第179話 激闘!!
ブライス君が花太郎の懐に飛び込み、ショルダータックルを仕掛ける。
至近距離からの小柄なブライス君の突撃にのけぞりながらも花太郎が彼の肩を両腕で抑える。が、勢いをいなしきれずに、足が地面から離れた。
めいいっぱいに腕を突き放して、自らの意志で、さらに長い時間宙を舞うと、遠くに着地して間合いをとる。
二人が拳をつきだした直後に発動させたアキラの幻影は、彼らに旧地球の神を宿しているかのような演出を加えた。”風神と雷神”だ。
半身で左腕を大きく伸ばし、間合いをつめさせないように構える花太郎には左手から右の肩口にかけて風袋、足下は雨雲を纏った風神。
対するブライス君は両拳を自信の顎の高さに構えて身を屈め、花太郎の懐に入るチャンスを狙っている。彼の後ろには環状の金属輪に連なったいくつもの小さな太鼓と両肩にバチを下げ、カイド似のくせっ毛で肩のあたりまで延びる髪の毛は怒髪天のように逆立ち、バチバチと稲光しているのが見えた。
……視覚妨害も甚だしい。しかし、カイドやシドがムーン・グラードへ旅立つ日にギャラリーが足を踏みならして地面を揺らしながらも試合を行ったように、ストリートファイトが基本である撃拳では、その場その場の環境に合わせて試合を続行するのが矜恃。
それに、今まで見たことのない幻影の演出にギャラリーが沸いている。アキラとしても、JOXAとしても、コレを止める理由はない。
広場の周囲だけ、暗雲立ちこめる雲が渦巻いていた。これも幻影だ。
いつしか幻は、二人が立つ地面をも消し去り、風神雷神が雲中で睨み合う空中戦を演出していた。
花太郎が一歩間合いを詰める。実際の風こそ全く起こらないが、花太郎が踏み出した足を中心に無数の雲が引きちぎれて拡散する。
「目を懲らして眺めるだけでも苦労するな」
シドが呟く。
「こうも視界が悪いんじゃ、インファイトでなきゃ打ち合えないだろう。ハナタロウが不利だ」
そして、稲妻と豪雨が降りしきる中、大声でシドが助言した。
「ハナタロウ! お前のガタイは小回りが利かねぇ! その間合いから、一撃を狙え!」
花太郎の頭が小さく頷いた。声は届いたらしい。
相対距離は三メートル程だ。ブライス君が距離を詰めようとすると、花太郎が下がったり回り込んだりして一定の距離を維持する。
「どうしたんだ? 打ち合えよ」「腰がひけてるぞ!」などと、ヤジが飛ぶが、”通”たちからのヤジではない。
ブライス君の飛び込みをカウンターで狙うには絶妙な距離だった。花太郎は弱いが、様々な種族と撃拳を打ち合ってきた中で、特に対戦数が多い小柄なドワーフを相手にした時の戦闘スタイルを確立しつつあった。
通たちが見ているのは拳の打ち合いではなく、挑発しながら隙をうかがう、二人の駆け引きだ。
さすが天性のセンスを持つカイドの息子と言ったところか、ブライス君は花太郎の作戦を瞬時に見抜いて、花太郎の懐に飛び込む事はせず、一歩、一歩距離を詰めながら、足運びにフェイントを加え、花太郎を挑発し、自分の間合いへと誘っている。
しかし花太郎は、自分が誰よりも弱っちぃ事を知っているから奢らない。
これが花太郎の数少ない誰にも負けることのないアドバンテージだった。花太郎がもつ自分を極限まで過小評価する後ろ向きな精神は、ありとあらゆる挑発を受け付けないのだ。
長身のリーチを活かしたカウンター狙いの間合いをとり続ける花太郎に、こいつを煽るニワカのヤジ馬たちと、不毛に流れる時間が味方する。
何を言われても動じない鋼のようなネガティブシンキングに、ブライス君の方が苛ついているのは、通ではない僕でもすぐにわかった。
