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第16話 静寂な夜、騒々しい星々を見上げて北極星を探す。

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 日は暮れかけていた。赤く染まる太陽がやたらとでかく見えるけれど、盆地を作り出した砂塵の雨が紗のヴェールのように夕日を透かしていて、ぼやけていた。砂塵の雨に光が当たるとそれが拡散する光線になって、あたりを赤く照らした。


 そのぼやけた光線の中に、源砂の塔と呼ばれる反重力の渦があって、サイアはそれを見上げていた。柔らかな砂の上に腰を下ろして、神秘的な光景にすっかり心を奪われているようだ。


 少し離れたところに巨大化したままのアズラがいた、ユリハに説教していた。ユリハはアズラに叱られてシュン……としている。


 更にずっと離れたところ、王蛇の片割れが横たわっている所にカイドとシドがいた、2人は戦利品の選別を行っていた。


「手強い相手だったが、部位単体の強度は大したことねぇぜ」


 カイドが短刀で王蛇の皮を剥ぎながら言った。


「粘ついた体液と緩急自在の筋肉、弾性の強い皮膚が相まってアズの蹴りを耐えたんだろうな」

「全身が緩衝材みてぇなもんだな。シドよ、落ちてくる1匹はこと切れてると思うか?」

「地面にぶつかるまでは生きてるだろうが、さすがにあの高さじゃ助からんだろう」

「俺は落ちてもピンピンしていると思うぜ、賭けるか?」

「よせよ、俺はあいつに持っていかれた切っ先のほうがよっぽど心配なんだ」

「八()だったもんな、ありゃさすがに同情するぜ。これで俺が賭けに勝っちゃお前がかわいそうだな」

「言ってろよ」

「……にしてもこいつにゃ悪いが骨の随までまぁ、手軽に運べて売り物になりそうなのはねえな。食用にしたって”食えたもんじゃない”ってアズからお墨付きだ」

「……となると牙だけか」

「ああ、質はいいぜ」


 2人の視線が王蛇の頭部に向いた、そして同時に「ふぅ」とため息をついた。


「ユリがボロッボロに砕いちまった…」

「俺も遠目で見てたけどよ、でっけぇ爆発だったなありゃぁ」


 言いながらいそいそと頭部に近づく2人。カイドが戦斧から分離したハンドアクスの刃を、王蛇の、かつて幾何学模様で綺麗に密集した牙の面影を持ったカルシウムの残骸の付け根にあてがった。


「いいぜ、シド」

「おう」


 シドがハンドアクスの刃の裏側にある鎚をカイドの鎚に向ける。そして鎚を軽~く打ちおろした。


 コツ、コツ……コツ、コツ……


 カイドが構える鎚をコツコツと叩くだけで、ポロポロと王蛇の牙が落ちていく。カイドが円形の大口に沿って少しずつ刃の位置をずらしてはシドがそれをコツコツと叩いて追随する。


