第174話 楽しい茶番劇 中編
ヘクス:「出たな半神タイガーにシュイニーア・ガール! 積年の恨み、ここではらしてくれるぅ!!」
どうやら怪人とこの二人の間には浅からぬ因縁がある設定らしい。
千恵美さんが花太郎に投げキッスをする。
花太郎の眼前でチラっと幻影の光が点滅した。合図だ。
僕の眼前にも現れたので、段取り通り、花太郎の体をすり抜け、幻影に干渉しないように、舞台下まで抜けて退場する。
花太郎:「……あ~。僕はいったいなにしてたんだろう?」
ここからは花太郎もサイアも、自分のセリフ以外の展開を知らない。アキラが幻影で合図の光を出現させてセリフを進行させる。
サイアにキューがでる。
サイア:「ダ、ダーリィーン。その女と一体どういう関係?!」
千恵美:「彼とは初対面よ、安心して。私の投げキッスで彼に気力を注入して、回復させたの。他意はないわ」
アキラ:「シュイニーア・ガールは俺にゾッコンなんやでえ!」
千恵美:「んもぅ! タイガーったらぁ! 本当のこと言わないで」
アキラ:「ええやろ? 本当のことなんやから」
千恵美:「んもぅ! んもぅったら、んもぅ」
……千恵美さんの纏う服はヒョウ柄だし、サーバルキャットって名前の響きからして明らかに猫科の動物かと思ったけれど、ウシさんの類なんだろうか。
ヘクス:「ええい、であえであえ! 我が下僕どもよぉ!」
戦闘員たち:「アイーン!!」
千恵美:「さぁ。君たちは離れてて!」
サイア:「はい!」
サイアと花太郎、立ち回りの邪魔にならないように、舞台からおり、観客席から戦闘をみまもる。戦闘員は魔法使い寄り合いの連中が創り出した幻影だ。観客たちの頭上に現れ、身構えている。
アキラ:「いでよ! 伝説バット、”モノホーシザーオウ”!!」
アキラが手を振りかざすと、手には野球バットにしては柄の長いバットが握られていた。
アキラの声でナレーションが入る。
ナレーション:「説明しよう。モノホーシザーオウとは、半神タイガーの先代”王サーガタイガー”より受け継がれた伝説バットである。タイガーはこのバットを使って、日々悪党たちと闘っているのだ」
千恵美:「いくよ! タイガー!」
アキラ:「さあ、こい!」
千恵美さんが、ソフトボール大のエネルギーっぽい球体を手のひらに出現させる。
千恵美:「そーれ!!」
と言いながらエネルギー球を下投げでアキラにトスする千恵美さん。
アキラ:「ダイナマイツ!! カッキーン!!!」
アキラがバットを振るって、エネルギー球に当て、擬音を口ずさんだ。
エネルギー球は硬式ボールがバットに当たったときのような小気味よい音は鳴らずに弾かれ、空気を切りながら(もちろん幻影だから実際には空気なんて切ってない)”ビュシシシシィィ!”と音をたてて、戦闘員の一人を貫く。
戦闘員:「アイーン!!」
胸部を打ち抜かれた戦闘員が、花火みたいなド派手な光を放ちながらかき消えると、観客席から喫驚の声があがる。
千恵美:「ドンドンいくよ! そーれ!!」
アキラ:「カッキーン!! カッキーン!! カッキーン!! カッキーン!! カキカキカッキーン!!」
エネルギー球を連発しだす二人、観客席の戦闘員が次々に花火になって消えていく。
「おお! こいつはすげえや」
「魔法使い寄り合いの幻影か?」
「なかなかやりやがる!」
眼前で弾ける花火のド派手な演出で、観客が一気に沸いた。
舞台裏の魔法使い寄り合いの裏方たちがニヤニヤしていておもしろい。が、幻影の戦闘員の最後の一人が消えると、各々が目を合わせ、真剣な表情をつくった。
ここまで、ヒーロー二人の一番近くにいながらも、不意打ち何ぞ姑息な真似せず「グヌヌ」と言った表情をずっと維持していた怪人と、一番近くにいる怪人を決して攻撃なんぞせず、遠くにいるすべての雑魚敵をケチらしてヒーロー二人がドヤ顔をつくって、対峙した。
アキラ:「さあ、残すところはあとはお前だけやでぇ! 怪人メオットケンカー!」
千恵美:「改心するなら、赦してあげてもいいわよ! 祝福あれ!!」
ヘクス:「おのれ半神タイガー。しかしこれで終わりではなぁい!」
戦闘員たち(たくさん):「アイアイ、アイーン!!」
アキラ:「な、なにぃ!?」
ヘクスが手を振りかざすと、再び観客席に戦闘員が沸きだした。ものすごい数だ。
舞台裏寄り合い連中が気合いを込めて活を入れる。
アキラめがけて戦闘員が一斉に飛びかかった。
千恵美:「タイガー!」
アキラ:「負けるかよぉ!!! ひっさぁぁつ!! タイガータイフーン・サイクロン・台風トルネードォォォ」
アキラが旧地球の多言語入り交じる必殺技名を叫びぐるぐると身体を回転させながら猛烈な素振りを始める。
この身体能力は明らかに常人のソレを逸脱してるから、いつのまにやら、アキラは幻影で自分を創り出してすげかえたと思われる。当の本人は鼻ほじってても誰にもばれることはないだろう(僕が幻影に触れさえしなければ)。
アキラを中心に竜巻が起こり、周囲の砂(もちろん幻影)が巻き上がり、アキラと、飛びかかる戦闘員の姿を隠した。
サイアにキューが入る。
サイア:「うわぁ! すっごい風!」
