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第14話 番いの王蛇 対 カイドパーティー・2 紅蓮狂喜のユリハ

「チクショウ!!」


 突撃を回避したカイドが側面に廻り、大上段から唐竹割りを放ったが、弾かれた。王蛇の牙は勢いを緩めず、そのままシドたちに襲いかかる。


「右へ飛べ!」

 シドの指示を受けて突撃を回避するサイアとユリハ、すでにユリハの酔いも醒めているようだ。


 シドは王蛇の突撃を僅差でかわすとその場に踏みとどまった。王蛇のヒレがかすりそうな位置である。

「これでどうだ!!」

 シドはハルバートの柄尻を両手でしっかり握り込み、時計回りに勢いをつけて水平切りを放った。直進するスナノヅチに対して真逆の方向から最小面積の斬撃。通れば最も効率的な攻撃、弾かれれば体格差からしてシドが吹っ飛ばされることは必至。


 そして斬撃は通らなかった。しかしシドが吹き飛ぶこともなかった。


 シドが叫ぶ。

「カイド、やはりボディはだめだ! 柔すぎて刃が立たん!!」

「やはり口の中を狙うかぁ!」

 遠くでカイドが応えた。


「ねぇあなた、結論出たみたいだし撃っていいわよね?」

「まだだめだ」

 ユリハは発砲を止められていた。パーティーの中で致命打を与えられるのは、ユリハの武器だけだろうと見越してのカイドの指示だった。無駄弾で弾薬を撃ち尽くされる訳にはいかない、確実に弱点を撃ち抜く必要がある。


「ひとまずカイドの所まで走れ! 来るぞ!」


 シドの回避指示でスナノヅチの突撃をかわしながら3人はカイドのもとに集まった。

 アズラより小回りの利くカイド達にとって、スナノヅチの攻撃はあまりにも大雑把だった。闘牛場の剣闘士のように一カ所に止まり、高速移動の突撃をひらりとかわしながら、カイド達は作戦をたてる時間を稼いだ。


「試しにサイア、あいつの口ん中狙ってみろ」

「うん」

 カイドの命令で弓に矢をつがえるサイア。矢に糸はつながっていなかった。距離は80メートル程度だろうか、図体がでかいので、狙うべき的は大きくみえる。


 スナノヅチが再びカイド達に大口を向けたとき、サイアは放った。


 そして弾かれた。目視できる速度では口を閉じられて、簡単にかわされてしまう。 

「ごめん」

「狙いはよかったぞ、相手が上手なだけだ」

 いいながらカイドは思索していた。

「銃を使うにしてももっと近づかねえと、狙撃は難しいな……」

「私の銃、狙撃には向かないのよねぇ」

「ユリの性格も狙撃には向かんよ」

 シドがすかさず突っ込みを入れる。


「……アサルトかサブ持ってくればよかったわ」

「乱射されちゃこっちの身も危うい」

「んもうっ!何よあなた!さっきからごちゃごちゃと」

「痴話喧嘩は後だ! ほら、来るぞ!」


 カイドが回避指示を出す。


 度重なる攻撃で目が馴染んだのか、カイド達は王蛇の突撃を難なくかわせるほどの余裕ができていた。それにしてもユリハは見かけほど若くもない上、人間だというのに、よくドワーフたちの動きについていけるものだと思う。息切れもしていない。


「この炎天下だ。はやくケリをつけないと、こっちのスタミナが切れるぞ」

 シドが言った。


 太陽が地平線の彼方で赤く染まり始めていた。あと2時間もすれば冷気が支配する夜が訪れるだろう。しかし、気温が下がるのにはもっと時間がかかるし、夕闇で視界が悪くなるのはもっとまずい。


 カイドは周囲を見渡しながら思索を続けていた。

「とにかく奴の動きを封じて、近づかねえと話にならねえ。……先にアズの方を援護して仕留めるか?」


 気がつけば、反重力の渦のそばでアズラと王蛇が取っ組み合っているその形がわかる程の距離まで接近していた。アズラの投擲とその後の走破によって、カイド達は源砂の塔を一周したことになる。


「アズがあの状態じゃ、もう一匹近づけるのはリスクが高いな」

 シドが反論した。

「そうだよなぁ……」

 カイドも思うところがあったようで、素直に同意した。


 アズラの活躍で、巨大な怪物2匹を相手に善戦し、膠着状態まで持ち込めたものの決め手に欠けていた、長引けばそれだけ不利になる。カイドやシドも撤退を考え始めていたと思う。そんな中で打開策を提案したのは以外にもサイアだった。


