第15話 番いの王蛇 対 カイドパーティー・3 空の果てまで!
ピンチだった。
先ほどまで確かにアズラが優勢だった、サイアの奇策のおかげだ。まもなく組伏せられるだろう、その寸前の出来事だった。
2匹をつないでいた糸をユリハが焼き切った。
まるで解き放たれたバネのように、王蛇の身体が反動で大きく揺れ動いた。
とっさの事態に対応できなかったアズラが押し返してくるスナノヅチを抑えきれず、バランスを崩して背中から仰向けに倒されてしまった。
スナノヅチがアズラの上にのしかかる。
王蛇の胴体は彼女の股の間にあった、巨大化したことが仇となって、アズラ自慢の蹴りも王蛇の側面をかすめるだけだった。
王蛇の大口が牙をむき出しにしながらアズラの頭部を襲う。
アズラは両腕両足で王蛇の胴体を強く絞め付け、首を稼働限界のギリギリまで傾けてそれをかわすと、牙を立て大口の側面に食らいついた。
砂壁をつくるアズラの踏みつけすら相殺するスナノヅチの皮膚である、彼女の牙は文字通り、歯が立たなかった。
しかし放すわけにはいかない。
ひとたび放せば、再び王蛇の大口が彼女の頭部を襲うだろう。
のしかかっている王蛇の重みが、アズラの体力をジリジリと奪っていく。
王蛇に食らいつきながら堪え続けるアズラ。しかし捕食されるのは時間の問題だろう。
……1対1ならば。
「打ち込むぞシドォ!!」
「わかってる!」
カイドが先に到達した。地中に突き刺さった尻尾めがけて戦斧を叩きつける。
バスッ! バスッ! バスッ! バスッ! バスッ!……
スナノヅチはドワーフの猛攻に為す術がなかった。頭部はアズラが食らいついて放さず、胴体や地中に突き立てた尻尾も彼女を抑え続けるために激しく動かすことはかなわなかった。
しかしスナノヅチの皮膚は尋常でない弾性を有しており、一心不乱に斧を振り回すカイドであったが、エリマキ状のヒレの一角を切り落とすことに成功したものの、胴体にはキズ一つ付けることができなかった。
シドは走りながら戦斧を分解してハンドアクスと柄に分けると、ハンドアクスを投げ捨てた。
そして腰回りにぶら下がっていた鞘から矢じりのような切っ先を取り出すと、それを柄につなげる。
短槍というにはあまりにも短すぎる、矢のような槍だった。
ハンドアクスを投げ捨てたことで身軽になったシドが加速する。
「ここだぁ!!」
カイドはヒレを切り落としたことで胴体がむき出しになっている場所を相棒に指し示した。
逆手で槍を構え、カイドが指した場所に飛びかかるシド。
しかし通らなかった。鋭利な槍の切っ先でさえも王蛇に弾かれてしまった。
シドは動きを止めた。
槍を胴体に突き立てたまま、屈み、身を堅くした。
スナノヅチが動かせるだけのヒレを激しく上下させ、2人に砂をぶつけてくる。
突撃の動力源であるヒレから放たれる砂塵の衝撃は、小柄な2人のドワーフには驚異だった。
何度も何度も砂塵をぶつけてくる王蛇のヒレ。
カイドは地面を掘って足首を地中に埋めることでその場に踏みとどまっていた。
シドは身を堅めたまま微動だにせず、じっとこらえていた。
耳や鼻、防具の隙間に砂が容赦なく入り込んでくる。二人の苛立ちが砂塵とともに降り積もっていくのがわかった。
そして2人は確かな怒りを込めて静かに呟いた。
「……今に見てろよ、ミミズ野郎」
「いくぞシド、目にものを見せてやるぜ」
カイドが戦斧を振りあげた、しかし刃は明後日の方角を向いている。 刃の裏側は鎚だ、カイドは鎚をシドが突き立てた短槍の柄尻に向けて力いっぱい振りおろした。
カツンッ!
金属同士がぶつかり合い、鋭く甲高い音が鳴り響いた。
通った。切っ先の先端がスナノヅチの皮膚の中に沈んでいる。
カツンッ!
