第18話 目標確認! サイアの狙い撃ち
33セット目。
「……少しだけ見えたね」
アズラの呼びかけにパーティーが顔を出す。
「アズラ大丈夫?」
流石に疲労の色が隠せずにいるアズラを見たサイアが、思わず声をかけた。
「無性に甘いものが食べたい気分だよ、ここが砂漠の真ん中だってのが恨めしいね。サイア、帰ったら期待しているよ」
「わかった!」
「ユリ、あたしの足下にチラッと見えたんだ。あと2回もやれば目の高さ位になるよ、続けるかい?」
「うん」
34セット目。
アズラを中心に、まるでオオアゴカゲロウの巣のような円錐形の窪地ができていた。その一角を支配する砂塵の竜巻に彼女の衝撃で造られた砂壁が当たると、一瞬だが青白く光る渦の中心が見えた。
35セット目。
「……見えたよ」
パーティーメンバーが籠からひょっこりと顔を出す。
砂の竜巻の中心こそ見えないものの、アズラが削りとった砂からむき出しになっている部分だけ砂塵の密度が薄れているのは明らかだった。
アズラは足下の砂を渦に向かって蹴りあげた。
彼女が蹴った砂の塊が反重力で巻き上げられた砂塵に衝突すると、一瞬だが壁にぽっかりと穴があいたように奥を覗くことができた。
パーティーは直径3メートル前後の青白い球体を発見した。球体は地面から50センチほどのところで浮いていて、輝いているようには見えない奇妙な光を放っていた。
ユリハがつぶやく。
「思っていたよりも浅い所にあった。難しいことに変わりはないけど、そんな時間をかけずにすむかも……」
ユリハが口元に手を当てながら思索している様子をカイド達は黙って見つめていた。
きっと答を見いだせたのだろう、ユリハがキリッと顔をあげた。
「アズラ、あと2回掘って頂戴」
「あいよ」
アズラが37度目の掘削を終え、パーティーの乗った背負い籠を地面に降ろした。
ユリハは装填を行い、先ほど観測した球体の方に銃を構えて、憶測で散弾を放った。
散弾は射角線上の遮蔽物となっていた砂山を吹き飛ばした。再度装填して、ユリハが放つ。
2発目の散弾が砂塵の渦に穴をあけ、目標が姿を現す。
散弾が青い球体の前で減速していく様子が見ているだけでわかった。
やがて無数の弾丸が球体の前でぴたりと止まると、その周りをゆっくりと回りだし、徐々に外側へ向かいながら上昇していった。
「あのアルターホールのウィークポイントは真下、あそこは反発力が極端に弱いみたい。本来ならこの山の麓の高さにあるはずのものが、中腹あたりまで来てるっていうことは、積もり積もって崩れた砂が、あの真下に滑り込んで、少しずつかさが増していったと考えるのが自然だわ」
「どうすりゃいいんだ?」
完全に理解しているとは思えなかったけど、ユリハの解説を聞いたカイドが訪ねた。
「より真下に接近できればいいけどこれ以上近づくのは危険だから、この射角から魔導集石を打ち込む、サイアの弓で」
「私、が?」
「反発力が弱いと言っても、弾丸をはじき返すだけの威力はある。魔導集石で反重力を打ち消しながら、ぶっつけ本番で射抜くしかないの。石は二つしかないし、糸を矢にくくりつければサイアのマナが続く限りはリトライできるわ。やってくれる?」
「……うん、わかった」
一部始終を聞いたシドは籠の中から小箱を取り出した。婚約指輪の入れ物くらいの大きさだけれど、装飾もなく、厳つい金属で覆われた漆黒の小箱だった。
シドが蓋を開けると、ビー玉くらいの大きさの丸くて青白い光を放った石が入っていた。玉全体が光っているので石なのかどうかも判別できない、話の流れからこれを魔導集”石”と呼んでいたので石だと思っただけだ。
この石の光も、輝いているようには見えなかった。
サイアはシドから魔導集石を受け取ると、矢の一本を抜き取って矢じりを外し、矢じりを差し込んでいた裂け目に切れ込みを一つ足して四つに裂くと、石をくくりつけた。矢筒についたリールから糸を引っ張ると、少しでも抵抗を減らす為に、飛距離分の糸をあらかじめ伸ばしておき、カイドがリールを預かった。
ユリハが言った。
「魔導集石のことなんだけど、矢の質量までは打ち消せないと思う。アルターホールの真正面をねらっても、きっと届かないわ。渦は右回りだから、その力を利用して球体の左真横をねらって。後はあなたの魔法で、ね?」
「うん、やってみる」
ユリハは弾倉の入った鞄を肩に掛けると定位置に歩きだした。
