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第178話 撃拳のオキテ

「うわぁぁああん、サイアァァァァァァァ!!! アアアアアアアアアんアンアン! あああああん!」

「ピーピー泣いてんじゃねぇ!! これから試合うちあいだぞ!」

「うあぁぁぁん!!! ヒック、ヴィック! うわぁあん!!」


 カイドが大声で小突いてもブライス君は泣くのをやめない。


 ぽあぽあした雰囲気を纏いながらブライス君をフったサイアが、その天晴あっぱれな泣きっぷりをみて、平静を取り戻した。


 ……まぁ、だからといって何ができるわけでもない。泣きじゃくるブライス君をみて、ただただ引くだけだった。


「ほら、ブライス! 女の子の前で泣いてちゃ恥ずかしいだろ! 好きな子にはもっといいとこみせな!」

「ヴィッグ、ウェッグ……」


 ナタリィさんにも諭されて涙を抑え始めたブライス君。涙を拭ってあたりを見渡すと、広場にいる連中の視線が自身に集まっていることにきがつき、唖然として言葉を失い、シャックリだけが絶え間なくこみあげている。


 そしてブライス君、ドン引きしているサイアと目が合った。


「……ヴィック、ヴィック…………うおっ、うおっ……うぉぉぉん」

 声を上げての号泣が止んだかと思えば、今度は目頭に指を当てて咽び泣き始めた。


「あかん、あかんで……。俺、ちょっとおもろくなってきてもうた。あかん、これは。人としてアカン」

 アキラが咽び笑いはじめた。


「うぉっ、うおっ……ごめん。サイアごめんよ。サイアを賭けて勝負なんて言って。サイアを賞品みたいに扱って……ごめんよぉ」

「うん、別に気にしてないよ。そんなことは、どうでもいいから」

「どうでもよくない! どうでもよくないよぉぉん。 オデ……俺のこと、嫌いにならないでくれよぉ!」


「別に嫌いじゃないよ。ブライスは私の大切な人だよ」

「ふぇ?!」

 ブライス君、目を見開いてサイアに聞き返す。


「ブライスは私の大切な家族だもん」

「……うぉ、うおぉぉぉん!!」

 ブライス君の周りに燃え盛る炎のような、ピンク色した半透明の謎のエネルギーが出現した。


 さっきのリハーサルを観ていない連中から「おお!!」「なんだあれは!?」などと喫驚きっきょうの声が漏れ、広場がどよめく。


「こら! アキラ!!」

 花太郎がアキラの幻影ちょっかいを注意する。


「だって、この方が自然やないか? 悲しみから怒りが芽生えて、そこから自分の内面に眠っている未知なる力に目覚める展開や!」


 少年マンガのお約束シーンを再現した幻影の中心にいるブライス君は、そんなド派手なエフェクトとは対照的に、燃えカスのようになって意気消沈していた。かわいそうだった。


「この試合、ド派手にもりあげたるでぇ!!」

 広場の連中はリングを造ったし、アキラもブライス君に幻影を纏わせてみたら以外と好評だったことに調子づいて、ギャラリーもアキラもやる気マンマンだ。


 いまいちモチベーションがあがらないのは、花太郎とブライス君だった。


 花太郎が勝ってブライス君に命令しようとしていたことを、ブライス君は自発的にやってのけてしまったのである。


 ブライス君はブライス君で、サイアにフられちゃったし”大切な家族”宣言されちゃったしで、「勝った方がサイアと結ばれる」みたいな希望を粉々に打ち砕かれていた。


 相反する者同士としての”対立”の因果は解かれたが、”対決”はなくなったわけじゃない。



「ハナタロウ。試合しあうだろ?」

「もちろんだよ」

 セコンドについたシドの問いに即答する花太郎。花太郎には、毎度、毎度カイド&シドの稽古でコテンパンにされる度に言われ続け、身に染み着いた心意気があるのだ。


”実戦は、第一に戦闘を避ける術を探せ。それがだめなら、生き残る事だけを考えろ。だが、撃拳に余計な思索はいらない。ただ打ち倒すのみ”


