第144話 形状の定義と存在の定義
僕は浮かんでるだけだし、シンベエにちょっと頑張ってもらえば一度に全員運べるはずだったけれど、重たい荷物が増えたので、無理せず二回に分けて帰還することになった。重たい荷物の中には勿論、ペティが持ち帰った”岩石ウサちゃん”も含まれている。
あと一往復半しなければならないし、連日メンバーを送り出していた咲良とシンベエも疲労していた為、二日間の休養することになった。
JOXA支部へ瞬間移動して、香夜さんの帰還で期待に胸を膨らませている面々の眼差しに囲まれながら、スケジュール変更の旨を伝えた。
「残念だけど、しかたがないよね……」と皆口には出さなかったけど、自分に言い聞かせてるオーラがヒシヒシと伝わってきて、いたたまれなかった。
「ちょうど来ていただいてよかった。こちらからもお伝えしたいことがありましてね」
ムーン・グラードへ戻ろうとしたとき、寂しげに「ほほほ」と微笑むターさんに呼び止められた。
「旧坑道の件、結論が出ました」
カイドたちが測量の際に発見した”魔境の印”が刻まれた旧坑道。調査隊があたらしく掘削した坑道には、放置されたままの旧坑道のトロッコやレール、支柱などが流用された。
支柱を外したあとは、岩壁同士を魔法で溶接したり、コンクリートで固めたりして補強はしてあるものの、脆く、崩れやすくなっていることに変わりない。
わざわざムーン・グラードを訪れる者もいないとは思うが、念のため旧坑道をアズラのパワーで落盤させ、誰も入れないようにするべきではないか。という内容を、随分前にカイドたちが長老会あてに進言していたのだけれど、その返事が帰還するギリギリになって返ってきた。
長老会は、放置されていたトロッコの形状から、旧坑道はいつ頃造られたのか年代を割り出そうとしたが、なかなか文献がみつからず、時間がかかったらしい。
そして、ドワーフの長老が、手に入った資料を元に遙か昔に魔境と定められたムーン・グラードの脆くなった旧坑道を完全に封印する、という結論を出した。
ムーン・グラードに戻り、事の子細を告げるとアズラが「また働かないといけないのかい?」と香夜さんの膝の上でゴロゴロとめんどくさそうに喉を鳴らした。可愛かった。
「帰る時でいいだろ」というアズラの提案で、休暇明けの出発がてらに全員で旧坑道に向かうことになった。
本人の希望もあって、ユリハはこの休暇の間に、香夜さんの能力について、様々な実験を行った。
実験内容は魔法習得の基本中の基本である【形状と存在の定義】に基づいて、ペティとリズの意見を聞きながらの様々なテストだった。
サイアも興味津々で、悠里にギュウギュウスリスリされながらこの一部始終を観察し、ペティは「オフなんだしいいだろ」と両腕の華奢な筋肉を振るわせて岩石ウサちゃんを抱えながら参加。手持ち無沙汰なリズが氷魔法で精巧なサイアの彫像を造り上げて「サイアちゃん、冷たいお」などと言いながら意見をだしていて、サイアにドン引きされていた。
香夜さんの能力は、【物質を生成できる】こと。これはAEWの魔法における失われた魔術の最高峰、”錬金術”がもたらす現象に酷似しているという。
ただ、香夜さんの能力を魔法と断定するには、ちょっと違和感があるらしい。
それは、物質を作り出すときに放たれる、謎生物ストラップの”虹色オーラビーム”にはマナの気配が全く感じられない、とのこと。魔法は大気中のマイナシウムを利用しなければ成立しないものだからだ。
帰還してから詳しく調べなければならないけれど、ユリハはこの虹色オーラが引き起こす現象を粒子衝突装置の一種ではないか、と仮定した。
マイナシウム同士を亜光速で衝突させてワームホールを造るときに用いられる装置なのだけど、この装置は他の科学実験でも新たな発見や様々な成果をあげている。
「知りたいんか? 知りたいんか? ハナァ?」
「……うるせーよ」
僕と花太郎は所詮、高校の物理学レベルの知識しか持ち合わせていない。粒子衝突装置の概要はなんとなくわかるけど、その程度のレベルだ。悠里はサイアに夢中だし、アキラの解説に頼らざる得なかった。
アキラはもっとも軽い原子、水素原子を例にだして、解説を始めた。
「原子の構成は大きく分けて二つ、原子核と電子や。これは簡単やな? んで、原子核は陽子、つまりはプラス、電子はマイナスの性質がある」
そこはわかる。中学生レベルだ。さらに陽子の中に中間子ってのがあってアップクォークとダウンクォークが行ったり来たりして忙しいあたりまではなんとなくわかる。
「そんで原子核ってのは、すんごく堅い! 核融合より核分裂の方が簡単なのはわかるやろ?」
「わからん」
そうだったのか!
