第141話 香夜さんと花太郎
香夜さんの活躍もあって、巨大白薔薇の撤収作業は驚くべきスピードで進んだ。
ただ、各部品に解体して、城外に搬出するまでは早かったけれど、筏車は一台しかなかったから運搬作業で時間をとられ、結局、月面から搬出し終えるのに三日を要した。
この間ずっと、マッド・サイエンティスト、知的欲求の怪物、好奇心の化身たるユリハが、香夜さんに筏車の模倣等々の様々な支援(という名の実験)を打診してその結果に一喜一憂している様子をみて、怯えているアキラの立ち居振る舞いがおもしろかった。
折りをみて悠里は、ユリハに香夜さんの能力の可能性、つまり、”生命の生成”について相談を持ちかけていた。ユリハは「わかってるわ」と応えた。彼女はとっくに香夜さんの能力の可能性について気付いていて、あえて実験はしないようにしていたみたいだ。……いつもは倫理間に欠けた行動をとるくせに、妙に冷静で優しいユリハが逆に怖かった。
そしてユリハも悠里と同じことを考えていた「香夜ちゃんも、わかっているんじゃない?」と。香夜さんをよく知る二人が、香夜さん自身が自分の能力で、きっと命を造ることもできるということに気付いている、と察したのだ。
二人が言うには、かしこい香夜さんが”生命の生成”についての自身の能力の可能性に気付いていない訳はなく、その能力についてのことを、ユリハにも悠里にも相談して来ないあたりからして、ほぼ断言できると言っていた。
「香夜ちゃん、本当に悩んでいると思うの」
「……うん。抱え込んじゃうところあるからね。香夜ポコは」
この撤収作業の忙しい状況で、二人から香夜さんに呼びかけても、きっと「大丈夫だよ」と平静を装うことは目に見えている。クールビューティの装甲は簡単に剥がれてしまうのに、こういう事に限っては、たとえ酔っていても隠し通せてしまうほどの強い意志を香夜さんを持っているというのだ。
確かに、僕が見た印象だと、キツイ肉体労働なのに、めちゃくちゃ楽しそうにしている香夜さんの様子をみて、悩みを抱えているようには全く感じられない。悠里以上のポーカーフェイスだと思う。そのことを悠里に話したら。「いや、あれは本当に作業を楽しんでるんだよ」と言われた。
とにかく、香夜さんの悩みについては、この状況ではとても打ち明けてくれそうにないから、リッケンブロウムに帰還後、落ち着いてから話そうという方針になった。
[他のメンバーには黙っとくの?]
「いや、一応話しとこうかナ。ニモ長老もペティやリズたちだって、このことには気付いていると思うよ。錬金術は魔法研究の頂点だからネ」
[……あのさぁ、アキラには黙っといた方がいいかなって思うんだ。あいつはイロイロ、隠せる気がしない]
僕が危惧していることに関して、唇を読んだ悠里が「大丈夫!」と即答し、悠里から言づてを受けたユリハも「大丈夫よ!」と太鼓判を押された。
……香夜さんは、人一倍周りを観察し、人がなにを考えているのかをいつも察する人だという。
おそらく、”生命の生成”についてこうして悠里たちが相談している事も、香夜さんには気付かれるだろうと言っていた。アキラにこの状況を打ち明けて、アキラが香夜さんを前に不自然な行動をとったところで、とっくにバレているだろうから、問題ない、と。「アキノシンだけ仲間はずれなんてかわいそうじゃん」と悠里に言われた。
香夜さんは、まわりが気付いていることに気付いているけど、言い出せない人なのだ。
「香夜ポコはねぇ、自分が可愛いもの好きだって、みんなにバレていることに気付いているけど、カミングアウトできないまま、今に至ってるからねぇ」
「そうね。そこが可愛いところよねぇ」
……ソレとコレとを一緒くたにしていいものかどうか、と思ったけれど「いつか可愛いもの好きを、必ずカミングアウトさせてやる!」と息巻く二人をみて、心の内に止めておくことにした。
話の流れで僕とアズラにだけ可愛いもの好きをカミングアウトしていた事実を知ったユリハに羨まれた。……ちょっと怖かった。素直に羨んでいるだけだと思うのだけど、それをユリハがやると、何かウラがあるんじゃないかって、無駄に勘ぐってしまう自分がいる。
「リアクションが謙虚ですねぇ、エアっち君は。ヨシヨシ」
悠里に頭を撫でられた。ユリハの目の前で撫でられた。猟奇的に微笑むユリハが怖かった。
「香夜ポコはとっても強い子だけど、人に自分の弱さをさらけ出せるほどは強くないのだよ」
二人っきりになったとき、独り言のように悠里がつぶやいたから、「悠里みたいだね」と返してみた。
