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第13話 番いの王蛇 対 カイドパーティー・1 アズラの水切り石

「まず、隠れてる奴を引きずり出してやろうじゃないか」

 全速力で攻撃をかわしながらアズラが言う。


「アズ、策があるのか? 」

 カイドはリーダーという自覚を強く持っていたが、そこに驕りはなかった、彼は実直で素直な男だ。


 アズラは少し考えてから話し出した。


「あいつはねぇ、見かけよりずっと頭がいいかもわからないよ。さっきからどうにも本気で狙って来てるように思えないのさ。」

「どういうことだ?」

「あたしを誘導してる、きっともう1匹の口元にね。だいたいの目星はついたから、わざと突っ込んでやるよ」


 ヴァン!

「撃っていい?」

 すでにユリハは撃っていた。アズラが身をかわし、彼女の側面をかすめたスナノヅチの横っ腹を超至近距離で。徹甲弾というのだろうか、オオアゴカゲロウの時に使った散弾ではなく、大口径の銃口から射出される一発の大弾だった。


「ちょっと母さん!?」

「一番強力な奴だったのに……角度もよくなかったかしら」

 弾丸はヒレに小さな穴をあけた程度で、弾力のある胴体に弾かれていた。

「このじゃだめね。それにしても大きなミミズねぇ」


「ハルバートにするか? カイド」

「そうだな」

シドとカイドは籠の一角から60センチほどの丸棒を取り出し、各々のハンドアクスの柄尻に取り付けた。柄が延長されて、身の丈ほどの戦斧になった。


「突っ込むよ!」


 アズラはカルデラの中心、源砂の塔へ向かって走りだした。追撃するスナノヅチ。

 塔の50メートルほど手前にアズラが踏み込んだ瞬間、地面が沈んだ。


「来たよ!」

 サイアが叫ぶ、そしてアズラが笑った。


「こいつらがバカでよかったよ」


 跳躍、前方二時の方角だ。


 次の瞬間地面から現れた大口と牙が真上に延びるも、すでにアズラはいなかった。奇襲に失敗したスナノヅチが追撃に加わるが……


「待ち伏せた場所が悪かったね」

 アズラは着地し、振り返り、対峙した。彼女の右真横には無慈悲に砂を巻き上げ続ける反重力の巨大な渦があった。


 アズラは砂漠の王蛇を見据えたまま、後方へ、渦の形に添うように跳躍した。アズラより胴太な「スナノヅチは源砂の塔との接触を本能的に怖れているようで、彼女との最短距離を大きく迂回しながら迫った。最初に襲ってきた1匹がそれに追いつく。追撃が緩んだ。


「さあ、ぼちぼち本番だね」

 アズラは着地するとカイド達ごと背負い籠を地面に降ろした。


「カイド。あんたらに1匹任せたよ」

 カイドがニカニカと笑った。

「おう、引き受けた。アズ、お前に1匹任せるぞ」

「ああ、いいとも。あたしに任せな」


 アズラは青白い光に包まれた。僕のアパートに香夜さん とアズラが来たとき、小っぽけなマドレーヌを腹いっぱい食べようとしてアズラが体を小さくした時の光だ。まるでその空間だけ水彩絵の具で青白く塗りつぶしたかのような、輝きを持たない光だった。この旅の最中も、アズラは食事の度にこの光を纏って、身体を縮めていた。


 しかし今回は光がどんどん大きくなっていく、その様子は僕にJOXAで見た光景を思い出させた。僕と香夜さんを包んだ、輝きとは言い難い輝きが目の前に広がっていく……僕が”僕の目で見た”最後の光だった。


 光が消えると、3倍ほどの大きさに巨大化したアズラがいた。大きさの他は外観に変化はない。 

 スナノヅチが間合いをつめてくる。アズラは籠を両手で摘むように持ち上げると、後方に跳躍して距離をとった。軽く跳ねたように見えたけれど、スピードと飛距離はかなりのものだった。


「しっかり籠に掴まって動くんじゃないよ。ひっくり返っちまうからね」

「ちょっと何する気!」

 ユリハが叫んだ、いやな予感がよぎったのだろう。


「投げるんだよ、2匹いっぺんじゃ相手できねぇだろうが」

 アズラのかわりにカイドが平然と言い放った、続けてシドが言う。

「手を離すなよ。回転もすごいから目をまわさないようにな」

 ユリハを気遣ってフォローしているつもりかもしれないが、彼女には煽っているようにしか聞こえていないだろう。最年少のサイアだけがこの状況に強い緊迫感を覚えているようだった。


