール調整を行いますので、後日ご連絡致します」
「はい、お待ちしています」
「次にお会いするときはJOXAですね」
「実は僕、JOXAへはシンベエと1度行ったっきりなんですよ。宇宙エレベーターがもう一度間近で見れるなんて、ちょっと楽しみです」
「私は間近で毎日眺めていますが、何度みても圧巻ですよ。長い時間お邪魔いたしました。それではまたJOXAでお会いしましょう」
「はい、さようなら」
香夜さんは会釈をして踵を返し、去っていった。肩で風を切りながら歩く後ろ姿は”デキる女”だ、外に出たからスイッチを切り替えたのだろう。
香夜さんが去っていく後ろ姿を見送っていたら、アズラがバッグから顔を出して手を振ってきた。「おいおい、まだ大分明るいんだから、隠れていなよ」と思ったけれど、ついつい手を振り返してしまった。2人が角を曲がって見えなくなるまで振り続けた。
結構いい時間になったから、コインランドリーに行くのは明日にした。
これを読んでいる未来の僕へ
初の日記兼備忘録はとりあえずここまでだ。
書き始めた動機としてはシンベエに出会えたことが大きい。彼のことも今後気が向いたら備忘録として記そうと思う。
彼のおかげで不思議な縁の中に入ることができた。
今後いつまで続くかわからないけど、奇妙な出会いや覚えておきたい情報なんかをなるたけ細かく記録しておこうと思う。
後になってこれを読み返して「こんなことあったなぁ」って一喜一憂したり、せせら笑ったりしてなんかの糧になってくれたらうれしい。と、少なくとも今はそう思っている。
以上。