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第182話 長期休暇

 祭りによる特需も落ち着いて、ナタリィさんを初めとするリッケンブロウムの雑貨屋に、月の女神関連グッズの販売委託をする体勢もできてきた。


 旧地球の方で生産ラインが整うまで、支部職員が生産業務に駆り出されることはあるけれど、あと二週間程度の辛抱らしい。


 ということで、ムーン・グラードでの任務に従事していた僕たちJOXAの出張組(咲良、悠里、ユリハ、地質学者の日向さん。花太郎と、あとはアキラか)は、皆よりも早い(というか振り替えというか)長期休暇を頂いた。


 ユリハはこの新年祭によって、先のムーン・グラードの激戦で回収した未来人のメカたちの解析が滞ってしまったことを大いに嘆いて、この長期休暇()研究室ラボで過ごすつもりのようだ……アキラも一緒に。


 花太郎は実家に帰る。だけど、僕は旧地球には向かうが、実家には帰らないことにした。


サイアがナース服でせっせと花太郎血液ブラッドを採血し、ユリハがウキウキと血液がゼリー化するヘビ毒を混ぜて特殊な入れ物に詰めた”エアっちボール”の数が、膨大なものになっていて、僕の身体を人の目から見えなくさせようとすれば(フタを全開にすればいいだけなんだけど)、ひたむきに採血を続けたサイアの苦労が台無しになってしまうし、全エアっちボールのうち二つは、ササダイ村と連絡をとるために”石の肝っ玉亭”に通信手段として置かせてもらっているから、それも徒労に終わってしまうのは本意でない。


 花太郎の横に並んで、幽霊っぽい僕の姿を両親に見せるのもなぁ……って事もあって、一応、エアっちボールは花太郎に携行していてもらうけど、この休日は、旧地球で悠里と過ごすことにしたのだ。



 旧地球出発の前日。僕たち休暇組は、ユリハから、シド宅での晩餐に招かれた。晩ご飯は「母さんは台所に立たないで」と言ってサイアが用意してくれた。


 大黒柱たるシドも勿論参加し、JOXA園庭の清水の傍で微睡んでいたアズラとシンベエも、トコトコとついてきた。


 明日にはカイド家の次男夫婦とブライス君も行商の旅に出るらしい。カイド宅では今頃本当の”家族水入らず”を過ごしていることだろう。


「サイアも行ってきたら?」

「え?」

旧地球(むこう)に遊びに行ってきなさいよ」


 ユリハが旧地球へ遊びに行くよう勧めたら、 花太郎においしそうなスープのお代わりを注いでいたサイアが、おタマの柄を両手で握って頬を赤らめながらモジモジしだした。


「あざとい。サイっちゃん、あざといゾ!」

 悠里が「はぁはぁ」しながらサイアのほっぺをツンツンする。


「だ、だめだよ。ハ、ハナタさんのお父さんお母さんに気を遣わせちゃうかもしれないし」

 サイアのコメントを聞いて、ユリハがイタズラっぽく微笑んだ。

「あら? 私は”花太郎の家に行きなさい”なんて、一言も言ってないわよ?」

「は……あ…………ふえっ!?」


 時間差で自分の早っとちりの勘違いに気付いたサイアの顔に差した赤の支配域(レッドゾーン)が耳の先まで浸食した。


「サイアちゃんったらかわいいんだ~? 花太郎のお家に行きたいの~?」

「べ、べつに、べ、べ、べべつにぃ。さっきまで、ハナタさんが実家に帰るみたいな、は、話しとかしてたから、か、勘違いしただけ、だけ! だけだから!!」

 目をまんまるく見開いて挙動不審になるサイア。


「いいよ。家に来る?」

「へ……ふぇ!」

 スープのおかわりをもらった花太郎が、サイアに呼びかける。


「い、いいの? ですか?」

 サイア、なぜか敬語になる。


「うん。なんにもない所だけど」

「め、迷惑じゃないかな」

「サイアは僕の恩人なのだから、そんなわけないよ」

「……よろしくお願いします」


「よかったわねぇサイア。花太郎、よろしくね」

「うん。明日、一応実家に連絡入れたいんだけど、いいかな?」

「モチロンよ!」


 食事を終えた悠里が、サイアを膝の上に座らせる。特段抵抗もせずにチョコン、と座る成人女性サイア。その挙動から、気もそぞろで、判断力が著しく低下している心境が窺えた。


