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第172話 茶番劇、開幕!!

 午後になってイソイソと起き出したアキラ。

 花太郎とサイアはもっと早くに起きていて、アキラを揺り起こしたが微動だにせず、仕方がないからと、アズラとシンベエを連れて初詣(でいいのか?)に行ってた。二人はアズラにねだられて、シンベエが澄まし顔で唾を飲み込む音を聞きながら、市場で売っている果実を買い与えて日時計へ向かい、AEWの通貨を賽銭箱に投げ入れていた。


「大変や、いま起きてもうた」


 帰ってくると、アキラが絶望していた。ヘクスたちは広場の入場制限が解除されるまでに夕食の支度やら、村人たちが集う余興の特設ステージの設営やらに駆り出されて動きようがない。ランスルーもゲネプロ(本番同様の総当たり稽古)も時間と場所に都合がつかず、実施は不可能だった。


 まぁ、自業自得だし花太郎たちも一夜漬けでアキラが起きない時点で「やるしかないよな」って覚悟はできてた。花太郎ですらヘバってるのに、肉体強化マナコンドリアの恩恵が受けられないアキラにしてはよくがんばったと思う。


「もう、なるようにしかならへん! やったるでぇ!」

  アキラはベッドの上で気合いを入れ直してた。


 その後、アキラは「開き直ったろ」なんて言って、日時計のある憩いの広場に初詣に行った。

 太陽光が円盤の下の位置まで降りている日時計の前に立ち、柏手を打って、今公演の成功を口に出して祈っていた。開き直ってないじゃん。





 太陽が砂漠でできた地平線の向こうに沈んだ。


 あたりが暗くなり始めたころ。ササダイ村、行商人の行き交う街道終わりの広場には、村人たちが午後からすさまじいスピードで組み立てた特設ステージが完成し、その周りでは、篝火かがりびや色鮮やかな魔石のランプが焚かれた。


 各々が酒や食料を片手に酒場や宿から飛び出し、ステージの壇上に村長が昇って、行商人の帰還と、新年の挨拶、そして宴の始まりを告げた。


 ……今回僕たちは、村長に懇願して、これから特設ステージで行われる余興のプログラムにアキラプロデュースの茶番劇を飛び入りでねじ込んでもらった。


「なぁ、アキラ」

 花太郎が生まれたての仔鹿の如く身を震わせている。そんな花太郎を見て「ちょっとかわいいかも」みたいに思って、はにかんでいるのはサイアだ。


「なんや?」

「……僕たちってさ。トリじゃね?」


「あたしゃ竜だよ」

「俺も竜だ」

 アズラとシンベエがボケる。


「ほぇ? ほんまかいな?」

 アキラの反応を見て、花太郎がステージの脇を指さした。


「……よう、見えへんなぁ。なんやあれ」

 暗がりだし、アキラは目が悪いからよく見えていない。……僕は目がいいから花太郎が指した先に何があるかわかった。余興のプログラムだ。


 ステージの隣に村の立て看板を流用した掲示板が建てられていた。


 ”ササダイ村”とかかれた看板の”サ”と”村”の字が半分だけ見切れるようなこじんまりとしたサイズで、今回の催しのプログラムの紙きれが上から張られている。


 遠すぎて文字こそ読めなかったが、整った横文字の書体で書かれたプログラムの一番下の部分に、明らかに後から書き足されたであろう、荒っぽい文字列があるのがわかる。


「エア太郎。ちょっと頼む」


 人混みがすごくてとても近づくのに難儀している花太郎たちに変わって、上空から立て看板に向かって接近した。


 途中「精霊さまだぁ!」などとはしゃぐ輩に火酒をぶっかけられた。すりぬけただけでなんともなかったけど、一応[アチャー! 酔っぱらっちまったい]みたいなリアクションをしたらバカみたいに笑いだして、おもしろいを通り越してちょっとイラっとしちまった。……うん、今の僕は、心にあんまり余裕がない。


「頼むぜ! 精霊様! 最後は盛り上げてくれよー!」

 という不吉な声援を聞き流しながら、看板へ急ぐ。


 そして看板をみやる。


[花太郎]

 血液通信ブラッド・テレパスを送る。


『ど、どうだ?』

[……トリ(最後)だ]

『…………そうか』


「終わるまで飲まないどこう」と言ってた花太郎が、火酒が入った樽のグラスの中身を一気に飲み干したのを、僕は遠くから眺めていた。


「やったるでぇ! やったろうでぇ! ハナァ!」

「ハナタさん。しっかりして!」

 花太郎の震えが尋常じゃなくて(勿論、急性アル中によるものではない)笑えた。花太郎のおかげで幾ばくか冷静になれた。


 心配性の花太郎が、アキラが単身で村長のもとへと余興の飛び入り参加の打診をした際、「万全の準備を整えたいから手番をなるべく後の方に回してほしい」と要望をだし、村長がそれを受け、できる限り後ろの方……つまり一番最後に回してしまった、と。


 花太郎の自業自得である。


 しかし今回は、ササダイ村での花太郎の知名度を最大限利用するため、内面ではアキラが主体となって動いているものの、メンバーの代表者は花太郎で、余興を行うチーム名が「タロ砂漠の精霊、甘田花太郎と奇妙な仲間たち」になっていることも、トリに選ばれた一因だろう。