ちょっと考えて「そうカナ? ……エアっちには見せているよ?」と笑う悠里の姿が愛しかった。
巨大白薔薇の各パーツは、遺跡内の神殿部分で保管することになった。帰還後に長老会に掛け合って、隣の部屋のリッケンブロウムへと続くワームホールを使って回収する段取りをつけるのだ。
リッケンブロウムの地下に眠る崩落した遺跡を堀りおこす事は、今後の調査をする上での効率化と、大幅な予算の削減にもつながる。
これで許可が下りなければ、咲良とシンベエが再び大量の荷物を運搬しなければならないから、それはそれで大変だろう。
今回の調査に同行した長老会の重鎮であるニモ先生が賛成しているし、咲良とシンベエが苦労する可能性は低いと思う。ちょっと安心。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
月面での作業がひと段落したその日、坑道の入り口に全メンバーが集結した。
アズラが切り出した岩石を綱で引きながら、入り口へと運ぶ調査隊。
入り口の手前で綱を解くと、メンバー全員、地質学者たちまでもが寄ってたかって、奥へ、奥へと岩石を押し込んだ。
そして入り口が岩石で完全にふさがると、歓声があがった。
シドが愛用の八分オリハルコンの杭と金槌をもって、岩石を削ってゆく
カツン、カツン、カツン……
先ほどの歓声がシン、と静まり、シドが打つ金槌の小気味よい音だけが響いていた。じっと見守る調査隊の中には涙を浮かべている者もいた(主にアキラ)。
カツン、カツン、カツン……
カツン、カツン、……カツン。
「……これでいいだろう」
巨大な岩石に深く刻印された”魔境の印”。シドの仕事を見届けたカイドが、調査隊一同を見渡した。
「野郎どもぉ! 引き上げだぁ!!」
「ウォー!!!!!」
今宵は調査隊最後の晩餐である。
メンバーが肩を組み、バカでかい声で歌いながら、拠点へ向かって行進する。
『
仕事は止めだ 酒をもて
腹に入れるは あまたの食らえるモノを
吐いて捨てるは 食いいえぬもの食らう 腹の内
獲物が小さくば 数あれと
笑う悪党も 今日は友
仕事は止めだ 酒をもて
朝鳥射落とせ 肉を取れ
俺たちの喜び 忘れさせるにゃ
なんぼ捕っても 足りはしねぇ
酒がなくなりゃ 水をもて
朝鳥鳴くまで 飲み明かそう!
』
名前はわからないけどとにかく陽気で騒がしい凱歌を何曲も歌いながら調査隊は進んでいった。
僕は上空で咲良やシンベエと一緒に策敵をしていた。
前方にゾウの如く巨大でイノシシのような出で立ちの肉食動物(確かベヒムゥスって名前)の群れを発見し、花太郎に血液通信で警報を伝えると、花太郎から報告を受けたメンバーがルートを迂回するかと思いきや、鬨の声を挙げながら突撃。非戦闘員の地質学者らと、なにが起きたのか理解できないで出遅れた花太郎とアキラが取り残された。
やつら、狩る気だ。
「シンベエ、行ってやって!」
「うむ」
咲良が止まって、シンベエがカイド達の援護に向かった。
ベヒムゥスは食用にもなるけれど、群れで動くことが多く、性格も獰猛なため、狩りには多大な危険が伴う……と僕は習ったのだけど、彼らにとってはそんなことお構いなしだった。
メンバーが小高い丘を越えて十数頭の群れを見つけると、一気に丘をかけ降りて、真っ向から突撃していく。
普段は凶暴なはずのベヒムゥスも、凄まじい気迫を纏った屈強な戦士たちを前に蜘蛛の子を散らすように逃げだした。
シンベエが風を放つと、風刃が大地を叩きつけ、大量の土くれがベヒムゥスの一頭にふりかかって足を止めさせた。
ニモ先生が軽く詠唱をすると、乾いた土がぬかるんで、ベヒムゥスの巨体が泥にはまって沈む。後ろを走る一頭が、玉突きでぶつかってひるんだところで、シドが追いつき、一番斧を突き立てた。追随するメンバーが追撃を加える。
調査隊は一瞬で、二頭のベヒムゥスをしとめた。
そして、真っ先に逃げ出した一頭が、災いを招く男、アキラの前に姿を現した。
「あかん、あかんでぇ!!」
突撃するベヒムゥス。アキラは幻影で巨大な岩石を出したけれど、ベヒムゥスは興奮していて、岩石なんぞ構うことなく、猪突猛進に突き進む。
「あかん! どないせーっちゅーねん! ハナァ!」
「散れ散れ散れ散れ!」
花太郎が地質学者たちに左右に散開するよう呼びかける。
あわてて駆け出す学者たち。一人がけっつまづいて転び、それに巻き込まれてまた一人転ぶ。
アキラがFUを起動して二人を抱えるけれど、間に合わない。花太郎がハンドガンを構えて連射するも、ベヒムゥスの頭部は弾丸を弾いてしまうほどの堅い皮膚で覆われていて、効果が薄く足止めにすらならない。