 ユリハの動揺を無視してアズラはすでに投擲の姿勢に入っていた。距離をとっているとはいえ、いちいちユリハに応対するほどの時間はないのだ。


 アズラは籠を両手で挟むように持ち変えると、右足に重心をかけ、身をひねった。


「ちょっと、ちょっと! ちょっと!!」

 ユリハが騒いでいる。アズラは左足を振りあげた。


「アズラ……お願い……」

 ユリハがか細い声を上げる。「私を投げないで」そう言いたかったのだと思う。しかしアズラがそれを遮った。


「わかってるよユリ、なるべく遠くへ飛ばすから」


 アズラは投げた、サイドスローだ。


 地面と平行ではあるが、傘回し芸人が傘の上で回す枡のように、カイド達を乗せた正方形の籠がくるくる回りながらすさまじいスピードでスナノヅチ達の横を通過し、後方へ飛んでゆく。


「ウェロウェロウェロウェロウェロ~……ううっ! ウェロウェロウェロ~……」


 ユリハは吐き過ぎだと思う。


 ユリハの口から断続的に放たれるソレは、照りつける太陽の光を反射してキラキラと輝き、遠心力と風圧で歪つな螺旋を描きながら乾ききった地面を潤していった。


 強烈な回転をかけた籠は右側へ軌道を変えながら、源砂の塔に沿って一定の距離を保つように進んでいく。それはまるで不動の太陽を中心に公転する地球だった。スナノヅチの目につかないわけがないのだ。


 太陽光とユリハの力で輝き続ける籠がスナノヅチの脇を通過したとき、アズラに接近していた2匹は同時に鎌首を上げて遙か後方へ通り過ぎゆく籠を大口で追った。未確認だけど、おそらく大口の近くに目のような感覚器官があるのだろう。


 2匹はアズラに背をむけて籠を追い始めた。


「あんたらはこすずるいねぇ。あっちの方がうまそうかい?」


 アズラは跳ねた。そして着地と同時に怪物のうち1匹の尻尾を、その強靱な両足で踏みつけた。

「あんたはあたしの相手だよ!」


 綺麗な大根の先っぽのような形状をしたスナノヅチの巨大な尻尾が大地に沈む。

 尻尾の強い弾性と柔らかな地面が守ったのだろうか。アズラの巨躯と脚力をもってしても大きなダメージは受けていないようだ。


 しかし動きを止めるには十分だった。


「ギョヒィィィィ!」

 追尾を妨げられたスナノヅチの大口がキリキリと濁音混じりの甲高い声をあげながらアズラに向かう。アズラは踏みつけていた尻尾を放して間合いをとった、もう1匹は籠を追い続けていた。


 アズラに向かった1匹が突撃をしかける。が、攻撃がアズラの左に逸れた、後方へ突き進むスナノヅチにアズラは「何事か?」と振り返る。


 そしてこれがフェイントだと気づいて態勢を戻したが、遅かった。


 正面に向き直った彼女の目の前には、先ほどまで踏みつけていた尻尾と図太い胴体があった、それが鞭のようにしなってアズラをなぎ払う。


 バチィ!


 間一髪、アズラは腕を上下に広げてこれを受け止めた。しかし衝撃で彼女の体が浮いてしまった、すぐに両手を突き放し間合いを取ろうと試みるアズラだったが、すでに彼女の背後にはスナノヅチが迫っていて、あっという間に巻き付かれてしまった。


 これが王蛇のからめ手だった。一撃必殺の丸呑みでは、巨大化した彼女を仕留められぬ判断したのだろう、攻撃方法を変えたのだ。


「なんだい……なかなかやるじゃないか……」



 カイドたちは飛んでいた。


 高速回転で移動を続ける籠の強烈な遠心力に各々が耐えていた。


 言うまでもなく最もダメージが大きいのはユリハだったが、この回転は無意味ではなかった。


 ザスッ、ザスッ、ザスッ、ザススススッ。

 アズラのサイドスローで放たれた籠の遠投は、やがて高度を下げてゆき、ベージュの地面に接触した。


 籠は水面を走る水切り石のように、砂の上を数回バウンドした。遠心力が籠の横転を防いだ。


 そして塔を挟んでアズラの反対側、カルデラの淵の傾斜が始まるやや手前で籠は止まった。まるで遊園地のコーヒーカップが停止するときのように、ゆっくりと籠の推進力が完全になくなるまで回転は続いた。


