第130話 忘れられない一日 前編
白薔薇の組み上げに二十名。踊り班に二十名。残りの十名を遊撃班として、まかないの準備や雑務をこなしたり、人員を割いて、二つの班を行き来する体制だ。ムーン・グラードの拠点をもぬけの空にして、調査隊全員が作戦に参加した。
僕が担当する踊り班は、二~三人体制でローテーションを組み、地球時間で五日間、約120時間踊り続けなければならない。各部屋に無線機を据え置いて、状況報告を行いながら、ユリハが定めた月での滞在時間(四時間)ギリギリまで踊る。そしてアズラやシンベエに連れられて、AEWに戻るのだ。
重力の変化による影響はほとんど出なかったけれども、ローテーションの都合上、八時間後には再びメルヘン城に戻らなければならなかった為、踊り班はみんな地表へは戻らず、遺跡内に築いた白薔薇で仮眠をとった。
密室で踊りあかす五日間は、想像していたよりも遙かに過酷で、僕には肉体的な疲労というのはないのだけど、精神的に”クる”ものがある。
無線はユリハも持っていて、大広間で組み上げている白薔薇の進捗についての報告もマメに入ってきたり、様子も見に来てはくれるけど、無表情で踊り続ける岩石のぬいぐるみ達に囲まれながら、ローテションの人員二~三名と一つの部屋で過ごしていると、得も言われぬ孤立感を覚えずにはいられない。
報告を聞くに、白薔薇設営が順調に進んでいるみたいで、それだけが唯一の救いだった。。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最初にアキラがダウンした。三回目のローテーションだった。もう少し持つかと思った。
後を追うように、別部屋で奮闘していた花太郎もダウンしたとの連絡が入った。
マイナシウムが存在しない状況下では、マナコンドリアの恩恵にあやかれない花太郎とアキラの間に、身体的な差は生まれないはずだけれど、花太郎の方が長く持ったのは、AEWでの基礎訓練を積み上げた日々の成果だろう(たいした差ではないけど)。
無線から流れる報告を聞きながら”ボケら~”と踊ってたら、僕の部屋で踊ってる厳ついドワーフの兄ちゃんもダウンした。
花太郎達のダウンを皮切りに、AEWの屈強な戦士達の中にも何人か脱落者が出てきた。
低重力下でゆっくりとした振りで踊り続けるのは、骨や筋肉にかかる負担が少ない代わりに、体力を激しく消耗するらしい。ずっと水中で動き続けているようなものだという。
遊撃班が、白薔薇設営班から離れて踊り班に合流し、花太郎たちに長めの休養をとらせたけれど、こうなると設営班の頭数が揃わない。
だからちょっとだけ……いや、かなり頑張ってみようと思った。
僕は疲れ知らずなだけでなく、浮遊しているから転倒の心配はない。そこで僕は遊撃班から合流した悠里を経由して、”孤軍奮闘作戦”を提案した。
僕が一部屋を担当し、残り二部屋を踊り班と遊撃班でシフトを組む作戦だ。
精神衛生上はあまりよろしくないけど、やるしかない! ローテーションから外れて、昼夜問わず単身で踊り続けるデスマーチの始まりだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結果、各員の負担が大分軽減された。アキラや花太郎も割とすぐに復活できて、遊撃班の半数以上を白薔薇の設営に割くことができた。
「タフだねぇ、エアッち」
遊撃班の悠里がシフトの合間を見計らって、観に来てくれた。
[ウシさんやカバさんもさぁ、デザインは可愛いし、踊ってる姿見て癒されてはいたけどさ、気が狂いそうになるよ。コンポから流れるエンドレスな音楽を聞きながら、無表情なぬいぐるみ達とエンドレスに踊り続けているとさぁ]
僕は今、悠里に愚痴を言ったのだろうか。自分でも何が言いたいのかよくわからなくなりながら、せっかく来てくれた彼女に語りかけた。ちょっと甘えたい気分なのかな、年甲斐もなく今の僕。……なんか考えるのも面倒くさい。これ、結構やばい。
「あとちょっとだからネ。今の君、かっこいいゾ」
言いながら悠里は、踊りに支障をきたさない程度の、短いキスをしてきた。
「そしてあまえん坊だ」
悠里のキスを目の当たりにしたぬいぐるみ達が、無表情でちょっぴり恥ずかしがっているリアクションをとっていたのを見て「イラッ」とした。やっぱり、今の僕は、荒んでいると思う。いや、いつもの反応か? わからなくなってきた。帰ってくるんだ!! マイ アイデンティティ! イエス!!
