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第19話 一蓮托生、そして・・・・・・

 すべての時間が、一瞬ピタッと止まったようだった。

 

 反重力の青白い球体に魔導集石が触れると、矢が中空で止まったまま動かなくなり、砂の渦が凪いだ。

 

 球体がより強い光を放つ。青白い光は輝きで白みを増しながら膨張を始めた。

 サイアやシド、カイドでさえも我を忘れて、膨張する球体を眺めていた。


 ユリハとアズラは球体が見えない位置にいたけれど、渦が凪いで中空に止まる砂塵を、ただぽか~んと眺めていた。


「カイド……これ、まずいんじゃないか?」


「……シド、サイア! 籠に乗れ!」


 サイアもはっと我に返って、シドと一緒に籠に乗り込む。


「アズゥゥゥ!! 脱出だぁぁ!!」

 声を張り上げてアズラを呼ぶと、カイドも駆け出して籠に乗り込んだ。


「ユリ、急ぐよ!」

「え、あ、ちょっとアズラ?!」


 巨大化しているアズラは、片手でユリハを抱えると、一足で籠へと跳んだ。


 砂塵の渦だったものが巨大な砂の柱となって崩れながら落下を始める。

 空気抵抗を受けて拡散しながら加速をつけ、空が砂塵で覆われ始めた。


 アズラは籠の眼前で着地すると、無造作にユリハを中にぶち込んだ。


「掴まってなぁ!」

 アズラが籠を両腕でしっかり抱えて、跳躍移動の態勢になる。


「ちょっ、アズラ、待って、待っ、うげっ!」

 無理くりぶち込まれ、倒れたまま籠の中でじたばたもがいているユリハの身体を、カイドとシドが踏みつけて固定した。事態は刹那を争っていた。


 アズラは跳躍した。彼女の上空から砂塵の塊が、まるで意志を持った怪物のように降り注ぎ、襲いかかってくる。


 アズラは上昇しながら籠を守るように抱きかかえて、背面を上空に向け、砂の圧力を一身に受けた。


 アズラは痛みに耐えるように、口をつぐんでいたが、僅かなうめき声をあげてしまった。

「アズラ!」

 サイアが心配そうにアズラの名を叫ぶ。カイドは屋根布を戦斧の柄尻で小突いて砂を払い落とし、シドはユリハとカイドを支えていた。砂塵の嵐がパーティーを覆いつくし、視界が遮られた。


「こんな……こんな砂粒なんぞ。甘けりゃ全部、食らいつくしてやるのにねぇ!!」

 アズラが虚勢を張っていることは一目瞭然だった。


 ふと、砂の勢いが弱まった。


「……落ち始めてるわね。あなた、足どけて」

 籠の底で這いつくばっているユリハがつぶやいた。


 シドがゆっくりと踏みつけていた足を上げる、ユリハは自分の身体が宙に浮くのを堪えながら立ち上がった。


「サイア、アズラのことが心配なら早いとこ、この籠を固定して」

「え?」

「アズラに括りつけるの」

「え、あ、ス、ストリング・バインド」


 籠につながっていたロープが、アズラの胴体と籠をぐるぐる巻きにする。


「ちぎれないようにね」

「ストリング・ストレングス」

 縄が緑色に輝き、強化される。


 カイドが一番大きな布を広げてアズラに渡す。

「両手が自由になったな、アズ。気休めだがこれを背中に巻いて砂避けにしろ」

「ありがとよ」


 シドがナイフでロープ束を等間隔で切っている。

「サイア、縄をつかってアズの全身に布を巻き付けてやれ」

「わかった」


「あなた、私にちょっと長めのロープを頂戴」

「何をするんだ?」

「身体に括るの、やれることはやっとかないとね」


 言いながらユリハは弾倉の入った鞄の中を整理していた。


「時間がないわ、急いで」


 アズラの背面が砂よけの布で覆われて脚だけが自由になっていた。


 ユリハは腰に縄を巻き付け、砂避けのマントを羽織って顔をすっぽりとフードで隠していた。そして銃と弾倉の入った鞄を抱えてアズラの右肩によじ登る。アズラは右腕を持ち上げて、手首と肩で挟み込むようにしてユリハを支えていた。


 ユリハの足下ではカイドとシドが彼女を支え、ユリハとつながっている縄はサイアが握った。


「アズラ、大きい音がでるから右耳は塞いでいてよね。手短に言うわ、着地したらタメずに跳んで。少しでも止まったら全滅する」


「わかったよ」


「跳ぶだけの時間は私たちでつくる。任せて」


「ああ、信じているよ」

 ユリハは散弾を装填して、アズラの背後に向けて目を閉じた。アズラは脚を屈め、右の手のひらで右耳を塞いだ。


 上下左右のわからない砂塵の嵐。砂が優しくアズラの身体を弾き、布きれや衣服の端が浮遊してハタハタと揺れていた。まるで宇宙に投げ出されているかのような、無重力を感じさせる落下だった。