「なぁ、シドよ」

「なんだ?」

「ユリハのおかげで、牙ぁ取りやすいな」

「そうだな。でも多少取りにくくてもいいから、もっと形のいいのがほしいな、俺は」

「もう1匹の方に期待しようぜ、口周りはほとんど無事だろうからな」

「……高くついたな、この牙」

「切っ先かぁ? まだなくなった訳じゃねえだろ」

「ありゃ掘削用だから返しがついてないんだよ。せめて矢じりだったらなぁ」

「まぁ、重く考えるな兄弟、あいつの身体に深く刺さってんだから、きっとそのまんまさ。前向きになれよ、酒もねぇのに絡まれるのはごめんだぜ」

「あぁ、すまんな」

「……だがよ、爺さん達がこいつを見たら逃げろって言ってた意味がわかったぜ」

「俺もわかった。こいつ、やたらと強いくせに金にならん」

「お前の伝手にスナノヅチの目利きができる奴、いるか?」

「知り合いにはいないな」

「素材の質は良いが市場に出回らないからブランドの価値が出ねぇ、ナタリィに加工してもらうしかねぇな。まぁ、タロ砂漠で一番強えぇ奴を倒したんだ、みやげ話にゃなるな」

「そうだな」


 夕焼けのせいだろうか、コツコツと音を立てながら話す2人の背中は少し疲れているように見えた。


「ピィーーーーーーーー!」


 サイアが指笛を吹いた。


 その音がカイド達の元へ届くと、2人は空を見た。

 巨大な影がゆっくりと、次第に大きくなっていく。


「来やがったな」

「おい、切っ先見えるかよ? 切っ先」

「見えるわけねぇだろ」

「キラッと光ればいいんだよ、キラッと、柄尻が……」

「こっちに近いぞ」

「わかってる」


 王蛇が空中でビチビチともがきながら、大地との距離をグングン縮めていく。


 やがてエリマキ状のヒレとヒレの間のわずかな隙間まで見えてくるようになると、程なくしてドスン! と大きな音を立てて王蛇が大地に激突した。カイドとシドの傍だった。


「怯んじゃいるがまだ生きてるな、タフな野郎だぜ」

「とっとケリをつけて切っ先を探す!」

「賭けなくてよかったなぁシド。牙を傷つけないように、大口の真横に打ち込むぜ」

「おう」


「ピィーーーーーーーー!」


 2人が斧を構え、王蛇にトドメを刺そうと駆け寄っている最中にサイアが再び指笛を吹いた。


「上だよぉ! 上ぇ!」

 遠くでサイアが叫んでいる。


「なんだ?」

「上だぁ?」

 2人が再び空を見上げると巨大な影が落下してくるのが見えた。


 アズラだ。


 彼女は落下方向に向けて両足をそろえ、空気抵抗を極力減らし、加速しながら落ちていた。


 ドスンッ!


 そして狙い誤らず、王蛇の頭部を踏み抜くアズラ。王蛇の頭は潰れ、白に黄味がかかった幾何学模様の密集した牙がバキバキと音を立てながら粉々になった。


 瞬殺だった。


「あたしゃコイツの相手はもう二度とごめんだよ。これでやっとゆっくりできる」

「アズ……アズよぉ、てめえ!」


 何か言いかけたカイドだったが、すべてが終わって達成感に満ちた表情のアズラを見て言葉を呑んだ。


「切っ先は!?」

 

シドがビクビク痙攣している王蛇の尻尾へ向かうが、弾性の強い皮が傷口を塞いだ痕があるだけで短槍はみつからなかった、空中で抜け落ちてどこかへ飛んでいってしまったのだろう。


 スナノヅチ退治を終えたアズラは青白く光りながら元の大きさに戻り、放置していた背負い籠を引っ張ってきた。

 ユリハの進言で、調査は明日の朝から行うことにして、倒れた王蛇のそばでサイアと2人で野営の準備を始めた。


 シドは日が暮れるまで短槍を探し、盆地の周りをうろついていた。


 カイドはアズラが踏み砕いた王蛇の牙で、使えそうな大きさのものを選別してはちまちま拾い集めていた。


 野営の準備が整った頃にはあたりは薄暗くなっていた。


 シドは短槍捜索をあきらめて、とぼとぼと野営地に戻ってきた。


 反重力の渦のそばではあったけれど一カ所にとどまっていると少しずつ砂が降り積もってくるので、籠の屋根布を頂点に布切れをつなげて屋根を拡張していた。


「コイツだったら使えるんじゃないか?」


 カイドはスナノヅチの白身の多い肉片をサイアに見せていた。


「うん、ちょっと待ってて」


 サイアはカイドが持っている肉片の上に右手をかざし、その下の地面に少し大きめの空き瓶を置くと、呪文を詠唱しはじめた。


 うすらぼんやりと肉片のまわりに白い光が纏い、地面に一番近い部分から空き瓶の入り口に向かって、乳白色に濁った水滴がジョボジョボと滴り落ちてきた。


 サイアが詠唱を続けている間、水滴は落ち続け、瓶の中身がいっぱいになった頃には水々しかった肉片はすっかり干し肉なっていた。


「これでいいかな? 」

「おう、まぁ塩かけときゃ味は誤魔化せるだろ」


 カイドの満足げな表情を確認したサイアは、今度は乳白色の液体でいっぱいになった瓶に手をかざすと、また詠唱を始めた。先ほどのものとは違う言い回しをしているのがわかった。


 やがて水面に黄金色の液体が現れはじめた。それは乳白色の液体から分離しているようで、それが上澄みとなって瓶の上部に溜まっていった。

 サイアが、「ふぅ」と息をつく。


「こっちは、あんまり取れそうにないかな」

「まぁ、しょうがねぇ。かさばるからここで使っちまおう」

 ユリハが手の平程度の大きさの器とスプーンを持ってくると、サイアが黄金色の上澄みをスプーンで掬いとって器に移し替えた。


 ユリハが器を受け取ると、小指程度に細長く丸めた布の切れ端の一部をそれに浸した。この液体は多分、油だ。


 ユリハがライターを取り出して布切れの上部に火を点ける、点火された布切れはそのまま燃え続けた。やはり油だった、そして「魔法じゃなくてライターなんだ」って思った。それでもサイアのそれを見た後だとライターの火もなんとなく神秘的に思えてしまうのが少し不思議。