「大丈夫? エアっち」
僕は花太郎とアキラが勝手に考案して悠里に教えたハンドシグナル、”僕はカガリ ユウリ外界交官をお慕いしております”のサインを送った。
ぬいぐるみ達が一斉に僕のサインを真似して、悠里に送る。
「え? あ、え?……うん。あんがと」
ちょっとだけ照れている悠里を見て、癒された。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
白薔薇の設営が完了し、気密テストもクリアしたとの通信が僕の部屋の無線機に流れてきたのは、作戦開始から、ちょうど120時間が経過した直後だった。
囮作戦が最終フェイズに移行する。
『設営班の避難は完了したわ。始めて頂戴』
ユリハの号令を合図に、待機していた悠里が僕の部屋の扉を開けた。
悠里は音楽がエンドレスに流れ続けている忌々しいコンポを片手に、城門へと向かう通路を先行。僕が追随してぬいぐるみたちを誘導する。
城門前の玄関には、僕たちが最初に到着した。
次にコンポを抱えたサイアと、誘導している花太郎が現れた。
「痩せたんじゃないか? おまえ」
[そうだとうれしいね]
花太郎とは暇つぶしに血液通信でちょくちょく会話していたけれど、顔を合わせたのは三日ぶりかな? 減らず口を叩いてきたけれど、痩せた、というかやつれているのは花太郎の方だ。
けれど、最後に合流したアキラの方がヒドかった。
「……久しぶりやなぁ、空気のハナぁ。少し、やつれたんとちゃうかぁ?」
[てめぇの方だろ!]
「おっとぉ、どうやらぁ、図星みたいやなぁ」
読唇術が使えないアキラが、僕の口の動きを読んだつもりになって返答する。
「このオッチャン、交代すりゃいいのに、トリをやらせろっつって降りねぇんだ」
アキラに同行していたのは咲良だった。
前の交代のタイミングで、花太郎を遺跡の拠点へ帰還させる為に結界を解除して、その疲れが取れないまま踊り続けていたらしい。満身創痍で、時折すっ転びそうになるアキラの首根っこを咲良が間一髪でひっつかみ、立たせていた。
……いいなぁ、アキラ。
「ヨシヨシ」
悠里に頭を撫でられて我に返った。
花太郎を見ると、羨望と妬みとかわいい子を愛でるような気色悪い表情を浮かべていて、傍にいるサイアはどこか物憂げだった。
囮作戦のトップバッターを勤めた三者が再び集まって踊っていた。
そしてここからは、僕の単独だ。
咲良とサイアがコンポの音楽を止め、アキラと花太郎が、悠里のコンポから流れる島節に振りを合わせる。
僕は大広間へと続く階段の下に止まって、咲良と悠里は階段の上へと昇った。
サイアが城外へ避難した。外では大きくなったアズラが待っていて、花太郎とアキラも、踊りながら城門へ向かっていく。
「後はたのむよ」
「健闘を祈るでぇ、空気のハナ!」
二人同時に、城外へ出た。
アキラと花太郎に追随していたぬいぐるみたちが、一斉にこちらを向いた。
[ひえっ]
『何びびってんだよ』
[ちょっとびっくりしただけだ]
思わず声を上げてしまったのを聞かれて、花太郎が血液通信を使って茶々を入れてきた。確かにびっくりしたけれど、振り付けがすっかり染みついていて止まることはない。
「いくよ」
ぬいぐるみたちが僕の振り付けを真似し始めたのを見届けると、アズラが三人を背中に乗せて去って行った。
次回は7月25日 投稿予定です




