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第146話 接触

まん丸い麦わら帽子みたいな形のボディの下に三つくらいの球がくっついていて、それをウィンウィンと回転させながら謎の力で浮遊して、真下にピカーっと光を放てば牛とか人間を連れ去ったり、麦畑に着地しようものならミステリーサークルなんぞを残して飛び去っていく。

 というのが古来から存在するUFOの定番だけど、僕たちが遭遇したものは、そのイメージしていた形状から著しく逸脱していた。


 どちらかというと、本格的なSF映画に出てくる宇宙船のポッドみたいな感じだ。


 ボディは全長二メートル程度のラグビーボールみたいな形状で光沢のある黒塗り。外壁に無駄な突起物はほとんど存在せず、

 学校の給食で使う牛乳に刺すストローみたいな円筒形の筒がラグビーボールのけいが太い部分にくっつけられていて、それの先端から青白い光を噴射しながら減速し、地表に近づいていく。


 横に広く展開しているラグビーボール型のUFOは、左右のストローから青白い光を小刻みに噴出し、僕たちを中心にして逆扇形ぎゃくおうぎがた、……戦国時代に用いられた布陣で言うところの”鶴翼かくよくの陣”みたいな陣形を造って、僕たちの手前、六十メートル程の所に着陸した。


「降りるわよ、咲良ちゃん、シンベエ」

「了解」

「うむ」

「リズは防御壁を張りなおしてね」

「わかりました」


 僕たちが地表に降りたつと、アズラが巨大化し、リズが防壁の形を変えた。悠里たちと幻霧の森で回収したロボットや、アキラのレポートで彼らの存在が示唆されていなければ、ユリハだって動揺したに違いないだろう。

 隙を見せるのはまずい。幻霧の森ではリズが負傷した。彼らの目的がアキラのレポートの記す通りならば、警戒しなければならない存在だ。


「これは……なんなの?」

 香夜さんは、森での出来事も、アキラのレポートの存在も知らない。

「私にもわからないけど、きっとすぐにわかると思うわ」

 香夜さんのリアクションに応えたユリハも、他のメンバーたちも、このUFOの中に何が入っているのか、薄々予測できていたのかもしれない。脳情報データベースを引き出したアキラと、幻霧の森で未知の技術と接触したチームカガリの面々ならば、特に。


「アネゴ……こいつらもしかして」

「そうやで、ペティはん。あれは未来人が使う大気圏突入用のポッドや」

 悠里に投げかけられた問いに、アキラが応えた。


「せやけどな、あんな大きさのポッドで生身の人間が突入できるわけあらへん。あン中にいるんは十中八九じゅっちゅうはっく、ペティはんらが森で出会ったロボやでぇ」

「リズ、アタシが教えた形にして!」

「はい!」

 リズが展開した防壁はUFOの包囲に対応した扇形、いわゆる魚鱗の陣というやつで、半円上にいくつもの厚さの異なる水壁を重ね、間に空気を閉じこめていた。


 以前、幻霧の森で遭遇した未確認生命体ロボットが全く同じ箇所にレールガンを三連射するという離れわざで水壁を破り、リズの腹部を撃ち貫いた教訓にならって、悠里が考案した防壁だった。


 ラクビーボール形のポッドが一斉に、先端から横一文字よこいちもんじを描くように割れた。

 真っ二つになった先端の上部が天を向いて静止し、その中に入っていたのは、幻霧の森で発見した見覚えのあるロボット。アキラが開発したマウス、”スキニーブルーフェイス”を搭載した魔法が使える無機物だった。


 降下してきた九十のポッドの中に一体ずつ、九十体のロボット。最前列に着陸した三体だけは、カラーリングが他のロボットたちと異なっていた。


 ポッドの中にバネでも仕込まれているのだろうか、「ピピピピ、ギギ」といった機械音を鳴らしたかと思うと、まるで”黒○ゲ危機一髪”で”外れ”を刺してしまったときの黒ヒ○の様に、ビョーンと跳ねながらロボットたちが飛び出した。


