第134話 月面の魔法使い
「お久しぶりです、花太郎さん」
彼女が差し出す右手に、自分の右手を重ねた。
[お久しぶりです、香夜さん]
なるべくゆっくりと、一語一語伝わるように口を動かした。伊達眼鏡をつけていない香夜さんの美しい瞳にじっと顔を見つめられて、緊張した。
「透けて……ますね」
[ええ……まあ、透けてます」
悠里が「プハァ!」と笑いながら唇の動きをよんで言伝してくれた。
「ドレス、お似合いですね。透き通るような美しい色をしていて、とても、綺麗です]
「”ドレスが透けててとっても綺麗”だってさ」
「え!?」
うつむいてドレスの透け具合を確認する香夜さん。僕は悠里のわざと間違えた翻訳に抗議した。
「”透き通るような美しい色のドレス”だって」
……透き通るような美しさと表現したのは、香夜さんの肌のことなんだけど、そこは口を滑らしたと思ったので黙っておいた。
「あ……ありがとうございます」
「……エアっち、デレすぎ」
デレてるつもりはなかったけれど、射抜かれそうな鋭い視線を咲良が送っているから、そう見えているのだろう。
「花太郎さんも、お似合いですよ」
うん、僕が祭りの法被姿から、三つ揃いのスーツに着替えたことも、咲良にとっては減点なんだろうな、うん。
夜空が描かれた香夜さんのドレス。宇宙は黒一色ではない。赤青緑、色とりどりの水彩絵の具を、水層一杯の透明な水の中に数滴垂らしたかのような、不規則な広がりと濃淡を見せるガス星雲。
うっすらと乳白色の帯を纏った星々の一団は、きっと天の川銀河を表しているのだろう。
乳白色の帯や色彩豊かなガス星雲の合間に見える漆黒の宇宙空間と星々。ドレスに描かれているとは思えないほど、質感を全く感じさせない暗黒だった。瞬く星々を眺めていると、まるでドレスの形をした窓があって、そこから宇宙空間をのぞき込んでいるかのような錯覚を覚えた。
その一級の芸術品を見事に着こなし、宇宙ですら引き立て役にしかならない透き通るような白い肌と、美貌の持ち主……。
……彼女の胸元には、見覚えのある星団が刻まれたブローチ付いていた。
「エアっち……香夜ポコより、アタシの方が大きいぞ?」
悠里が近づいてきて耳打ちする。
思わず悠里の胸に視線が行ってしまったけれど、宇宙服越しだから、膨らみがいまいちわからなかった。そして、咲良の舌打ちが聞こえてきた。
「帰ってこ~い! エアっちぃ」
「香夜ちゃん、ちょっと気合い入れ過ぎじゃない? 彼、さっきから香夜ちゃんに釘付けよ?」
「え、え? そんなこと、ないですよね? こんな服着たの初めてだから、ちょっと恥ずかしいです」
[どうして、こんなドレスを?]
悠里に尋ねる。
「ん? どうやらねぇ、あれが香夜ポコの能力みたいだよ」
香夜さんの背後から、突然何かが飛び出してきた。
僕の眼前……というか、目をすり抜けて、僕の脳味噌があるあたりで静止した。
[お、おわぁ!]
「すみません! まだうまく、動かせなくて……」
改めて距離をとり、宙に浮かんでいる物体を観察した。
全体が赤紫色の柔らかそうな光沢のある布製で、馬とも犬ともネズミにも見えるデフォルメした顔がついていた。顔の下には直径が100円玉くらいの細長いボディがあって、それが下部にいくにつれて膨らんでいき、最下部の直径は500円玉くらいになっている。手足はボディより細いけれどそれと同じ長さのものがついていて、二足歩行の人の体に模していた。
全長は24、5cmといったところだろうか、これにストラップの糸がくっついているからもっと長い。
まぁ、あれだよね。”謎生物ストラップ”。悠里が持っていったやつ。
「この子が、用意してくれたんです」
言っている意味がわからなかった。
「詳しくはこれから調べるけれど。この人形の目が光って、腕から謎の光線を放ったと思ったら、香夜ちゃんがドレス姿に変身していたのよ」
好奇心に目を滾らせながら、ユリハが補足してくれた。
「ちょっと、ユリハちゃん!? なんか私が魔法少女みたいな言い方にきこえるよぉ?」
「そういうの、好きでしょ?」
「え? いや、べ、別に嫌いじゃない……けどさぁ?」
香夜さんはどうやら、自分の心を押し隠すときに、語尾を延ばす癖があるみたいだ。可愛かった。
咲良の舌打ちが聞こえてきた。
……真面目を取り繕うべく、悠里の読唇術に頼らずに、筆談することにした。
【あらためて、よろしくお願いします。僕は、能力の関係で、人格が二つに分かれてしまいました。僕のほかにもう一人、甘田花太郎がいます】
「こっちの花太郎はねぇ、”エアっち”って呼んでるよ」
悠里だけな!
「よろしくお願いします。エアっちさん」
……これはこれでイイ!!