「今の原発は核分裂で発電しとるんや。一度稼働させたら止められへん。太陽が燃えてるんは核融合や。太陽が滅べば、核融合も止まる。核融合が人為的に起こせたなら、ぎょーさん電気をつくりながら、危険がせまれば即座にストップできる、理想の原発の完成や。……話が逸れてもうたな」
アキラの話しはよく脇道にそれて、要点を押さえてくれないことが多い。悠里の解説が聞きたいけど、しかたない。
「粒子衝突装置はな、極小やけど、核融合おこせるんや!」
「それは知ってる」
「知ってんのかい! JOXAで習ったんか?」
「いいや、”ハローアシモフ(科学雑誌)”で読んだことある。マイクロブラックホールも造れるんだよな?」」
「そうや。知っとるなら早いな。……問題や、水素の次に重い物質はなんや?」
「……スイ、ヘーリー、……スイ、ヘー、リー……ヘリウム?」
「そうや。ヘリウムは原子核ん中に陽子が二個、電子が二つや。火近づけたら爆発する水素と、電球ん中のニクロム線の熱逃がす為に使われておるヘリウム。性質がこんな違うのに、原子の構造はヘリウムの方が水素より原子核が二倍重くて、電子が一個多い。それだけなんや」
ドヤ顔で解説しているアキラに「いいから早く結論言えよ!」 と思った。
「つまりな、水素の原子核ん中に、無理くりヨーコちゃん(陽子のことと思われる)ぶち込んだらどないなると思う?」
「……あ」
……そういうことか。
「電子がどこからともなくやってきて、これだけでヘリウムの完成や!」
ドヤ顔のアキラがムカついた。
つまりユリハが仮説をたてた”これは一種のハドロン・コライダーではないか”という根拠は、香夜さんが自由自在に物質を造り出すことができる理由として説明できるものだった、と。
大気中の窒素や酸素の原子核内の陽子を増減させて、大気、炭素、純金だって造れてしまうから、”練金術”なのだ。
マナを使っても似たような現象を起こすことができる。ペティとリズが得意とする炎や水の魔法だ。これは魔法使いがイメージする【形状の定義】によって成立する。
魔法が火や水、大気などの流動体しか生成できないのに対して、香夜さんが個体の物質まで生成することができるのは、マナを使っているか否かの差ではないか、ということだ。
「だけど、一つ気がかりなのよね……」
……こういう時にぼそりとつぶやくユリハの言葉は、精神衛生上、良くない場合が多い。だけど、聞かずにはいられない衝動に駆られてしまう。
「私の仮説が正しければ、香夜ちゃんが何かをつくり出す度に、毎回大量の放射線が出ているはずなのよ。だけど計器に異常はないし、……アルターホールの特異性ということで片づけてしまうのも、もったいないわよねぇ……」
……聞きたくなかったよ、そんな話。”もったいない”って言い回しは怖いよ。出て来てほしいのかよ、放射線。
一通り【形状の定義】にまつわる実験データをとった後、今度は【存在の定義】に基づいて実験を行った。
これは、形状の定義によって生成した物質を、どのように操るのか、物質に命令して動かす過程だ。
「エア太郎、手伝って頂戴」
ユリハから指名された。
以前、メルヘン城から帰還する時、香夜さんがボートを出して魔法で岸辺まで動かした後、ボートが丸ごと消えてしまった。これはおそらく香夜さんが【形状の定義】に”岸まで一直線に進め”、と【存在の定義】を付加したためにボートが動きだし、岸辺に到達したことで【存在の定義】が解除され、ボートもろとも消えてしまったと考えられる。