「ハナタさん、もうその辺にしたほうがいいよ」

「うう。すまんね、ハニー。緊張しちゃってさ」

「は、ハニーって…………ま、まだ始まってないんだからね」

「ああ、そうだった。つい、ついね。」

「も、もう。ダ、ダーリンッたらぁ」


 飲んだくれ花太郎とサイアの、役なのか素なのかよくわからない夫婦漫才を尻目に、刻々と時間はすぎてゆく。


 曲芸。歌。楽器の早弾き。寸劇。余興に乗じてセールスをしかけるヤシにはご愛嬌のブーイングが起こる。


 魔法使い寄り合いの連中の中にも、チームを組んで魔法を駆使した余興を披露する奴もいて、なかなか楽しめた。


 手の先から花火、氷柱を出現させた後の早彫り。腕こそ悪くないが、ペティやリズはもっとド派手に、かつ短い詠唱で済ましてしまうだろう。長老会が選抜した手練の魔法使いの実力は伊達ではないのだと、今更思い知った。





「どうも、遅れやした」

 ヘクスが仕事にキリをつけて、集合場所にやってきた。


 ”石の肝っ玉亭”の入り口をみやると、宿屋の主人が、どでかい樽のグラスを片手に手を振っていた。もう主人も仕事をする気はないらしい。 


「心配しとったで、ヘクスはん」

「すんません。おいらで最後ですかね?」

「そうやそうや、最後や。来てくれたんなら、後は俺にまかしとき!」

「へぇ。そいつは心強い。……ところで、精霊のダンナ? もしかして飲み過ぎちゃいやせんか?」


 一同、花太郎をみやる。

「だ、だ、だ、大丈夫だ。酒の方は問題ない」


 ……酒の方は問題ない。嘘ではないだろう。こいつのことだから、酒はとっくに抜けているはずだ。稽古時間一晩、ぶっつけ本番、手番はトリ。この条件で酔えるほど、こいつの肝は座っていない。


「ダ、ダーリン。が、がんばろうね!」

「よ、よろしく、サイア嬢!」

「ふぇ」

 サイアが勇気を振り絞って役名で花太郎を呼んだのに、それすら気づかない花太郎。こいつの緊張がサイアに伝染する。


「こりゃ、お似合いの夫婦やなぁ」

「仲のおよろしいことで」

 夫婦役の二人が赤面し、寄り合いとアキラが笑い。アズラがたらふくご馳走平らげてまどろみ、シンベエがその傍らでキリリとした姿勢でゲップをしていた。


 本来トリを予定していた連中の目を見張るパフォーマンスを終えて、観衆のテンションは最高潮に達していた。


 舞台袖で待機している僕達と、階段を降りてきたパフォーマーがすれ違う。


「最後を譲ってやったんだ。精霊様。おもしろいもんみせてくれよ」


 建前上は代表者になっている花太郎の方を拳で小突くパフォーマー。


「だ、だいじょぶか?」

 血の気のひいた花太郎の表情をみて、本気で心配してくれるパフォーマー。


「だ、大丈夫だよ。あんちゃんの優しさに、ありがとう」

 花太郎の返答がぜんぜん大丈夫そうじゃないけど、観客は待っちゃくれない。


 司会を担う村長に呼び出され、僕達の茶番劇の幕が開いた。


 アキラが手を前に突き出した。

 ヘクスが「えんじん、ってやつですね」と言い、突き出したアキラの上に手を重ねる。

 魔法使い寄り合いの他の連中と、アズラたちを抱えた花太郎とサイアがこれに続く。もちろん、僕も手を突き出した。


「いくでぇ皆の衆! せぇえのぉ!!!」

「「「六根清浄(ろっこんしょうじょう!!)」」」


 アキラのかけ声にヘクスたちが呼応する。いや、そのかけ声いつ取り決めたんだ?


 僕、花太郎、サイアが口を「オー」の字にしたまま、キョトンとしている傍らで、観衆がこの一風変わったかけ声に期待に胸を膨らませ「ウォー! ウォー!」と沸き上がった。


 アキラの魔石が輝き出す。


 剥き出しの特設ステージが、赤い別珍べっちんの、高級感あふれる垂れ幕、大臣幕だいじんまくで彩られる。


「ハナ、お嬢。スタンバイや!」

 花太郎が頬を叩き、気合いをいれると、サイアとともに壇上にあがった。


 垂れ幕の上から緞帳どんちょうが降りてくる。


 緞帳には有名なとんち物語、”一休さん”に出てきそうな、猛々しい屏風びょうぶのトラみたいな刺繍が描かれていた。


 魔法使い寄り合いの連中が花火や煙を幻影魔法で作りだし、観衆の視界を奪う。


「タイトル! いくでぇ!!」


 アキラの魔石がさらに強く輝くと、緞帳の前に力強いタッチの文字が浮かび上がってきた。


 魔法使い寄り合いがつくり出した幻影の特殊効果のせいで、まだ文字の全貌は見えない。


 アキラが「タイトルは本番直前までねばらせとくれ」と決めかねていたせいで、僕もタイトルを知るのは初めてだった。


 幻影の煙が晴れて、観衆の前に公用語で書かれたタイトルの全貌が露わになった。


【セントラルヒーロー・半神はんしんタイガー】


 ……公用語の翻訳、間違ってないよね?


 緞帳があがると、旧地球のそこそこ広いマンションの一室と思われるセットの中で、健気に家事をしているサイアの姿があった。


 セットは勿論、全て幻影魔法によるものだけど、サイアの動きに対応して精密に動くので、魔法の心得があると思われる観衆から「おお!」と関心するような声が漏れ聞こえた。


 けれど、サイアが電子レンジの使い方を間違えて、シャモジや包丁を収納したとき、その間違いに気づいた観客は、一人もいなかった。


 もう、あれだ。なるようにしかならないね。

次回は11月6日 投稿予定です。

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