「……あなたと乗ったコーヒーカップよりひどかったわ」

 青い顔をしたユリハがシドに言った。ユリハも似たようなこと考えてたんだな。


「とっとと籠から離れるぞ!」

 言いながらカイドは得物を外に投げて籠から飛び降りた。追撃するスナノヅチとの距離はかなり稼いだが、油断はできない。カイドに続いてシドも飛びおりる。サイアはぐったりしていたが、カイドの号令を聞いて、両頬を手でパンッ! と叩き、動き出した。


「ユリハは何をしている!」

 籠から離れたカイドが叫ぶ。ユリハが籠から出てこないのだ。

「母さん、何してるの!」

 弓を地面に押し当てて弦を張り直しているサイアが籠に目を向ける。


 シドが籠にかけ戻る。


 ユリハは籠の中で水筒を手にあぐらをかいていた。


「なにやってるんだユリ!」

「水飲んでんのよ。よく飲んどけって言ったのあんたでしょ!」

「そうりゃそうだがユリ、早く籠から離れねえと。こいつが壊されたら帰れなくなるぞ!」

「わかってるわよぉ」


 ユリハはラッパ飲みしていた水筒を真上にクイッと煽って最後の一滴を飲み干すと、銃を杖代わりにして立ち上がろうと試みたが、足下がおぼつかず失敗した。銃をあんな風に扱って大丈夫だろうか。


「あたし酔っちゃったかもぉ~」

「何言ってんだ、ただの水だろうが!」

「違うわよ! ブン投げられて酔ったのよ!! ……ぶっ潰す……あいつ絶対ぶっ潰す……」

 ユリハはブツブツと呟いていたが、彼女が言っている”あいつ”がアズラなのかスナノヅチを指しているのかは判断できなかった。


 まごついているうちに怪物はどんどん距離を詰めてくる。


 シドが得物を置いてユリハをお姫様抱っこで持ち上げた。


「なによあなた、私今そんな気分じゃないわよ。ベットインはまた今度にして」

 本当にユリハは酔っぱらっているのだろうか。


「やはり俺たちは夫婦だな、俺も今そんな気分じゃない。カイド! 行くぞ!」

「おう!」


 遠くでカイドが応えた。


「……ねえ、あなた。……私、また投げられるの?」


「そうだ」


 シドは投げた、ユリハは空高く舞い上がった。飛距離にして50メートルはあるだろうか、アズラの脚力には驚いたが、シドも屈強だ。みてくれだって厳ついのに、筋力はそれよりも強靱だった。その投擲を受け止めようとするカイドだって似たようなものだろう。怪力はドワーフが持つ特徴なのかもしれない。


 ユリハは宙に浮いている間、無言だった。跳躍移動や先のアズラのサイドスローに比べれば快適な空中散歩に違いない。だけどその無言の時間が少し怖かった。


 地面に得物を突き立てたカイドが落ちてくるユリハを受け取った。

 シドが籠から自身の得物と弾倉が入ったユリハの肩掛け鞄を持って駆け寄ってくる。


「シド、俺の斧を頼むぞ」

「おう、任された」


「スナノヅチは俺もシドも初めてやり合う相手だ、まずは距離をとりながら出方と弱点を見極める。攻撃よりも回避に専念しろ。突撃が強力だ、絶対に奴の正面に立つな」

「はい!」

 サイアはやはり緊張しているようだった。シドがサイアの肩に手を置く。


「サイア、緊張するなとは言わん、楽観的になれとも言わん。平静を保つには常に周りを観続けることだ。独りよがりになればなるほど身体が硬くなる。己の未熟さや不出来に頭を抱えるより、変遷する周囲の状況を観続けろ」

「うん、わかった」


「いくぞ!」


 カイドが号令をかける。


 サイアは矢筒の底のリールから糸を伸ばして矢に結び、シドはカイドの得物を引き抜いて、カイドはユリハを抱えたまま怪物から距離を取るように走り出した。


「酔いが醒めるまで俺の腕でゆっくり休みな、ご婦人」

 カイドが冗談めかしてニカニカ笑いながらユリハに囁いた。籠の中での叫びがカイドまで聞こえていたらしい。


「……ぶっ潰す。……あいつ絶対ぶっ潰す」


シドの投擲のせいでユリハが言っている”あいつ”が誰を指すのか、ますますわからなくなった。




 4捲き半。スナノヅチは左捲きにアズラを締め付けていた。アズラは無防備になった頭部を食いちぎられぬようにと、首をすぼめて王蛇の胴体に隠していた。


 アズラはさらに肩をすくませては延ばしを繰り返し、次第に体を沈めてゆく。まるでスナノヅチが移動している動きを真似ているようだ。一見滑稽な様相ではあるが、彼女の形相は必死だった。