花太郎:「タイガーをちゅうしんにたつまきがはっせいしているぞ~。まるで”源砂の塔”のミニチュアばんをみているみたいだ~」
サイア:「え~? ダーリンって源砂の塔をみたことがあるのぉ?」
花太郎:「見たことあるっていうか、源砂の塔そのものだった? みたいな?」
サイア:「ダーリンすっごーい」
花太郎:「源砂の塔って、タロ砂漠の中心地にあるんだよ」
サイア:「あぁ! お母さんから聞いたことあるぅ! JOXAっていう、空中神殿につながっている、神聖で偉大なる向こうの世界の人たちは、”到達不能地点”って言ってるって。強いモンスターもいるし、生きて帰ることはおろか、たどり着くだけでも大変な場所なんだって」
千恵美:「そうなのよ! まぁ、それも今となっては、見れなくなってしまったから、こんなところでミニチュア版が見れるなんてすごいことなのよ」
花太郎:「…………」
花太郎にキュー。
花太郎:「へぇ~」
サイア:「へぇ~すごいんだねぇ」
ヘクス:「ま、まだまだぁ!!」
戦闘員が無尽蔵に現れては、アキラの起こす砂の竜巻に埋もれていく。
その間、千恵美さんが花太郎たちに、解説をしている体で宣伝を始めた。
・タロ砂漠には、”源砂の塔”となって広大な砂漠を造り上げていた精霊の他に、それに匹敵、あるいはそれ以上の”精霊”がササダイ村の近郊に存在していて、向こうの世界(旧地球)の組織、JOXAが今後、本格的な調査をに乗り出すこと。
・そこでJOXAは調査に協力してくれる魔法研究者を探していること。
・最後に、JOXAから出向されるであろう魔法研究者の中に、唯一無二のスゴ腕幻影魔法使いがいて、彼が滞在する間、幻影魔法によるショーが定期的に開催されるであろうこと。
花太郎:「へぇ、すごい」
サイア:「村の人だけじゃなく、もっともっと世界中のみんなが、アキラさ……じゃなかった。スゴ腕幻影魔法使いさんのショーを観に来れるといいね~」
つっこみどころ満載のCMタイムが終わると、シンベエにキューが入った。
「うむ」
シンベエが舞台裏で人間大サイズに巨大化すると、大気を操って観客たちに突風をあてた。
観客たちが揺らぐ。
「すっごいよ! おかーちゃん。これ、本当に竜巻だぁ」
「坊や、しっかりと、かーちゃんにつかまってるんだよ」
「吹け吹けぇふ~けやーい!」
「威勢がいいなぁ、ボウズ!」
「たーのしー!!」
タイミング的にはアキラが幻影の竜巻を発生させた瞬間にシンベエにキューが入る方が無難だけれど、【ササダイ村に魔法研究者を!!】という欲目が、千恵美さんのCM後にキューがでるご都合主義な結果を招いた。笑った。
千恵美:「さぁ、タイガー! もう一息よぉ!」
「ねぇ、とーちゃん。どうしてあの怪人とお姉さんは竜巻のあんな近くにいるのに大丈夫なの?」
「ん? そりゃぁな、あの風が幻なんだよ」
「まぼろし? あの竜巻、ニセモノなの? じゃぁこの風は?」
「あの後ろで、竜族が風をおこしてんのさ」
「え……」
「ちょっとアンタ。子どもの夢を壊すんじゃないよ!」
最前列で見ている親子の会話が漏れ聞こえた。丁度ヘクスの真正面の位置での会話だから、彼にも聞こえていたかもしれない。
ヘクス:「おぉぉぉ! 身体がもっていかれそうだぁぁぁぁ!」
なんかとってつけたようなリアクションだけど、必死に子どもの夢を壊さないように取り繕うこの男に好感がもてた。
千恵美:「ス、スカートがめくれちゃうぅぅ!」
アキラ:「(竜巻の中から、声だけ)ち、千恵美!!」
千恵美:「私のスカートの中は大丈夫だから、構わないで続けてぇ!」
アキラもヘクスの意図をくみ取ったのか知らねぇけど、幻影の千恵美さんがスカートが風にあおられてめくれそうになるのを押さえつけるリアクションをつけたした。いいのかそれで? 幻影だったら千恵美さんに何をしても構わないと考えてるのか? お前は。
サイアが「変態」とぼそりつぶやいたあたりで、竜巻は上空へと昇ってゆき、砂嵐で隠れていたアキラの姿が舞台上に現れた。
アキラ:「打線・炸・裂!!」
バットを振りあげて、決めポーズをすると、空高く昇った竜巻が、大きな音を立てて弾け飛んだ。特大花火だ。
観衆たちから喫驚と歓喜の声が漏れる。
花火は竜巻のその回転を空に焼き付けたかのような螺旋軌道を描く無数の線となって広がり、魔法を使わない物理法則の力では到底実現できないような渦巻き状の柳模様を描いていた。
そして、観衆たちから喝采が沸いた。
アキラ:「見たか怪人。今度はお前や、観念せい!」
千恵美:「んもう! アッキュンサイコー!……タイガーサイコー!」
アキラ、幻影の千恵美さんに間違ったセリフを吐かせる。そうか、アキラって、千恵美さんからは”アッキュン”って呼ばれてたんだな。
ヘクス:「ぬぬぬ、かくなる上は!!」
怪人役ヘクスのそのスルー力には感心する。役者根性を感じる。
ヘクスが手を振りかざす。
舞台裏の魔法使い達に緊張が走る。
ヘクス:「いでよ! パシフィック魔獣よ!!」
夜空に邪悪っぽい靄がかかった。
ヒーローものの定番、巨大ロボットバトルの始まりだ。
次回は 11月12日 投稿予定です。