 しばしの間……


 アズラの足先に衝撃が走る。


 瞬間、ザラザラと打ちつける砂の雨音を打ち消すように、銃声が響いた。銃口から放たれた散弾がアズラの背後に押し寄せる砂の圧力に対抗する。


 アズラが大地を蹴り上げる。跳躍移動にとっての”タメ”は着地時の衝撃を緩和する動作でもあった。”タメ”の動作をすっ飛ばしたパーティーに慣性の重みがのしかかる。籠がミシミシと軋む音がする。


「ストリング・バインド!」

 籠の強度はもうアテにならない。サイアはユリハにつながったロープを、自分と母を支える父とその親友に括りつけ、固定した。


「ストリング・ストレングス!」


 一蓮托生である。


 出る杭は打たれるかの如く、自由落下に反発して上昇をはじめるアズラの背中を、砂塵のハンマーが容赦なく打ちつけていた。


 出ているうちならいい、地に伏してだめ押しの一発をもらえばペシャンコだ。


 ヴァン!


 ユリハは少しでも砂塵を押しやり飛距離を稼ごうと、目を瞑りながらアズラの背後に散弾を撃っていた。


 ヴァン!


 弾薬が切れたら弾倉を投げ捨て、目を瞑ったまま鞄から新しい弾倉を取り出すと装填し、また撃った。

 

 ヴァン!


 一連の動作には全く無駄がなかった、視界が閉ざされているにも関わらず。


 ヴァン!


「ううっ!ウェロウェロ~」


 ヴァン!


「ううっ!ウェロ~」


 慣れない姿勢とタメなし跳躍のその衝撃がユリハの胃袋を押し上げたのだろう。吐き続けながらもユリハは止まることなく撃ち続けた。


 砂の圧力が和らいだ。


 「落ちてくよ!」

 アズラの呼びかけにユリハは口をつぐんだまま、アズラの二の腕に顔を当ててコクコクと頷いた。


 再度、跳躍が必要だった。


 ユリハはもう一吐きすると、銃を構えた。


 タイミングが少しでも狂えば即死である。アズラの背中に王蛇の干し肉と豆の缶詰めの中身が入り交じったユリハのソレがまき散らされていても、お互い構ってはいられない。


「カイド。ユリたちの言葉で”辞世の句”ってのがあるらしいぞ」

「なんだよそりゃ?」

「死際に風流な詩を吟じて後世に残す文化らしい」

「おもしろそうじゃねえか。この中で死人の詩を持ち帰れそうな奴、いるか?」


「……サイア、お前はなんとしても生き延びるんだ!」

「縁起でもないこと言わないで!!」


「安心しなよサイア、あたしが絶対守るから」

「アズラ……」

「あたしは、そうだね。この砂が甘ったるい砂糖だったら、本望だね」

「ちょっと! アズラまで何言ってるの!?」


 カイドが豪快に笑う。


「ガハハハハハハ! 残念だなアズ、味けのねえ砂嵐でよぉ」

「まったくだよ。こんなとこで死ぬなんて真っ平さ!」


「ユリは何してる?」

 シドがアズラに尋ねた。


「必死に踏ん張って堪えてるよ。吐くのをね」

「ははは、そうか、そうかユリ! 頑張れよ! おおっと、危ねぇ」

ユリハはシドに支えてもらっている右足をバタつかせて、シドに無言の反抗をした。


「もう、とっくに手遅れさ……」

 背中の布に広がるなま暖かい感触を噛みしめているかのように、アズラは嘆いていた。


「どうしてこの人たちは……」

 サイアは半ばあきれたように、不思議そうな面持ちで呟いていた。


 ……しばしの間。


 先ほどの歓談が嘘のように、各々が役割に徹していた。


 アズラの足下に衝撃が走る。


 ユリハは撃った。


 アズラが跳躍した。


 カイドとシドは慣性の圧力に堪えながら立ったままユリハを支え、サイアは解けかけた強化魔法に重複で魔法をかけた。

 ユリハは一心不乱に口からいろんなものをまき散らしながら散弾を撃ち続けた。


 そして、天辺を突き抜けた。


 

 カイドパーティーは、照りつける太陽の光を各々が一身に浴びながら、落下していく砂塵の嵐を見下ろした。

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