「……ちょっといいかな?」

 サイアはカイド達に作戦内容を告げた。



「よし、いくぞ!」


 カイドのかけ声とともに、パーティーはアズラのいる方角へ駆けだした。カイドが殿を務めて牽制し、シドはその先で援護にまわった。


 2人が引きつけている間、サイアとユリハは弓の射程ぎりぎりの所までアズラに近付いた。丁度王蛇の背後で、アズラが隠れて見えなくなる位置だ。


 サイアは弓を構えて、放った。矢には糸がつながっていた。山なりに放たれた矢がアズラと取っ組み合うスナノヅチに弧を描きながら向かっていく。


 「ストリング・バインド」

 矢が到達する瞬間、サイアは唱えた。


 矢は糸の力によって軌道を変え、ぐるぐるとスナノヅチの周りをまわって王蛇に巻き付き、絞め付けた。しかし王蛇は全く意に介していない。 


「父さん!」

 サイア達もそんなことは気にせず、糸が巻き付いた手応えを確認すると、シドを呼びながらアズラたちに背を向けて走り出した。矢筒の底に取り付けられたリールの糸が、カラカラと音を立ててぐんぐん伸びてゆく。


「カイド、頼むぞ!」

「おう!」


 シドはサイア達に向かって走り出す。彼の手には糸の巻かれたリールがあった、サイアから渡されたのだ。

 シドはサイア達に追いつくと、その場に踏みとどまり、糸をのばして、矢筒についたリールの糸にくくりつけていた。


 シドが結んでいる間も糸を延ばし続けながら距離を取るサイアとユリハ。


「カイド! いいぞ!」


「通すぞぉ!」


「おう!!」

 スナノヅチを相手にひらりひらりと身をかわしながら孤軍奮闘するカイドは、本当に闘牛場の剣闘士のようだった。


 百戦錬磨のドワーフはすっかりスナノヅチの習性を見極めたようで、誘導も簡単にやってのけた。


 カイドはシドとスナノヅチの間に立って一直線上に並んだ。


「さぁ来い!」


 スナノヅチの突撃。


 カイドが身をかわす。王蛇は突撃を緩めず、シドに向かってゆく。


 シドはよけながらリールをスナノヅチに投げつける。


 スナノヅチはその先にいるサイアとユリハを捕捉した、突撃は続く。


「今だ!」

 シドが叫ぶ。


「ストリング・バインド!」

 シドが投げたリールが王蛇に巻き付く。大口を開け、牙をむき出しにしながら二人に向かうスナノヅチ。


サイアは心を鎮めていた。

「……ストリング・ストレングス!」

糸が緑色に光る。たわんでいた糸が王蛇の突撃でピンッと張って、今にもはちきれそうな瞬間だった。





「ん?」

 アズラが少しよろけた、取っ組み合いの相手の力が急に弱まったからだ。

 すぐに体勢を持ち直したアズラは、スナノヅチに巻き付いている緑色に輝く糸と、それにつながれている宙ぶらりんの矢を見つけた。


「あの娘、やるじゃないか」


 すべてを察したように彼女は微笑した。力比べはアズラが再び優位に立った。




 糸の強度を高める呪文だった。


 突撃を回避されても直線上に別の獲物がいれば目標を切り替える、サイアが発見したスナノヅチの習性を利用した戦略だった。


 突撃を阻止され動きを封じられたスナノヅチにサイアとユリハが駆け寄る。


「……これじゃ狙えない」

 サイアは落胆していた。スナノヅチは釣り上げられた魚のように糸に引っ張られ大きくのけぞっていた、大口は空を向いていて見えない場所にある。


「いいえ上出来よサイア。落ち込むよりも今の状況をよく観なさい。父さんが言ってたでしょ? 観るってことがなんなのか、母さんが教えてあげる」


 ユリハは不適な微笑みを浮かべながら銃口を王蛇の頭部に向けた。


 弾倉にはトリガーがついていた、銃本体についているものとは別で、直接弾倉につながっていた。


「私の思考実験でも、あのミミズがこの状態になることは予想できていたわ」

 ユリハが弾倉につながっているトリガーを引く。


 火炎放射だ。王蛇の頭部を燃え盛る炎が包みこむ。


「アホ! 何やってんだぁ!」