「ほら、サイっちゃん。隣にハナザブロウがいるよ」

 悠里が耳打ちすると、サイアは「うん」と小さくお返事して、机の上で「はむ、はむ」とほっぺたを膨らませながら食事をするアズラをおもむろに捕まえて、キュッ、と抱きしめた。


「これじゃ、届かないよ……届かないよ」

 必至に料理の皿に手を伸ばすアズラ。……シドが無言でお皿を動かしてくれた。


「ハナタロウ」

「うん?」

「もう一献いっこんいけ」

「うん」


 シドが花太郎のグラスに酒を注ぐ。花太郎もシドのグラスに火酒を注ぎ返した。


グラスを傾け、一気に火酒を煽るシド。飲み干して空になったグラスをテーブル打ち付け、ものすごい大きな音をだした。


 一息の間、シドは目を伏せていた。


 そして顔を上げ、花太郎に鋭い眼光を放った。


「……たのんだぞ!!」

「な、何をだよ! そんな重いプレッシャーをかけながら、僕は一体何を頼まれたんだよ」

「その……サイアだ。向こうに行くのは久しぶりだからな。……こ、交通安全とか、特にな」

「わかったよ。まかせてくれ」

 

 二人の会話を聞いて、サイアがアズラをさらに力強く抱きしめる。アズラは「これじゃ、苦しくて食えないよ」と言いながら口をモグモグさせていて、可愛かった。


 悠里は茹で蛸みたいになって抵抗もしないサイアにほっぺをこすりつけて「これこそアタシの夢想する完全無欠の主観的触感クオリアなり。サイっちゃん、ああサイっちゃん、サイっちゃん」などとぶつぶつ呟きながら、欲求を満たしていた(チュウとかもしてた)。


 アキラは日向さんと一緒に、オーバーアクションで身体中を「かゆいかゆい」と掻いていた。この二人は常人ということもあって、ムーン・グラードにいたときから割と気が合うようだ。


 気が合うといえば、日向さんは趣味でも仕事でもドローンを所持していて、マナが電波に干渉するためそんな高い所までは行けないが、AEWを上空から写真撮影し、地図の製作など行っている。仕事の担当や、趣味の部分でも咲良と話をする機会が多いみたいだ。……まぁそれだけなんだけどね。ちょっと羨ましいなコンチキショウと思っただけなんだけどね。


 咲良の方をみると、さっきまでは”シンベエの反応にキュンキュンしてるんだなぁ”って気持ちが読みとれる、それはそれは堅苦しい表情を繕いながらシンベエに「あ~ん」させてご飯を食べさせていたけれど、今現在の咲良は、心も外面も堅苦しい表情で、「あーん」をさせている感じだった。


 ……何を考えているのだろうか。


「咲良」

 花太郎が声をかけた。

「なに?」

「…………咲良も…………僕の実家に来ないか?」

「………………オレはいい」

「そうか」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌朝、行商人であるカイド家の次男、デューク君夫婦と、ブライス君の出立を見送るべく、神殿広場に向かった。


 今年、リッケンブロウムを経つ行商人の多くは、魔石で動く荷車にブロマイドを満載させて、各都市をまわる。彼らも例外ではない。


 デューク君夫婦は別の都市に住居を構えていて、年に一度しかリッケンブロウムに帰省しないが、ブライス君が独り立ちできるようなら、また近いうちに帰ってくるそうだ。


 サイアは「またね」と言って、ブライス君に手製の財布とお守りを贈呈した。

 早速ブライス君が咽び泣いたせいで、彼の鼻水でお財布にシミがついた。


「サイア。俺が一人前になったら。嫁に来てくれ」

「お嫁にはいかないけれど、また新しいお財布を造ってあげる」

 

 サイアの即答で号泣するブライス君。

 「朝っぱらから喚くな!」とブライス君のボリュームより遙かに大きな声を張り上げるカイド。どっちもどっちだ。

 

 こうして、カイド家の次男夫婦とブライス君が遠くの都市へ旅立っていった。


 一時いちじは納まったかと思ったブライス君の泣き声が、また遠くの方から響いてきた。 思いだし泣きかな?