 対決が決まったなら、リングに上がったならば。リングの外にある全てのしがらみを消し去って、打ち合え、と。


 以前、稽古でボコボコにされた花太郎をサイアが介抱する姿をみると必ず敗北するジンクスを抱えていたシドに言ってやりたい。……勝手に克服したけど。


 それに、ここまで舞台を整えちまったら引くに引けない。花太郎がリングに入ると、カイドにドヤされながらブライス君もリングへと入場した。


 両者が燃えさかる炎のようなオーラを身に纏う(纏わせているのはアキラだけど)。


 セコンドが背後についてアドバイスを施す。僕は花太郎の方についてみた。カイドの声がでかくて、わざわざ聞き耳立てる必要もなかったから。


「ケツの穴閉めろブライス!! 胸を張れ!」

「……う゛ぇっぐ」

「とにかくハナタロウは図体はでかいし、手は遅い。懐に入りゃこっちのもんだ!」

「……グスッ」

「聞こえてんのか!!」


 無反応のブライス君に対して声を張り上げるからカイドの怒声はまる聞こえだ。


「シド。ブライス君ってどんなやつなの?」

「……そうだなぁ。腕っ節は悪くねぇし、肝も座っている。イイ男だとは思うぜ? ただ。ほかの兄弟どもと比べりゃ、打たれ弱い部分があるな。そんな性根を鍛えることも兼ねて、カイドはデュークと旅させたんだ」


 次男デュークは結婚した際にリッケンブロウムを出て中央の都市を拠点に夫婦で行商の旅に出た。そこについて修行するという形で、ブライス君も同行したのだという。


「……たしか、ムーン・グラードの……僕が赴任した初日かな? シドが話してた”サイアの婿さんに考えてた男”って、ブライス君だよね? 見る限り僕に負けず劣らず頼りない印象しか、ないんだけど」

「いや、普段はここまでじゃねぇ。それに、ブライスならサイアも気負わねえと思ったのさ。夫婦めおとってのは対等じゃなきゃいけねからなぁ」


「たしかに……だけどあれじゃ尻にしかれそう」

「ホンマやで、ハナ。今だけでもなんとかならへんか?」

 そうだな。アキラの苦言、言いたいことはわかる。


[花太郎。僕は勝敗こそ興味ないけど、これはササダイ村の調査を行う上でも大事な宣伝活動なんだ]


「わかってるよ、エア太郎、アキラ。なにがどうあれ、あっちには本気でやってもらって、試合を盛り上げなきゃいけないんだろ?」

「せやせや。あんな無気力で勝負にあやいれられたんじゃ、胸くそ悪いで」


 ギャラリーとアキラが勝手に盛り上げただけだけどな。……まぁ元凶はブライス君がアキラを突き飛ばして広場の視線を集めて啖呵たんかを切ったことからだから、とばっちりってわけでもない。……その前にアキラがミニチュア茶番劇上映会でイジったのが原因でもあるけれど。


「シド。ブライス君の嫌いなものってなに?」

「あいつはカイドと同じ、曲がったことが大嫌いだ」

「いまヒネクレてるのは”思春期”ってことかな」

「シシュンキ? まぁ多かれ少なかれ、ヒネクレる時期ってのは誰にでもあるだろう」

「……でも根幹は変わらない、か。シド、今から僕は悪い事するけれど、情報提供してくれたあんたは共犯だからね?」

「好きにしろ、俺はセコンドだ。ここで勝っても負けても、花太郎だけの手柄にはならねぇ」


「うわぁ、すっげぇプレッシャー」

「いまさらなんだ? 新年祭で俺がセコンドについた時だって、さんざん負けてただろうが」

「でも、二勝はしたよ」

「勝っても負けてもかまわねぇ。イイ試合しろよ」

「もちろんさ。……この悪企わるだくみが成功すればね」


 花太郎が進み出る。アキラの作り出す幻影の照明がリングを薄暗く照らし、稲光と雷鳴を響かせた。


 ブライス君がケツを叩かれながら、疲れた肩をして歩みでる。赤色のオーラを纏った猫背の姿がやけに不気味だ。


 花太郎が右手を突き出す。

 ブライス君が右手を挙げてくっつける。試合開始だ。


「オゴッォ!」

 開始直後、ポジションそのままで花太郎の左拳がブライスの顔面をぶん殴った。


 花太郎が放つフルスイングの一撃は、ブライス君をリングの端までぶっとばした。反則だ。

  