 燃え上がる王蛇を見たシドが遠くから駆け寄って来ている。


「動きを封じるならあと2カ所、前進を阻止するだけなら最低でもあと1カ所は別の場所から引っ張らなければならないわ……」

「母さん、糸が……」


 焼き切れた。自由になったスナノヅチが苦しみで地面をのたうちまわる。


「うおっ!」

 胴体の近くにいたシドが弾き飛ばされた。


 砂煙が舞う、サイアが身を伏せる。それでもユリハは火炎を放ち続けた。


「でも1カ所で十分だったの、ほんの一瞬だけ動きを止めて、駆け寄れるだけの時間が稼げれば。私にはこの炎があったからね。まぁ、これが有効かは賭けだったけど」


 ほどなくして、銃口の炎が消えた。


「もうガス欠? コンパクトにすることばっかり考えて設計したから、すぐなくなっちゃうのよねぇ、射程も短いし。ねぇサイア聞いてる?」

「けほっけほっ、う、うん」


 砂煙にまみれてサイアは片目をつぶり、口元を押さえながらせきこんでいる。


「じゃあ、続けるわよ」


 ユリハはせきこむどころか、砂煙などまったく意に介している様子はなかった。スナノヅチは自らを地面に叩きつけて、火を消している。


「今晩のおかずを考えるより目の前の驚異を何とかしよう、これは生き物の性。このミミズは今私たちを食べるよりも、体についた炎を消すことを優先するわ、これは当然よね?」


 スナノヅチが体についた炎をかき消した。


「母さん、後ろ……」


「最初に大口を狙ったのはね、あの辺に目があると思ったからよ。あのミミズは炎で視覚を遮られ、熱の痛みに悶えて私たちを見失うわ。そして自らが巻き上げた砂煙が私たちを隠す。ここに隙ができるわ。サイアと女子トークできるだけの隙がね」


「シャァァァァオォゥ!」

 砂煙が晴れ、ユリハ達を捕捉したスナノヅチが怒りの慟哭をあげる。


 ユリハは銃を置いていた。代わりに衣類をまくしあげ太股のホルスターからハンドガンを取り出して右手に持っていた。左手には火炎放射用の新しい弾倉が握られている。


「目は口の近くにあるわけだから、必然的に大口がこっちに向くわね。突撃の前はエリマキを全部逆立ててタメに入るから、ここにも隙ができる。……息の根を止められるだけの隙が」


 スナノヅチが大口を開け、全身のヒレを逆立てる。 

 ユリハは大口の中めがけて弾倉を投げた、すかさずハンドガンを両手で構え、撃つ。


 パンッ!パンッ!パンッ!パンッヴァゴォ!


 四発目の弾丸が投げつけた弾倉に被弾し、弾倉がスナノヅチの口の中で音を立てて炸裂した。


 頭部が炎に包まれて見えなくなった。


 王蛇の胴体が、ヒレの全てが、一瞬ピンッと張ったかと思うと、統制を失った身体がビクビクと痙攣し始めた。


 見えなくなった頭部の中に裂傷ができたのだろうか、胴体がのたうつ度に、ビュクッ! ビュクッ! と粘性の強い緑色の体液が飛び散り、二人にふりかかる。


「い、嫌ぁ……」


 サイアは全身に体液がかかり、動くのも大変そうだ。


「逃げておけば命は助かったのに、おバカさん」

 ユリハは燃え盛る肉塊を見つめ、やがてその痙攣が次第に弱まっていくのを確認すると、ゆっくりとサイアの方を向いた。


「ひっ……」


 緑色の体液にまみれながら猟奇的な微笑みを浮かべて自分を見つめてくる母に、サイアは思わず小さな悲鳴をあげてしまった。


「”観る”っていうことは、よく観察して、よく考えることよ。さっきはイイ線いってたわサイア。もう少し経験を積めばすぐ母さんみたいになれるわよ。ふふっ、楽しみね」

「……」


 サイアが返す言葉はなかった。


「アズがマズいぞ!!」


 カイドが大声をあげながらアズラの方へ駆けだした。


「アホ! もっと考えて動け!! バカ!!」


 尻餅をついていたシドがユリハに罵声を浴びせながら立ち上がり、粘液まみれで身動きがとれない2人を置いて、アズラの元へ走っていった。


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