通常の魔法ならばサイアの糸操りなどの物質付加魔法を除いて【形状の定義】と【存在の定義】は一緒くたに考えられていて、術者は自在に魔法を操る。けれどユリハは「香夜ちゃんの能力は、この二つが乖離している」と指摘した。
ペティやリズの魔法は、手元から放ったり、壁をつくりあげたりと、流動体である炎や水を物理法則に抗って発動させるため、二つの定義がセットなっている。
けれど香夜さんが【形状の定義】で生成した物質は、個体であるが故に【存在の定義】を用いなくても物質として維持できるとか、できないとか云々……
まぁ、わからん。
とにかく僕が協力することは、”香夜さんが能力で動かした物体に触れる”こと。……らしい。
「エアっちさん。行きます!」
僕が”YES”のサインで返したけれど、「そういえば香夜さん、ハンドシグナルまだ教えてもらってないよな」と思って、指で輪を作り”OK”サインを出した。
「真っ直ぐ動きますよぉ」
そう言って香夜さんが動かした木彫りのミニカーが、それはそれは凄まじいスピードで僕に向かってきた。
思わず避けてしまった。
木彫りのミニカーは一直線に拠点の防壁を乗り越え、空高く舞い上がって、消えた。
「こらぁ! エアっちの臆病者ー!!」
サイアをギュウギュウしている悠里にヤジられる。花太郎&アキラが笑ってやがるぜチキショウ。
スピード調整の方法は現段階ではわからないらしい。仕方がないので、木彫りのミニカーには旋回移動してもらうことになった。
「怖がる理由なんてないだろ?」などと花太郎どもに笑われながら、”シュインシュインシュインシュイン”と恐ろしい音を立てて回るミニカーに、おそるおそる手を伸ばして触れると、消えた。
「やっぱり、香夜ちゃんの能力は【存在の定義】を付加した時点で魔法に変わるんだわ!」
ユリハのウキウキっぷりったらもう! 怖かった。
ユリハは香夜さんが生成する物質を木彫りのミニカーに絞って、実験を続けた。
ここで発見したことは、一度【存在の定義】で動力を与えた後も、新たな【存在の定義】を付加して発動させることができること。ただし、その出力が著しく低下することだった。
ミニカーに旋回運動させて、ユリハが合図を出した瞬間に香夜さんが真っ直ぐ走るように【存在の定義】を付加すると、旋回を終えた後もミニカーは消えることなく、真っ直ぐ走りだす。けれど、超ノロノロと動くようになる。
初動時に”旋回したあと、真っ直ぐ進め”のようにちょっと複雑な定義を与えても、同じ結果が出た。
どうやら香夜さんの能力は、単純な命令であればあるほど凄まじい威力を発揮するらしい。
「コンマ数秒動かすだけならば、光速だって越えられるかもしれないわ……」
ユリハの目が猟奇的だった。いつもは猟奇的に微笑むはずなのに、どうやら真剣に思索に耽っていて、あまりのうれしさに笑うことすら忘れてしまってるような面もちだった。
……実験に協力したことをちょっぴり後悔している自分がいたけれど、すべてが終わった後「エアっちさん! ありがとうございました!」と満面の笑顔で香夜さんがお礼をいってくれて、とっても癒されて舞い上がっている自分もいて、複雑だった。
にやにや顔の悠里に、かなり強めの力で頭をワシャワシャされた。
次回は8月22日投稿予定です。