 静かな朝のリッケンブロウムに響きわたる彼の泣き声を聞きながら、旅の健闘を祈った。



 僕たちは社宅へと戻り、出発の準備を整えた。 ……僕は悠里が支度するのを、眺めてるだけだったけど。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 「きぇぇぇい! あいあいあいおぉぉぉう!!!!」


 地上神殿広場の石階段の前で、アキラが卒倒する。


 初めは半日以上かかった結界を幻影でだまくらかす解除魔法も、今ではすっかりコツをつかんだようで、三〇分足らずで発動できるようになっていた。相変わらず気絶はする。


「アキラ、アキラ!」


 花太郎がアキラを揺り起こす。


「キェ!」

 相変わらずの雄叫びで目を覚ますアキラ。

「ありがとうな」

 僕もメモ帳で【ありがとう】と綴った。


「ゆっくりしてこい、ハナども」

「本当に、お前は帰らなくていいのかよ?」


「千恵美救うまではもう帰るつもりはあらへん。未来人どものロボットの解析には俺の脳情報データベースが役にたつんや。はよう解析してもろうて、ユリハはんらの頭脳で情報処理してもらえば、千恵美を起こす手がかりが掴めるかもしれへん」

「珍しく謙虚じゃないか」


 ”花太郎に同意する”のサインをアキラに送る。


「ユリハはんは恐ろしい人やけど、間違いなく天才や。情報は持ってるだけじゃ宝の持ち腐れ。魔法にしろ科学にしろ、俺よりわかっているヤツが、ここにはぎょーさんおるんや。利用しない手はないやろ?」


「聞こえているわよ、アキラ君。私を利用するですって?」」

「ひぃ! ユリハはん。い、いつからそこにおったんですかぁ」


 死角で見えてなかったようだけど、アキラを起こした時からずっといたよ。


「アキラ君が言いたいのは、”適材適所”ってことでいいのね?」

「は、はいぃ!! そうですぅ。お、俺が情報を引き出して、ゆ、ユリハはんらに処理して頂く。まさに適材適所や!」

「わかったわ。君の頭の中からより多くの情報データを引き出せるように、私も努力するわ」

「は、はいぃ……」

「よろしくね。ほら、しっかり立ちなさい! みっともないわよ」


 広場には、アキラの結界解除の幻影魔法を見ようと集まった魔法研究者たちがずらりと並んでいた。ニモ先生を初めとする長老会や、迎祭で交友を持った別の街から来た魔法使い、そして、エルフのイケメンなど、街でよく見かける魔法使いの一団がアキラに声援を送っている。


「おおきなぁ! みんなおおきに~ ありがとう!!」

 アキラはユリハの微笑みで腰が抜けてしまって立てなくなっていたので、座ったままみんなに手を振り返していた。


 ナタリィさんや、カイド、シド。ペティやリズ、竜族の二人はもちろんのこと、リッケンブロウムに在住するムーン・グラードの元調査隊のメンバーも駆けつけ、見送りにきてくれた。


 元調査隊の中には、「旧地球へ帰還した地質学者たちに届けてくれ」、と、日向さんにAEWの上等な酒を持たせる者もいた。他にも魔石を渡す奴もいたけど、その類の品は旧地球に持ち込むとややこしくなるらしいので、控えてもらったみたいだ。


 賑やかだな。朝っぱらから。


 街の住人たちに見送られ、僕たちは地上神殿のワームホールをくぐり、空中神殿へ抜けた。


 そこからさらに深部。創造神話で語られる”過去の行き先”……ワームホール”さくら”をくぐって、宇宙ステーション”IZUMO2”へ。旧地球へ帰還した。 

 


次回は12月6日 投稿予定です。

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