「手間かけさせやがって!」
言いながら咲良がレールガンを構えて降下をはじめる。
と、突然、横殴りの衝撃が走って、ベヒムゥスの巨体が宙に浮かんだ。
ユリハが急接近してゼロ距離からショットガンを撃ち込んでいた。咲良は「ハハッ、すげぇ」と笑いながら再び上昇し、付近を警戒する。
傍らには、香夜さんと悠里そしてサイアがいた。サイアはすっころんだ地質学者のもとに駆け寄って、治癒魔法を施していた。
「おお! そっちもしとめたなぁ!!」
遠くの丘の上で呼びかけるカイドに向かって「何、のんきなこと言ってんのよ! 危機一髪だったわ!」と怒鳴るユリハ。「命張らねぇで、食えるもんはねぇぜ」とニカニカと笑うカイド。AEWの連中が抱く死世観にすっかり慣れたユリハや花太郎、地質学者たちまでもが苦笑する。アキラは未だにおびえていて(ユリハの方に)、香夜さんは、少し悲しそうな表情を浮かべていた。
「早く止めをさしてやれ。カイド、こっちも手伝え」
シドが丘の上にぴょっこり顔を出して、花太郎にトドメをさすように促した。そしてカイドとともに丘の向こうに消えていった。
花太郎がほとんど動けなくなったベヒムゥスに近づいて、超音波ブレードを抜く。
「香夜ポコ?」
香夜さんが花太郎のもとに歩み寄っていった。治療をしていたサイアの視線が、二人に向いた。
花太郎は香夜さんが後ろに立っていることに気づかないまま、ベヒムゥスを見据え、「ごめん」と言いながら、獲物の下顎から、脊椎めがけて、まっすぐに刀を突き立てた。超音波ブレードは起動させなかった。
息も絶え絶えだったベヒムゥスの四肢が激しく上下する。これは苦しくてもがいているのでなく、脳の近くの頸動脈や、神経を傷つけたことによって脳で制御しきれなくなった四肢の筋肉が痙攣しているのだ。
横に倒れているから、血の出が悪い。花太郎はさらに下顎から唇にかけて真っ直ぐに、切り込みを入れた。鮮血が跳ねて、花太郎の顔にかかった。
「花太郎……さん」
呼びかけられて振り向いた花太郎が、ようやく香夜さんの存在に気づいた。
「あ、あ、え? あ…………大丈夫ですか……えっ!?」
「いえ、血が……」
香夜さんは支給されたタオルを取り出して、花太郎の頬についた血を拭った。
「ありがとうございます。……大丈夫ですか? こういうところを、見てしまって」
「はい。私、大学で生物学を学んでましたし、こういった光景は、みていました。……花太郎さんこそ、平気なんですか?」
「そうですね。僕は、鹿児島に住んでいたことがあって。そのときの仕事で、豚を、よく……こんなに大きい奴は初めてですけど」
「そうだったんですね」
「一日1500頭くらい、ですね。一頭あたり13秒で楽にしてあげないと、生産ラインが止まっちゃうんです」
「大変なお仕事ですね」
「薄給でしたが、……僕にとっては、子どもに誇れる仕事でした」
ベヒムゥスの血が、あたりの大地を赤く染めあげていた。喉からしたたり落ちる血の流れが穏やかになると、筋肉が弛緩して、ぐったりと大地に横たわり、ベヒムゥスは動かなくなった。
香夜さんが横たわる肉塊に手を合わせ、目を閉じる。そしてつぶやいた。
「……お命を、いただきます」
謎生物ストラップが、突然ビームを放った。香夜さん自身も驚いて、ビームの当たった箇所をながめた。ベヒムゥスの腹部、ユリハがショットガンで風穴をあけた場所だった。
ベヒムゥスの傷がみるみる塞がってゆき、体から散弾の丸い弾丸がいくつも出てきて、地面に落ちた。
花太郎が切りつけた喉の傷も塞がって、血液で染まった毛皮も元通り。
だけど、決して息を吹き返すことはなかった。
まるで眠っているかのような、穏やか死がそこにあった。
傷口が塞がったということは、タンパク質を生成したのだろう。
香夜さんの能力で、たんぱく質を生成できるなら、やはり命そのものを作ることができるのは、確実だ。僕でもわかる。
だから、きっと、花太郎も理解できたに違いない。
二人は死体を見つめていた。静寂が流れていた。
「香夜さん。貴女は優しい人ですね」
「…………………………そんなことはありません」
やがてカイドたちが「なんだ? まだ絞めてねぇのか?」「いや、外傷が消えてる、治癒魔法でもかけたのか」などと言いながら、ベヒムゥスの四肢を持ち運べるようにバラバラにし始めた。
花太郎も、昔とった杵柄でもって解体作業で辣腕を振るった。
少し離れた場所ではサイアが、上空にいる僕の横では、花太郎が解体している様子を、じっと見下ろす咲良の姿があった。
次回は8月16日 投稿予定です。