 突然の一撃にアキラがタイミングを逃し、それをごまかす為なのか、地に伏したブライス君の身体を燃え上がらせた。


 赤い炎が青くなり、黒くなったあと、消えた。ブライス君の姿はそこにはない。


 と、思ったら、燃えカスの周りに謎の光が集まってきて、形をつくり、光がはれると、半身をもたげたブライス君が姿を現した。



 顔面を殴られ、唖然としていたのはブライス君だけではない。いつもうるさくヤジをとばしている連中も言葉を発することなく、広場中が沈黙し、ことの動向を伺っていた。


「て、てめぇ! なにしやがる!!」

 さすがカイドの実子といったところか、ブライス君が響かせる怒声には凄みがあった。


「……僕の反則だ。ブライス君が一本先取だな。大振りだったから、避けられると思ったけど、君は予想以上に弱かったね」

 花太郎がブライス君に歩み寄る。ド派手な照明とか、花太郎の纏うものすごいオーラが目障りだったから、僕がアキラの魔石にふれて、幻影をかき消した。

 「いいとこやのに」というアキラに【メリハリ大事!】とメモ帳に殴り書いて、読ませた。


「勝ち方にこだわるヤツ、酔っぱらってるヤツ、ニヤニヤしてるヤツ。楽しそうにやるヤツ。ただ僕を投げ飛ばしたいヤツ。……いろんなヤツと打ち合ってきたけれど、君みたいに”手を抜くヤツ”は初めてだ」

「…………」

「しゃっくりは止まったか? そんなびっくりしたのかチキン野郎め。てめぇに勝ったところでうれしくも何ともないからよぉ、勝たせてやるよ。立て! 腰抜け! ……いや、俺の指図は受けないんだったな」

 花太郎の一人称が「俺」に変わる。こういうときはハッタリをかましている時だ。第三者として眺めてみると、本当にマヌケな癖だと思う。


「ずっと座ってろよ。そうすりゃ本当の腰抜けだ」

 花太郎のトンチに、ギャラリーたちが同調する。

「てめぇ! オヤジに恥かかせんじゃねぇ」

「くだらねぇ試合しゃがったらゆるさねぇぞ!」

「死ぬまで寝転がってなぁ!」


 ブライスが立ち上がる。瞳は瞋恚しんいの炎が灯っていた。

 花太郎が笑う。

「次も顔面をねらってやる。あと二回俺にぶん殴られれば、お前の勝ちだぞ?」

「……今のは、ノーカウントだ」

 リッケンブロウムで暮らしはじめてからから、花太郎は挑発の仕方がうまくなったと思う。ブライス君が花太郎の嘲笑で闘志を取り戻した。


「試合はまだはじまっちゃいねぇ」

 今度はブライス君の言葉にギャラリーが同調する。


 ギャラリーのヤジがあまりにも大きく、一本を先取した当人の強い希望もあって、試合は一回戦からのしきり直しとなった。


「頭はねらってくれるなよ?」

「努めとくよ。何分、胸の高さに君の頭があるもんでね、打ちやすいんだ」

「やってきても避けるがな」

「いってろよ、腰抜け」


 中央で相対する二人が笑う。

 試合開始の合図は拳をぶつけ合うことではない。


 花太郎が構え、拳を突き出した。


「理由はどうあれ、一度拳をあわせたならば……」


 それに呼応してブライス君も拳を突き出す。


「ただ、……打ち倒すのみ」


 互いの拳が闘気を纏ってぶつかり合い、一回戦が始まった。



 




次回は11月24日投稿予定です。

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