 ユリハは器と布切れをいくつも用意して、それぞれに科学の粋を極めた点火装置で火を灯しては四方八方に配置した、夜襲を警戒するためだ。


 さらにシドが、籠から二つの円筒形のランプを取り出して、蓋の上に手をかざした。シドの手のひらが一瞬淡く輝くと、ランプに明かりが灯る。ランプの点灯は昨日までサイアが担当していたけれど、どうやらシドも魔法が使えるらしい。


 上澄みになっていた油がなくなって、瓶には乳白色の液体が残った。するとサイアが再び瓶に手をかざして、詠唱を始めた。


 ほどなくして液体は濾過されたように透明になった。


「サイアがいなけりゃ水不足だったな」


 カイドが干し肉を切り分けながらニカニカと笑って言う。


「すまんなサイア、疲れたろう? 」

 短槍喪失で消沈していたシドが、このときばかりはサイアを労っていた。


「ううん、大丈夫だよ」

 サイアの元気そうな返事を聞くとシドは微笑んだ。そしてすぐに落ち込んだ、短槍のことを思い出したのだろう。

 サイアは父の浮き沈みを眺めていたけれど、シドに話しかけることはなかった。


「もう寝るよ」

「なんだアズ? 食わねえのか?」


 カイドが干し肉に大量の香辛料を振りかけながら、少し驚いた表情をしてアズラに問いかけた。


「拵えてもらったサイアやカイドには悪いけど、今日は動きすぎて疲れちまったんだ、小さくなるのも億劫でね、明日の朝にもらうよ……」


 言いながらアズラの瞼はすっかり落ちていた、そして寝た。あたりが真っ暗になって星が空を支配しはじめた時分だった。


 アズラの巨体が静かに寝息をたてている側で、4人は缶詰に入った携行食と味付けした王蛇の干し肉で簡素な夕食を取った。


「うん、噛めば噛むほどでてくるな。……エグ味が」

 手に握った王蛇の干し肉を噛みちぎっては、力一杯咀嚼しながらカイドは言った。


「油分もほとんど抜いちゃったし、うま味は出ないよね……」

 サイアはカイドと違って一口サイズに切り分けてはいるが、それでも食べにくそうだ。


「砂漠にいるんだから、貴重なタンパク源ではあるけど、街に出たら……ねぇ」

「ああ、携行食にしたって、売り物にはなんねぇな」

 ユリハの言葉にカイドは同調した。シドは黙々と干し肉を噛みちぎっては、時折携行食の豆の缶詰を摘んで、サイアが精製してくれた水を飲んでいた。


 アズラが布でつくった砂よけから少し離れたところで眠っていたので、四人は籠を移動させてアズラの真上に砂よけが来るように布を張り直すと、サイアとユリハがアズラの腹部を枕にして寝た。


 シドが得物を抱き抱えたまま籠にもたれかかって眠り、カイドが最初の見張りに立った。


 静かな夜だ。反重力の渦が巻き上げる砂粒のこすれる音だけが聞こえる。


 砂漠の夜はべらぼうに冷え込むけれど、薄い布切れにくるまった2人はなんだか暖かそうだ。アズラって暖かいのかな? 今まで小さくなったアズラと2人は籠の中で寝ていたけれど、そのときも寒そうな様子はなかった。