またもや咲良の舌打ちが聞こえてきたかと思うと、悠里に頭を揺さぶられてる僕がいた。
「香夜ちゃん、あんまり驚かないのね?」
「……うん。ずっとみていたから」
僕が砂漠でユリハ達の動向を追っていた時と同じように、香夜さんにもおぼろげな記憶が残っていた。最初に突入した際、ユリハが共鳴石を使ってコンタクトをとっても何も反応がなかったのだけれど、今から一二〇時間ほど前に囮作戦が開始され、魔導集石を月面に持ち込んだあたりから、はっきりと意識を取り戻し”考える”ことができたという。
「だから、花太郎さんが二人いることも、先輩とエアっちさんの情熱的な関係も知ってます!!」
「OH NO!! そこは言う必要ないよ香夜ポコめ!」
「え?」
「天然めぇ!!」
悠里が叫ぶ。香夜さんはやっぱり天然だと思う。
「みんなが私の為に大変な思いをしてくれたから。皆さんにお礼を言いたいです」
「……そうね。帰りましょう」
「カイドのオッチャン達、宴の準備してるってさ」
ユリハ達が歩き出す。
二重扉の一つ目を開けたけれど、香夜さんは動かなかった。
「どうしたの? 香夜ちゃん」
「……本当に、ありがとうございました」
言いながら香夜さんは、僕たちに向かって、深々と頭を下げた。傍らには謎生物ストラップがフヨフヨと浮かんでいて、こっちに向かって手を振っていた。なんか、いろいろ台無しだった。
「どういたしまして!!」
香夜さんの同期で、年下だったはずのユリハが駆け寄って、香夜さんを抱擁した。身長差があるから、年の離れた姉妹のように見えてしまうけれど、そこには確かな友情があって、二人とも泣いていた。傍らで浮かぶ謎生物でさえ、ちょっとした風情を醸し出してしまう光景だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「こいつら……」
咲良が二つ目の扉を開けると、最敬礼で直立する岩石のぬいぐるみたちが、僕たちを出迎えた。ユリハたちが横並びになって、彼らのかわいらしく凛々しい勇姿を見渡した。
「……エアっちらしいね」
魔導集石を投下する直前に、僕がどんな気持ちを抱いたのか、悠里が察したのだろう。後ろから僕を引き寄せてきた。
「やっぱり君はイイ奴だ!」
少し気恥ずかしかったが、なんだかうれしかった。そして、誰にも聞こえぬよう耳打ちしてきた。
「……咲リンも、きっとそう思っているぞ?」
……意識しちゃったじゃないかコンチキショウ! 完全に油断しちまった。
「通路が塞がってしまったわ」
再構築後は、この岩石のぬいぐるみたちが崩れて、多少狭くはなるが通路としての機能は果たせるだろうと予想していたユリハ。もちろん、ぬいぐるみたちが瓦解しないことも想定したけれど、月面とAEW間の唯一の通信手段である僕をなるべく目の届く位置に待機させることを優先して、この大広間まで、僕にぬいぐるみたちを誘導させたのだ。
ぬいぐるみたちが姿を維持している場合は、踏み倒しながら押し進むプランだった。………けれど。
「なるべく、このままにできないかな……」
香夜さんが言う。「この子たちは、きっと私を寂しがらせないために、踊り続けてくれていたんだと思う」と。
「窓からなら、いけますか?」
いいながら咲良が大広間の壁を彩るステンドグラスに手をかけた。
一見ハメ殺しかと思われたステンドグラスの窓が、上にスライドし、縦横一メートルほどの空間から、切り取られた外の景色が見えた。設営班が、白薔薇の組立中に見つけた仕掛けらしい。
下は湖だった。ロープを垂らせば下まで行くのは、簡単だけれど、一着十億円の宇宙服を持ち帰らなければならない。分解しても、着用しても、湖をそのままわたるのは、難しいそうだ。
「大丈夫、だと、思う!」
麗しいドレスを着こなしながら、ちょっとあどけないオーラを醸す香夜さんに癒されている自分がいる。だが油断するまい。
謎生物の目が光った。
[ほへ?]
油断してた。
そして、謎生物の周りに、正体不明のオーラが発生したかと思うと、それが二つに割れて、謎生物の平べったい左右の手のひらに集中する。
赤紫色の光沢のあるボディが、手の部分だけ青く輝いている。そして、謎生物が両手を胸のあたりで合わせると、輝きが一つにまとまって、さらに大きくなった。
ピロピロピロピロロ~ン!!!
謎生物が両腕を前へと突き出すと、間抜けな音を出しながら、湖上に向かって虹色の輝くオーラが放たれた。虹の中には、星とかハートとかお月様のイラストみたいな模様が散りばめられていた。
虹色オーラが湖上に溜まり、形をなし、消えた。
そして湖上には、一そうの小舟が浮かんでいた。オールの先さえも真っ白で汚れ一つない小舟だった
………………………………変なの。
次回は 8月2日 投稿予定です。