異変に気づいたスナノヅチが、アズラを抑えたままできうる限り大きく身をうねらせて追い払おうとするが、2人は地中に突き立てた不動の尻尾の近くにいて、攻撃を抑制するには至らなかった。
カツンッ!
皮膚を突き抜けた。傷口から緑色の体液がほとばしる。
カツンッ!
「ギュピィィィィィィィィィィ!!!」
ダメ押しの一撃だった。切っ先が内蔵に到達したのだろう、王蛇が苦悶の悲鳴をあげた。
アズラが牙と両手足の力を緩める。解放された大口が怒りに悶えながら鎌首をあげて、二人のドワーフを捕捉した。
「柔肌だったなぁ、シド」
「地味に効いたみたいだな」
シドは踵を返して、投げ捨てたハンドアクスの方へ走り出した。カイドもそれに続く。
王蛇は刺さった尻尾を地上に引き上げると大きくしならせ、背を向けて走る2人に向かって振り上げた。
王蛇の敗因はこのときアズラから注意を逸らしたことである。
身体が自由になったアズラは、先ほどまでカイドたちに砂を打ちかけていたヒレの部分に地面との僅かな隙間をみつけた。
アズラはその隙間に腕を入れると、まるで重量挙げ選手のような姿勢で胴体の一部を持ち上げた。
胴体が彼女の胸のあたりまで持ち上がると、今度は身体をクルっと回して背中でかつぎ上げるような姿勢に変えた、効率良く力を込めるためだ。
背中に重たい獲物を背負ったアズラは身を屈めた、王蛇がカイドたちをなぎ払う直前だった。
「グオォォォォォォォ!!」
アズラは跳んだ、闘志に猛る雄叫びをあげながら。
しかし彼女の跳躍は王蛇の身体の全てを持ち上げるには及ばなかった。地上10メートル程の高さで静止し、下降していく。
アズラは王蛇の胴体を強く押しのけ、反動で一足先に着地するとその場で仰向けになり、身体をくの字に曲げた。
この追撃が本命だった。アズラは落下してくる王蛇の胴体を見据えながら、上半身を砂の上に固定して膝を折り、足裏を空に向けた。
アズラの足裏が王蛇の胴体を捉えた。
アズラは膝を限界まで折り曲げて牙をむき出しにして食いしばっている。落下の勢いと重さが相まって、彼女の身体が地面に沈む。
「飛びぃなぁぁぁ!!!」
そして蹴り上げた。渾身の力を込め全ての反動を味方につけて放たれた一撃は、王蛇の長大な体躯を広大な砂漠から切り離した。
浮上を続けるスナノヅチ。その先には、地平線の彼方まで砂漠を造り上げた反重力の巨大な渦があった。
ボフッ!
無慈悲な反重力の渦が王蛇の進入を受け入れた。自然とはかけ離れた秩序の中で、王蛇の身体がゆっくりと上昇していく。
「引力と反発し、その力は対象の発する引力に拮抗する。……まぁ拮抗はしていないけれど、これがマイナシウムゆかりの反重力だってことが証明されたわね」
母娘が粘液に足を取られながら、やっとこさ彼らの場所までたどり着いた。
「ああちくしょう!!切っ先持ってかれたぁ!」
シドが渦を見上げながら悲痛の声をあげる。
風にたなびく鯉のぼりのようにあがき続ける王蛇の、その尻尾の一部分がチラチラと光っていた。おそらく短槍の柄尻の金属が反射しているのだろう。
「アズ、どうしてくれるんだ! あれは八分オリハルコンだぞ!!」
「文句が言いたいなら、あんたの嫁に紐をくくりつけてキチンと見張っておくことだね! ユリがまた何かやらかしたんだろう? 娘の手柄を台無しにして!」
「まあまあ2人とも無事だったんだしいいじゃない、結果オーライよ」
ユリハが仲裁に入った。
「お前が言うなぁ!!」
シド、アズラ、そしてカイドの声がそろった、ある意味仲裁の役割は果たしていたと思う。サイアは苦笑していた。
「で、ユリハ。この後どうする?」
カイドの問いを受けてユリハは反重力の渦を見上げた。上昇を続けるスナノヅチは分厚い砂塵の雲に埋もれて見えなくなっていた。
「とりあえず待ちましょうか、あのミミズが落ちるまで」