 どうやら地に足が着いたようだ。


「こっから巻き返してやるよ!」


 アズラは言い放った言葉通り、巻き返しを始めた。両足の爪を地面に突き立て、身体を右に回し、両足を動きにあわせて組み替える。まるでキツく絞めたゼンマイを内側から緩めているようだ。


 単調な動きではあったが効果は絶大で、スナノヅチの締め付けが簡単に緩んだ。


 王蛇は逃すまいと左捲きに絞め直す、アズラが右に身をひねって緩める、これを延々と繰り返す。しかしイタチごっこの中にも変化があった。


 締め付けが緩まる度にアズラは徐々に身を屈めていた、少しずつアズラを絞める穴の径が広がってゆく。それに気付いたスナノヅチが攻勢に出た。

 巻き付きを半分取り去って、むき出しになった地竜の頭部めがけて王蛇の大口が迫る。しかしこれが彼女の狙いだった。


 アズラは真上に跳ねて脱出した。彼女はスナノヅチの頭上の遙か高みにまで登り、クルッと身をひるがえして、頭から王蛇めがけて急降下した。


 スナノヅチは真上に大口を開けてアズラを待ちかまえる。

 アズラとスナノヅチの大口が接触する刹那、彼女は身体全身をしならせて落下の軌道を変えた。


 大口の待ち伏せを僅差でかわすアズラ、円筒形の胴体をかすめる位置に落下してゆく彼女は攻勢に出た。

 大口の下、人体で言うところの首に当たる部分をアズラが両股で挟み込む。さらに胴体に両手を添えると、落下の勢いと背中をバネにして姿勢を反転させた。


 フランケンシュタイナーだ、プロレス技の。


 無理矢理大口を下に向けられ、落下していくスナノヅチ。王蛇は掘削する暇もなく地面に頭部を叩きつけられた。


 ボスンッ!! と音を立てて着地したアズラは、すかさず大口の真上に跳ねて踏み砕くように蹴りを繰り出す。

 怯んだスナノヅチの反応が遅れた。慌てて態勢を戻そうと大振りに頭部を振りあげる。


「遅いよっ!」


 アズラの踏み砕きは、地面を離れ僅かに宙に浮き始めた王蛇の頭に直撃したかに見えたが。

 アズラが踏みつけた直後、スナノヅチはエリマキ状のヒレを全開に広げてこれをいなした。


「チィッ!」


 歯がみするアズラだったけど、スナノヅチが大振りに鎌首を挙げてのけぞった瞬間を見逃さなかった。


 露わになったスナノヅチの腹部にアズラは突撃した。土俵で廻しを掴む力士のように、取っ組み合う体勢でスナノヅチのヒレを掴み、力比べとなった。


「さあ、もう一辺巻き付いてみな!」


 なんとなくアズラの狙いがわかった、彼女は大口の側面を狙っている。ここで王蛇を組伏せて、怯んだ隙に踏み砕こうとしている。胴体はヒレと弾性の強い皮で守られているため、ほとんど攻撃は通用しない、大口には硬い牙が密集しているから、アズラのような硬いものを粉砕する格闘攻撃は有効だろう。頭部は生物にとって急所であることも明白だ。


 力比べは、体勢を整える前に先手をとって突撃したアズラが優勢だった。アズラが腹部を掴んでいるため、王蛇の噛みつきは封じられていた。しかし、王蛇が自由に動かせる残りの胴体は、巻き付きや薙払いを仕掛けるには十分な長さがあった。


 これは賭けになるんじゃないか?


 力比べを放棄して攻勢に出たスナノヅチの隙をついて、ヒレを展開させる暇も与えず頭部を踏み抜くが早いか、スナノヅチの攻撃を受けるが先か。


 だけど、スナノヅチが攻勢に転ずることはなかった。


 王蛇は身体をUの字に曲げた。そしてヒレを碇の様に逆立てて、尻尾を地中深く突き刺した。力比べを真っ向から受けて立ったのだ。


 アズラの足下がずしりと沈む。パワーだけならばアズラが勝っていただろう、しかし砂漠地帯の足場の適性はスナノヅチに分があった。


 アズラ優勢で展開した力比べがここで拮抗した。


「やっぱりあんた、賢いんだねぇ……」

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