さらにアキラの幻影が格好良いエフェクトでみみっちぃ花太郎の戦法を彩るから余計にイライラしているだろう。
アキラが仕掛ける幻影魔法が造りだす環境は、戦闘スタイルではインファイトのブライス君を、精神状態では花太郎を優位に立たせていた。
広場に敷き詰められた石畳を消し去り、高所恐怖症だったら失神してしまいそうな高度で対峙する二人。本来地面にあるはずの、等間隔で埋め込まれた石は見えないし、足下に立ちこめる暗雲が距離感をくるわす。
ブライス君は雲の動きを利用して、花太郎に気取られぬよう、僅かな動きでジリジリとにじり寄りはじめた。
花太郎がブライス君の動きの変化に気が付くのに一瞬の間が生まれた。
瞬間、ゴロゴロピシャンと大きな音と稲光が起こり、視界が遮られる。
ブライス君が一気に飛び出した。
対応に遅れた花太郎が回避できず、防御の構えを取る。
ブライス君の体当たりが花太郎に炸裂する。
「投げろ!」
「受けるな! 攻めろぉ!」
カイドどシドの怒声が飛ぶ。
クリーンヒットを決めたブライス君が父のアドバイス通りにガードする花太郎の右肩を左腕で掴み、柔道でいうところ背負い投げの体勢に入った。
花太郎はブライス君が花太郎を背負い込む為に身を翻す刹那の隙と、微かにあいた間合いを逃さず、左拳を打ち下ろして、左の軸足を回転させながら踏み込こんでくるブライス君の右の大腿部にぶち当てた。
背負い込みの回転を止められ、投げ技を中断されたブライス君がバランスを崩し、自重を花太郎に委ねてしまいながらも、掴んだ右肩を離さない。
掴んだ肩を放してよろけてしまえば、花太郎に追撃されて転倒するだろう。普通なら思わず放しちゃうものだと思うけど、この反射レベルの判断力はすごい。
花太郎に身を預けたブライス君。
花太郎は、自分もろとも地面に跳び込めば決着が付いただろうに、ブライス君の大腿部をねらった|打ち下ろしの左ストレート《チョッピングレフト》の反動からバランスを立て直すために踏みとどまって堪えていた。
さすが花太郎。僕が当事者じゃない傍観者のヤジ馬だからこそ、お前の判断力の無さを称えて、あえて言おう。
[この鈍チンめ!]
「おほっ!!」
肩口を掴まれた状態で、ろくな抵抗も出来ずに踏みとどまる。これは一番やっちゃいけない悪手だった。
今の花太郎はいうなれば、投げ練習用のダミー人形同然……デクノボーである。
一瞬抵抗するそぶりを見せるがもう遅い。
瞬時に体制を立て直したブライス君に投げられて、花太郎はアキラが創り出す幻の大空高く舞い上がった。
花太郎に図太い稲妻が激突! 黒こげになりながら落下していく花太郎。
宙空で停止しているはずのブライス君と雲がぐんぐん上昇していく。アキラの幻影は花太郎が落ちていく様を追い続けるカメラワークを演出し、観客に見せていた。
やがて雷神ブライス君(もちろん幻影)が、遙か空の彼方のゴマ粒みたいな点になって雲間に隠れると、よく見慣れた、地上神殿広場の石畳が見えて来た。
大の時になって石畳に激突する黒コゲ風神花太郎。石畳には花太郎の形をした穴が開いた。……もちろん幻影だけど。
ギャラリーが沸く。幻影が消えると、広場に大の字で転がる花太郎と、それを見下ろすブライス君の姿があった。
ブライス君が一本を先取した。
一回戦が終わった神殿広場は、夜の宴が始まる間近な事もあって、人々が集まり始めていた。
「エアっち!」
悠里の声。見やるとペティとリズを連れて僕の名を呼びながらサイアをギュウギュウ抱きしめている恋人の姿があった。
「さみしかったよぉ!」
「苦しいよ、カガリさん……」
[僕に会えなくて? サイっちゃんをギュウギュウできなくて?]