 そして二本足の他に、背面からもう二本の足を展開して、人型からケンタウロスのような出で立ちに変形しながら、隊列ごと、二十メートル程距離を詰めた地面に着地した。

 中世の騎士が装着するような、重厚な甲冑が立ち並ぶ。四本足で騎馬と一体化したような姿は荘厳で、高圧的だった。


 三体のロボットが歩み寄る。カイドたちは得物を構えたまま動かない。

 真ん中に立つのは、白を基調としたカラーリングがボディ全体に施されたロボット。白いロボットが僕たちに首を振って目線の部分が黒いガラス面で覆われた顔を向けると、レールガンのユニットがついた右腕を真上に挙げた。


 他のロボットがそれを真似てレールガンを真上に突き出す。


 さらに白ロボが左腕をあげると、他のロボも追随して、万歳のポーズをとった。


 突然、白ロボが装備するレールガンの砲身が延びたかと思うと、何かが飛び出した。


 ……白旗だった。


「アー、アー、マイクチェック、マイクチェック、聞こえますか、聞こえますか~。AEWアナザーアースの皆さん、コンニチワ」


 ……なんだコレ? 白ロボから、妙に鼻につく、砕けた口調の男の音声が聞こえてきた。


「アーアー、翻訳機能チェックです。この音声は私の言葉をドワーフ言語に翻訳、その後にマナコンドリアを保有する”生体パーツ”を介してスピーカーから発しています」


 アキラの目つきがさらに険しくなる。白ロボの言う”生体パーツ”というのは、”スキニーブルーフェイス”であることは明白だ。


「ちゃんとドワーフの言語になっていますか? ”トーカー”のみなさまは、母語に聞こえていますか?」


 ユリハが悠里に目配せすると、悠里が頷きで応えた。


「聞こえているみたいね」

「……それはよかった。申し送れました。わたくしEー7(イーセブン)宇宙船団、株式会社ユグドラシル所属、惑星開拓部、部長の真中まなかと申します。右の黒いのが三木みき、左にいるのが二階堂にかいどうです」 


 真中と名乗った白ロボが左右の黒ロボと紫ロボを紹介すると、二人が両手をあげたまま軽く会釈した。


「JOXA・AEW支部 早崎はやさき柚梨葉ゆりは支部局長とお見受けします」

「……いいえ。私は支部のナンバー2。役職は研究部門の部長よ」

「これは失礼いたしました、早崎部長殿。私どもの技術では、西暦を測定するのに、十数年分の誤差が出てしまうものですから」


 ショットガンを構えながらユリハが目を見開いた。

「まさかあなたたち、私たちの未来からやって来たっていうの!? ……そう言えば満足かしら?」

 そして皮肉に微笑んだ。


「ご明察、お見事です」

「信じると思う? 帰ったら辞表を出してタイムパラドクスでも起こしてみようかしら?」

「ご自由にどうぞ。今回私たちは、あなた方と取引を行うために、こうして馳せ散じた次第にございます」

「”馳せ参じた”やと? はるか宇宙の彼方から遠隔操作で動かしとる臆病モンがよく言うでぇ」


 アキラの横槍にやや息を呑む声がスピーカーから漏れ聞こえた。


「……いやはや驚きました。私たちの繰る人型ドルイドの仕組みをご存じなのですね。後ほど詳しくお話を聞きたいものですなぁ、是非に!」

「お断りや。怠惰なお前等に話すことなんて何一つあらへん!」

「怠惰? ……まぁいいでしょう。こちらのお話だけでも聞いて頂きましょう。三木」

「はい」


 黒いラインを基調にしたロボットが、万歳したまま、一歩歩み出る。


「弊社、株式会社ユグドラシルは、全宇宙船団から委託を受けて惑星開拓、及び開発事業を展開して……」


 三木と呼ばれた黒ロボは、「信じ難い話だとは思いますが」と前置きして、自分たちが西暦二四〇〇年代に生まれた人間であることを告げ、地球を捨てて人類が宇宙へ飛び出したことと、そこで発足した国際組織、”宇宙船団”から民間企業に、そして会社から自分たちに課せられた任務について語り始めた。


 これらの内容は、アキラが昼夜休む間もなく書き上げたレポートのほとんどと一致していて、聞き覚えのあることばかりだった。


 西暦二四〇〇年代に他次元から月のアルターホールを引き揚げた(サルベージした)あと、地球上の全生物が変容した出来事。目の前の人間がみるみるうちに変質していく様を目の当たりにした人類は、宇宙船団を結成し、地球を捨てた。