アズラは巨大化してユリハと渦の左側面に寄る。右回りの渦を左から砂岩と散弾で打ち消して、目標をむき出しにするためだ。ユリハが手を挙げて、準備完了の合図を送る。
サイアはアズラが掘削していた位置に立っていた。ユリハたちとの直線距離は40メートルほどだが、反重力の渦は10メートル、その巨大さ故に眼前にあるように見えた。ターゲットは今は見えないけれど、ちょうどサイアの身長一つ分見上げた位置にあるはずだ。傍らにはカイドとシドがいて、糸の綱持ちを担う。
「サイアがよければ、合図をおくるぞ」
シドがサイアに訪ねた。
「いつでもいいよ」
「よし」
「……ストリング・ストレングス」
糸が緑色に淡く輝く。
シドが手を挙げた。
アズラが地面を蹴りあげ、ユリハが散弾を放った。
バスンッと音を立てて異なる方向の力同士が、砂を介して接触した。大きな穴があく、ねらいを定めるまで十分に時間が稼げそうだ。
サイアが弓を放った。緑色に光る糸を伴って放たれた弓は、ターゲットの真っ正面に向かっていった。
そして球体の眼前で止まる。それを確認したカイドとシドは、矢が反重力の虜になる前に引き上げた。
「あ……」
自分のねらいが大きく外れてしまったことを悔やむように、サイアは声を漏らした。
「矢じりの形も重さも違うんだ、あせるなよ。何発か射って慣らしていけ」
落胆するサイアにカイドがアドバイスをする。
「うん、ありがと、カイドおじさん」
サイアが引き上げた矢を再び弓につがえる。
「……ストリング・ストレングス」
そして弓を構えた。
シドが手を挙げる。
アズラとユリハが砂の渦に大穴をあける。
サイアが放つ。
次の矢は球体の横を過ぎていったが、外側に大きくずれてしまった。
それを見届けたサイアは目を閉じて、動かなかった。
そしてゆっくり息を吸い、息を吐いた。目を開ける。
「父さん、カイドおじさん。……次で決めるよ」
糸をたぐりながら、カイドがニカニカと笑った。
「ガハハハハハハッ! 嬢ちゃんたのもしいじゃねえか!」
「男に二言はないな? サイア」
シドがわざとらしく”男”を強調してサイアに問うた。
「私は女だよ」
「ああ、スマンスマン。あんまり凛々しいもので息子だと勘違いしてしまった」
「嬢ちゃんは女だから外すのか?」
カイドもシドに乗る。
「外さないよ、もぉ! 集中しているときに馬鹿にして!」
「ガハハハハ」とドワーフの男たちは笑っている、これが二人なりの景気の付け方なのだろうか、サイアの緊張はすっかりほぐれて、肩は怒りに猛っている。
「期待してるよ、麗しの愛娘」
たぐり寄せた矢を差し出しながらシドが言った。
サイアは不機嫌そうに、バシンッと音を立てて矢を受け取る。
「サイアの嬢ちゃん、この一矢が最後なのかい?」
「そうだね! これが最後だ!!」
「なぁ、カイド、俺の愛娘がこれで最後と言うんだ。俺たち二人で誠心誠意、諸手を挙げて合図を送らないか?」
「そりゃいいな、乗ったぜ!」
サイアは弓を構えて、大きく息を吸った。
「ストリング・ストレングス!!」
「サイアーファイトー!」
「サイアーぶちかませー!」
ドワーフ二人は両手を目一杯上げ下げして、やんややんやと叫びながら合図を送った。
「なにしてんだい、あの二人は」
アズラがあきれたようにつぶやく。
「ねえ! 撃ってもいいのぉ!?」
合図だと判別できなかったユリハが声を張り上げて訪ねた。
「いいよぉ! 母さん早く撃って!」
「イケイケサイア、ゴーゴーサイア」と応援合戦を始めた二人の代わりに弓を構えたままのサイアが答えた。
「撃つわよぉ!」
「早く撃って!」
ユリハは散弾を放ち、アズラは地面を蹴り上げた。
反重力の渦に大穴があく。
サイアが的を絞る。
「目標確認! 弓、良し! 矢、良し! 愛娘、なお良し!」
「サイア、俺たちの命、おめえに預けるぜ!!」
「うるっさいなぁ! もお!!!」
サイアは放った。果たしてこのような精神状態でねらいは定まっていたのだろうか。
定まっていた。魔導集石を先端に仕込んだ矢はユリハの指示通り、球体の左真横を掠めた。
「今だ!」
カイドが叫んだ。
「ストリング・バインドォ!」
矢は軌道を変え、右回りに球体に巻き付いた。渦も右回りだ、矢は加速をつけながら球体との距離を詰めていく。
そして矢の先端、魔導集石が球体の表面を撫でた。