 アズラってずっと変音動物の類だと思っていたけれど、ちゃんと体温があるんだな。君の足裏を雑巾で拭いたときは夏だったから、生暖かくて気づかなかったよ。


 カイドは元気のないシドが少し心配みたいだ。ぼちぼち交代するころかなって思ったけれど、カイドはシドを起こさないで見張りを続けていた。


 そしたらシドが「もう交代だろ?」と勝手に起きてきた。なんだかんだで職務を全うしようとする様はかっこいいな、オヤジの鑑って感じだな。


 静かな夜だ。静かだと、なんかいろいろ考えてしまうな。


 サソリみたいな奴がいるけれど、地べたに寝ててみんな大丈夫かな。


 「毒針が刺さってもサイアが治療できるのかなぁ」なんて考えている間にシドがみつけてそれを拾って、針のついた尻尾を毟って捨てた後、残りを口に放り込んでた。


「うまいか?」

「あの肉よりは幾ばくかマシだ」


 カイドはそれを聞くと先ほどのシドと同じように、得物を抱えたまま籠にもたれ掛かって、眠りについた。


 どでかい穴をあけた満月に近い月が一際大きく光を放って、辺りの星光をかき消していたけれど、それでも空は賑やかだった。


 満天の星とはこのことを言うのだ、美しいと思った。


 静かで明るい夜だ。僕は今、数日前に取り戻したばかりの感覚で、見慣れた世界を改めて眺めていた。

 感じること、考えること、思うこと。そこから疑問が幾つも浮かんでくるけれど、それを伝える術がない。


 そんな出口が見つからない深い思索の中で、ふと娘を想った。


 彼女がどのような人生を歩んで、何を感じて、何を考え、何を思ったか。そしてどのように一生を終えたか。


 想うことは残酷だ、今の僕には知る術がないんだから。


 ここは未来の地球で、カイドやアズラ達は人類や人類と同じ時代に栄えた生物達の子孫なんだ、きっと。

 あの時代のワームホールはこの時代につながっていて、ユリハはそこをくぐって来た。辻褄が合うから、そう思うことにする。

 ここはアッチ界ことAEWで、咲良が生きてる時代とつながっている。僕はもうここの住人なわけだから、これからはアッチ界のことを”コッチ界”と呼ぶことにしよう、うん。


 咲良は何歳になったかなぁ、ユリハの顔立ちがロリ顔のままほとんど変わってなくて年齢不詳だから推測できん。サイアの成長ぶりをみていると、咲良はもう成人しているかもしれないな。


 ワームホールの向こう側で生きている咲良の事を想うと、幾ばくか気分が安らいだ。


 気が晴れたところで「僕は一体何千万年くらい”ボケら~”としてたんだろう」と思っていたら、母さんが愛読してた天文学ブックの特集ページの内容を思い出した。”北極星の移動について新たな仮説”ってタイトルだったかな。


 地球の歳差運動ってので、2万云千年かの周期で北極星が入れ替わるのは観測と推測がなされているんだけど、これの他に「太陽系は天の川銀河を中心に公転しているから、そのせいで星全体が相対的に少しずつ移動している」って説を打ち立てて、それを証明するための観測方法を紹介してた気がする。


 この説を真とすれば、移動した元北極星を見つけだし、現在の北極星の場所からどれだけ離れているかを測定することで年月が割り出せるはず! まぁ測定する方法は知らないけれど、暇つぶしにはよさそうだ。


 最初に現在の北極星を探そう。太陽が沈んだ方角を思い出して、そっから90度右を向く、何となく北の方角だ。

 何となく北の方角をボケら~と眺めていると、時が進むにつれて天体が動いている箇所と、そうでもない箇所を見つけた。そうでもない箇所の一番動いてない星が、現在の北極星だ。いまいちパッとしないちっこい星だった。


 あとは元北極星を探そう。こぐま座の、こぐま座のなんだっけ? ……ポラリス! みたいな名前だった、とにかく明るい星だ。


 月がこんなに明るいのに、あまねく星々が騒がしくひしめき合っている。


 そういや、こぐま座の形知らねぇや。

 母さんから北極星の見つけ方を教わった気がする……


 思い出した。天体の中で一際目立っている北斗七星のひしゃくになってるところの一番先っぽの星と、隣の星を直線でつないで、その直線を先っぽ側に5倍か6倍分くらい伸ばした所にある一番明るい星が北極星だ!

 そして北斗七星がみつからない、夜空を見上げたら真っ先に見つけられたのに。「もしかしたら、今は南半球にいるのか!?」ってよぎったけれど、南極星は日が沈む方角に向かって左側にあるはずだから、今の僕は北半球にいるわけで。


 元北極星ポラリスの捜索、ここに断念す。いい暇つぶしになった。

 ……父さん母さん。親不孝をして、本当にごめんなさい。


 まだまだ夜は深い。暇なので見張りに立っているシドに声をかけてみよう。


 [はじめまして、ボクハナタロウ!]

 やはり聞こえていません、無反応でした。


 ……本当に静かな夜だ。月明かりが大地を照らして、それでも星空は賑やかで、よくみると反重力の渦が巻き上げる砂粒が空にうっすらと霞をつくっていた。


 静寂な夜なので僕は僕の中で極力騒がしく振る舞ったけれど、それでも永い夜だった。


 …香夜さんもどこかにいるのかな。


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