 変質を遂げたのは僕たちを三次元から消失させた”静かな爆発”以降の出生児の一部から検出され、少しずつ数を増やし続けていたマナコンドリア”進化体γ”の保有者たち。

 この事件は一時、感染病の一種と恐れられ、世界規模のパニックを引き起こした。


 マナコンドリア未保有者のみで結成された宇宙船団は、変質を遂げていない原始体αやβを持つトーカー、リスナーの間にも進化体γの保有者が誕生することを理由に、彼らを地球に置き去りにして去っていった。


 突貫工事で発足した宇宙船団に自給自足できる環境などなく、全人類は未だに惑星航行艦の中で冷凍睡眠コールド・スリープしたまま、当時の太陽系から一番近いハピタブルゾーン(影響を与えている恒星から、生物が自然発生しやすい環境が整う距離を示したエリア)に惑星が存在しているといわれているアルファ・ケンタウリ星系内にある惑星の衛星軌道上でウロウロしているらしい。……光に近い速さで。


 旧地球のJOXAでも確立している、ワームホールによる超長距離の航行技術は、封印したという。


 過去、重力圏内でワームホールを造る初の試みで起きた一大スキャンダル”静かな爆発”。

 それから四百年後。三次元空間からの一切の進入を許さない月面の巨大クレーターに他次元から干渉する術を手に入れた人類は”静かな爆発”を起こしたワームホールを他次元に発見し、三次元への引き揚げを行った。


 引き揚げたワームホールが、本来の性質とは全く異なるアルターホールであったことに気づいたときには、全てが手遅れだった。


 このことから全人類は、ワームホールという存在を恐れ、嫌悪し、忌避した。


 アルファ・ケンタウリ星系へはワームホールを使えば一瞬だというにも関わらず、冷凍睡眠コールド・スリープしながらの亜光速移動で到達する方法を選んだ。


 結果、星系に到着した頃に、自動で減速を行って船員の一部を覚醒させる装置が故障していたことに気づかず、周囲の高重力惑星の衛星軌道上で三億年以上の時を過ごしてしまったらしい。


 そして、星系内のハピタブルゾーンに、移住できそうな手頃な惑星は見つからなかった人類は、ワームホールを活用すれば、もっと移住に適した惑星を見つけだすこともできるというのに、アルファ・ケンタウリ星系内のハピタブルゾーン内を周回するいくつかの惑星に莫大な時間をかけて、大規模なテラウォーミングを行うことにしたのだ、と。



 目の前にいるロボ軍団は、人類が眠っている間にテラウォーミングに行わせる為の手足で、白、黒、紫ロボットの中の人は七〇年~一〇〇年の周期で目覚めては、ロボットたちを監察し、計画を推し進めていたという。


 しかしテラウォーミングの進捗は芳しくなく、何か打つ手はないものかと考えて、数億年経過した今はどうなっているのか? と、この三人が、ロボ軍団を率いて地球の様子を見にきたのだ。


「……つながったわ。ここで君たちは、月の他にも見つけたのね。テラウォーミングの主力となりうる物質、アルターホールを」


 …………そういうことだったのか!


 ”今から十数年前、宇宙人……再び帰ってきた人間の子孫は、残ったアルターホールを全てサルベージして、この星でテラウォーミングの実験を始めました。俺は最愛の妻を実験台にしている奴らが許せません”


 あのアキラから誇り高きニセ関西弁を奪った事情は理解できた。


「推察された通りです」


 白ロボ真中の声が響いた。

 こいつらは、アキラがレポートに書いていた【地球を捨てた人類の子孫】なんかじゃない。数億年の大寝坊をして地球に戻ってきた、【地球を捨てた人類】そのものだ。


「ては、取引の内容を述べます」


 白ロボ真中は、自分たちが所有する最先端技術と引き替えに、アルターホールを消滅させた物質(魔導集石)と、僕を含めた再構築を経験したトーカー。そして消滅を体験していないトーカー、咲良の身柄を要求した。 

次回は8月26日 投稿予定です。

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