悠里は目を閉じてサイアの温もりを堪能しているせいで僕の唇が読めていない。
「エア太郎が何かおっしゃってます」とリズが仲介してようやっと悠里が顔を上げた。ペティがその隙を逃さずに、悠里の腕からサイアを奪った。
「あわわ、ペティ! なにをするのだ!」
「生き抜くってのは、こういうことだぜ! アネゴ! サイア~おかえりぃ……っておい!!」
ペティがサイアを抱きしめようとした瞬間、ペティとサイアの隙間に冷気が立ちこめ、氷の板が出現した。
「わ、わぁ!」
さらにサイアの足下に氷の坂道が現れ、氷の板とスロープに体の自由を奪われたサイアが”シュルンッ”と滑落。リズの胸の中へ飛び込んだ。
無言でサイアを抱きしめ、髪の毛とかうなじのあたりの匂いをクンカクンカと嗅ぎまわるリズ。ペティがそれを眺めて達観した表情で「生きるって、難しいよな」などと下らねぇコメントをブツブツつぶやいている傍らで、僕は悠里に、ことの経緯を手短に説明した。
「カックイーじゃん、ハナザブロウ。”サイッちゃんは誰のものでもない!”って? ……まだノビてるみたいだけど」
サイアはリズの餌食になっているため、広場の中央で未だに寝転がっている花太郎には、エルフのイケメンが治癒魔法を施していた。
「一回戦は負けちゃったんだね。彼」
[ご明察]
それにしても随分長いことノビている。クリティカルヒットだったんだな。大丈夫だろうか。大丈夫だろう。花太郎だし。
花太郎がのっそり起きあがる、シドが大瓶に入った火酒がを飲ませる。
花太郎はむせるも、しっかりとした足取りで立ち上がった。
「でも、ハナタさん……かっこよかった」
無言で抱きしめているリズの両腕からピョコっと顔をつきだし、”ぽ~”と遠い目で花太郎を眺めるサイア。……ブライス君が不憫でならない。
「でもさぁ、サイッちゃん。サイっちゃんは確かに、誰のものでもないけれどサ。ハナザブロウもちょっと見栄を切って”サイアは俺のものだ! 誰にも渡さん”くらい言ってもいいよねぇ?」
……きっと想像しちゃったのだろう。またまたサイアの体が茹で上がった。
「う……うん」
「くっはぁ!」
真っ赤なお顔で肯定の意を示すサイアをかき抱きながら、リズも茹で上がった。ペティの鼻息も荒い。
「ハナザブロウが見栄を切る余裕がないほど、サイッちゃんのことを大切に思ってるんだよ?」
悠里の追撃でサイアはどうにかなっちゃいそうだったけれど、彼女を抱えるリズの方は、既にどうにかなっちゃってたので、悠里が”透過”を使って彼女の腕からサイアを奪い取った。
「捕まえたよサイっちゃ~ん。サイっちゃんはアタシのもんだよ~」
……いや、誰のものでもないからさ?
JOXA支部は外貨獲得のグッズ販売で大忙しなのは相変わらずだけど、夜の宴で少し時間をもらい、JOXAの今後の調査についての宣伝を行うそうだ。
それもあって、支部の園庭と神殿広場で販売している香夜さんや咲良たちのポストカードの販売を、宴の間は神殿広場だけに限定して、極力、行商人や観光客を広場に集めるつもりのようだ。職員らが総出で、支部で販売していた分を広場へと運び出している最中だという。
アキラの創り出した幻影の暗雲は、JOXA支部の園庭からでも目視できたみたいで、悠里たちが先行して様子を見に来たらしい。
「アキノシン、頼りになるじゃん」
[ゲリライベントで予定は前倒しになったけど、いい宣伝になってるね]
「ダネダネ」
支部局長やターさん、職員らと、長老会から派遣されたメンバーが魔石で動く荷車に月の女神グッズを乗せて、続々と集まってくる。
ユリハの姿もあった。ずっと研究室に籠もりきりってわけにもいかない。月面調査の方はおそらく、ユリハが責任者になるだろうから。……もしかしたら砂漠の方も責任者になるかもしれない。
「もう、いいか?」
「おおきにな、ブライスはん。待ってもろうて」
どうやらギャラリーが増えることを見越して、アキラが「待った」をかけていたらしい。花太郎は、シドとずっと話し込んでいて、どうやら作戦を練っているようだった。
「ハナ。準備はええか?」
「おう」
すでに夜の宴のあいさつが始まる時分になっていたが、ギャラリーは広場の中心で繰り広げられる、”超次元撃拳”の決着が気になってしょうがない様子だ。ニモ先生をはじめ、宴をとりしきる長老会の面々も「しょうがないな」という面もちで、ことの成り行きを見守ってくれている。
JOXA支部の連中も全員到着し、広場を埋めつくす観衆に囲まれながら、花太郎とブライス君の二回戦がスタートした。
そして試合は、花太郎の惨敗で決着がついた。
次回は11月27日投稿予定です。




